弁護士懲戒請求の実務と研究 日弁連調査室編 ⑭  弁護士法人と懲戒

 

(1) 弁護士法人と懲戒の意義

弁護士法人は弁護士業務を行うことを目的とするものであり、弁護士と同様の職責を担う存在であるから当該弁護士法人は所属する弁護士のみならず弁護士法人そのものにも弁護士会及び日弁連の指導監督を及ぼす必要がある。

したがって弁護士法人に所属する弁護士のみならず、弁護士法人に対する懲戒を設けたものである。この点、法人の構成員である弁護士のみを懲戒すれば足りるのであり、法人までも懲戒する必要はないのではないという見解もありうる。

しかしながら、そもそも弁護士業務の受任主体は弁護士法人そのものであり、法人自体がひとつの存在として社会的信用を得ているものであるから、法人自体に対する懲戒を設ける必要がある。

また、懲戒が自然人である弁護士にしか及ばないとなると、法人は構成員を入れ替えれば法人としての業務ができてしまうことになるし、例えば、法人として懲戒事由があることは明らかであるが、その構成員の役割等が明らかでない場合には懲戒を及ぼすことができなくなり、不当な結果を招くことになる。

このようなことから自然人たる弁護士と別に弁護士法人に対する懲戒制度を設けたものである。弁護士法人の懲戒事由も弁護士に対する懲戒事由と同様であるし、懲戒権者も懲戒手続も同様である。

 

懲戒手続の個別性

弁護士法人に対する懲戒は、法人自身に対する懲戒であるから、懲戒の効力は法人を構成する社員弁護士や使用人弁護士に及ぶものではない。

したがって弁護士法人に対する懲戒手続が進行している場合であっても、これとは別に当該弁護士法人に所属している弁護士に対し同一の懲戒事由をもって懲戒手続を進行させることができる。

また、懲戒請求者が弁護士法人に対してのみ懲戒請求をし、その所属弁護士に懲戒請求をしなかった場合には弁護士法人に対する関係でのみ懲戒手続が係属し所属弁護士との関係では懲戒手続が係属しないことになる。もっとも、この例で懲戒請求者から弁護士法人に対してのみ懲戒請求がなされ懲戒手続が進行する過程で弁護士会自身が所属弁護士を懲戒の手続きに付して綱紀委員会に調査をさせることはありうることであり、この場合には結果として弁護士法人と所属弁護士の両者に対して懲戒手続が係属することになる。

 

前記のとおり弁護士法人と所属弁護士の懲戒手続は別個のものであるから、弁護士法人に対する懲戒手続が確定した場合でも、除斥期間を経過しない限り同一の懲戒事由で所属弁護士に対して懲戒請求ができることとなる。

同様の事由により除斥期間(法第63条)についても弁護士法人及び所属弁護士は個別に計算する。

したがって、例えば懲戒事由のあったときから一年経過した時点で弁護士法人について懲戒請求があり綱紀委員会に係属されたが所属弁護士には懲戒請求がなく、懲戒事由のあったときから3年経過した時点で綱紀委員会に係属していないときには所属弁護士に対しては懲戒手続を開始することはできない。

同様に登録換えや登録取消の請求(法62条)についても弁護士法人と所属弁護士の懲戒手続は個別に考えるから、例えば弁護士法人について懲戒手続が開始された場合であっても、所属弁護士は当該弁護士に対する懲戒手続が開始していない限りでは登録換え又は登録取消しの請求をすることができる。

もっとも弁護士法人はその法律事務所に、その地域の弁護士会の会員である社員弁護士を常駐させなければならないから(法30条の17)その法律事務所の地域の弁護士会の会員がいなくなってしまうような、社員弁護士の登録換え又は登録取消しの請求は、常駐義務違反となるものと解される。

 

(2)1人法人の社員が業務停止処分を受けた場合

法人設立後に法人の社員弁護士が懲戒処分(業務の停止、退会命令及び除名)を受けたときは、業務の停止の場合は法30条の4項第2項1号に定める社員の資格を失うかため、法定脱退事由としても規定されている(法30条の22第6号)もし一人法人の社員弁護士について業務の停止の懲戒処分があると、脱退により社員の欠乏となり(法30条の23第1項7号)弁護士法人は解散となる。

 

従たる法律事務所の懲戒

 

従たる法律事務所しか存在しない地域の所属弁護士会が弁護士法人に対して行う懲戒の事由についてはその地域内にある従たる法律事務所に係るものに限られる(法56条3項)

ここで「その地域内にある従たる法律事務所に係るもの」とは従たる法律事務所に常駐する弁護士や従業員の活動、従たる法律事務所が受任した事件について生じた事由、場所的に従たる法律事務所で発生した事由等をいう。

