所属の京都弁護士会から懲戒処分を受けた弁護士が日弁連に審査請求(異議)を申立てせず京都地裁に当時の弁護士会長、懲戒委員長に不法行為に基づく損害賠償を求めた裁判

 京都地方裁判所 平成7年(ワ)2530  判決

原 告  甲野太郎弁護士

被 告  京都弁護士会右代表者会長  松浦正弘弁護士

右訴訟代理人弁護士 安保嘉博弁護士

同 小川達雄弁護士 同 三谷健 同 吉川哲朗 同 藤井正大 同 山﨑浩一 同 佐渡春樹

被 告 村山晃弁護士

右訴訟代理人弁護士 莇立明 同 坂元和夫 同 植松繁一

主 文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告らは、原告に対し、各自、金100万円及びこれに対する、被告京都弁護士会については平成7年10月13日から、被告村山については同月19日から、各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、弁護士が、所属弁護士会からなされた懲戒処分等の違法・不当を主張して、弁護士会及び懲戒委員会委員長に対し、不法行為に基づく損害賠償の一部請求に及び、100万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日から年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求めた事案である。

一  (争いのない事実)

1  当事者

原告は、被告京都弁護士会(以下「被告弁護士会」という。)に所属する会員の弁護士である。

被告弁護士会は、弁護士法に基づき設立された法人であり、その機関として懲戒委員会を設置している。

被告村山は、平成5年11月2日当時における懲戒委員会(以下、当時の同委員会を「本件委員会」という。)の委員長であった。

2  事実経過

(一) 本件委員会は、平成5年11月2日、原告を被審査会員とする懲戒審査請求(平成3年懲第1号)について、「被審査会員(原告)を戒告する。」旨の議決をなした(以下「本件議決」という。)。

(二) 被告弁護士会は、原告に対し、平成5年11月29日、本件議決に基づく戒告の懲戒処分(以下「本件処分」という。)を言渡した。

(三) 本件処分における理由の要旨は、被審査会員(原告)が離婚等請求事件における被告訴訟代理人であった際に、仮差押を受けていた被告所有の土地・建物について、被審査会員(原告)の法律事務所の事務員らが代表取締役等を務める株式会社がこれを購入するための便宜を図った点につき、原告の関与行為(以下「本件行為」という。)が、不動産取引態様として、弁護士法28条(係争権利の譲受禁止)及び弁護士倫理(日本弁護士連合会(以下「日弁連」という。)の平成2年3月2日臨時総会決議)16条(係争目的物の譲受禁止)に直接該当するものとはいえないが、原告の関与の仕方において、当事者として行ったものと実質的に同視し得る点があるので、同法28条及び弁護士倫理16条に照らし弁護士の品位を失うべき非行に該当するというものであった。

(四) 原告が、本件処分を知った日の翌日から起算して法定の不服申立期間である60日以内に日弁連に対する審査請求をしなかったため、本件処分の効力は確定した。

(五) 被告弁護士会は、被告弁護士会懲戒手続規程(会規12号)36条に基づき、本件処分の内容を被告弁護士会の弁護士会館内に掲示した。また、本件処分は、同年12月8日ころ、新聞各紙に報道された。

二  (争点)

1  本案前の主張

(一) 本件訴訟についての法律上の争訟性の有無

(被告らの主張)

弁護士会は、弁護士法に基づき、高度の自治権を付与されている団体であるから、弁護士会内部の行為については一般の団体以上に弁護士会の判断が尊重されるべきである。また、弁護士会における弁護士自治の趣旨及び懲戒委員会の制度における準司法的機能からすれば、弁護士会がした個々の懲戒処分適否の判断は、法定の不服申立方法による場合を除き、裁判所による司法審査の対象とすべき事項ではない。

本件訴えは、弁護士会が行った懲戒処分の違法を前提として、不法行為に基づく損害賠償を求める形式をとっているものの、右問題点が本件訴訟の前提であり、本件紛争の核心となっている。したがって、本件訴えは、法律上の争訟性を欠き、不適法である。

(原告の主張)

本件訴えに法律上の争訟性があることは明らかである。法が弁護士会に付与した懲戒処分のための権限といえども、全く無制限なものではなく、憲法に羈束されている。弁護士自治は、憲法保障を実現しようとしたものであり、少なくとも懲戒処分の憲法違反が問題とされる事案においては、裁判を受ける権利が保障されなければならない。本件は、本件処分の事実認定を争っているのでなく、処分自体の違憲性を問題としている事案であって、これをも自治の範囲内とするのは裁判を受ける権利に対する侵害である。

(二) 本件訴えについての訴権濫用の成否

(被告らの主張)

