令和4年11月30日 判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官
令和4年(ネ)第3377号 損害賠償請求控訴事件(原審・東京地方裁判所令3年(ワ)第31012号)
口頭弁論終結日 令和4年10月5日 判決言渡 8月14日
控訴人 山口三尊
同訴訟代理人弁護士 高橋雄一郎
被控訴人 福永活也 (東京)
1 原判決中、 控訴人敗訴部分を取り消す。
2 上記部分につき被控訴人の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、第1、2審ともに、被控訴人の負担とする。
事 実 及 び 理 由
第1控訴の趣旨
主文同旨
第2 事案の概要(以下、略語は、新たに定義しない限り、原判決の例による。)
1 本件は、弁護士である被控訴人が、 控訴人が投稿したツイッター(インター ネットを利用してツイートと呼ばれるメッセージ等を投稿することができる情報ネットワーク)上のツイート (本件投稿)により、被控訴人の弁護士業務が妨害され、 精神的苦痛及び無形の損害を被ったと主張して、控訴人に対し、不法行為に基づく損害賠償として、50万円及びこれに対する不法行為の日である令和3年10月3日から支払済みまで民法所定の年3分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
2 原審は、本件投稿は、被控訴人の弁護士業務を妨害する違法なものであり、これにより、被控訴人に無形の損害が生じたとして、被控訴人の請求を、控訴人に対し、10万円及びこれに対する前記遅延損害金の支払を求める限度で認容し、その余を棄却する旨の判決をした。
控訴人は、原判決の上記認容部分を不服として、本件控訴を提起した。
前提事実並びに争点及び争点に関する当事者の主張は、次のとおり付加訂正するほかは、原判決の「事実及び理由」の第2の1及び2に記載のとおりであるから、これを引用する。
(1) 原判決2頁6行目の「被告は、」の次に 「令和3年1月21日、」 を加える。
(2) 原判決2頁17行目の「との記載のほか、 当該ブログへのリンク」を「どの記載に続けて、当該ブログ(以下「本件ブログ」という。)へのリンク」と改める。
(3) 原判決2頁20行目冒頭から同質21行目の「には」までを「控訴人は、本件ブログを管理しているところ、本件ブログには、 」 と、 同頁22行目の との記載のほか」 を 「との記載の下に」と、同頁 24行目の「当該ブログ」を「本件ブログ」とそれぞれ改める。
(4) 原判決3頁 25行目末尾に、改行の上、次のとおり加える。
「 なお、控訴人は、 後記のとおり、本件投稿は、弁護士が、 被控訴人事務所に入所しても、弁護士法違反の業務を行わない場合は、懲戒請求をしない趣旨であるなどと主張する。 しかし、本件投稿 1は、被控訴人事務所に入所すれば、「特段の事情なき限り」 懲戒請求することを示唆するものであり、本件投稿2は、そのような特段の事情に関する記載すらなく、 無条件で、 懲戒請求することを示唆するものであるから、 本件投稿は、これを閲覧した弁護士をして、被控訴人事務所への入所を躊躇又は断念させるものであり、被控訴人事務所の業務を妨害する違法なものであることが明らかである。」
(5)原判決4頁5行目冒頭から同9行目末尾までを次のとおり改める。
「イすなわち、本件投稿2は、一般の閲覧者が、そのリンク先のページ(乙17)にある動画等を併せて閲覧すれば、被控訴人事務所が、 非弁行為を行っている株式会社小さな一歩 (以下「一歩社」という。)と提携し、弁護士法又は弁護士職務基本規程に違反する業務を行っていることから、控訴人が、それを理由として、被控訴人事務所の原千広弁護士(以下「原弁護士」という。)及び同事務所に入所する弁護士について、懲戒請求をし、 又は、しようとしているものであることを理解することができる。 また、本件投稿1の 「特段の事情なき限り」とは、被控訴人事務所に入所しても、弁護士法に違反する業務を行わない場合には、 懲戒請求をしないという趣旨であることが明らかである。
