東弁2023人権第682号 2024(令和6)年3月1日

警視庁警視総監 緒 方 禎 己 殿  警視庁杉並警察署長 玉 川 司 殿

東京弁護士会 会 長 松 田 純 一

人権救済申立事件について(警告) 当会は、申立人A氏からの人権救済申立事件について、当会人権擁護委員会の調査の結果、貴庁及び貴署に対し、下記のとおり警告いたします。

         記

第1 警告の趣旨 2021(令和3)年4月25日午後6時50分頃、申立人が、同月22日 に杉並区内で起きた申立人所有自転車破損事故の処理について苦情を述べるために貴署を訪れた際、応対にあたった貴署署員らが、同署員らとのやり取りを記録するためスマートフォン型携帯電話で撮影する申立人に対して、貴署署内受付カウンター前において、複数回に渡って有形力を行使した。

貴署署員らの当該有形力の行使は、庁舎管理権行使として正当化される必要性、相当性、及び比例性に欠け、その権限を逸脱・濫用する違法なものであって、申立人に対する暴行にあたり、申立人の人権(身体の安全)を侵害するものであった。

よって、貴庁及び貴署において、今後、来署した一般市民に対する庁舎管理権の行使には慎重を期すよう、また、庁舎管理権の行使に名を借りた違法行為を繰り返すことがないよう警告する。

第2 警告の理由 1

認定した事実 (1) 自転車破損事故の処理について (省略)

(2) 貴署署内における署員らの行為について 2021(令和3)年4月25日午後6時50分頃、申立人は、事前に貴署に架電した上で、同月22日における自転車破損事故に関する苦情申し入れ及び被害届提出のため、自転車を持参して貴署を訪れた。

申立人は、貴署署内受付カウンターから、受付カウンターの内側にいる署員らに向かって、携帯電話で撮影しながら、「来た4人・・・・・・証拠は残っていますよね」などと苦情を述べていると、受付カウンターの内側から外側に飛び出すように回り込んできた黒色の上下着、短髪の私服警察官の1人(以下「私服警察官①」という)が、白手袋をした左手を申立人の携帯電話に押しつけた(1回目)。 さらに苦情と被害届受理を繰り返し申し立てる申立人に対して、正面にはメガネで白い上下に黒ジャンバーの私服警察官(以下「私服警察官②」という)、その左手には私服警察官①、その奥に数名の制服警察官が立ちはだかり対応していたが、そのうち、私服警察官①が、白手袋をした左手を伸ばして申立人の携帯電話を下に向けさせた(2回目)。

その後、申立人(A)と貴署署員ら(K)との間では以下のようなやり取りが交わされた。

A「触るなよ」「なんで触るんだよ」

K「やめてください」

A「触る必要ないでしょ」「個人の持ち物でしょう」

K「やめてください」「携帯をとめてください」

A「個人の持ち物でしょう」

K「外でまわしてください」

 A「じゃあ、外にいきましょう」

K「外に行ってください」

A「なんで一人で(※外に)行かなければいけないんですか」「ようするに、警察はきちんと謝る気もないわけだ」 「自分たちの不手際を認めたくないわけだ」

K「事件じゃないですからしょうがないです」 「故意がありませんから、器物損壊にならない・・・」 さらに撮影を続ける申立人に対して、私服警察官①は右手を申立人の携帯電話にぶつけるようにして伸ばし、続けて、同人は左手を申立人の携帯電話を握るようにして伸ばした。その際、申立人は握持する携帯電話を右側に傾けられながら体ごと受付カウンターのほうに押されていった。そして、受付カウンターに向かって右側に傾けられた申立人の携帯電話に対して、両名若しくは何れか1名の私服警察官の手によるさらなる力が加わり、携帯電話を握持する申立人の両手若しくは左手が鈍い音とともに、受付カウンターに当たった(3回目)。