原告の本件請求は、本件処分が依拠した本件委員会の本件議決の内容・手続、並びに本件処分及びその執行に伴う行為の違憲ないし違法をいうものであり、本来懲戒処分に対する法定の不服申立方法の中で主張すべき事項である。これによらず、不法行為に基づく損害賠償請求という形式を借りて、既に確定した本件処分の適否を争うのでは、懲戒手続における対立の蒸し返し以外の何ものでもない。訴訟手続は、法によって救済を受ける機会を放棄した者が後になって蒸し返しのために利用されてはならない。

したがって、本件訴えは、訴権の濫用であり、不適法である。

(原告の主張)

被告らの主張では、原告の裁判を受ける権利が否定されることになる。行政訴訟を提起することは義務ではないから、これを提起しなかったからといって蒸し返しにはならない。各種訴訟における違法性の評価には相対性があり、憲法上の裁判を受ける権利が訴訟法によって具体化した範囲内で処分権主義の見地から、原告が損害賠償請求訴訟を提起することは当然の権利である。

2  不法行為の成否について

(一) 原告主張の被告らによる次の各行為の違法性の有無

原告は、本件請求にかかる不法行為として、本件委員会による平成5年11月2日の本件議決、並びに被告弁護士会による同月29日の本件処分、弁護士会館での掲示及び司法記者クラブへの告知による新聞報道が該当すべき行為であり、以下の理由により違法であると主張する。

(1) 議決内容の違法性

弁護士法は、弁護士会の自治を実現するために懲戒制度を設けているが、懲戒制度の運用においては、差別なく人権を擁護するという弁護士の社会的使命から、憲法の人権条項を最大限に保障する必要がある。

そして、憲法13条、31条、39条、73条6号で複合的に保障されている罪刑法定主義の原則が懲戒制度の場合にも適用がある。ところで、弁護士法56条所定の懲戒事由のうちの、「非行」はその概念が明確でないので、その該当基準が明確でなければ白地規定に等しく、罪刑(懲戒事由)法定主義に違反する。しかるに、本件議決では非行の判断基準を示していないから、違憲かつ違法である。かえって、原告の本件行為は、依頼者の要請に基づくもので一般道徳規律から善行と判断できるものである。

また、本件議決では、本件行為が弁護士法28条及び弁護士倫理16条に該当しないが、これらの類推適用により非行に該当するとの判断をなしているところ、これは類推解釈の禁止に抵触する違憲、違法の判断である。

(2) 議決手続の違法性

原告は、本件処分に至る過程において、罪刑法定主義に反するという憲法解釈上の主張を行っていたのであるから、その解釈については、憲法13条及び31条に基づき、懲戒委員会の委員の多数決で判断すべきものでなく、弁護士会の総会や常議員会等の機関で討議し、その審議を踏まえて、懲戒委員会において慎重に審議されるべき性質のものであった。

また、弁護士会の使命からすれば、違憲の疑いのある事項の解釈・運用を差し控えるべき義務があるところ、本件処分ではこの義務を怠っている。さらに、本件議決は、原告の違憲性の主張に応答しておらず、判断の欠落や理由の不備がある。

以上のとおり、本件議決及び本件処分は懲戒権を濫用したものであり違法である。

(3) 思想弾圧目的

原告は、本件処分前において、暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律(以下「暴対法」という。)を憲法違反であるとして、その思想信条に基づき関連訴訟の訴訟代理人になるなどして、訴訟及び申立てなどを行った。これに対し、被告弁護士会は、暴対法が違憲であるという立場になく、暴力団差別を肯定する見解を表明し、原告の思想や立場に対立した状況にあった。原告は、被告弁護士会の人権擁護委員会に対し、日弁連が民事介入暴力の名の下に暴力団差別を肯定し、また、労働者の人権を無視して企業利益を優先させ、その原作・監修の下に出版された「民暴の鷹(民事介入暴力と闘う弁護士の記録)」(雪書房)の「第五話・美しすぎたラベンダー・会社役員への恐喝」が人権侵害図書であるとの主張を行ったものの、同委員会は、これを退けた。そして、本件委員会の委員の多くは、人権擁護委員会の委員長を務めたこともある被告村山を含め、暴対法訴訟の相手方の当事者、訴訟代理人及び担当裁判官などであった。殊に、本件委員会の委員であった山本浩三弁護士からは、平成四年六月二二日、同人に対する忌避権を行使しないように強い忠告を受けるという不当干渉も受けた。

本件議決及び本件処分は、右状況下においてなされたものであり、思想弾圧の目的によるものである。

3  被告村山の責任原因

(原告の主張)

