令和6年12月24日判決言渡同日原本領収 裁判所書記官
令和6年(ワ)第7136号 損害賠償請求事件 口頭弁論終結日 令和6年11月12日
判 決
原告 田邊勝己【弁護士)
同訴訟代理人弁護士 稲見友之
同 前野元国
被 告 山口三尊
主 文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
被告は、 原告に対し、 141万円及びこれに対する令和6年5月7日から支払済みまで年3パーセントの割合による金員を支払え。
第2 事案の概要等
1 事案の概要
原告は、 大阪弁護士会に所属する弁護士である。 被告は、 大阪弁護士会に対し、原告を懲戒するよう求める懲戒請求書を提出した。 原告は、 被告が懲戒請求書に原告が暴力団関係者と交際している等の事実を摘示し、これによって原告の社会的評価が低下するとともに、 名誉感情が害されたと主張する。
本件は、原告が、 被告に対し、不法行為に基づき、 損害賠償金141万円及び不法行為日である令和6年5月7日 (懲戒請求書の提出日)から支払済みまで民法所定の年3パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
2 前提事実 (当事者間に争いがない事実)
(1) 原告は、 大阪弁護士会に所属する弁護士である。
(2) 被告は、令和6年5月7日、 大阪弁護士会に対し、 原告を懲戒するよう求める懲戒請求書 (以下「本件書面」という。)を提出した。
(3) 本件書面には、「田邊は平成15年以前より暴力団関係者と報道され、左手小指がなく、 上半身に入れ墨が入っている〇〇と交際している(甲10)。
この点は懲戒事由とするものではないが、懲戒処分の内容を決定する際の参考とされたい。」、 「田邊は、長年に亘り訴外〇〇(以下「〇〇」 とする。) と交際しているが、この人物は左手の小指が欠損しており、 上半身には刺青が入っている人物であり、 複数の報道機関が (元) 暴力団員であると指摘している(甲9, 10)。」、 「田邊は、 〇〇とは長年に亘り昵懇の仲であり、 『一 介のIT技術者』 を〇〇と面談させる人脈を有している。」 との記載 (以下、これらの記載を 「本件記載」という。) がある。
3 当事者の主張
(1) 原告の主張
ア 本件記載は、これを閲覧する一般読者からすると、 原告が元暴力団員と 報道されている者と長年にわたり交際し、 昵懇の仲であると受け取られる文章であり、原告の社会的評価を低下させる。 この表現は、 被告によって 大阪弁護士会に提出された懲戒請求書によって原告の社会的評価を低下させる事実を公然と摘示する行為であって、 不特定多数の読者に伝播されており、事実を摘示する点で意見 論評でもないのであり、 原告の名誉を毀損する不法行為に該当する。
イ 原告は、本件記載により名誉感情を侵害され、精神的苦痛を被った。
ウ 原告は、被告の不法行為によって社会的に名誉を毀損され、かつ、 精神的苦痛を受けた。 その損害額は141万円が相当である。
(2) 被告の主張
ア 弁護士会の懲戒請求手続は非公開であるから、 本件記載が不特定多数人に伝播する可能性はない。
イ 本件書面の読者は弁護士であるから、 原告が元暴力団員であると報道されている人物と交際している事実を摘示したからといって、それによって原告の社会的評価は低下しない。
ウ 本件記載には公共性及び公益目的が認められる。 また、本件記載は真実であるか、 被告が真実であると信じたことについて相当性が認められる。
したがって、 仮に本件記載が原告の名誉を毀損するものであったとしても違法性が阻却されるため、不法行為は成立しない。
名誉を毀損する表現であっても、 必要性・ 相当性があれば、 違法性が阻却される。 本件記載には必要性・相当性が認められるから、不法行為は成立しない。
オ 本件記載は、 社会通念上許される限度を超える侮辱とはいえないから、名誉感情の侵害による不法行為は成立しない。
カ 損害の発生について争う。
第3 当裁判所の判断
1 名誉毀損による不法行為の成否について
本件書面は、被告が、 大阪弁護士会に対して、 原告を懲戒するよう求めて提出した書面である。 弁護士の懲戒請求に係る手続は非公開であるから、 本件書面を不特定多数の者が閲読することはない。 本件書面を閲読するの大阪弁護士会において懲戒請求手続に関与する綱紀委員会の委員及び懲戒委員会の委員に限られる。 これらの委員は、職務上守秘義務を負っているから、これらの委員を通じて本件記載の内容が不特定多数の者に伝播することはほぼあり得ないといえる(これらの委員が守秘義務に違反して本件記載の内容を口外するなどした場合には不特定多数の者に伝播することがあり得るといえるが、そのよ うな事態は通常考え難い上、仮にそのことによって原告に損害が生じることがあるとすれば、その責任は守秘義務に違反した者が負うべきである。)。
これら の事情によれば、仮に本件記載が原告の社会的評価を低下させ得る表現を含む ものであったとしても、不特定多数の者に伝播する可能性が乏しいことから、本件記載が原告の社会的評価を低下させるとはいえず、名誉毀損による不法行為は成立しないというべきである。
これに対して、 原告は、 綱紀委員会の委員及び懲戒委員会の委員は多数人に上り、 また、 委員が交代することもあることから不特定でもあると主張する。
しかし、本件書面を閲読する委員が多数に上るとはいえないし、 委員が交代することがあることをもって閲読する者が不特定であるともいえない。 したがって、この点に関する原告の主張は採用できない。
また、原告は、 弁護士会の事務員、 弁護士である委員の事務所の事務員、 裁判所や検察庁の職員、 印刷業者等が本件書面を閲読するとして、不特定の者が本件書面を閲読すると主張するが、これらの者が本件書面を閲読するとは直ちに認められないし、仮に本件書面を閲読する機会があったとしてもこれらの者は職務上守秘義務を負っているから、本件記載の内容が不特定多数の者に伝播するとは認められない。 したがって、 この点に関する原告の主張は採用できない。
名誉感情の侵害による不法行為の成否について
本件記載は、 原告が暴力団関係者と親しい関係にあることを摘示するものであり、 弁護士である原告にとってその人格的価値を損なうものといえ、原告の名誉感情を害するといえる。 もっとも、本件記載は、 弁護士を懲戒するよう求める懲戒請求書に記載されたものであり、 原告は、懲戒請求手続内において本件記載に対して反論し、自らの言い分を主張することができることを考慮する と、 本件記載が社会通念上許される限度を超える侮辱行為に当たるとまではいえないというべきである。
したがって、 本件記載について、名誉感情の侵害による不法行為は成立しな い
第4 結論
以上によれば、 原告の請求は理由がないから棄却することとして、 主文のとおり判決する。
大阪地方裁判所第25民事部 裁判官 宮﨑 純一郎