令和6年東第16号 (甲事案)、同第17号 (乙事案) (併合事案)
東京都千代田区岩本町三丁目11番8号 イワモトチョービル2階 225号室
神田のカメさん法律事務所
甲事案懲戒請求者 太田真也
東京都港区西新橋1-21-8 8 弁護士ビル606
水上総合法律事務所
被審查人 水上博喜
被審査人代理人弁護士 (登録番号23551) 小林亞樹
当委員会は、頭書事案について審査を終了したので、審議の上、以下のとおり議決する。
被審査人を業務停止1月とする。
事実及び理由
(甲事案)
第1 事案の概要
被審査人が、人材開発支援助成金などの雇用関係助成金各制度の計画及び支 給申請を代行する業務を弁護士ではない者に委託し、この者に対する指導監督 を十分に行わなかったとして懲戒請求がなされた事案である。
第2 前提事実
1 株式会社ライトアップ (以下「ライトアップ」という。)は、 経営コンサルテ ィングを行うなかで、 厚生労働省が行っている人材開発支援助成金などの雇用 関係助成金各制度の計画及び支給申請を希望している事業者(以下「事業者」 という。)がいた場合、 支給申請等にかかる提出書類に関する資料を事業者に提示し、被審査人などの士業に紹介していた。
被審査人は、ライトアップから紹介を受けた助成金申請を希望する事業者との間で、助成金支給申請等における書類の作成、 労働局への提出等を事業者に 代行して行う業務(以下「助成金申請代行業務」という。)に関する委任契約を 締結していた(甲14の3)。
2 被審査人は、株式会社MAGIS (以下「MAGIS」という。)と契約して (甲8の1) 助成金申請代行業務のうち、 1被審査人宛て委任状の郵送手続、着手金及び報酬の請求書の発行手続、
3 助成金申請の必要書類に関するチェック及び整理、 必要書類に不足がある場合の事業者への追加書類の送付依頼、
4 助成金申請書類一式の郵送手続、
5 不足書類等がある場合に労働局からその旨の連絡を受け、その通知を事業者に伝達して不足書類等の追完を促すこと、
6申請書類等の管理・保管の各業務を委託して助成金申請代行業務の大部分を行わせていた。
MAGISは、同社と雇用関係にある助成金申請代行業務の担当者(令和2年 5月19日当時32名。 以下 「担当者」という。)に上記業務を担当させていた(甲8の2、27)。
3 被審査人は、令和3年2月頃、助成金申請代行業務を辞任することとし、 既に労働局への申請を行っている件については辞任し (甲31)、 担当窓口の電話番号及び担当者 (令和3年2月3日時点で31名)については全員畑井・松原法律事務所の畑井裕弁護士(以下「畑井弁護士」という。)に引き継いだ。 辞任に当たっての連絡も担当者が行った。
第3懲戒請求事由の要旨
1 懲戒請求事由
1 被審査人は、助成金申請代行業務を、 水上総合法律事務所の事務員を名乗る者らに行わせ、これらの者に対する指揮監督を行わなかった。 被審査人の上記行為は、 弁護士法第72条及び弁護士職務基本規程(以下「基本規程」という。) 第11条に違反している。
2懲戒請求事由2
被審査人は、水上総合法律事務所の事務員を名乗る者が被審査人の名義で助成金を申請するにあたり、 雇用契約書の作り替えや残業代支払の修正など、虚偽の内容を記載した書面を作成し、不正な申請をすることを放置している
第4 被審査人の答弁及び反論の要旨
1 懲戒請求事由1について
助成金申請代行業務は行政代行業務であって、 「訴訟事件、非訟事件及び審査請求、再調査の請求、再審査請求等行政庁に対する不服申立事件その他一般の法律事件」に当たらず、 弁護士法第72条及び第74条によって禁止される行為に該当するものではない。
被審査人は、MAGISと契約し、 法的判断を含まない範囲で助成金申請代行業務の一部を遂行させているが、 委託した業務を超えるものがあればMAGISにおいては一切対応せず、助成金を申請する事業者から被審査人に直接連絡するよう徹底させており、指揮監督を行って いた。
2 懲戒請求事由2について
被審査人は、虚偽の内容を記載した書面を作成し不正な申請をしたことはない
3 第5 証拠の標目
別紙証拠目録記載のとおり
第6 当委員会の認定した事実及び判断
1 認定事実
(1)前提事実は、証拠により認められる。 また、関係各証拠によれば、 以下の事実が認められる。
(2) 被審査人は、あらかじめ記名押印した助成金申請代行業務にかかる委任状及び委任契約書(甲14の3)をMAGISの担当者に交付し、担当者は事業者からどのような助成金を希望するかを聴取して希望コースを委任契約書に記入したうえで委任状とともに委任者である事業者に送付し、 事業者は記名押印の上、委任状及び委任契約書を被審査人に送付した。
