弁護士案件だからと信用して、登記したが法務局で却下され司法書士に損害賠償が認められた東京高裁の判例
地面師詐欺とは目をつけた土地の所有者になりすますことから始まります。権利証を紛失したと公証人役場に行き、なりすました人間で所有者として認証させる。必要書類はパスポートと印鑑証明。偽造したものであったが公証人は偽物と見抜けなかった。
弁護士ら地面師詐欺グループは即、売買をします。権利証はまだない状態ですがあるものとして登記をする。次に詐欺師は所有権を取得しただけでは仕方がないので転売し儲けを得る。わざと連件(転売)にしたのではないかと思います。複雑にして元々の所有者が誰であるか分からないが所有権移転登記はできるように思わせる。
公証人の認証というのは不動産の権利証が無い場合に、本人確認を行います。公証人が認証する場合は所有者の印鑑証明が必要ですが、詐欺師が提出したのはでたらめな印鑑証明だった。しかし公証人も最後の司法書士がこれを見逃した。公証人の認証があれば売買の登記(所有権移転登記)に印鑑証明は不要です。公証人も弁護士が出てきたので、まさか詐欺とは思ってみなかったのでしょう。
司法書士は決済、登記の日で初めて書類を見たが、売主、買主より慌てさせられた。プレッシャーがあった。大きな取引、購入者は大手の不動産業者、めったに出ない物件で買主はどうしても欲しい。売主は早く金もって逃げたい。追い詰められた司法書士
不動産の決済(売買代金または残金を支払い所有権移転登記をする)は登記の書類が揃ったと司法書士が確認し「それでは決済して下さい」と宣言して買主は代金を支払い(振込)ます。しかし、この時は売買契約の締結も決済時でした、一発同時決済という方法。1回目の転売された買主は登記に出てこない。司法書士は公証人の認証があるのだから、しかも弁護士もいるのだから大丈夫と考えた。まさか二弁の元副会長が地面師だとは思わなかった。
決済をして司法書士は預かった所有権移転登記に関する書類を法務局に提出しましたが、法務局で見破られた。
判決は司法書士だけの責任を問われ、公証人や弁護士の責任を問う裁判ではなかった。
弁護士が所有権移転登記をすることはまずありません。相続、財産分与などの事件は、ほとんど司法書士に下請けをさせます。まして弁護士の事務員が登記の仕事をすることなど考えられないのです。公証人も偽のパスポートと印鑑証明が見抜けなかった。この登記は法務局で却下されていますから。元の所有者に戻されます。順番に金返せとなりますが、どうなったでしょう。今回の司法書士の報酬は13万円 賠償額3億2400万円です。
【判例番号】 L07320587 損害賠償請求控訴事件
【事件番号】 東京高等裁判所判決/平成29年(ネ)第5340号
【判決日付】 平成30年9月19日
【判示事項】 不動産所有権移転登記のいわゆる連件申請における前件申請 の登記義務者がなりすましであったという地面師詐欺事案において、前件申請の代理人たる弁護士が登記義務者の本人確認 など代理人業務の全部を事務員(元弁護士)に丸投げしていること及び前件申請の登記義務者が登記識別情報を有しておらす、 その印鑑証明の真正にも疑義があることを知りながら、前件申請 代理人との接触及び印鑑証明の真正の確認を怠ったまま連件 申請を実行した後件申請の代理人たる司法書士には、注意義務 違反があり、売買代金を騙取された買主に対する損害賠償の責めに任ずる(過失相殺五割)とされた事例
【掲載誌】 判例時報2392号11頁
原告 地面師詐欺被害を受けた大手不動産業者
被告 司法書士
一 原判決中第一審被告に関する部分を次のとおり変更する。
(1) 第一審被告は、第一審原告に対し、三億二四〇〇万円及びこれに対する 平成二七年九月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。 (2) 第一審原告の第一審被告に対するその余の請求を棄却する。 二 訴訟の総費用はこれを三分し、その一を第一審原告の負担とし、その余を第 一審被告の負担とする。 三 この判決の第一項(1)は、仮に執行することができる
第一 控訴の趣旨
一 原判決中第一審原告敗訴部分を取り消す。
二 第一審被告は、第一審原告に対し、損害金三億四八〇〇万及びこれに対する不法行為の翌日である平成二七年九月一一日から支払済みまで民法所定の 年五分の割合による遅延損害金を支払え。
第二 事案の概要
一 地面師グループが本件不動産の所有者のなりすましの人物や各種偽造書類 を用意して、第一審原告から本件不動産の売買代金名下に六億四八〇〇万円を 詐取するという事件が発生した。本件は、本件不動産の所有権移転登記(第一審原告を中間省略して、その転売先(実質的には共同買主)への所有権移転登記) の申請代理人となった第一審被告に、本件不動産の所有名義人の印鑑登録証明書の偽造などが見抜けなかった注意義務違反があるとして、六億四八〇〇万円の損害賠償を請求する事案である。
原審は、偽造があった書類は、第一審被告が担当した登記申請についてのもの ではないことなどを理由に請求を全部棄却したので、第一審被告が不服の範囲を 三億四八〇〇万円に限定して控訴したのが本件である。 なお、原審相被告(Y1・偽造があった書類を添付書類とする登記申請を代理したとされる者)に対する請求は、原審で全部認容され、控訴なく確定した。
二 前提事実及び争点に関する当事者の主張は、
下記三のとおり原判決を補正 し、当審において補充・追加された主張を下記四のとおり加えるほか、原判決「事 実及び理由」中の第二の一及び二(2)から(4)まで記載のとおり(ただし、Y1関係 部分を除く。)であるから、これを引用する。〈編注・本誌では証拠の表示は省略ないし割愛します〉
三 原判決の補正
(1) 二頁二四行目〈編注・本号後掲二一頁二段一六~一七行目〉を次のとおり 改める。 「イ Y1は、平成三〇年××月××日に弁護士登録を抹消するまで、第二東京弁護士会に所属する弁護士であった者である。Y1は、登録抹消直前の同年××月××日 に第二東京弁護士会から業務停止△月の懲戒処分を受けたが、処分の理由は、『Y1の法律事務所の運営、経営を支配し、Y1の名前を利用して各種事件、手続を 行う等していた元弁護士(T)から依頼者の紹介を受け、Tを利用していた』というも のであった。」