したがって、従たる法律事務所しか所在しない地域の所属弁護士会は当該従たる法律事務所以外の事由について懲戒権を有しないことになり、主たる法律事務所に関する事由又は他の地域にある従たる法律事務所に関する事由に基づいては懲戒権を行使できないこととなる。

 

弁護士法人に対する懲戒は主たる法律事務所所在地の所属弁護士会が法人全体に対する最終的な監督権限を有しその地域内に従たる法律事務所しか存在しない所属弁護士会は地理的な特性等を活かして、これを補充する役割を果たすというものである。したがって従たる法律事務所所在地の弁護士会が当該弁護士法人に対して行う懲戒処分は当該従たる法律事務所に係るもののみについて行えば、その目的が達成でき、主たる法律事務所や他の地域にある従たる法律事務所に係る懲戒事由については主たる法律事務所所在地の弁護士会や、他の地域の従たる法律事務所が所属する弁護士会が行なえば足りるし、また適切な懲戒処分が期待できるからである。その結果、一つの弁護士法人に関し同一の事由について複数の弁護士会が懲戒処分をすることができることとなる。

 

例えば、従たる法律事務所に係る事由について、その従たる法律事務所所在地の弁護士会と主たる法律事務所所在地の弁護士会が、それぞれ懲戒処分を行い、従たる法律事務所所在地の弁護士会が従たる法律事務所に対して業務停止2か月、主たる法律事務所所在地の弁護士会が法人全体に対して業務停止2月の懲戒処分をした場合、従たる法律事務所については合計最長4か月の業務停止を受ける結果となる。このような結果となるのはそれぞれの弁護士会が当該弁護士法人に対する監督権を有していることによる帰結であってやむをえないものである。

また、複数の異なる地域に従たる法律事務所を有していた場合には同じような懲戒事由であっても、その所属弁護士会の間で処分内容が異なる事態が生じることとなる。

これも、それぞれの弁護士会が固有の監督権を有することにより生ずる帰結である。ただ複数の弁護士会が同一の事由により懲戒処分を行った結果、処分の内容が重すぎるような場合や処分の内容について差異が生じた場合には、処分を受けた弁護士法人による審査請求に基づきなされる日弁連での懲戒請求手続きにより調整が図られる途もある。

 

3 弁護士法人の業務の停止又はその法律事務所の業務の停止

 

自然人である弁護士は、複数の法律事務所を設けて執務することが禁止されているが(法20条3項)弁護士法人は複数の法律事務所を設けて執務することが許されていることから、懲戒処分である業務の停止についても弁護士法人そのものに対する業務の停止と弁護士法人の法律事務所の業務の停止の二種類が設けられた。

すなわち、自然人である弁護士に対する業務の停止は、当該弁護士のあらゆる弁護士業務を一律に禁止するものであるが、法人の場合には多数の社員等の弁護士が関係することから、懲戒の種類として法人の業務全体を一律に停止するものだけでなく、一定の範囲における業務を停止する必要がある。そこで法律事務所単位での業務の停止を行うことができるとしたものである。

つまり場所的な意味での業務の一部停止を認めたものである。

従たる法律事務所所在地の弁護士会は、当該弁護士会の地域内にある従たる法律事務所についてのみ業務の停止を命じることができる(法57条3項)

この規定は、従たる法律事務所所在地の弁護士会が行う懲戒処分がその地域内にある従たる法律事務所に係る事由に限られることや(法58条3項)弁護士会の指導や監督の適正という観点から設けられた規定である。

 

以上に対して、主たる法律事務所所在地の弁護士会は、弁護士法人に対する全面的な指導監督権限を有するから、弁護士法人自体に対する業務の停止と当該弁護士法人の全部又は一部の法律事務所の業務の停止を命じることができる。したがって、主たる法律事務所所在地の弁護士会は、他の地域の法律事務所のみの業務の停止することも可能である。

 

弁護士法人に対する業務停止処分は弁護士法人に対する関係でのみの効果が生じるものであるから、業務停止処分を受けた弁護士法人の社員弁護士や使用人弁護士はその後も個人としての業務をすることができる。

もっとも業務停止処分を受けた弁護士法人の業務を当該弁護士法人の社員弁護士等が引き継げるかどうかについては業務の停止の実効性との関係で議論がありうるところである。この点については、「弁護士法人の業務停止期間中における業務規制等について弁護士会及び日本弁護士連合会のとるべき措置に関する基準」(平成13年12月20日 理事会議決)が定められた。

 

 

「弁護士法人の業務停止期間中における業務規制等について弁護士会及び日本弁護士連合会のとるべき措置に関する基準」は次回記事にします。