担当者は、希望コースに対応した必要書類を事業者に指示し、不足があれ追加で書類送付を指示し、 就業規則等を作成又は修正する必要があれば事業者の依頼を受けて担当者がこれを行い、 申請の要件を充足した時点で労働局に書類を提出して助成金を申請した。 被審査人は、担当者が就業規則の作成または修正を行った事実はないと主張するが、 担当者が作成した請求書発行依頼書(甲10の3) には、 「書類作成料・就業規則作成・変更代金」の欄があることから、担当者がこれらの業務を行っていたことが認められる。
また、被審査人は、事業者からの受任に際し、事業者と面談することはなく(当委員会における被審査人の供述)、事業者が希望する助成金のコースを聴取して要件を充足するかどうかについて判断することはなかった。
(3)事業者が希望したコースが申請の要件を充たさないものであった場合、担当者は事業者に対して申請できないものであることを伝えるか、 被審査人に 要件充足の有無を確認する必要があるが、 担当者から被審査人に対して要件充足の有無を確認した資料や被審査人が担当者に対して事業者に断るよう指示した資料は提出されていない。
(4)被審査人は、 MAGISと協議の上、「水上総合法律事務所助成金申請部」 という部署を設置し、 MAGISの担当者を配属して、 助成金申請代行業務に従事させた。
助成金申請部は、被審査人の西新橋の法律事務所ではなく、 港区白金のMAGIS本社事務所 (甲28) 内に設置され、 MAGISの担当者が常時数名在籍して対応していた。そして、労働局への助成金支給申請書、書類送付状等に記載された 「水上総合法律事務所助成金申請部」の電話番号 03-✖✖-✖✖はMAGISが契約したものであって(甲9)、 電話機は白 金のMAGIS 本社事務所に置かれていた。 これらの事実からは、事業者及び労働局からの問い合わせはAGIS又は担当者が対応していたものと認められる(甲27、 31、32、35の1ないし35の4)。
また、被審査人の印鑑 (丸印)とゴム印も白金の事務所内に常時備え付けられており(甲11の1ないし3)、担当者が申請書類を作成する必要に応じて使用していたものと認められる (甲27)。
(5) 助成金申請代行業務の着手金は、事業者が申請を希望した各制度についての計画申請書類を所轄労働局へ提出したときに、 MAGISの経理担当者が被審査人の名義で事業者に請求し (甲14の4)、 申請手数料 (報酬金)は受給決定した助成金が事業者に入金されたときに、被審査人の名義で事業者に請求していた。着手金等は、水上総合法律事務所の報酬口座ではなく預り金口座に入金され、その大部分がMAGIS (同社が振込先として指定した「有限責任事業組合スラストSSC」 名義の預金口座) に振り込まれ (7の1ないし2)、 さらにMAGISを通じて、 担当者に支払われていた(甲10の また、被審査人の令和1年分の確定申告書によれば、 助成金申請代行業務の収入が1億6259万8754円であるのに対し (乙8の3)、 弁護士業務の課税所得が780万9245円と当該収入の約5%にすぎず (乙8の)、収入のかなりの部分がMAGISに支払われていることが認められる。
その一方で、助成金申請代行業務により1426万1766円の源泉所得税の還付があり、被審査人の実質的な所得となっている。
(6) 被審査人が和3年4月ころ、 助成金申請代行業務を辞任するにあたって、業務が畑井弁護士に引き継がれることになったが、助成金申請部という名称や形態、電話番号、担当者等業務システムがそのまま引き継がれている。 このことは、被審査人の行っていた助成金申請代行業務がいわばパッケージ化された業務スタイルと評価できるものであり、 弁護士業務の中核たる判断行為を伴わないシステムであることを裏付けている。
(7)被審査人が助成金申請代行業務に関与していたのは、平成30年3月頃から令和4年の夏頃までである。
2 懲戒請求事由について
(1) MAGI S及び担当者による助成金申請代行業務の弁護士法第72条該当性
ア 「法律事件」について
弁護士法第72条に規定される 「法律事件」とは、法律上の権利義務に関し争いや疑義があり、 または新たな権利義務の発生する案件をいい、 これに事件性の要件を加えることは相当ではない (東京高判平成7年11月29日判例時報 1557 号52頁)。 助成金申請代行業務は、 厚生労働省が行っている雇用関係助成金各制度の計画及び支給申請を事業者に代行して行うものであり、 代行者において 申請の要件を充足しているか否かを検討し、不足する資料があれば事業者に要求し、 代行者において就業規則の作成又は修正を行うなどして申請するものであり、申請にかかる要件を充足して初めて支給を受ける権利が発生するものであるから、「法律事件」に該当する。