被告村山に対する損害賠償請求の根拠は、民法709九条ないしは同法44条2項に求められる。すなわち、懲戒委員会は弁護士会の懲戒権限の付託を受けてこれを行使する「代理人」に該当するところ、懲戒委員会の委員長は、懲戒委員会の会議を主催し同会を代表するので、民法四四条所定の「理事」ないし「代理人」に該当する。そして、被告弁護士会は、目的における法律上の制限として憲法違反の行為を行うことができないのであるから、本件処分については、たとえ形式的には懲戒処分の範囲内であっても、実質的に憲法違反の行為であるから、法人の目的外行為である。

ところで、公務員の個人責任を免責させることは憲法14条に反する。また、懲戒委員会の委員は、法令によって公務に従事する職員とはされていないので、公務員ではない。これを拡張解釈することは違憲である。さらに、被告村山が違憲であることを容易に判断できる本件議決を行ったのは、故意行為と同視でき、このような場合まで公務員としての免責を認めるべきでない。

(被告村山の主張)

懲戒委員会は弁護士会の内部組織であるから、その委員会を法人の代表機関とはいえない。したがって、被告村山は民法44条所定の機関に該当しない。

また、本件議決における被告村山の関与は、本件委員会における委員長としての職務行為であるから、民法44条2項所定の法人の目的外の行為の要件にも該当しない。

本件請求は、公権力の行使である弁護士会の懲戒処分によって生じたとする損害の賠償請求であるから、国家賠償法1条に基づくものというべきところ、同法1条の請求については、公務員個人が請求権者に対して直接民事上の責任を負うものでないから、被告村山に対する請求部分は失当である。

4  原告主張の損害額の当否

原告は、本件処分等の前記不法行為のほか、前記新聞報道に接した原告の実母が悲嘆のうち脳卒中になったことによっても、精神的苦痛を被ったので、これらを賠償すべき慰藉料額は、金1000万円を下らないと主張する。

第三  争点に対する判断

一  本件訴えの適否について

1  法律上の争訟性の有無について

(一) 被告らは、原告が本件訴えにより本件処分の違法を主張するものの、右主張が被告弁護士会に付与された自治権としての懲戒権の行使に関する不服申立に過ぎず、本件訴訟が法律上の争訟に該当しない旨主張するので、その当否につき以下検討する。

(1) (弁護士法における懲戒制度の概要)

ア 弁護士会は、弁護士の使命及び職務にかんがみ、その品位を保持し、弁護士事務の改善進歩を図るため、弁護士の指導、連絡及び監督に関する事務を行うことを目的とする法人であり(弁護士法31条)、弁護士は弁護士会に所属する(同法36条)ことにより所属弁護士会の監督に服すべき地位に立つ。

イ 弁護士に対する懲戒手続は、まず、弁護士会が所属弁護士についての懲戒事由があると思料するとき、又は同法58条1項に基づく何人からの懲戒の請求があったときに、弁護士会に置かれた綱紀委員会(弁護士たる委員で構成される。)による請求要件の存否や懲戒事由についての事実関係の調査が開始され(同法58条2項)、同委員会の調査に基づく懲戒相当の議決がなされ、その旨、弁護士会に報告のなされることが必要であり、その議決を受けて、弁護士会から懲戒委員会にその審査の請求がなされる(同条3項、65条2項)。

そして、懲戒委員会は、弁護士、裁判官、検察官及び学識経験者らが委員としてあらかじめこれを構成するとされているところ(同法六九条、五二条三項)、右審査請求に基づき、審査を受ける弁護士に対し、審査期日を通知することになる。そこで、当該弁護士は審査期日に出頭し、かつ、陳述することができる(同法67条)。そして、懲戒委員会では、懲戒の可否及び懲戒処分の内容を議決し、弁護士会に報告する。これを受けて、弁護士会が懲戒処分を行う(同法56条2項)。

ウ 所属弁護士会から懲戒処分を受けた弁護士は、日弁連に行政不服審査法による審査請求をすることができる(同法59条)。この審査請求に対する裁決は、弁護士会の懲戒委員会と同様、弁護士、裁判官、検察官及び学識経験者らによって構成される日弁連の懲戒委員会(同法65条、69条、52条3項)の議決に基づいてなされる(同法59条)。

そして、右審査請求が却下又は棄却されたとき、懲戒処分を受けた弁護士は、日弁連を被告として、東京高等裁判所に行政事件訴訟法による右裁決の取消しの訴えを提起することができる(同法62条)。

(2) (弁護士法の趣旨)