(2) 三頁一行目の「弁護士会の除名処分」を「所属していた第二東京弁護士会 から除名処分」に改める。
(3) 三頁七行目〈同二一頁二段二九行目〉の末尾に「甲野は、国籍を中国とする一九二四年(大正一三年)××月××日生まれの外国人男性であり、平成二七年当時は日本国内の東京都武蔵野市a町b丁目c番d号に住民票を置いていた。」を加える。
(4) 四頁五行目及び六行目〈同二一頁三段三〇~三一行目〉を次のとおり改める。
(5) 本件後件申請は平成二七年一〇月一六日に申請が取り下げられ、本件前件申請は同年一一月一七日に却下された。」
(5) 八頁一八行目の「本件後件登記申請書」及び九頁三行目の「本件後件申請 書」を、いずれも「本件後件申請に係る登記申請書」に改める。
(6) 八頁二一行目及び同二六行目から九頁一行目にかけての「本件前件申請 書」並びに九頁三行目の「前件申請書」を、いずれも「本件前件申請に係る登記申
(7) 九頁二行目〈同二三頁一段二九行目〉の「義務を負っていたにもかかわら ず、」の次に「本件前件申請の代理人であるY1本人とは会ったことも電話で連絡をとったこともなく、」を加える。
(8) 九頁五行目の「後件申請」を「本件後件申請」に改める。
(9) 一二頁三行目の「非弁」を「弁護士法七二条違反(いわゆる非弁行為)」に 改める。
(1)第一審原告の主張
第一審被告は、本件前件申請について、申請書と添付書類である印鑑登録証明書との不整合などに気付いていながら、自称甲野の本人性について、本件前件申請の代理人であるY1に照会しておらず、そもそもY1とは会ったことも電話で連絡を とったこともない。この関係で、第一審被告は、Y1の法律事務所の事務員をしていたTが本件登記申請に関与していたことに言及しているが、Tは弁護士でも司法書書士でもない。
(2) 第一審被告の主張
第一審原告は、申請書と添付書類である印鑑登録証明書との不整合をいうが、 不動産登記規則四八条一項二号は、申請書に印鑑証明書の添付を要しない場合 として「公証人の認証を受けた場合」を挙げている。本件前件申請ではこの公証人の認証を受けているから、印鑑証明書が不要な場合である。第一審原告の主張は、その出発点からして誤っている。 第三 当裁判所の判断 当裁判所は、原判決と異なり、第一審原告の第一審被告に対する請求は、主文印鑑証明書が不要な場合である。第一審原告の主張 は、その出発点からして誤っている。
当裁判所は、原判決と異なり、第一審原告の第一審被告に対する請求は、主文 第一項(1)の限度で理由があるものと判断する。その理由は、以下のとおりであ る。
一 認定事実
後掲の証拠《略》及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 本件法律事務所の実態 本件法律事務所に所属する弁護士はY1(昭和一四年生)一人だけであり、形式 的には、Y1が本件法律事務所を経営する弁護士であり、TはY1の指揮命令の下に稼働する事務員であった。
しかしながら、本件法律事務所の実態は、Tが実質的 なオーナーとして事件の受任、事件の処理方針の決定、弁護士報酬の請求及び受領その他の本件法律事務所の会計など事務所経営の重要事項の全部を取り仕切 り、Y1はTの指示を受けて受任事件のうち訴訟事件その他の裁判所への出頭を要 する事件についての裁判所の期日における手続を行い、Tから報酬の支払を受けるという勤務弁護士のような活動をしいるだけであった。したがって、裁判所への出頭を要しない法律相談や交渉案件には、Y1は実質的には一切関与せず、TがY1の名を使って処理していた。本件の甲野・C1間売買への関与及び本件前件申請 についても、Y1は実質的には一切関与せず、TがY1の名を使って処理した。 このような実態が生じるに至った経緯は、次のとおりである。
Y1は、第二東京弁護士会副会長を歴任した弁護士であり、D法律事務所の創業者・パートナー弁護士であった。しかし、平成二三年頃から短期記憶障害等の認知 症の症状が現れるようになり、物忘れ外来を受診するなどしていたが、平成二六年 には、D法律事務所の共同経営者たる別の弁護士から引退を勧められるようになった。Y1はこれを機にD法律事務所を離れることとなったが、弁護士を廃業することはなく、新たに××駅近くに「B’総合法律事務所」(本件法律事務所)を開業することとなった。この頃、Y1は、自身が依頼を受けた訴訟等案件をほとんど持っておらず、貯えも乏しかったが、その開業を全面的にバックアップしたのがTであった。Tは、かつては弁護士資格を有し、Y1の下で勤務弁護士として稼働していたところ、 平成四年に二か月の業務停止処分を受け、平成五年に除名処分を受けて弁護士資格を喪失し、その後はコンサルタント業等を行っていた者である。
弁護士資格を 失った事務員たるTは、その人脈で多数の事件を受け付け、受任するかどうかの決定、依頼者からの聞き取り、法的対応方針の決定、準備書面の起案など本件法律 事務所の業務のほぼ全部をT自身が決定するようになった。Y1は、受任事件のうち裁判所への出頭を要する事件だけについて、Tに指示されるがままに裁判所に 出頭するにすぎなかった。Tは、本件法律事務所の預り金口座の預金通帳、Y1の 弁護士職印なども保管・管理しており、対外的にも、自分が本件法律事務所のオーナーであると公言していた。
本件不動産売却案件のTへの持ち込み
平成二七年四月頃、Tの下に、本件不動産を契約即代金全額決済で売りに出すので、本件法律事務所で(TがY1弁護士の名前を使って)買主の選定、所有権移転登記手続その他の関係事務を担当してもらいたいという話が持ち込まれた。本件不動産は、所有者を甲野とする東京都渋谷区《番地等略》所在の宅地計四八 四・二二平方メートル(公簿面積)の大型物件である。
