9月14日付官報 法務
裁判官分限裁判の公示 令和2年(分)第1号
決 定
仙台高等裁判所判事 被申立人 岡口基一
同代理人弁護士 大賀浩一・小倉秀夫・西村正治・野間啓
上記被申立人に対し仙台高等栽判所から裁判官分限法6条の規定による申立てがあったので当裁判所は、被申立人の陳述を聴いた上、次のとおり決定する。
被申立人を戒告する。
1 本件に至る経緯
(1)被申立人は平成6年4月13日付けで判事補に、同16年4月13日付けで判事に任命され、同26年4月13日で判事に再任され、同27年4月1日あら同31年3月31日まで東京高等裁判所(以下「東京高裁」という)判事の職にあり、同年4月1日から仙台高等裁判所の職にあり、民事事件を担当している者である。
(2)被申立人は、水戸地方・家庭裁判所下妻支部判事であった平成26年4月23日頃、ツイッター(インターネットを利用してツイートと呼ばれる140文字以内のメッセージ等を投稿することができる情報ネットワーク)上の被申立人の実名が付された自己のアカウントにおいて、裁判官に再任されたことを報告すりとともに自己の裸体の写真や白いブリーフのみを着用した状態の写真等を今後も投稿する旨の投稿をし、その後も同28年3月までの間に、上記ツイッターアカウントにおいて縄で縛られた上半身裸の男性の写真を付したコメントをするなど2件の投稿をした。東京高等裁判所朝刊(以下「東京高裁長官」という)は同年6月21日、被申立人に対し上記投稿は裁判官の品位と裁判所に対する国民の信頼を傷つける行為であるとして、下級裁判所事務処理規約21条に基づき口頭による厳重注意をした。
(3)被申立人は、平成29年12月13日頃、裁判官であることを他者から認識することができる状態で前記ツイッターアカウントにおいて、特定の性犯罪の刑事事件(以下「本件刑事事件」という)についての東京高裁の控訴審判決(以下「本件刑事判決」という)を閲覧することができる裁判所ウエブサイトのURL(利用者の求めに応じてインターネット上のウエブサイトを検索し、識別するための符号)と共に、「首を絞められて苦しむ女性の姿に性的興奮を覚える性癖を持った男」などの別紙投稿目録記載1の文言を記載した投稿(以下「前回投稿」という)をした、本件刑事事件は被告人が当時17歳の女性を殺害した上、強姦しようとしたものの、強姦の目的を遂げず、現金等を強奪したという強盗殺人及び強盗強姦未遂の事案であった。
本件刑事事件の被害者の両親(以下「本件遺族」という)は平成29年12月26日、東京高裁に対し前回投稿は被害者の尊厳に対する配慮が
全くなく、本件刑事事件を軽視し茶化していると感じさせる書き込みであり、強い憤りを覚えたなどとして被申立人の処分を求める旨の要望書を提出」した。
東京高裁長官は平成30年3月15日、被追う仕立て人に対し、裁判官であることを他者から識別できる状態で、性的な内容の文章や写真等を繰り返し投稿している前記ツイッターアカウントを利用し、前回投稿をインターネット上に公開して、本件遺族の感情を傷つけたことなどは、裁判官として不適切であるとともに、裁判所に対する国民の信頼を損なうものであるとして、下級裁判所事務処理規則第21条に基づき、書面による厳重注意をした。
なお東京高裁長官は、上記厳重注意に先だって、本件刑事事件の裁判長裁判官らに対し、掲載に関する選別基準によれば上記の掲載をすべきではなかったとして、同条に基づき厳重注意又は注意をした。
(4)被申立人は平成30年5月17日頃、前記ツイッターアカウントにおいて、民事訴訟を提起して犬の返還請求が認められた当時者の訴訟提起行為を一方的に不当とする認識ないし評価を示して当該当時者の感情を傷つける投稿をした。
最高裁裁判所第法廷は、平成30年10月17日、被申立人が上記投稿をしたことは、裁判官に対する国民の信頼を損ね、また裁判の公正を疑わせるものであるとして、裁判官分限法2条の規定により被申立人を戒告した(最高裁平成30年(分)第1号同年10月17日第法廷決定・民集72巻5号890頁)
被申立人は、令和元年11月12日、フェイスブック(インターネットを利用して投稿による情報発信やメッセージ交換を行うことができる情報ネットワーク)上の被申立人の実名が付された自己のアカウントにおいて、自らが裁判官であることが知られている状況の下で、多数のフェイスブックの会員に向けて、本件遺族が被申立人について裁判官訴追委員会に対する訴追請求をしていることなどに言及する投稿(以下「本件投稿」という)をした際、別紙投稿目録2のとおり本件遺族が被申立人を非難するよう東京高等裁判事務局及び毎日新聞(以下これらを併せて「東京高裁事務局等」という)に洗脳されている旨の表現を用いて本件遺族を屈辱した。
上記1(1)及び(3)並びに2の各事実は、被申立人の履歴書及び仙台高等裁判所事務局長作成の報告書により、これを認め、上記1(2)及び(4)の各事実は、当裁判所に顕著である。
