『弁護士懲戒手続の実務と研究』 日本弁護士連合会調査室  
台2章 弁護士会の懲戒制度 

2)懲戒請求者の地位 

弁護士法第58条第1項   『何人も弁護士又は弁護士法人について懲戒の事由があると思料するときは、その自由の説明を添えて、その弁護士、又は弁護士法人の所属弁護士会にこれを懲戒せることを求めることができる』他方懲戒請求を受けた弁護士は根拠のない請求により名誉、信用等を不当に侵害されるおそれがあり、またその弁明を余儀なくされる負担を負うことになる、そして同項が、請求者に対し 恣意的な懲戒を許容したり、広く免責を与えたりする趣旨の想定でないことは明らかであるから、同項に基づく請求をする者は、懲戒請求を受ける対象者の利益が不当に侵害されることがないように対象者に懲戒事由があることを事実上及び法律上裏付ける相当な根拠について調査、検討すべき義務を負うものというべきである、請求者がそのことを知りながら普通の注意を払うことによりそのことを知り得たのにあえて懲戒を請求するなど、懲戒請求を請求するなど、懲戒請求が弁護士懲戒制度の趣旨目的に照らし相当性を欠くと認められるときには、違法な懲戒請求として不法行為を構成すると解するのが相当である。最高裁判所としても濫用的懲戒請求について不法行為が成立すると明らかにするとともに、異議の申出についても同様であることを明らかにした。 弁護士に対して懲戒処分を受けさせる目的を持って、虚偽の事実を申告して懲戒請求者した懲戒請求者については刑法172条の虚偽告訴等の罪が成立するものと解される、また濫用的な懲戒請求をしたことに対し、不法行為に基づく損害賠償請求が認められるかについて、東京高裁平成9年9月17日判事1649号124ページは、『懲戒請求者に対し弁護士会が懲戒請求の理由がないものとして懲戒委員会の審査に付さない旨の決定をしたからといって、それだけで直ちに右懲戒請求が違法となるものではない』しかし他方懲戒請求をされた弁護士にとってはそのための弁明を余儀なくされ、根拠のない懲戒請求によって名誉、信用等を毀損されるおそれがあるから、懲戒請求権の濫用とも目される場合、すなわち懲戒事由が事実上法律上の根拠を欠くものである上、懲戒人がそのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たのにあえて懲戒をするなど、懲戒の請求が弁護士懲戒制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められる場合には、違法な懲戒請求とし不法行為に該当し、そのため被請求人が被った損害について賠償責任を負うというべきである              

他方、このような意見もある。

最高裁の判例(平成21年(受)第1905号)では(橋下徹弁護士に対する損害賠償請求訴訟事件の判決文(最高裁HP判例集)裁判官の補足意見

『裁判官竹内行夫の補足意見』

弁護士法58条1項は,「何人も」懲戒の事由があると思料するときはその事由を添えて懲戒請求ができるとして,広く一般の人に対して懲戒請求権を認めている。これは,弁護士に対する懲戒については,その権限を自治団体である弁護士会及び日本弁護士連合会に付与し国家機関の関与を排除していることとの関連で,そのような自治的な制度の下において,懲戒権の適正な発動と公正な運用を確保するために,懲戒権発動の端緒となる申立てとして公益上重要な機能を有する懲戒請求を,資格等を問わず広く一般の人に認めているものであると解される。これは自治的な公共的制度である弁護士懲戒制度の根幹に関わることであり,安易に制限されるようなことがあってはならないことはいうまでもない。

懲戒請求の方式について,弁護士法は,「その事由の説明を添えて」と定めているだけであり,その他に格別の方式を要求していることはない。仮に,懲戒請求を実質的に制限するような手続や方式を要求するようなことがあれば,それであっても『何人でも懲戒請求ができる』としたことの趣旨に反することとなろう。また,「懲戒の事由があると思料するとき」とはいかなる場合かという点については,懲戒請求が何人にも認められていることの趣旨及び懲戒請求は懲戒審査手続の端緒にすぎないこと,並びに,綱紀委員会による調査が前置されていること(後記)及び綱紀委員会と懲戒委員会では職権により関係資料が収集されることに鑑みると,懲戒請求者においては,懲戒事由があることを事実上及び法律上裏付ける相当な根拠なく懲戒請求をすることは許されないとしても,一般の懲戒請求者に対して上記の相当な根拠につき高度の調査,検討を求めるようなことは,懲戒請求を萎縮させるものであり,懲戒請求が広く一般の人に認められていることを基盤とする弁護士懲戒制度の目的に合致しないものと考える。制度の趣旨からみて,このように懲戒請求の「間口」を制約することには特に慎重でなければならず,特段の制約が認められるべきではない。

広く何人に対しても懲戒請求をすることが認められたことから,現実には根拠のない懲戒請求や嫌がらせの懲戒請求がなされることが予想される。そして,そうしたものの中には,民法709条による不法行為責任を問われるものも存在するであろう。そこで,弁護士法においては,懲戒請求権の濫用により惹起される不利益や弊害を防ぐことを目的として,懲戒委員会の審査に先立っての綱紀委員会による調査を前置する制度が設けられているのである。

綱紀委員会の調査であっても,対象弁護士にとっては,社会的名誉や業務上の信用低下がもたらされる可能性があり,また,陳述や資料の提出等の負担を負うこともあるだろうが,これらは弁護士懲戒制度が自治的制度として機能するためには甘受することがやむを得ないとの側面があろう。

 『裁判官千葉勝美の補足意見』

本件においては,第1審被告の本件呼び掛け行為が契機となって,多数の懲戒請求がされた結果,本件弁護団は,その対応に負われ,精神的,肉体的に予期せぬ負担を負い,悔しい思いをしたことは間違いなく,被った精神的な負担はそれなりのものではあったが,法廷意見が述べるとおり,ある程度の定型的な対応で済み弁護士業務に多大な支障が生じたとまではいえず,上記のとおり,         

弁護活動は本来批判にさらされることは避けられず,また,弁護士としての地位やその公益的な役割等を考えると,社会的に受忍限度を超えているとまでは言い難いところである。

 

「弁護士懲戒手続の研究と実務」平成23年1月31日 

編集 日本弁護士連合会調査室  発行 日本弁護士連合会

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