本件不動産の売却話は、甲野になりすました老年の男性(以下「自称甲野」という。)、自称甲野の写真を付した 甲野名義の偽造パスポート及び甲野名義の偽造印鑑登録証明書などを用意して 買主から売買代金を詐取しようとする地面師グループが、甲野に無断で作り上げたものであった。
この話をTに持ち込んだのは、甲野の事実上の代理人を自称して いたQ4であった。同人は、株式会社C4の代表取締役であるが、空手の達人で、 甲野の身の回りの世話をしているという話であった。F等との交渉及び破談 本件不動産の買主としては、最初は株式会社Eが、次いで株式会社Fが候補に 上ったが、最終的に、いずれも破談となった。なお、Fとの取引は、平成二七年八月 一八日頃にセットされていた契約締結・代金決済予定日当日に破談になったものである。Tは、Fとの取引の準備のため、甲野作成名義の同月四日付けのY1に対する登記申請委任状(甲野の住所は「東京都武蔵野市a町b丁目c番d」)の交付を受けていた。
この委任状には、①公証人R1作成の同日付け認証(甲野が公証人の 面前で委任状の記名押印を自認する旨陳述したこと、印鑑登録証明書及びパスポートの提示により甲野に人違いでないことを証明させたことを認証するもの)、②甲野の同年七月二七日付け印鑑登録証明書(生年月日「大正一三年××月××日」、 「住所「東京都武蔵野市a町b丁目c番d」)、③中華人民共和国発行のパスポートの写し(「甲野/KONO 太郎/TARO」等の記載があるもの)が添付されている。 Tは、上記②とは別に、甲野の同年七月二六日付け印鑑登録証明書(生年月日「大正一五年××月××日」、住所は同上)の交付も受けていた。 実際は、上記②の印鑑登録証明書、③のパスポート及び甲野の生年月日を大正一五年××月××日とする印鑑登録証明書はいずれも偽造されたものであり、①の 公証人の面前での手続は自称甲野がいずれも偽造の印鑑登録証明書及びパスポートを公証人に提示して行われたものにすぎなかった。
第一審原告との交渉の開始
株式会社C3の代表取締役Q3は、Tとは旧知の関係にあった。Q3は、Tが本件不動産の取引に絡んでいることを察知して、平成二七年八月一八日頃、Tに対し、 買主側の仲介をしたい旨申し出た。これに対し、Tが、別の買主候補もいて七億〇三〇〇万円の価格が提示されているという説明をすると、Q3は、決済を九月一〇 日までにやらせるから六億五〇〇〇万円にしてくれと要請し、これを前提に売買契 約交渉が進められることとなった。そして、Q3は、買主候補として第一審原告をTに紹介した。 その後、Tは、第一審原告代表者のPに対し、
甲野と買主との間にC1という会社が間に入るが同社への登記は中間省略しない、
契約調印は弁護士たるY1が 代理で行うが、事前に買主及び買主側司法書士に本人確認のため甲野と面談する機会を設ける、
甲野は高齢で××の病院に入院しているが、自分は何回も甲野と会っており、本人であることは間違いないなどの説明をした。
Tが故意に虚偽の内容を説明したものであった。 また、TからQ3を通じて、上記(3)の平成二七年八月四日付け委任状及びその 添付書類(委任状についての公証人の認証並びに偽造の印鑑登録証明書及びパスポート)の写しが第一審原告に交付された。
売買スキームの形成
ア 第一審原告代表者のPは、単独で本件不動産の買主となるのは資金負担が 大きかったことから、C2との共同事業にしようと考え、C2に話を持ち込み、その了承を得た。こうして、甲野からC1、C1から第一審原告、第一審原告からC2という 三段階の売買を行う予定となった。ただし、所有権移転登記は、甲野からC1(本件 前件申請)、C1からC2(本件後件申請)の二段階で行う(第一審原告への所有権 移転登記は中間省略)こととされた。
イ 甲野からC1への所有権移転登記については弁護士たるY1が売主及び買主 双方の申請代理人になることが既定路線であったが、C1からC2への所有権移転 登記申請を行う代理人としては、登記権利者であるC2が第一審被告に依頼した。 第一審被告が委任されたのは、本件後件申請の登記申請代理事務だけであり、本件前件申請の売主である甲野の本人性の裏付け調査その他の実体的な調査確認 を行うことについての具体的な指示はなく、報酬も、一般的な登記申請代理の場合 と異ならない約13万円であった。なお、第一審被告は、Y1やTとは、この件以前に面識はなかった。また、第一審被告は、司法書士ではなく弁護士が前件登記申請を担当し、司法書士である自身が後件登記申請を担当するという連件申請を行うのも初めてであった。
ウ この間、C1・原告間売買の売買代金は六億五〇〇〇万円、原告・C2間売買 の売買代金は六億八一〇〇万円としてセットされたが、その差額三一〇〇万円 は、買主側の仲介業者となるC3(Q3)ほかに支払う仲介手数料分を加算したもの であり、第一審原告の取得する利益は、C2から第三者への転売が実現した時点 で、その転売差益を第一審原告とC2が分け合うものとされていた。そして、最終的な売買契約の調印及び売買代金の決済は、当初の予定どおり平成二七年九月一 〇日に行うものとされた。
ア 平成二七年九月七日午後二時、本件法律事務所において、甲野本人と買主側との事前面談及び登記申請書類の事前確認の機会が持たれた(以下「九月七 日事前面談」という。)。出席したのは、自称甲野、甲野の事実上の代理人を自称するQ4、本件法律事務所の実質的経営者であるT、第一審原告代表者のP、買主側仲介業者となるC3代表者のQ3、司法書士の第一審被告、C2担当者のQ2で あった。本件前件申請の代理人となることが予定されている弁護士のY1は、出席しなかった。
イ この面談の席上、自称甲野は、生年月日を尋ねる質問に対し、大正一三年×× 月××日であると回答した。しかし、Tが当日持参していた平成二七年七月二六日付 け印鑑登録証明書(上記(3)参照)の生年月日は「大正一五年××月××日」とされていたことから、TがQ4に問いただした。これに対し、自称甲野又はQ4は、生年月日 が「大正一三年××月××日」とされている別の印鑑登録証明書を取り出して示した。 その場で両方の印鑑登録証明書のコピーをとってみたところ、いずれの印鑑登録証明書についても、本来現れるはずの「複製」の文字が現れなかった。また、生年の異なる二種類の印鑑登録証明書が存在している理由等について、自称甲野又 はQ4から何らの説明もされなかった。結局、Q4が決済日までに甲野名義の新しい印鑑登録証明書を取ってくるという話になった。第一審被告は、面談の席に立ち会い、以上の経緯を全部現認していた。しかし、第一審被告を含む関係者からは、 それ以上の追及はされなかった。