被審査人は、この点につき、 弁護士法第72条の立法趣旨 (非弁行為は当事者その他の関係人らの利益を損ね、 法律生活の公正かつ円滑な営みを妨げ、ひいては法律秩序を害することになるので、このような行為を禁圧すること)、同条違反が刑事処罰の対象になること (同法第77条第3号) も考慮すれば、同条にいう「その他一般の法律事件」とは、同条において列挙された事件と同視しうる程度に法律上の権利義務に関し争いや疑義があり、または、新たな権利義務関係の発生しうる案件をいうから、助成金申請代行業務は 「その他一般の法律事件」にあたらないと主張する。
しかしながら、 助成金申請代行業務は、 申請によって新たな権利が発生するものであるから 「法律事件」に該当することは明らかである。そのことは、厚生労働省が作成している雇用関係助成金支給要領の「0900代理人等」の欄において「事業者が会社の従業員以外の者に提出代行等を行わせる場合には、 社会保険労務士又は弁護士に支給申請等の手続を代理させることができ、それ以外の事業者の従業員以外の者が支給申請等に係る手続を代理する場合は、 社会保険労務士法第27条違反の可能性がある」旨規定されていることから、 助成金申請代行業務は社会保険労務士又は弁護士しか行えない業務であることは明らかである (丙7)。
そのこともあって、 事業者に対して雇用調整助成金関連のアドバイザーをしていたライトアップも、自ら代行業務を行うことなく、 弁護士の資格を有する被審査人などの士業に業務を紹介していたのである。
助成金申請代行業務の大部分を行っていたのはMAGISと雇用契約を締結している三十数名の担当者であり、MAGISは社会保険労務士の資格を有する法人ではなく、担当者を含めて同社内には社会保険労務士の資格を有する者はいないのであるから、これらの者が「他の法律に別段の定めがある場合」 として禁止が解除されることもない。
したがって、 助成金申請代行業務は、 弁護士法第72条ただし書の例外に該当することはなく、 申請によって新たな権利が発生するものであるか 「法律事件」に該当する。
「報酬を得る目的」について
MAGISや担当者が報酬を得て多数回にわたって助成金申請代行業務を実際に担当してきたことは明らかであるので(甲第10号証の2など)、 「報酬を得る目的」 があったと認められる。
(2) 指揮監督について
1弁護士ではない者が報酬を得る目的で法律事務を取り扱ったとしても、それが弁護士の補助者として弁護士の指揮監督下において行われていれば、弁護士法第72条に違反するものではない。 弁護士は、 法律事務に関わる行為の全てを自ら行わなければならないものではなく、法律事務所の事務員その他弁護士ではない者を補助者としてそれに当たらせることは許される。
しかしながら、 非弁護士の行為が弁護士の補助者としての適法行為であるというためには、法律事務に関する判断の核心部分が法律専門家である 弁護士自身によってなされており、かつ非弁護士の行為が弁護士の判断によって実質的に支配されていることが必要である (大阪地判平成19年2月7日判例タイムズ1266号33頁等)。
そこで、被審査人がMAGISに委託していた業務の実態について検討 すると、 1事業者に対して助成金申請の必要書類を示す作業はライトアッ プまたはMAGISが行った上で大量の事案を被審査人に紹介していること、
2事業者が希望した助成金のコースについて申請の要件を充足しているかどうかの判断を担当者が行い、担当者から被審査人に要件該当性を相談していたことがうかがえる資料がないこと、
3被審査人が担当者に法的判断にかかる部分の指示をしたことがうかがえる資料がないこと、
4 「水上総合法律事務所助成金申請部」という部署を設置して、 西新橋の被審査人の法律事務所ではなく港区白金のMAGISの事務所で担当者に対応させていたこと、
5被審査人が弁護士報酬の請求書の作成を行わず、MAGISの従業員に委託をしていたことや、 弁護士報酬は本来であれば事務所預金口座等の報酬口座に送金されるべきであるにもかかわらず、事業者からの報酬を預り金口座に入金させてわざわざ分別管理をしていたこと等金員の流れが不自然であること、
6担当者が事業者あるいは労働局に送付する書面に記載されている電話番号がMAGISのものであり、 電話機は白金のMAGISの事務所に置かれていたこと、
