対象弁護士 東京都新宿区西早稲田 F法律事務所 M上 (登録番号4937×)
当委員会第4部会は、頭書事案について調査を終了したので、審議の上、以下のとおり議決する。
主 文
被調査人につき、懲戒委員会に事案の審査を求めないことを相当とする。
事実及び理由
第1 事案の概要
本件は、被調査人が、いわゆる「給与ファクタリング」を業として行う会社と顧問契約を締結して顧問弁護士に就任したとして、必要な法令及び事実関係 の調査の解念、違法行為の助長、品位を損なう事業への参加、弁護士としての品位を失うべき非行にあたるとして懲戒請求がなされた事案である。
第2 前提事実
1、 東京地方裁判所は、令和2年3月24日、一般個人(労働者)から給与債権を買い取るいわゆる「給与ファクタリング」による取引について、労働基準法第24条第1項の趣旨に徴すれば、給与債権が譲渡された場合においても使用 者は直接労働者に対し賃金を支払わなければならず、労働者である顧客から給与債権を買い取って金銭を交付した業者は常に当該労働者を通じて譲渡に係 る債権の回収を図るほかないから、業者から労働者に対する債権譲渡代金の交 付だけでなく、当該労働者からの資金の回収が一体となって資金移転の仕組み が構築されているというべきであり、経済的には貸付けによる金銭の交付と返 還の約束と同様の機能を有するものと認められ、当該取引における債権譲渡代 金の交付は貸金業法や出資の受入れ、預り金及び金利等の取締りに関する法律 (以下「出資法」という。)にいう「貸付け」に該当し、当該取引を行う業者 は貸金業法にいう貸金業を営む者にあたると判示した(以下「東京地裁判決」という。)。
なお、東京地裁判決は、訴訟当事者である給与ファクタリング業者が徴収した手数料を年利に換算すると貸金業法第42条第1項に定める年109.5% を超過しているとして当該取引は同項により無効であるとともに、出資法第5条第3項に違反し、刑事罰の対象となると判示した。
2 貸金業の監督官庁である金融庁は、同年3月5日付けで公表した同庁監督局 総務課金融会社室長名の「金融庁における一般的な法令解釈に係る書面照会手 続(回答書)」において、いわゆる「給与ファクタリング」のスキームについ て、東京地裁判決と同じ論法にて貸金業法にいう貸付けに該当し、当該スキー ムを業として行うものは貸金業に該当するとの解釈を示した(以下「金融庁回 答」という。)。
3 日本弁護士連合会は、同年5月22日付けで公表した同会長名の声明におい て、いわゆる「給与ファクタリング」のスキームについて、東京地裁判決及び 金融庁回答と同様の解釈を示したうえで、年利に換算すると数百%以上にも相 当するような高額な手数料を徴収している業者を貸金業法及び出資法に違反 する違法なヤミ金融業者と断じ、給与ファクタリング業者の取締りの徹底を求 め、給与ファクタリング業者と称するヤミ金融の撲滅に向けて相談体制を強化するなどの努力をするとしている(以下「日弁連声明」という。)。
4 株式会社ZERU〇〇、株式会社さ〇ら、株式会社W×corporati on(以下「申立外3社」という。)、株式会社S&〇(以下「申立外S&〇」 という。)、株式会社R×MUA(以下「申立外R×MUA」という。)は、い わゆる「給与ファクタリング」を業として行っていた会社であり、ウェブサイ トにて広告宣伝し、顧客を募っていた。
5 申立外3社は、そのウェブサイトに顧問弁護士として被調査人の氏名を掲載 しており、申立外RUMUAは、そのウェブサイトに顧問弁護士として被調査 人が当時所属していた「さくら共同法律事務所」の名称を掲載していた。
6 申立外RUMUAは、令和2年5月26日、商号を「株式会社ZIZ●」に 変更し、事業内容から個人向けファクタリング事業を削除する目的変更登記を 行っており、商号変更後のウェブサイトには顧問弁護士として被調査人の氏名 を掲載していた。
第3懲戒請求事由の要旨
1 懲戒請求事由1
申立外3社、申立外S&〇、申立外R×MUA、ピ×エムジー株式会社(以 下「申立外ピ×エムジー」という。)は、給与ファクタリングとの名目にて無登録で貸金業を行ういわゆる闇金融業者であり、被調査人が、これらの会社と顧問契約を締結して顧問弁護士に就任した行為は、必要な法令及び事実関係の調査の懈怠、違法行為の助長、品位を損なう事業への参加にあたり、弁護士としての品位を失うべき非行にあたるから、弁護士職務基本規程第37条、第14 条、第15条に違反し、弁護士法第56条第1項に該当する。
2 懲戒請求事由2」