ウ 第一審被告は、その場で示された本件前件申請のための必要書類が形式に 整っているかどうかを確認した。その主なものは、下記(ア)以下のとおりである。なお、甲野が本件不動産の所有権移転登記を受けたのは昭和三九年のことで、その際に登記済権利証の交付を受けているから、平成二七年に本件不動産の所有権 移転登記手続をするに当たっては、不動産登記法(平成一六年法律第一二三号) 附則第七条の規定により登記済権利証を提出すれば登記識別情報を提供したものとみなされる。
しかしながら、甲野に無断で自称甲野を擁して代金を詐取しようとする地面師グループは真正な登記済権利証を有していないから、本件不動産の移転登記手続をするには、結局のところ、登記識別情報を提供することができない場合の手続を利用せざるを得ないことになる。Tは、登記委任状について公証人から 登記義務者本人であることを確認するための必要な認証をしてもらう方法(不動産 登記法二三条四項二号、下記(ウ))と、登記申請をする資格者代理人から申請人 本人が登記義務者本人であることを確認するための必要な情報を提供してもらう 方法(同項一号、下記(オ))の両方を準備していた。
記
(ア) Y1作成名義の登記申請書(義務者である甲野の住所「東京都武蔵野市a 町b丁目c番d号」)
(イ) 甲野作成名義の平成二七年九月七日付けのY1に対する登記申請委任 状(甲野の住所につき修正前は印字で「東京都武蔵野市ab’丁目c番d」と記載され ていたが、手書きで「b’」を削除し、その代わりに「町b」を加入したもの)
(ウ) 上記委任状についての公証人R2作成の同日付け認証(嘱託人甲野が 公証人の面前で署名押印したこと、パスポート及び印鑑証明書の提出により人違 いでないことを証明させたことを認証するもの)
(エ) 同年七月二七日付け甲野の印鑑登録証明書(生年月日は「大正一三年 ××月××日」(外国人であるのに西暦で記載されていない。)、住所は「東京都武蔵 町市a町b丁目c番d」)(上記(3)②と同じもの。以下「本件印鑑登録証明書」とい う。) (オ) Y1作成名義の平成二七年九月七日付け本人確認情報 エ 前記ウ
(オ)のY1作成名義の本人確認情報には、大要、弁護士であるY1が 平成二七年九月七日午後二時三〇分から約一時間本件法律事務所の会議室で甲野と面談し、パスポート、外国人登録証(在留カードの誤記と思われる。)、保険 証等の提示を受け、本人確認、生年月日、出生地等の確認、本件不動産の取得経 緯や売却意思の確認を行った旨の記載がある。しかしながら、第一審被告は、同日午後二時に本件法律事務所で自称甲野と上記の面談や確認を行ったのは、弁 護士資格を有しない事務員たるTであって、弁護士であり申請代理人であるY1は 全く自称甲野との面談をしていないことを知りながら、前記本人確認情報には問題 があること(Y1による確認という架空の事実が記載されていること)を指摘しなかった。 この前後を通じて、第一審被告は、Y1と面談、電話による会話その他のいかなる 方法によっても接触したことがなく、本件前件申請が有資格者であるY1の意思に 基づいて準備されていること(無資格者であるTに丸投げされていないこと)を一回 も確認したことがなかった。
オ Tは、翌日の同月八日、本件不動産を管轄する東京法務局渋谷出張所に赴き、不正登記防止申出がされていないか照会したが、申出はないという回答であった。しかし、肝心の印鑑登録証明書の真正さの確認については、甲野の印鑑登録証明書の発行官署である東京都武蔵野市に対する照会等を行わず、新しい甲野 の印鑑登録証明書の発行を受けたことの確認もしなかった。
ア 平成二七年九月一〇日午前一一時頃、契約書の調印及び代金決済のため、 新宿所在のC2の本社に、甲野の事実上の代理人Q4、本件法律事務所のT、C① 担当者のQ1、第一審原告代表者のP、買主側仲介のQ3、司法書士の第一審被告ほかが集まった。本件前件申請の申請代理人であるY1は、出席しなかった。 上記の関係者らは、①甲野・C1間売買に係る同年八月七日付け契約書、②C 1・原告間売買に係る同年九月三日付け契約書、③原告・C2間売買に係る同年 九月一〇日付け契約書の調印を済ませ(又は押印を終えていた契約書を確認し)、 本件前件申請及び本件後件申請の必要書類の確認を行った。 Q4は、新しい甲野名義の印鑑登録証明書の発行を受けておらず、九月七日にコ ピーをしても複製の文字が現れないという疑問は解消されていなかった。甲野名義の印鑑登録証明書は、七月二七日発行の本件印鑑登録証明書((6)のウ(エ))が そのまま使われていた。第一審被告は、これらの問題点の指摘をしなかった。また、この日もY1は調印及び決済の場に立ち会っておらず(なお、上記①、②の契約書上、Y1が立会人とされているが、上記代金決済日当日のY1の立会いはなかった。)、第一審被告は、本件前件申請が有資格者であるY1の意思に基づいて準備されていること(無資格者であるTに丸投げされていないこと)を確認しなかった。
イ 上記アに引き続き、C1の代理受領者として指定されたY1名義の口座に、第 一審原告からC1・原告間売買の売買代金六億五〇〇〇万円から測量費二〇〇 万円を控除(測量図交付と同時に支払うものとして留保する旨の合意あり。)された 六億四八〇〇万円の本件送金がされた。なお、これに先立って、C2から第一審被 告に対し、原告・C2間売買の売買代金六億八一〇〇万円から上記二〇〇万円を控除した六億七九〇〇万円の支払がされており、これが本件送金の原資となった。