このように、本件投稿は、被控訴人事務所が弁護士法又は弁護士職務基本規程に違反する業務を行っていることを理由として、同事務所に入所しようとする弁護士に対し懲戒請求することを予告するものであって、上記のような理由で懲戒請求をすることは正当な行為であるから、本件投稿が違法と評価されることはない。」
第3 当裁判所の判断
1 当裁判所は、 原審と異なり、被控訴人の請求は理由がないと判断する。
その理由は、以下のとおりである。
2 認定事実及び争点1 (本件訴訟提起が権利の濫用に当たるか)についての判断は、次のとおり付加訂正するほかは、原判決の「事実及び理由」 の第3の1及び2に記載のとおりであるから、これを引用する。
(1) 原判決5頁 7行目の「証拠」から同行目末尾までを「後掲の証拠」と改める。
(2) 原判決5頁12行目の 「申し立てた」の次に「(乙3の1)」を、同15行目の「行った」の次に「(乙3の2)」を、同17行目の「提出した」の次に「(乙4の1)」を、同19行目の「提出した」の次に「(乙3の3)」をそれぞれ加える。
(3)原判決 5頁21行目の「訴外株式会社小さな一歩 (以下、「一歩社」という。)」を「一歩社」 と、 同頁24行目の「所属する弁護士」を「所属する原弁護士」とそれぞれ改め、同頁 25行目 「申し立てた」 の次に「(乙3の 4。以下、当該懲戒請求を「別件懲戒請求」という。)」を加える。
(4) 原判決 6頁2行目及び同頁9行目の「被告が管理するブログ」をいずれも「本件ブログ」 と、同3行目の「原告事務所」から同頁 4行目の「記載がある」までを「原弁護士に対する別件懲戒請求に関する別ページへのリンクの記載がある(甲4の2)」とそれぞれ改める。
(5) 原判決 6頁5行目の「リンク先のユーチューブ」から同頁 8行目末尾までを次のとおり改める。
「リンク先のユーチューブのウェブサイトにアップロードされた動画の中で控訴人は、被控訴人事務所に入所した弁護士に対しては、懲戒請求をする可能性が極めて高いこと、 その理由として、被控訴人事務所は、一歩社と いう非弁行為を行っている可能性が高い会社と事実上提携していること、一歩社が行っていることは、 養育費を保証し、 代位弁済をして、求償権の取得と称して債務者に対して請求していくというものであり、これは実質的には係争債権の債権譲渡を受けているのと変わらないこと、 家賃保証サービスの場合は、アパートに入居する際に保証会社が保証するので係争債権ではないが、養育費に関しては、払われなくなってから、 あるいは、額に争いがあるから、一歩社に頼んで保証してもらっている者が多いはずであり、事実上の係争債権であって、一歩社の行為は非弁行為に当たる可能性が極めて高いこと、被控訴人に対しては、オードリーという人物が懲戒請求をしているが、もし被控訴人に対する東京弁護士会の処分が退会でなく、業務停止にとどまった場合は、 イソ弁である原弁護士によって業務が継続されてしまうため、控訴人は原弁護士に対して懲戒請求しているこ と、弁護士法違反だけでなく、弁護士職務基本規程11条は、非弁の疑いのある業者と提携することを禁じており、一歩社には少なくとも非弁の疑いがあるから、このような会社と提携することは弁護士法又は弁護士職務基本規程に違反すること、 原弁護士の弁明によると、 一歩社は15%の手数料を得ているということであるが、それはサラ金並みであり、ひとり親は、法テラスに行けばいいのであって、一歩社に搾取されていること、 被控訴人事務所に入所する弁護士がいて、一歩社の業務が続いてしまうと、今後も被害者が出続けるので、 控訴人は、入所する弁護士に対して懲戒請求する予定であることなどを述べている (乙22の1・2)」