申立外R×MUAは、ファクタリングとの名目にて無登録で貸金業を営むこ とができなくなったことから、商号と目的を変更後、新たな脱法的スキームと して、ファクタリング業を営む他社の利用者からの申込みを受けて、利用者が 支払うべき債務を立て替えて支払い、立替金との名目にて無登録で貸金業を行 っているのであり、被調査人が同社と顧問契約を締結して顧問弁護士に就任し、 顧問弁護士として氏名の使用を許諾した行為は、必要な法令及び事実関係の調 女の解怠、違法行為の助長、品位を損なう事業への参加にあたり、弁護士としての品位を失うべき非行にあたるから、弁護士職務基本規程第37条、第14 条、第15条に違反し、弁護士法第56条第1項に該当する。
第4 被調査人の答弁及び反論の要旨
1 懲戒請求事由 1について
(1)申立外3社及び申立外 S&Mとは、令和2年2月から立て続けに顧問契約 を締結したが、いずれも令和2年5月をもって終了している。顧問契約を締結した当時、給与ファクタリングについての判例はなく、法令による規制も現在まで行われていない。給与ファクタリングのスキームに ついては、法人向けファクタリングに関する平成29年5月23日東京高等裁判所判決に基づき、買い取った債権の回収とは別に債権譲渡人の財産から 回収すると返還の約束となってしまうことから、この点を遵守すれば違法ではないと考えていた。
しかし、金融庁回答及び東京地裁判決が出されたことから、申立外3社に 対しては、給与ファクタリング事業を中止することを助言するとともに、直ちに顧問弁護士としての表示を削除するよう要請した。
申立外3社はいずれも、助言に従って同年4月には給与ファクタリング事業を中止した。
(2)申立外R×MUAとは顧問契約を締結しておらず、にもかかわらず同社のウェブサイトで顧問弁護士として、被調査人が当時在籍していた事務所名が 掲載されていたことから削除を求め、削除された。
(3)申立外ピ×エムジーは、法人向けファクタリングを業として行っているものであり、給与ファクタリングは業として行っていない。
2 懲戒請求事由2について
申立外RUMUAとは、商号変更後(現商号・株式会社ZIZ●) も顧問契約を締結していない。 被調査人は、申立外RUMUAの代表取締役であるA(以下「代表者 A」という。)が代表取締役の別会社(株式会社くじら)の顧問弁護士であり、同社はシステム開発の会社であり、給与ファクタリングは業として行っていない。代表者Aは、被調査人が別会社の顧問弁護士であったことから無断で、申立外RUMUAの顧問弁護士として被調査人がかつて所属していたさくら共同法律事務所」の名称を掲載していた。 これに気付いた「さくら共同法律事務所」からの連絡を受けて、被調査人は、上記掲載の事実を知り、代表者Aに対し、上記掲載の削除を要請したのである。なお、「さくら共同法律事務所」は申立外RUMUAの顧問でもなければ、 同社と何らの関係もない。
その後、代表者Aは、申立外RUMUAの商号を変更し、再び無断で被調 査人を顧問弁護士として掲載したことから、被調査人は再度削除を要請したのである。
第5 証拠の標目
別紙証拠目録記載のとおり
第6 当委員会第4部会の認定した事実及び判断
1 関係各証拠によれば、前提事実のほか、以下の事実が認められる。
(1)被調査人は、令和2年2月頃、給与ファクタリングを業として行う申立外3社及び申立外 S&Mとの間で顧問契約を締結して顧問弁護士に就任した。
(2)被調査人は、金融庁回答及び東京地裁判決が出されたことから、申立外3社に対し、給与ファクタリング事業を中止することを助言するとともに、顧問弁護士としての表示を削除するよう要請し、申立外3社はいずれも、助言に従って同年4月には給与ファクタリング事業を中止した。
(3)被調査人と申立外3社及び申立外S&Mとの間の顧問契約は、遅くとも同年5月末日をもって終了した。
(4)申立外3社及び申立外S&Mは、被調査人が顧問弁護士に就任していた当時、貸金業法第3条第1項所定の登録を受けていなかった。
2 懲戒請求事由1について
(1) 東京地裁判決及び金融庁回答等によれば、給与ファクタリングによる取引における債権譲渡代金の交付は貸金業法や出資法にいう「貸付け」に該当し、 当該取引を行う業者は貸金業法にいう貸金業を営む者にあたるから、申立外 3社及び申立外S&Mは貸金業法第3条第1項(登録)に違反し、徴収していた手数料を年利に換算した利率によっては、利息制限法に違反し、貸金業 法第42条第1項(高金利を定めた金銭消費貸借契約の無効)及び出資法第5条第3項(高金利の処罰)に該当する可能性がある。