ウ Y1名義の口座への着金が確認された後、第一審被告が本件登記申請(本件 前件申請及び本件後件申請の両方を含む。)の必要書類を東京法務局渋谷出張所に持参して、申請代理人Y1による本件前件申請(登記権利者C1、登記義務者 甲野)及び申請代理人第一審被告による本件後件申請(登記権利者C2、登記義 務者C1)が、東京法務局渋谷出張所受付第××号及び第××号のいわゆる連件申 請として受け付けられた。登記完了予定日は同月一七日であった。 前件登記申請の申請書及び添付書類として実際に使用されたのは、上記(6)ウ (ア)から(エ)までのもの等であり(不動産登記法二三条四項二号の方法が採用さ れた。)、(オ)の本人確認情報は使用されなかった。
ア 平成二七年九月一四日、東京法務局渋谷出張所の担当者から電話連絡が あり、本件前件申請代理人Y1及び本件後件申請代理人第一審被告が呼び出され、Y1の事実上の代理人としてのT及び第一審被告が法務局に出頭した。そこで、法務局担当者から、本件印鑑登録証明書((6)ウ(エ))は偽造であることが判明したことから、甲野を呼び出して登記官による本人確認のための面談を行う予定であるとの説明がされた。これに対し、Tは、正規の印鑑登録証明書を一両日中に 持参するという申出をした。しかし、その後、正規の印鑑登録証明書の提出はされ ず、甲野又は自称甲野が法務局に出頭することもなかった。
イ 同年一〇月一五日、東京法務局渋谷出張所の担当者から第一審被告に対する状況説明があり、甲野は現時点では台湾に滞在し(武蔵野警察署情報)、印鑑登録証明書の提出も本人との面談も不可能であるという状況が明らかとなった。第一審被告は、同日、以上のてん末を登記申請依頼者であるC2に説明した。
ウ このように本件前件申請が却下を免れない状況になったのを受け、第一審被告は、同月一六日に本件後件申請を取り下げた。他方、本件前件申請について は、申請自体は維持されたものの、同年一一月一七日付けで「申請の権限を有しない者からの申請と認められる」という理由で却下された。
C2は、第一審原告に対する平成二七年一一月一七日付け通知書をもって、原 告・C2間売買の契約を解除した。そして、C2と第一審原告は、同年一二月一四 日、公証人に嘱託して、
上記解除により、第一審原告は、C2に対し、売買代金 六億七九〇〇万円及び約定違約金六八一〇万円の合計七億四七一〇万円の支払債務を負担したことを承認する、
第一審原告は、C2に対し、上記支払債務を、平成二八年七月末日を最終支払日とする計八回の分割払で支払う、
第一審 原告代表者Pは、第一審原告の上記支払債務を連帯保証する、
第一審原告とP は本証書上の金銭債務を履行しないときは強制執行に服する等の内容の「売買契 約解除に伴う債務弁済契約公正証書」を作成した。
本件売買は、地面師グループらが、自称甲野を甲野本人のなりすましとして用意した上、本件印鑑登録証明書やパスポートを偽造するなどして計画・実行されたいわゆる地面師詐欺事案であり、捜査の対象となっているが、いまだ犯人の検挙に至っていない。
第一審被告は、司法書士として、登記権利者であるC2及び登記義務のあるC1のために、本件後件申請を代理したにとどまり、本件前件申請の代理を担当したわけではない。しかしながら、本件前件申請と本件後件申請は連件申請で あり、本件前件申請が申請却下その他の理由で登記が実現しない場合には、本件 後件申請は自動的に却下されるという関係に立つ。そうすると、連件申請のうち本 件後件申請を代理する司法書士は、本件前件申請に却下事由(登記義務者の本 人性を含む。)その他の問題がないかどうかについて、相応の注意を払うべき義務を負う。 司法書士は、不動産の権利に関する登記の申請代理業務を弁護士と共に独占する登記手続の専門家として、法令及び実務に精通して、公正かつ誠実にその業務を行うべき立場にある(司法書士法二条、三条一項一号、二五条、七三条参 照)。このような司法書士に求められる専門性及び使命にも鑑みると、司法書士 は、連件申請の後件申請だけを代理する場合であっても、前件申請の形式的な要 件の充足を確認することはもとより、その職務の遂行過程で、前件申請の却下事 由その他前件申請のとおりの登記が実現しない相応の可能性を疑わせる事由が 明らかになった場合には、前件申請に関する事項も含めて速やかに必要な調査を 行い、その結果も踏まえて、登記申請委任者その他の重要な利害関係人に必要な 警告(問題点の所在及びその時点で判明している調査結果の説明、取引・決済の 中止又は延期の勧告、勧告に応じない場合の登記申請代理人の辞任の可能性など)をすべき注意義務を負うと解するのが相当である。
本件について検討するのに、前記認定事実によれば、本件前件申請については、代理行為を無資格者であるTが資格者(弁護士)であるY1の名前を借りて行うという違法行為(弁護士法七二条違反行為、罰則あり)があるという問題があった 事実、本件後件申請の代理人である第一審被告は、本件前件申請に前記違法が あることを知っていた事実を認定することができる。第一審被告は、本件前件申請が形式的には弁護士たるY1を代理人とするものであることを知りながら、Y1と会ったことも電話その他の方法で連絡をしたこともないこと、本件前件申請に関する事務は全部Tが取り仕切り、T自身があたかも自らが代理人であるかのように振るまっていたことを第一審被告が現認していたこと、平成二七年九月七日に本件法律 事務所で実施された自称甲野に対する本人確認を行ったのはTであるのに、Y1作成名義の本件確認情報には本件確認を行ったのはY1である旨の虚偽記載がされており、第一審被告もこの本人確認情報の内容及びこれが本件前件申請の添付 書類として実際に使用される可能性があることを事前に確認していたことから、第一審被告が本件前件申請について違法行為(無資格者Tが弁護士Y1の名前を借 りて申請代理)があったことを知っていたことは優に認定できるというべきである。 このような事情は、本件前件申請について、申請のとおりの登記が実現しない相応の可能性を疑わせる事情に当たる。