弁護士法の規定の趣旨は、第一には、基本的人権の擁護と社会正義の実現という弁護士の使命とその職務の公共的性格に照らして、職務執行の誠実性と品位の保持を強く要請するものとし、非違行為については、懲戒制度を設けること、第二には、弁護士がその職務を全うするために時として裁判官や検察官に対する厳正な批判者たることが要請されることもあるため、弁護士会における自主性・自律性を尊重することとして、弁護士会において所属弁護士に対する指導監督権を有するものとするとともに、その一環として、懲戒権を付与したこと、第三に、懲戒が公の権能に基づくことにかんがみ、公益的性質を有する行政処分としていることにある。その結果、弁護士に対する懲戒権は、弁護士会及び日弁連にだけ属するところである。

(3) (懲戒に関する手続保障)

さらに、弁護士法における懲戒制度については、懲戒が弁護士の地位及び身分などに影響を及ぼすので、懲戒を受ける弁護士の立場を十分に配慮する必要があり、そのための公正な手続を保障する制度が設けられたところである。すなわち、まず、根拠のない懲戒請求の場合でも、懲戒委員会の審査中は、当該弁護士が登録換又は登録取消の請求の制限を受ける(弁護士法63条)などの不利益を生じるため、これを避け、右請求に対処するための措置として、直ちに懲戒委員会の審査請求に付さず、その予備的な審査を綱紀委員にさせることとした。

また、弁護士会の懲戒権の行使を懲戒委員会の議決に基づくべきこととして、その議決における懲戒処分の内容にも拘束されるものとした。加えて、懲戒委員会は、弁護士会の内部に設けられた一機関ではあるが、公正な判断を期するために、他の機関から独立した機関とし、かつ、弁護士の他に、裁判官、検察官、学識経験者をも加えた委員により構成されるものとした。さらに、弁護士に対する懲戒権の可否につき、日弁連に対して審査請求をすることができるものとしている。そし、日弁連の審査に対しても不服がある場合には、弁護士会及び日弁連の自治を尊重するとともに、懲戒処分が裁判に準ずる慎重な手続により弁護士以外の委員も加わった懲戒委員会の議決に基づいてなされて、いわば準司法的な機能を果たしていることを考慮する一方では、懲戒処分の公正を究極的に裁判所において争えるものとして、裁判所での裁判を受ける権利を保障することが必要であるとの考慮をも加えた結果、日弁連の裁決についてのみ、東京高等裁判所を第一審として出訴できるものとして、右要請の間の調整を図っていることが明らかである。

(4) (戒告による不利益処分の内容)

本件処分としての戒告は、被懲戒者に対し、その非行の責任を確認させ、再び過ちのないように戒める処分である。戒告処分がなされると、日弁連の会長選挙規程により登録10年以上の者に生じる会長選挙の被選挙権が、戒告処分の不服申立ができなくなった日から三年を経過するまでは失われ、また、将来における懲戒処分において、過去の処分歴の一として情状面で考慮されることもありうるものの、その他の面では、被懲戒者の弁護士たる資格や身分に全く消長を及ぼさず、弁護士活動に何らの制限も加えられることがない。そして、戒告については、裁判所及び検察庁への通知もなされていない(京都弁護士会懲戒手続規程36条2項)。

(5) (判断)

前記判示によれば、弁護士会の弁護士に対する懲戒制度からは、弁護士会の自治権、自律権が公益性あるものとして、弁護士法により制度的に強く保障され、会員弁護士に対する指導・監督面も弁護士会及び日弁連に専権的にそのための判断が委ねられていることが明らかである。そして、弁護士法の規定及びその趣旨からすれば、あらかじめ被懲戒請求者の権利保護に配慮するための手続が定められているところ、懲戒処分の効力自体については、弁護士法所定の手続のほかには別個・独立の出訴による係争ができないと解されているところであるから、戒告処分が被懲戒者に及ぼす影響の比較的少ないことをも考慮すると、少なくとも戒告処分については、その被懲戒者の司法救済に一定の限度の制約が加えられることも一応の合理性を有するものと解される。

(二) しかしながら、懲戒処分はいずれも公共的性格を有し、東京高等裁判所への提訴にも種別による制限等がなされていないこと、懲戒処分による社会生活上の利害に及ぼす影響には事実上の利害をも含めれば、多様性に極まりがないことなどの点をも併せ考慮すべきところである。

(三)  以上の諸般の事情を総合して判断するに、戒告処分の適否に直接関わる本件訴訟が常に法律上の争訟性を有しないと断定することはできないので、国民としての裁判を受ける権利の重要性に照らし、被告らの前記主張は採用できない。