その後、申立人(A)と貴署署員ら(K)との間では以下のようなやり 取りが交わされた。

A「また暴力ですか」

K「やめてくださいって言っているでしょう」

A「やめているでしょう」「命令される必要ありませんよね」

K「命令していません、お願いしているんです」「切ってくださいって言っていますよね、切れ、とは言っていないですよね」

A「110番させてもらっていいですか」

K「はい」 当会は、申立人の主張及び申立人提出の写真・動画等の証拠並びに貴署の 回答を慎重に検討したうえで、上述各事実を認定した。

 判断 4

(1) 有形力の行使の違法性 貴署署内受付カウンター前において、携帯電話で撮影しながら苦情を述べる申立人に対する貴署署員らの行為は、申立人提供の動画から認定でき る上述の3回のいずれも、申立人が手に持つ携帯電話、若しくは申立人の手 自体に直接物理力を加え、撮影方向を申立人の意に反して強引に逸らしめようとするものであり、申立人の身体に向けられた不法な有形力の行使と して暴行の構成要件に該当する。 そのうえで、当該有形力の行使が正当行為として違法性が阻却されるか が問題となる。その点、貴署は、有形力の行使の法的根拠について、「申立人の警察庁舎内での撮影行為が、『公務を妨害し、その他秩序を乱すような行為』に該当するとして、警視庁庁舎管理規程第6条に基づき、同撮影行為を制止したものである」と回答する。 庁舎管理とは、公用物たる庁舎の管理者が、直接、国又は地方公共団体 等の事務又は事業の用に供するための施設としての本来の機能を発揮するためにする一切の作用を意味するものとされ、庁舎管理権者は、特に法令等に制限されていない限り、いちいち明文の規定なしに包括的な管理、支配の権限を持ち、執務を妨害する者の立ち入りを禁止し、あるいは退去を求めることができるとされる。東京高判1976(昭和51)年2月24日高刑集29巻1号27頁は、警察署内において大学生らが10数人の集団で抗議行動を行った際の排除行為について、「一般に、官公署の長は、その管理する庁舎について、庁舎管理権を有するのを常とするが、庁舎管理権は、単なる公物管理権にとどまるものではなく、公物管理の側面から、庁舎内における官公署の執務につき、本来の姿を維持する権能を含むものであり、一般公衆が自由に出入しうる庁舎部分において、外来者が喧噪にわたり、官公署の執務に支障が生じた場合には、官公署の庁舎の外に退去するように求める権能、およびこれに応じないときには、官公署の職員に命じて、これを庁舎外に押し出す程度の排除行為をし、官公署の執務の本来の姿を維持する権能をも、当然に包含しているのであって、このことは、官公署が警察署であ5 る場合にもひとしくあてはまる」と判示する。 もっとも、警察権の行使が権力作用であるのに対して、庁舎(公物)管 理権の行使は非権力的作用であって、上述の裁判例が判示するように、強 制権限を有するものではなく、その必要性、相当性、比例性が当然要求さ れるものと解されている(松島惇「公物管理権」雄川雄一ほか編『現代行 政法体系 第9巻』有斐閣 1984年 257頁、同301頁)。

また、 庁舎管理権に基づく撮影規制については、「公用物であっても一般公衆の用に供されることがある以上、特に一般公衆の自由な出入りが許されている場所は実質的には公共の場所と変わりはなく、プライバシー等の他の利益が存在しない限り、公共の場所と極力同一に扱われるべきである」という見解も示されている(裁判所内での守衛担当者に対する公務執行妨害等被告事件である平成22年刑(わ)第2949号に関して、新屋達之〔現:福岡 大学教授〕が東京地方裁判所に提出した「意見書」2012年)。 そうすると、公用物たる警察署内での一般市民の自由な出入りが許された場所における、公務中の警察署署員に向けられた一般市民の撮影及び録音行為は、当人の行為の正当性を証明するなどの必要がある場合であって、その態様がプライバシー等の他の利益を侵害しない相当な範囲である限り、自己防御の方法として認められると考えるべきである。 本件では、申立人が貴署に対して本件トラブル対応の苦情を述べ被害届の受理を迫った場所は、貴署署内でも所用のある一般市民の出入りが許されている受付カウンターの前であったこと、申立人は複数ではなく一人であって、大声を張り上げていたとしても喧噪若しくは騒乱状態にあったとまではいえないこと、申立人の携帯電話は相対する貴署署員らにのみ向けられており、その他の一般利用者のプライバシーや貴署の情報の機密等が侵害される状況があったとはいえないことが認められる。一方、上述のように、自転車破損事故に関して弁償の機会を阻まれた申立人が貴署に対して苦情を申し入れるにそれ相応の正当な事由はあった。そのうえで、貴署署員らに説明を求めるに際して「言った、言わない、説明した、説明されていない」等の齟齬を防ぐためにも、携帯電話をもって貴署署員らとのやり取りを記録保存することも必要があったと認められる。 したがって、貴署署員らは、申立人に有形力を行使するのではなく、まず、申立人が何に対して苦情を述べているかを丁寧に聞き取ったうえで、自転車破損事故の処理について問題がないと考えるならばその理由を説得的に説明するか、その場で判断できないのであれば、「調査の後に回答する」旨を説明するか等の対応を行うべきであった。そのような十分な説明ののちに、なお不必要に申立人の撮影が続くようであれば、撮影の中止を求めるべきであった。 しかるに、貴署署員らは、苦情等を述べる申立人に向かって、当初か ら一貫して、相手にせず聞く耳をもたないという対応であり、「刑事事件性がない」「器物損壊の故意はない」旨の説明を述べるだけであった。また、一方で、貴署署員らのうち私服警察官①は、上述の認定事実のように、対応の初期段階で、受付カウンターの内側から外側に飛び出すようにして申立人に手を伸ばしており、ただちに有形力を行使しななければならない必要性があった状況とは認められない。 また、申立人提供の動画によって確認できる複数回の有形力の行使のうち、特に3回目のものは、上述のように、私服警察官①は右手と左手を交互 に、申立人の携帯電話に向かってぶつけるような勢いで伸ばしており、その際、申立人は握持する携帯電話を右側に傾けられながら体ごと受付カウン ターのほうに押されていることが認められる。さらに、そこに、両名若しく は何れか1名の私服警察官の手による力が加わり、携帯電話を握持する申 立人の両手若しくは左手が鈍い音とともに受付カウンターに当たっている。申立人が体ごと押されている様子、私服警察官らの手の動く速度、及び 申立人撮影画面のぶれる速度等からみて、相当な物理力が携帯電話を握持 する申立人の手に加えられていると推察できる。一連の有形力の行使の程 度は、当の状況で許される最小限度を超えるに至っており、相当性及び比例 性も認められない。

よって、貴署署員らによる有形力の行使は、庁舎管理権行使の逸脱・濫用 であって、違法性が阻却されるものではない。

権利侵害性 以上のように、本件における申立人に対する貴署署員らによる行為は、申立人の身体に対する不法な有形力の行使、すなわち暴行であると認められ、申立人の人権(身体の安全)を侵害するものであった。

よって、第1警告の趣旨のとおり、警告するものである。

以上 東京弁護士会HPよりhttps://www.toben.or.jp/