そうすると、第一審被告は、司法書士として、違法行為に加担しないために、本件前件申請の違法性の是正を勧告するか、 本件後件申請の代理人を辞任することが相当である。仮にそうでないとしても、本件のようないわゆる地面師詐欺事案では、名義の管理がルーズな弁護士が利用されることが少なくなく、それが詐欺その他の不正の温床となっていることは、不動産 取引に関わる者にとって、広く知られている事実である。そうすると、本件前件申請 で違法行為が行われているということは、本件前件申請に何らかの問題点が潜んでいる重大な兆候であって、通常の案件よりも警戒のレベルを上げて、慎重に本件 前件申請及び本件後件申請に問題がないかを点検すべき注意義務を負うものとい うべきである。 第一審被告は、Y1弁護士と面談も試みず、電話その他で接触をとろうともしなかったのであり、この点に最初の注意義務違反がある。Y1弁護士に接触すれば、Y1 が認知症により判断力が低下した状態にあり、本件前件申請をY1が受任した事実 もないことが第一審被告に判明し、本件売買を中止させることもできたと推認され る。
第一審被告が本件前件申請が実質的に無資格者Tによる代理行為である ことを知りながら名義上の代理人であるY1と接触しなかったことを前提に、本件に おける第一審被告の他の注意義務違反の有無について検討する。
ア 第一に、九月七日事前面談の際、生年月日が「大正一三年××月××日」とされている平成二七年七月二七日付け印鑑登録証明書と、生年月日が「大正一五年 ××月××日」とされている同月二六日付け印鑑登録証明書の存在が明らかとなり、 これらについて、甲野からもQ4からも何らの説明がされなかったばかりか、両方の 印鑑登録証明書がコピーをしても「複製」の文字が現れなかったというのである。これは、本件前件申請に違法行為があるかどうかにかかわらず、本件前件申請のと おりの登記が実現しない相応の可能性を疑わせる重大な事情(印鑑登録証明書に偽造その他の不正な作為が介在していること)にほかならない。 また、日本に在留する外国人についてわが国の市町村が発行する証明書その他 の書類については、生年月日のうち年の表記を西暦で表記する(大正、昭和、平成 などの元号で表記しない。)ことが比較的多いことは公知の事実である(武蔵野市 も同様である。)。そうすると、印鑑登録証明書の生年月日が西暦表記でなく「大正」という元号で表記されていたことも、前記(2)のような事情のある本件において は、武蔵野市に真偽を問い合わせてもよい事情であったといえよう。
イ 第二に、前件登記申請の申請書に記載されている義務者たる甲野の住所は 「東京都武蔵野市a町b丁目c番d号」であるのに対し、その添付書類である本件印 鑑登録証明書及び甲野作成名義の委任状記載の住所は、いずれも末尾の「号」の 一文字が欠けて「東京都武蔵野市a町b丁目c番d」となっており、齟齬がある。住居 表示に関する法律(昭和三七年法律第一一九号)の施行後半世紀が経過し、東京 都内の市街地で地番による住所の表示が非常に珍しくなった今日においては、「番 地」ではなく「番」と表示されているのに「号」が欠ける点については、本件前件申請 に違法行為がある本件においては、司法書士として、警戒のレベルを上げて武蔵 野市の正しい住居表示を調査すべきである。本件不動産の登記記録の甲区欄に は、登記名義人たる甲野の住所の記載があるはずだから、これと照合しようと考え るのは自然なことであるし、本件不動産の登記申請をしようとする第一審被告が登 記事項証明書を手元に用意しているのは当然であるから、極めて簡単に確認でき ることでもある。そして、本件不動産の登記記録上、甲野の住所は「武蔵野市a町b’ 丁目c番d号」とされているのである。これに気付くことは容易なことであるし、そうすれば、本件印鑑登録証明書に対する疑惑は決定的になったはずである。 ちなみに、不動産登記記録上の甲野の上記住所の記載は「武蔵野市a町b’丁目c 番d」のところで改行になっており、本件印鑑登録証明書を偽造した犯人は住所末尾の「号」が次行に送られているのを見落としたものと推察される。詐欺師としては お粗末な仕事であるが、本件の事情の下では、これに気付かなかった司法書士も 不注意であったといわざるを得ない。
ウ ところで、Tは、九月七日事前面談の後に発行官署である武蔵野市役所に本 件印鑑登録証明書の真偽を照会するべきであった。Tは、事前面談の翌日(九月 八日)に、東京法務局渋谷出張所に不正登記防止申出がされていないか照会し、 申出のないことを確認している(前記一(6)オ)。
しかし、真実の権利者が不正登記 の危険をいまだ察知していなかったことも予想される本件において、不正登記防止申出の有無を確認してもさほど意味がなく、本気で真偽を確認する気持ちがなかったのではないかと疑われても仕方のない行為というほかない。
また、本件前件申請には、公証人の認証付きの委任状が添付されているため、 本件印鑑登録証明書は、代理権証明情報(不動産登記令七条一項二号)として必須の添付書類とはいえない(不動産登記規則四九条二項二号)。この点は、第一 審被告の指摘するとおりである。しかしながら、偽造された印鑑登録証明書が添付されているような登記申請であれば、「申請の権限を有しない者の申請」(不勤産登 記法二五条四号)として却下されることは十分予想されるところであり、本件印鑑登 録証明書が必須の添付書類であるか否かは本質的な問題ではない。 結局のところ、本件印鑑登録証明書の不正常さを疑わせる上記ア、イの疑問点 は、本件登記申請時までに何ら解決されなかった。特に、新たな発行日付の甲野 の印鑑登録証明書が添付されたことを確認せず、九月七日に偽造の疑いが判明していた本件印鑑登録証明書が本件前件申請の添付情報として提出されたことを見 逃したことは、前件登記申請の却下を防止すべき注意義務に違反したものといえる。
(4) ところで、第一審原告は、本件後件申請の当事者(登記権利者、登記義務者)ではなく、第一審原告と第一審被告の間に委任関係が存在するわけでもない。 第一審原告は、その意味では第三者ではあるが、中間省略登記の中間買受人として、最終買受人であるC2への所有権移転登記の実現につき当事者に準ずる重大な利害関係を持っていたといえる。上記(1)で述べた司法書士としての注意義務 は、不法行為の過失を基礎付けるものとして、委任関係にない第一審原告との関 係でも妥当するものである。