しかし、被調査人が申立外3社及び申立外S&Mの顧問弁護士に就任した ことのみをもって直ちに、必要な法令及び事実関係の調査の解怠、違法行為 の助長、品位を損なう事業への参加、弁護士としての品位を失うべき非行にあたるとは認められず、給与ファクタリングの実態が貸付けであると認識しながら、あるいは、法令等の調査や事実関係の調査をすれば容易に認識しえ たにもかかわらずこれを認識せず、貸金業としての登録や利息制限法の遵守、 あるいは業務停止といった適正な助言や指導をせず放置したと認められる 場合に上記非行にあたる可能性があるといえる。
上記認定事実によれば、被調査人が、目立外3会社及び申立外S&Mによる給与ファクタリングの実態が貸付けであると認識しながら適正な助言や 指導をせず放置したと認めるに足りる証拠は存在しない。
懲戒請求者は、東京地裁判決や金融庁回答が出された後も被調査人が直ち に顧問弁護士を辞任しなかったことをもって上記非行にあたると主張する が、被調査人が顧問弁護士を辞任するまでの間、適正な助言や指導をせずに 放置したと認められるような具体的事実は適示していない。また、懲戒請求 者は、被調査人が、東京地裁判決後も率先して積極的に未処理の返還請求に 対応していたと主張するが、かかる主張を認めるに足りる証拠は存在しない。
以上から、被調査人が申立外3社及び申立外S&Mと顧問契約を締結して 顧問弁護士に就任した行為をもって、必要な法令及び事実関係の調査の解怠、 違法行為の助長、品位を損なう事業への参加にあたるとは認められず、弁護士としての品位を失うべき非行とは認められない。
(2)懲戒請求者は、被調査人が申立外R×MUAとも顧問契約を締結し、顧問弁護士に就任したと主張している。 しかし、申立外RUMUAのウェブサイトには被調査人が当時在籍していた法律事務所名が掲載されているが被調査人の氏名は掲載されていないこと、被調査人は、令和2年5月8日、同社の代表者Aに対し、上記掲載の 削除を要求し、自身が同社と顧問契約を締結していないことにも言及していること提結していることから(乙イ 1)、被調査人が同社の顧問弁護士に就任していたとは認められない。
(3) 懲戒請求者は、申立外ピ×エムジーについても、給与ファクタリングを業 として行う会社であり、被調査人が同社とも顧問契約を締結し、顧問弁護士 に就任したと主張している。 しかし、被調査人は、同社は法人向けファクタリングを業として行う会社 であると主張していること、懲戒請求者が書証(甲イ1)として提出したサ イト画面にも「企業向けのファクタリング会社」との記載があることから、そもそも同社が給与ファクタリングを業として行う会社とは認められない。
3 懲戒請求事由 2について
申立外RUMUAが「株式会社ZIZO」と商号変更した後のウェブサイト には、顧問弁護士として被調査人の氏名が掲載されている。 しかし、同社の代表者Aは、旧商号当時も、上記のとおり、そのウェブサ イトに顧問弁護士として被調査人が当時在籍していた法律事務所名を無断で掲載し、被調査人から削除を求められており、上記掲載の事実のみをもって被調査人が氏名の使用を許諾したとは認められない。 また、被調査人が顧問弁護士に就任していたと認めるに足りる証拠は存在し ないから、かかる事実も認められない。
よって、主文のとおり議決する。
令和3年10月15日
東京弁護士会綱紀委員会第4部会 部会長 (記載省略)
証拠目録
(令和2年東綱第230号) 第1書証
1 懲戒請求者提出
甲イ1 「七福神」との記載があるサイト画面
甲イ2 朝日新聞配信記事
甲イ3_ 日本経済新聞配信記事
甲イ4 「給与の買取り」で始まる書面
甲5 「会社員らが業者を提訴」との記載があるサイト画面
甲6 「貸付認定判例紹介」との記載があるサイト画面
甲イ7回答書
甲ィ8 毎日新聞配信記事
甲イ9_「給与ファクタリングで違法金利」との記載があるサイト画面
甲イ10 「現金書留での支払いを要求」との記載があるサイト画面
2 被調査人提出
乙イ1_ 金融庁における一般的な法令解釈に係る書面照会手続き(回答書)
乙イ2_「ファクタリング取引が金銭消費貸借非該当」との記載があるサイト画面
乙イ3_東京地裁判決(平成31年4月15日) 紹介記事
乙イ4 東京地裁判決(昭和31年4月23日)紹介記事 乙イ5 東京地裁判決(令和元年9月12日) 紹介記事
乙イ6_東京地裁判決(平成31年4月12日) 紹介記事
3 職権
丙イ1 答弁書
丙イ2 被調査人反論書
丙イ3 被調査人反論書(2)
第2 人証 なし
(令和2年東綱第292号) 第1書証
1 懲戒請求者提出
甲口1の1 登記情報 甲口1の2 会社概要
甲口2 「身代わり地蔵」との記載があるサイト画面 2 被調査人提出
乙 ショートメールで日本
第2 人証
なし
左は抄本 で ある。
令和3年11月29日 東京弁護士会事務局長 望月秀 一