(6) 原判決6頁10行目の「弁護士」 を 「原弁護士」と改め、同行目の「記載がある」 の次に「(乙17)」を加える。
(7) 原判決6頁 22行目 7頁4行目及び同頁11行目の各「指摘」をいずれも「主張」と改め、同10行目の「本件懲戒請求に有利な証拠」を「本件懲戒請求に関し被控訴人に有利な証拠」と、同頁 12行目の「この指摘を認める」を「本件訴訟がそのような目的で提起されたものと認める」 とそれぞれ改める。
3 争点2(本件投稿の違法性) について
(1) 前記前提事実のとおり、本件投稿1は、「弁護士の皆様へ」 と題して、 「ひとり親支援法律事務所に入所された場合、特段の事情なき限り弁護士懲戒請求をさせていただきます」 と記述するものであり、 また、 本件投稿2は、 「弁護士の皆様へ重要告知」 と題して、「ひとり親支援法律事務所に入所された場合、懲戒請求をさせて戴きます。 」 と記述するとともに、前記のユーチューブのウェブサイトへのリンクを記載等するものであり、これらの記述等は、 これを閲覧した弁護士をして、被控訴人事務所への入所を躊躇させる効果があることは否定できない。
(2) ところで、控訴人は、前記認定事実のとおり、被控訴人事務所に所属する原弁護士が被控訴人とともに一歩社と提携していることが、 弁護士法27条 (非弁護士との提携の禁止) に違反するとして、 原弁護士を対象者とする懲請求(別件懲戒請求)を東京弁護士会に申し立てているところ、 後掲の証拠によれば、
1 一歩社は、自社のホームページにおいて、一歩社が行うサービスは、顧客が受け取れていない養育費を元パートナーに代わって一歩社が支払うものであり、保証料は15%で、 1年分の一括受取りの場合は25%であること、 元パートナーとの間で養育費の支払に関する書面での取り決めがない場合は、 弁護士が元パートナーに対し養育費を支払ってくれるよう働き掛け、元パートナーとの間で支払合意書を作成することなどをうたっていたこと(乙7の1)
2一歩社は、 元パートナーへの請求等は、 従来、 大本総合法律事務所に依頼して行っていたが、令和3年3月頃、顧客に宛てたメール文書において、同事務所との委任関係が終了し、今後は、被控訴人事務所に依頼することになった旨を案内していたこと(乙9の1~3)、
3 一方、 日本弁護士連合会(以下「日弁連」という。)は、令和2年7月17日、 事務総長から各弁護士会会長宛てに 「いわゆる「養育費保証サービス」に関する注意喚起について (情報提供)」と題する文書(乙5。以下「本件注意文書」という。)を発出し、 その中で、養育費保証サービスには様々な形態が想定されるが、少なくとも養育費請求権という他人の権利を、保証契約に基づく求償権の取得という形式をとることで実質的に譲り受け、業として養育費の回収を訴訟、 交渉又は強制執行によって実行するものと評価できる場合には、弁護士法73条、弁護士職務基本規程 11 条に抵触する可能性がある、
また、業者によっては、養育費保証サービスの付随サービスとして、養育費に関する交渉や書面の作成を弁護士が行うサービスを提供するところもあり、その際に名目のいかんを問わず、 弁護士の紹介に係る対価の授受が行われていると評価される場合には、法律事務の有償周旋(非弁提携)として、 弁護士法72条に抵触する可能性があるとして、 単位弁護士会の会員に対し、注意喚起をするとともに、このような業者から協力を求められた場合には慎重に対応するよう周知する旨を依頼していたことが認められる。
(3) 以上の点を踏まえた上で、本件投稿の違法性について検討する。
