弁連調査室偏 「弁護士懲戒手続の実務と研究」
懲 戒 事 由

弁護士会の懲戒制度・懲戒事由の種類

 

法56条によれば弁護士が懲戒を受けるのは

1 弁護士法に違反したとき

2 所属弁護士会若しくは日弁連の会則に違反した時

3 所属弁護士会の秩序又は信用を害したとき

4 その他、職務の内外を問わずその品位を失うべき非行があったとき

の各論である。

まず、右(上)の条文の解釈として、懲戒事由となるのは「品位を失うべき非行」であり1から3まではその例示であるという見解と1から4までの各場合を全く同じく懲戒事由の具体的列挙としながら4は前三者に比べて抽象的包括的に表現されているに過ぎないという見解がある。

どちらの解釈をとってもそれほどの違いはないが、後者の見解は、特に1,2に該当する場合、形式的に法違反、会則違反があれば、それだけで懲戒事由たりうるとする後述の見解に結びつきやすいといえるであろう。

次に懲戒事由の該当性の判断は形式的判断で足りるのか、それとも実質的判断を必要とするのかという問題がある。

前者の見解によると、懲戒事由に該当すれば常にいずれかの懲戒処分をしなければならないということになり、後者の見解によると、法56条の「法律又は会則違反」とは「懲戒に値する法律又は会則違反」であり、他の懲戒事由についても同様であると解されることになる。この見解によれば、懲戒事由該当性の判断の中に実質的価値判断が取り入れられ懲戒に値しない形式的違反行為はそもそも懲戒事由に該当しないという結論になる。

思うに、懲戒事由のうち「弁護士会の秩序又は信用の侵害」や「品位を失うべき非行」の判断にあたっては、実質的評価ないし価値判断を完全に排斥することは不可能だと解される。また「法律又は会則違反」は客観的、形式的な判断も可能であるが、そもそも弁護士法や会則には訓示規定や単なる手続的規定も多いことを考えると、懲戒に値しない形式的違反行為はそもそも懲戒事由に該当しないと取り扱うのが妥当である。しかも懲戒事由に形式的にでも該当すれば、常にいずれかの懲戒処分をしなければならないとする懲戒制度の運用が硬直化し実状にそぐわなくなるおそれがある。

したがって懲戒事由の該当性の判断は実質的判断を必要とする後者の見解が妥当である、

また、廃止前の弁護士倫理(平成2年3月2日日弁連臨時総会決議)違反が直ちに懲戒事由に該当するか否かについては、いわゆる旧弁護士倫理(昭和30年3月19日日弁連理事会決議)の制定に際しても議論があったところであるが、弁護士倫理に違反したことをもって直ちに懲戒事由にあたるものではないと解するのが一般的である。社会における価値観の多様性により一律に強制力を伴う倫理規範を見出すことは困難であり、また弁護士倫理の規定する範囲が極めて広いものであるからである。旧弁護士倫理の制定において、これに違反しても「直ちに懲戒をもって処断されるものではない」との付帯決議がなされ、廃止前の弁護士倫理の提案理由中に「外的強制の規準又は懲戒事由の規定化としてではなく、個々の弁護士が職務の遂行に際して自主的に依拠すべき倫理的行動指針として、これを確認し、自ら課そうとするものである」として前記立場が表明されている、ただ弁護士倫理違反の行為が法56条の「品位を失うべき非行」に該当するか否かを判断する際のひとつの材料になる場合は多いであろう(日弁連弁護士倫理に関する委員会偏『注釈弁護士倫理』(有斐閣平成7年)6ページ以下参照)

このことは、弁護士職務基本規程(会則第70条)違反についても同様である。

同規程82条2項は「行動指針又は努力目標」を定めた条項を列挙するが、これに形式的に違反する行為があったとしても、それにより直ちに懲戒事由と判断されるものではなく、法56条1項の「品位を失うべき非行」として評価されるか否かの一要素に過ぎない、他方同規程中の行為規範、義務規範に違反する行為がある場合、懲戒の対象になりうるが、この場合にも、形式的違反をもって直ちに懲戒処分に付すべきものではなく「品位を失うべき非行」と評価されるか否かが、実質的に判断されることになる。

以上引用 「弁護士懲戒手続の研究と実務」平成23年1月31日 

編集 日本弁護士連合会調査室  発行 日本弁護士連合会

執筆者紹介  青木耕一(東京) 有吉 眞(第一東京) 笠原健司(東京) 後藤富士子(東京) 杉村亜紀子(東京)副島史子(第二東京)永塚良知(第一東京)松田豊治(第一東京)森田太三(東京)山川隆久(東京)浅見雄輔(東京)市川充【と京】加戸成樹(第二東京)木之瀬幹夫(第二東京)齊藤美幸(第二東京)杉山真一(第二東京)田中みちよ(東京)野村吉太郎(東京)松村龍彦(第一東京)森野嘉郎(東京)山岸洋(第二東京)吾妻 望(第二東京)稲田耕一郎(東京)金澤賢一(第一東京)上妻英一郎(東京)杉田時男(東京)関内壮一郎(第二東京)富永忠祐(東京)浜辺陽一郎(第二東京)村下憲司(第一東京)矢澤昌司(東京)葦原敬(第二東京)