7 弁護士印(丸印)とゴム印がMAGISの事務所に常備されており、担当者が被審査人の承認なしに使用していたと推認されること、
8事業者や労働局からの連絡は全てMAGIS又は担当者が対応していたと推認されること、
9担当者の数は30名以上であって遠方に居住している者もおり、 被審査人が担当者に助成金申請にかかる権利が発生するかどうかの指揮監督を適切に行うことが極めて困難であると考えられること、
10 助成金申請書類一式の書式を作成したのもライトアップまたはMAGISであると認められること、 電話番号、担当者及び「助成金申請部」という名称が畑井弁護士にそのまま引き継がれていること、12代理店会議の内容(甲8の2、 19の3) や業務連絡(甲41の2) の文言から、被審査人が主導的にMAGISを指揮監督しているとは窺えないこと等の事情が認められる。
これらに鑑みると、 助成金申請代行業務に関する判断の核心部分が法律専門家である被審査人自身によって行われているとは認められず、また非弁護士であるMAGIS及び担当者の行為が弁護士の判断によって実質的 に支配されていたとは認められない (被審査人の助成金申請代行業務が辞 任後に畑井弁護士に引き継がれた際も、本件特有のいわばパッケージ化さ れた業務システムはそのまま引き継がれており、総じて、 弁護士の属人的 な判断、裁量が介在しているとは評価し難い。)。
この点に関し、被審査人は、多くの弁護士は、 弁護士業務を効率的かつ 円滑に行うことを目的として、 弁護士資格を持たない事務作業者(事務局) に対し、補助・支援的な事務作業を分担させているのが通常であると主張する。 しかしながら、 本件の業務委託形態は、 単純な補助・支援的な事務 作業を分担させていたものとは到底評価できず、 弁護士業務の基本的部分を委託したものと認められ、 弁護士業務のあり方として看過できるもので はない。
また、請求書の作成業務について、 被審査人は、 発行作業の内容は、 E xcelデータに各事業者の支給額を入力すると請求額が自動的に算定されるので、これを印刷して事業者に郵送するという機械的な作業であり、 法律秩序に関連性のない一般的な事務作業であると主張するが、 弁護士報 酬に係る金銭の管理は弁護士業務の根幹にかかわるものであり、仮に機械 的な作業であっても、これを事務所外の第三者に委託することは許されな い。
(3) 判断
以上のとおり、 MAGIS及び担当者の助成金申請代行業務は、弁護士 法第72条規定の 「法律事件」であり、 社会保険労務士法に基づく例外に 該当せず、かつ報酬を得る目的で行われていたといえる。
そして、 助成金申請代行業務に関する判断の核心部分が被審査人によっ てなされておらず、また非弁護士であるMAGIS及び担当者の行為が弁 護士の判断によって実質的に支配されているとも認められないことから、 MAGIS及び担当者の助成金申請代行業務は弁護士法第72条に違反す ると疑うに足りる相当な理由があると認められる。
被審査人が MAGIS及び担当者に十分な指揮監督を行わずに助成金申請代行業務を行わせていたことは明らかであり、 弁護士法第72条に違 反すると疑うに足りる相当な理由がある者を利用したと認められるので、 基本規程第11条に違反し、 被審査人の行為は弁護士の品位を害する非行 に該当する。
3 懲戒請求事由2について
被審査人が助成金申請代行業務について虚偽の内容を記載した書面の作成や不正な申請に関与し又は放置したことを認めるに足る証拠はなく、懲戒請求 事由2は認められない。 (記載省略)
第7 最定の事情
本件は、助成金申請代行業務について、 経営コンサルティング会社から大量 の事案処理を紹介された被審査人が、紹介の当初の段階から業務の処理のために外部の業者に申請代行業務の大部分を委託した案件であり、実態として弁護士が十分に管理監督できないスキームに関与していたという点で非弁提携行 為に等しい評価を受けてもやむを得ないものであり、弁護士の業務の独立性を 脅かす危険性があるもので、悪質性の高いものである。
被審査人は、本件業務によって業者が相当の収入を得ることに寄与している とともに、自らも多額の収入を得ており、看過できないものである。
助成金申請代行業務自体は紛争性 事件性が乏しいものであるとはいえ、本件のような業務形態を容認することは許されず、厳しい処分をもって臨むほかない。
よって、主文のとおり議決する。
令和7年2月27日 東京弁護士会懲戒委員会 (記載省略) 委員長
【懲戒処分の議決書】東京弁護士会畑井 裕弁護士業務停止1月非弁提携・令和6年東第19号 3月13日