ア 第一審被告は、前記(2)で指摘したとおり、そもそも本件前件申請の違法状 態の是正を勧告するか、本件後件申請の代理人を辞任すべきであった。仮にそう でないとしても、違法状態にある本件前件申請には問題が潜んでいる重大な兆候 があったというべきであるから、通常の案件よりも警戒のレベルを上げて、本件前 件申請にも問題がないか慎重に点検すべき注意義務を負っていた。
イ 第一審被告は、上記(3)で指摘したとおり、自称甲野の本人性に疑義を生じ させる具体的な事情を現に認識し又は容易に認識することができたのであるから、 登記手続の専門家として、委任者であるC2及び本件登記申請に重大な利害関係 を有している第一審原告に、本件前件申請の却下、ひいては本件後件申請も却下 される危険があることを警告する注意義務があったというべきである。 ところが、第一審被告は、生年の異なる二通の印鑑登録証明書を「行政のミスか なというぐらいの感覚で理解」するという全く根拠のない楽観論によって受け流して しまい、本件印鑑登録証明書の住所の末尾の「号」の欠落を漫然と見過ごし、前記 (2)の本件前件申請が実質的に無資格者であるTによって行われているという問 題点について何の問題意識も抱くことなく、単に形式的に整った登記申請であると いう点に安住して、そのまま本件後件申請の代理を行ったのである。第一審被告 には、前記注意義務に違反する過失があったというべきである。
ウ 第一審被告は、生年の異なる二通の印鑑登録証明書がある問題については 「おかしい」と指摘しており、なすべきことをした旨主張する。しかし、九月七日事前 面談の席上、買主側の立場で出席した関係者らが、生年の異なる二通の印鑑登録 証明書が存在するという問題点を指摘した事実は認められるものの、それを超えて、第一審被告が司法書士の立場で具体的な警告等をした事実は認められない。 しかも、上記問題点の指摘は、決済日までに新しい印鑑登録証明書を取ってくると いうQ4の話で引き取られたはずなのに、決済日までにこの新しい印鑑登録証明書 が追完されなかった。それにもかかわらず、第一審被告は、この点を問題視することなく(本件前件申請代理人のY1等に、新しい印鑑登録証明書が追完されなかった理由、本件印鑑登録証明書で問題ないと判断した理由等を確認した形跡すらな い。)、何ら疑問が解決されていない本件印鑑登録証明書を添付書類とする前件登 記申請がされるのを漫然と見過ごしていたのである。第一審被告がなすべきことを したなどと評価することはできない。 エ 以上によれば、本件においては、第一審被告は、Y1との接触を怠り本件前件 申請の不備を見落とした点に過失があるというべきである。第一審被告の上記過 失行為によって、自称甲野を擁する地面師詐欺グループによる第一審原告の詐欺 被害を未然に防ぐことができず、本件送金に係る六億四八〇〇万円の損害を第一 審原告に生じさせたのであるから、第一審被告は、第一審原告との関係で、不法 行為による損害賠償責任を免れない。 (6) 第一審被告は、後件登記申請だけを代理する司法書士は、原則として、前 件の登記手続資料については前件の登記が受理される程度に書類が形式的に揃 っているか否かを確認する義務を負うに止まる旨主張する。確かに、後件登記申 請だけを代理する司法書士という立場で、前件登記について登記申請の必要書類 の記載事項を超える情報はそもそも与えられないのが一般である。しかしながら、 連件登記の前件申請の代理行為を資格者代理人の名前だけを借りて無資格者が 実質的に遂行していることが後件申請代理人たる司法書士に判明したという本件 のような場合には、そもそも本件後件申請の確実な実現が保障できないとして後件 申請の代理人を辞任すべきである。
まして、前件の登記義務者の印鑑登録証明書の偽造を疑わせる相当な理由が明らかになるなど、その本人性に疑義を生じさせる具体的な事情を偶々把握することができた本件のような例外的な場合にまで、警告も代理人の辞任もしないまま、前件登記申請が却下される危険を看過して漫然 と後件登記申請を行うことは、登記手続の専門家の使命に沿うものとはいえない。 なお、第一審被告の上記主張自体、「原則として」の留保を付しているところである から、上記(1)で述べた当裁判所の認識と実質的に異なるものではないと解される。
(1) 以上に説示したところによれば、本件送金に係る六億四八〇〇万円につ き、第一審原告の損害発生及び第一審被告の不法行為との相当因果関係が認め られる。
(2) そこで、過失相殺について判断する。 第一審原告は、仲介業者の店頭等における広告・宣伝などの広く買主を募集する方法によらず、限られた情報環境の下で売りに出されていた本件不動産を、ごく 短期間の交渉だけで即金決済するというリスクのある方法によって買い受けたもの である。第一審原告代表者は、不動産業者としての自己責任において、本件不動 産の所有者であると自称する甲野の本人性を見極め、取引に踏み切るかどうかを 決断する立場にあったというべきである。しかし、第一審被告の注意義務違反を基 礎付ける上記二の(2)並びに(3)のア及びイの事情は、司法書士、弁護士などの 資格者代理人の専門的知見に依存せざるを得ない事項であることは否定できない ものの、第一審原告代表者においても、現に認識し又は比較的容易に認識するこ とができ、第一審被告に対して問題のないことの確認や注意喚起をすることもできたものである。 それにもかかわらず、第一審原告は、あえてリスクを取って本件の取引を進めた のであり、結果的に詐欺被害に遭った責めを第一審被告に全面的に転嫁させることが相当とはいえない。本件損害賠償額を定めるに当たっては過失相殺を免れ ず、第一審原告の過失割合は、これまでに認定した諸事情を総合的に勘案して、 五割とするのが相当である。