2  訴権濫用の成否について

被告ら主張の本件訴えについて訴権濫用の成否について検討する。

原告が本件処分についての法定の不服申立手続に依らず、右処分を確定させながら、本件請求に及んだことは、少なくとも本件議決及び本件処分についての違法事由を主張する部分において、いたずらに紛争を蒸し返している面があることは否めないものの、被告らにおいて本件行為が弁護士法等の禁止規定に直接該当はしないとしながら実質的に同視し得るとすることの違憲性を主張して、不法行為の成否を問う訴訟形態に依っている点において、直ちに訴権を濫用したものと断定し難いものがあるので、被告らの右主張も採用できない。

二  被告弁護士会に対する請求の当否

1  原告は、被告弁護士会に対する本件請求のうち、被告弁護士会の本件処分についての責任原因として民法44条1項を主張する。

ところで、弁護士会がその会員弁護士に対して行う懲戒は、弁護士法の定めるところにより弁護士会に与えられた公の権能に基づくものであり、国家賠償法に定める公権力の行使に当たると解することができる。したがって、弁護士会に対し、その懲戒処分についての不法行為の成立を主張して損害賠償を請求することはできない。そして、不法行為責任に基づく請求と国家賠償責任に基づく請求とは訴訟物を別個にするところ、処分権主義の観点も併せ考慮すると、本訴請求は、不法行為責任に基づくものであるから、失当である。

2  もっとも、右訴訟物の選択結果について、原告の法律上の意見にすぎないとすると、本件請求を国家賠償法に基づく責任についての請求と解する余地もないとはいえないが、このように解しても、下記判示のとおり、右請求には理由がない。すなわち、

(一) 本件議決及び本件処分についての違法事由として、原告が罪刑法定主義に違反する違憲性及び解釈運用における権限濫用を主張する点については、まず、弁護士法56条1項所定の「品位を失うべき非行」の解釈・運用として、厳格な罪刑法定主義の要請を受けるものでないことは、前記判示の懲戒制度の趣旨及び機構等に照らして明らかであり、原告の右主張を採用する余地はない。

(二) そして、原告の違憲性の主張を前提にする本件議決及び本件処分における権限濫用の主張の点についても、前記判示の懲戒委員会の性質及び構成に照らし、弁護士会内部の他機関からの介入を排除していることも明らかであり、右主張も独自の理論に基づくところであり違法はない。

(三) また、原告は、本件議決及び本件処分が原告に対する思想弾圧の目的に基づいてなされたものであると主張するけれども、原告の主張の各事情が存するとしても、本件処分により原告の思想が弾圧されると解するには、処分理由からみてもあまりに関連性を有しないので、原告主張の被告弁護士会における不当な目的の存在を推認することはできない。

(四) なお、原告は、被告弁護士会がその弁護士会館において本件処分を掲示し、新聞報道させた旨主張するけれども、被告弁護士会が懲戒処分の結果を掲示したことは同弁護士会の懲戒手続規程に沿ってなされたものであり、懲戒結果を秘匿すべき根拠ないし法的要請はないから、適法というべきである。

三  被告村山に対する請求の当否

原告の被告村山に対する請求は、本件委員会の委員長として本件処分に関する本件議決に関与したことを請求原因とするものであるところ、前記二の説示のとおり、本件処分及び本件議決についての違法事由は認められないので、被告村山に対する右請求も理由がないといわなければならない。

また、懲戒委員会は、弁護士会の懲戒権の行使を担う機関として弁護士法に基づき設置され、その委員長は、懲戒委員会の構成員として弁護士会の行う懲戒権を付託されて遂行するものであって、弁護士法上も「法令によって公務によって従事する職員」(弁護士法六九条、五四条二項)とされており、かつ、懲戒権の行使は公権力の行使に該当するので、懲戒委員会の委員長は、公権力を行使する公務員に当たるというべきである。そして、国家賠償法に基づいて公務員個人の責任を直接問うことはできないと解すべきであるから、原告が民法四四条二項ないし民法七〇九条による不法行為責任として、損害賠償を請求することもできないというべきであり、この点からも被告村山に対する請求は理由がない。

なお、原告は、公務員の個人責任が免責されることについて、憲法一四条に反して違憲である旨主張するけれども、公務員個人に対する直接の損害賠償請求が否定されることには、公務の特殊性からの合理性があるので、原告の主張は採用できない。また、懲戒委員会の委員を公務員とするとは拡張解釈である旨主張するが、その前提に誤りがあり採用できない。

四  結 論

そうすると、原告の被告らに対する本件請求は、その余の争点につき判断するまでもなく、いずれも理由がないから、これを棄却することとする。

(裁判長裁判官伊東正彦 裁判官齋木稔久 裁判官河合芳光)