特定の表現行為が、その表現の対象とされた者の業務に対する妨害として、不法行為法上、 違法と評価される否かについては、当該表現の内容や態様のみならず、 当該表現の意図や目的、 現実的な業務の支障の有無等を総合して判断すべきである。これを本件についてみると、本件投稿の内容は、前記(1) のとおりであり、これを閲覧した弁護士をして、被控訴人事務所への入所を躊躇させる効果があり得るものの、上記各認定事実によれば、本件投稿の目的は、被控訴人事務所において、 非弁行為を行っている一歩社と提携するこ とが弁護士法27条 (非弁護士との提携の禁止) に違反するものであり、被控訴人事務所に新たに弁護士が入所すると、今後も被害者が出続けるとの認識の下、これを止めさせるということにあるものと理解されるのであり、控訴人において、被控訴人事務所の正当な業務を妨害する意図の下に本件投稿をしたものとはいえない上、日弁連の本件注意文書の内容に照らせば、一歩社が行うサービスは同文書の対象に該当する可能性は否定できず、控訴人がした別件懲戒請求や本件投稿の前提となった控訴人の上記認識が、事実上文は法律上の根拠を欠くということもできない。 加えて、本件投稿における表現の内容や態様が不穏当なものとまではいえないし、 本件投稿により、これを閲覧した弁護士が実際に被控訴人事務所への入所を躊躇して、被控訴人に問い合わせをするなど、被控訴人事務所の採用業務に現実的な支障が生じたことを認めるに足りる証拠もない。
以上のような本件投稿の表現の内容や目的、 現実的な業務の支障の有無等を総合すると、本件投稿が、被控訴人又は被控訴人事務所の業務を妨害するものとして、不法行為法上、違法と評価することはできないというべきである。
(4) これに対し、被控訴人は、本件投稿は、 弁護士が被控訴人事務所に入所すれば、無条件で懲戒請求することを示唆するものであることなどから、 本件投稿が被控訴人事務所の業務を妨害する違法なものであることは明らかであると主張する。
しかし、法律事務所への入所を検討する弁護士は、当該事務所の業務内容について自ら調査、検討するのが通常であり、被控訴人事務所への入所を検討する弁護士が本件投稿を閲覧した場合には、本件投稿がされた原因やその問題の有無について自ら調査、検討するものと考えられる。 そして、 当該弁護士が、本件投稿2 (甲4の1) のリンク先とされている本件ブログ (甲4の2)や、さらにそのリンク先とされているユーチューブの前記動画 (乙2 2の1・2) 等を視聴すれば、控訴人が、被控訴人事務所に所属する原弁護士について、 非弁行為を行っている可能性が高い養育費保証会社と提携していることを理由として懲戒請求していることは容易に理解し得るところである。このことに、 日弁連が発出した本件注意文書 (乙5) は、その内容に照らし、単位弁護士会を通じて、 弁護士に周知されているものと認められることを併せ考慮すれば、被控訴人事務所への入所を検討する弁護士は、本件投稿で示された懲戒請求が、専ら上記の理由に基づくものであることを容易に理解することができるものといえる。
したがって、本件投稿を閲覧した弁護士が、本件投稿について、 弁護士が被控訴人事務所に入所すれば、 控訴人において、 無条件で懲戒請求をする趣旨であると理解するとは考え難く、被控訴人の主張は採用することができない。
(5) 以上によれば、被控訴人の請求は、争点3 (損害の有無及び額) について検討するまでもなく、 理由がない。
よって、被控訴人の請求は理由がなく、これを一部認容した原判決は失当であるから、原判決中、 控訴人敗訴部分を取り消した上、同部分につき被控訴人の請求を棄却することとして、主文のとおり判決する。
東京高等裁判所第1民事部
裁判長裁判官 志田原信三
裁判官 影浦直人
裁判官 吉田純一郎
別件
「東京高裁判決書」損害賠償請求控訴事件・控訴人福永活也弁護士「養育費取立ビジネスは非弁提携であると懲戒申立、SNSで投稿した懲戒請求者を提訴」(控訴棄却)判決9月22日