(3) よって、第一審被告は、三億二四〇〇万円及びこれに対する不法行為日の 翌日である平成二七年九月一一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合に よる遅延損害金の支払義務を負うというべきである。 第四 結論 上記のとおり、第一審原告の請求は、主文第一項(1)の限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないから棄却すべきところ、これと異なり、第一審原 告の請求を全部棄却した原判決は失当である。よって、本件控訴は一部理由があるから、原判決を上記のとおり変更することとして、主文のとおり判決する。 (裁判長裁判官 野山 宏 裁判官 宮坂昌利 角井俊文)
登場人物
吉永精志弁護士 第二東京弁護士会
1994年1月 除名 他処分 業務停止2月 業務停止1年6月
諸永芳春弁護士 元二弁副会長
平成30年2月16日 弁護士登録抹消
第二東京弁護士会がなした懲戒の処分について同会から以下の通り通知を受けたので懲戒処分の公告公表に関する規定第3条第1号の規定により公告する
1 処分を受けた弁護士
氏 名 齊藤 芳春
職務上の氏名 諸永 芳春
登録番号 12906
事務所 東京都豊島区池袋2-18-2‐303
西池袋法律事務所
2 処分の内容 業務停止6月
3 処分の理由の要旨
被懲戒者は、被懲戒者の法律事務所の運営、経営を支配し、被懲戒者の名前を利用して各種事件、手続を行う等していた元弁護士Aから依頼者の紹介を受けAを利用していた。被懲戒者の上記行為は弁護士職務基本規程第11条に、違反し弁護士法第56条第1項に定める弁護士としての品位をうしなうべき非行に該当する
4、処分が効力を生じた日 2018年1月29日 2018年5月1日 日本弁護士連合会
元A弁護士とは誰か
吉永精志 第二東京
【鎌倉九郎さんのブログ】より
諸永先生の事務所では、諸永先生と面談をすることもなく「ヤメ弁」吉永先生が法律相談を行ったうえで、適切な法律行為をしてくれると評判である。上記の諸永先生のウェブサイトでは「弁護士として40年以上の実績」として「どんなトラブルでも必ずベストの解決方法を全力で追求します」との記載がある。
懲戒処分の公告(抜粋)
吉永精志 第二東京 除名(平成5年12月8日処分発効)
【処分理由の要旨】
1 吉永は、平成2年7月から平成4年1月までの所属弁護士会及び日弁連の各会費(合計62万円余)を滞納し、再三の催告により平成4年7月に上記会費を支払ったが、その後の会費は滞納した。
2 吉永は、平成3年9月、自分が刑事事件の弁護人をしていた被告人Bに対し、「250万円貸して欲しい。5日ほどで返すから」と言って、Bから150万円を借り受けたが、その後Bから再三返済を求められても返済しなかった。
3 吉永は、平成3年4月、CからC・D間の賃借権譲渡交渉を受任し、6月、Cの代理人としてDから賃借権譲渡代金等1800万円を受領した。 ところが、吉永は交渉経過について全く報告せず、受領した金員を着服して横領した。
ブログ鎌倉九郎
諸永弁護士業務停止6月、吉永元弁護士と小林元弁護士はどこに寄生するのか
(週刊現代から抜粋)
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/50165?page=2代
怪しすぎる「不動産詐欺」〜渋谷の土地取引、消えた6億5000万円
「地面師」という闇の住人 森功
警察が本気になった。
話をAのケースに戻す。本人だと認証する公正証書まで作成した巧妙な地面師詐欺。だが、犯人グループは小さなミスを犯している。Aの話。
「実は取引にあたり事前にこちらに送られていた印鑑証明書のコピーでは、呉の生年月日がパスポートにある大正13年ではなく、15年になっていた。だが、司法書士はそれを単なる錯誤だとしてやり過ごしてしまったのです」
その時点で印鑑証明書やパスポートの偽造に気付いていれば、詐欺に遭うことはなかったかもしれない。が、すべてはあとの祭りだ。
Aは昨年9月10日、諸永総合法律事務所の吉永に指定されるがまま、富ヶ谷の土地購入代金6億5000万円を銀行口座に振り込んだ。口座の名義は諸永事務所だ。
その後、いざ法務局に所有権移転の登記申請をすると、印鑑証明書の偽造が発覚。むろんAは取引窓口である諸永総合法律事務所の吉永を問い詰めた。が、一向に要領を得ない。
「その時点でも、諸永事務所の吉永は『印鑑登録が変更されている可能性がある』なんて言い訳をしていたけど、信用できない。
『呉さんは築地の聖路加レジデンスにいる。あそこは入居するのに何億円も保証金が必要だから、本人に間違いない』と彼は言い張っていました。しかし病院に問い合わせてみると、案の定。呉なんて人間は入居していませんでした。
もちろん吉永にすぐに呉さんに連絡をとるよう迫りました。『諸永事務所は呉さんの代理人なのに連絡一つとれないのか』と詰め寄ると、彼は『いつも呉の運転手の山口を通じて連絡しているからつながらない』なんて調子なのです」
このとき山口は暴行事件で築地警察署に逮捕されていた。警察署なら逃げられない、とAたちは面会にも行ったが、断られて会えずじまいだった。
当然のごとくAたちは、警察に駆け込んだ。最初は呉の住所のあった吉祥寺を管轄する武蔵野警察署に相談し、12月に入ってからは、神田の万世橋警察署に被害を届け出た。そうして山口やニセの呉、さらに諸永事務所の吉永らに対し、刑事告訴に踏み切る。
さて、詐欺の舞台となった諸永総合法律事務所の事務員の吉永は、いかように弁明するのか。
「言いたいことはたくさんあるんですよ。でも、この件は民事裁判にもなっているし、弁護士事務所への懲戒請求もある。どうコメントを使われるかわからないので、答えられませんな。損害賠償とか、弁護士会の懲戒問題は、そこに何らかの過失があったかどうか、そこが争点になるから」
吉永は逃げを打ちながら、こう返答した。
「刑事告訴したといっても、それで警察が動くかどうかは別問題なんでね。私たちは今回、詐欺に加担したとか、そういうことはない。法律的にいう意思や故意はまったくないわけですよ」
またAは今年1月、事務所の責任者である弁護士の諸永に対しても6億5000万円の損害賠償請求訴訟を起こし、第二東京弁護士会に懲戒処分の申し立てをおこなった。