なお被申立人は、上記報告書には分限裁判の証拠に用いられる可能性があることをつげられないまま事情聴取で答えた内容が記載されていることなどの事情があるから、上記報告書を証拠として採用することは許されない旨主張するが、上記事情があることは、上記報告書を証拠として採用することの障害となるものではない。
(1)裁判の公正、中立は裁判ないしは裁判所に対する国民の信頼の基礎を成すものであり裁判官は、公正、中立な審判者として裁判を行うことを職責とする者である。したがって裁判官は職務を遂行するに際してはもとより、職務を離れた私人としての生活においても、その職責と相いれないような行為をしてはならず、また裁判所や裁判官に対する国民の信頼を傷つけることのないように、慎重に行動すべき義務を負っているものというべきである。(最高裁平成13年(分)第3号3月30日大法廷決定・裁判民集201号737頁参照)このことに照らせば裁判所法49条が懲戒事由として定める「品位を辱める行状」とは、職務上の行為であると、純然たる私的行為であるとを、問わず、およそ裁判官に対する国民の信頼を損ね、または裁判の公正を疑わせるような言動をいうものと解するのが相当である。(前掲最高裁平成30年10月17日大法廷決定)
(2)前記1の事実によれば被申立人は、前記ツイッターアカウントにおいて、本件刑事事件に含まれる論点に言及することなく、「首を絞められて苦しむ女性の姿に性的興奮を覚える性癖を持った男」などという被告人の異常な性癖や犯行の猟奇性に着目した表現で本件刑事事件判決を紹介する前回投稿をしたものであるところ、このような紹介の方法に照らせば、前回投稿は刑法上の重要論点を含む本件刑事事件を法律家に周知させるためのものみることはできず、閲覧者の性的好奇心に訴え掛けて、興味本位で本件刑事事件判決を閲覧するよう誘導しようとするものというほかない。
我が子が性犯罪の被害に遭って殺害され甚大な精神的苦痛を受けている遺族において事件が好奇の目にさらされて被害者の尊厳がこれ以上傷つけらえることのないよう願うのは当然なことであって本件遺族は裁判官である被申立人によって上記のような前回投稿がされたことについて被害者の尊厳や遺族の心情に対する配慮を欠くものであるとして抗議等をするに至ったものと認められる。前回投稿についての被申立人に対する東京高裁長官の前記厳重注意も、同様の理解の下にされたものと解する。
以上の経緯の下で、被申立人は根拠を示すことなく、前記2のとおり、本件遺族が被申立人を非難するよう東京高裁事務局から洗脳されている旨の投稿をしたものである。このような本件投稿の表現はあたかも本件遺族が自ら判断をする能力がなく、東京高裁事務局等の思惑どおりに不合理な非難を続けている人物であるかのような印象を与える屈辱的なものであって、本件投稿をした被申立人の行為は多数の者に向けてされたこととあいまって、被申立人による前回投稿によって心情を害されて抗議等をするに至った本件、被害者遺族の副次的な被害を拡大させるものである。そして自からが裁判官であることを示しつつ多数の者に向けてした被申立人の上記行為は、被申立人は犯罪被害者やその遺族の心情を理解し、配慮することのできない裁判官ではないかとの懸念を広く抱かせることに足りうるものである。
したがって、被申立人の上記行為は、裁判所法49条にいう「品位を辱める行状」に当たるというべきである。
なお、被申立人は、本件遺族による抗議や訴追請求に対する自らの見解を表明するための表現行為として本件投稿をしたというが、そうであるとしても、本件遺族を屈辱するような上記表現を用いることが許されるものではない。
(3)被申立人は投稿から数日後に本件投稿を削除し、本件投稿の表現が不適切であったことを認めているといった事情はあるものの、前回投稿について厳重注意を受けたほか、訴訟当事者であった私人の感情を傷つける投稿をしたことについて戒告の裁判を受けるなどしてにもかかわらず、この戒告の裁判から僅か1年余り後に本件投稿に及んだものであって、これらの一連の経緯に照らすと、被申立人の上記行為はおよそ看過することができないものである。
よって裁判官分限法2条の規定により被申立人を戒告とすることとし、裁判官全員一致の意見で主文のとおり決定する。
令和2年8月26日
最高裁判所大法廷
裁判長裁判官 大谷直人
裁判官 池上政幸
裁判官 小池 裕
裁判官 木澤博之
裁判官 林 景一
裁判官 宮崎裕子
裁判官 深山卓也
裁判官 三浦 守
裁判官 草野耕一
裁判官 宇賀克也
裁判官 岡村和美
1 首を絞められて苦しむ女性の姿に性的興奮を覚える性癖を持った男
そんな男に、無残にも殺されてしまった17歳の女性
2 裁判所が判決書をネットにアップする選別基準
(中略)
東京高裁は、このうち「イ 刑事訴訟事件(イ)性犯罪」に該当する判決書をアップしてしまったのですが、その遺族の方々は東京高裁を非難するのではなく、そのアップのリンクを貼った俺を非難するようにと、東京高裁事務局及び毎日新聞に洗脳されていまい、いまだにそれを続けられています、
東京高裁を非難することは一切せず「リンクを貼って拡散したこと」を理由として裁判官訴追委員会に俺の訴追の申立てをされたりしているというわけです。
(後略)