この判決の特徴は、個々の請求ではおおよそ認められないとした点です。
「原告が受けた精神的損害の程度は低く、慰謝料が多額になることはない」とした上で、「本件各請求に基づいて原告が懲戒を受ける可能性は乏しく、被告らの行為のみによって原告に現実の損害が発生したとはおよそ考え難い」
この事案では弁護士会に対して弁明書が提出されていません。
形りとはいえ、弁明書を提出した事案とは全く同一とはいえませんが、考え方に差異はなく、同じように考えても問題はありません。
これまでの認容判決の特徴(構造)は次のとおりです。
Ⅱ 懲戒請求がなされると、①懲戒の可能性があるので弁明書の作成に労力を割かれる、②登録換え、登録取消ができなくなる、という効果が発生する。
Ⅲ よって、不当な請求を受けた弁護士には損害があり、1人あたり30万円の損害となる。
しかし、どこかおかしくはありませんか。
Ⅱは、懲戒請求がなされることによって生じる一般的な効果です。 損害賠償請求である以上、損害を受けたと主張する側が個別具体的にどのような損害が発生したのか、ということが損害論の中核であるはずなのに、ⅡからⅢへといきなり結論が導かれてしまっています。そのため何故、1人あたりの損害額が30万円なのかということは判決では全く触れられていません。
同じ損害を重複してカウントしているという批判もさることながら、この中核部分が全くスルーされてしまっていたのです。
「大量懲戒請求に対する損害賠償が不当な理由 3億円の正体(カラクリ)」
これまでもいくつか請求を棄却する判決がありますが、この点がしっかりと論じられています。
つまりⅡは、懲戒請求に伴う一般的な効果とした上で、それによって個別に具体的な損害があるかどうかを検討しています。
①懲戒の可能性があるので弁明書の作成に労力を割かれる
②登録換え、登録取消ができなくなる
③信用が落ち、顧客が減った
④事務所弁護士との利益相反チェックのための負担
棄却判決は、これらの損害主張について丁寧に認定しています。
①について
そもそも懲戒になる可能性はない。弁明書を提出してないか、提出していてもそれほどの労力を必要とせず、負担は軽微
②について
登録換えを予定していたという主張もなく、損害とはいえない
(懲戒不相当という結論が出るまで神奈川県弁護士会と東京弁護士会では差があります。東京弁護士会は明らかに手続が遅すぎるので、この点で差はありますが、登録換えを予定していなければ、やはり損害とはいえませんし、長期未済の責任は東京弁護士会にあります。この( )内は私見です)
③について
信用が落ちたという具体的な立証がない。
顧客が減少したというのであれば個別の経済的損失を立証すべき。
④について
そもそも利益相反の場面でもなく、個別の損害の立証もない
特に重要なのは①です。
大量懲戒請求の事案は、個別具体的な事案に対する懲戒事由としてなされているわけではなく、広く政治的動機に基づくものなので、これ自体が本当に懲戒請求なのかという疑問があります。形式的には「懲戒請求」となっているから、そのように扱っているだけで、その実質は懲戒請求ではありません。
これまでの棄却判決でも懲戒請求であることを前提にした上で、これを違法と認定しています。
しかし、そこで終わらず、懲戒を受ける可能性があるのかどうかという観点から個別の損害を検討しているところが大きく異なる点です。
何故、不当な懲戒請求が問題になるのかといえば、懲戒処分を受ける可能性があり(精神的負担)、それを回避するためには相応の弁明書を作成しなければならず、労力を必要とするからです。
ところが今回の大量懲戒請求事案では、おおよそ懲戒になる可能性はありません。
そうであれば、その懲戒請求によって懲戒になるかもしれないという精神的負担はなく、またそれを回避するための弁明書の作成のための労力も必要がなくなります。
これで損害の発生を観念しろという方が無理があります。
そのため棄却判決も、大量であることを前提に全体として100万円を超えることはない(100万円の損害が発生していると認定しているわけではありません)としているのはそのためです。
判決によってこうした構造が正面から認められた意義は大きいと思います。
請求を認容してきた判決は、この点が極めて杜撰です。上記のとおり、ⅡからⅢとした上で、個別の損害の有無、程度を検討することもなく30万円という高額な損害を認定してきたのですが、審理不尽も甚だしいと言わざるを得ません。