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国内最大手の「西村あさひ法律事務所」(東京都千代田区)に所属して契約を更新されなかった弁護士が、「無期雇用に切り替えられる権利がある」と事務所を訴えた訴訟で、東京地裁(小原一人裁判長)は13日、原告側の地位確認請求を棄却する判決を言い渡した。
裁判では、弁護士が労働契約法上の「労働者」にあたるかが争われた。 判決によると弁護士は2014年、西村あさひに採用され、2年間の有期契約を結んだ。毎年、同じ条件で契約を更新したが、22年に契約を更新しないとする通知を受け、翌年に別の法律事務所に入った。 判決はまず、西村あさひとの契約に「委任契約」と明記され、自らの売り上げの見込みについて「4千万円程度」として交渉していたことなどから、「法律のプロとして事務所と対等な立場で契約を結んだ」と指摘した。 仕事の進め方についても「弁護士としての専門性や裁量にゆだねられ、時間や場所の拘束も緩やかだった」と判断。事務所の指揮監督の下で働いて賃金を得ていたとは認められず、労働者とはいえないと結論づけた。
令和5年ワ7211号
原告 SТ
代理人 師子角允彬、橋本佳代子、宇賀神崇
被告 西村あさひ法律事務所・外国法共同事業
代理人 湊祐樹、森倫洋、中島和穂、阿部次郎、鯉沼希朱、復代理人 山崎純
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
1 原告か、被告に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
2 被告は、原告に対し、令和5年1月から本判決確定の日まで、毎月25日限り、月額金150万円及びこれらに対する各支払期の翌日から支払い済みまで年3%の割合による金員を支払え。
3 被告は、原告に対し、令和5年1月から本判決確定の日まで、毎月12日限り、月額金金2万8300円及びこれらに対する各支払期の翌日から支払い済みまで年3%の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 本件は、弁護士である原告が、平成26年1月弁護士事務所である被告にアソシエイトとして採用され、被告との間で2年間の有期契約を締結し(なお、原告は、平成27年にカウンシルとなった。)、同契約が令和4年1月まで同一の条件で毎年更新されていたが、同年9月、被告がこれを更新しない旨を原告に通知したところ、原告において、同契約は論同契約であり、労働契約法(以下「労契法」という。)18条1項により向き労働契約に転換したなどと主張して、被告に対し、
①原告が働契約上の権利を有する地位にあることの確認、
➁令和5年1月以降、毎月150万円の賃金及び遅延損害金の支払い、
➂同月以降毎月金2万8300円の弁護士会費及び遅延損害金の支払いを求めている事案である。
2 前提事実
(1) 当事者等
原告は、平成13年に弁護士登録をした弁護士(昭和52年生まれの男性)である。
被告は、弁護士である個人を構成員とする民法上の組合であり、弁護士法人西村あさひ法律事務所との間で共同事業体としての西村あさひ法律事務所を営んである。令和4年12月時点において、600名を超える数の弁護士が被告に所属していた。
(2) 原告は、平成13年に長島・大野・常松法律事務所に入所した。その後原告は、平成19年にニューヨーク大学ロースクールを卒業し平成20年までアメリカ国内の法律事務所で勤務した後、同年長嶋・大野・常松に復帰した。
(3) 被告は、原告と数回の面談をした後、平成25年10月31日、採用条件を示して「採用通知」を原告に交付した。原告は、同年11月1日、本件採用通知の承諾欄に署名し、被告に提出した。これにより、原告と被告との間で、少なくとも次のアからケまでの事項を内容とする契約(本件契約)が成立した。
略
第3 当裁判所の判断
1 認定事実
略
(3) 被告入所後の原告の執務状況等
ア、イ、ウ、エ 略
オ 原告は、平成29年10月18日午前10時過ぎ頃、自転車で道路を走行中、停車してている車のドアが開いたため衝突して転倒し(「本件交通事故」)、外傷性くも膜下出血、急性硬膜下血種及び脳挫傷の傷害を負い、一時意識不明の重体となった。その後原告は緊急手術等の治療を受け、3か月程度休職し、平成30年1月中旬に業務に復帰した。
カ 原告は、平成30年9月、平成31年4月に、それぞれ異なる案件について、依頼者が求めた提出期限までに作業を終える事ができなかった。このような業態を踏まえ、少なくとも平成31年2月頃から令和2年4月ころまでの間、原告が納期を徒過することを防止するため原告の担当秘書が、原告宛のメールなどから、原告の担当する案件の納期の遵守状況を確認し、リスト化して、IK弁護士及びО弁護士に連絡するという対策を講じた。
カ 原告は、令和3年2月、依頼者である銀行から、遺産相続に関する金融商品についての契約書を作成する依頼(「銀行案件」という。)を受け、依頼者とのやり取りを経て同年5月14日に契約書の改訂版を依頼者に送付した。その後、同月28日に依頼者との会議が設けられ、被告からは、IK弁護士、原告、О弁護士が出席したが、依頼者から原告の仕事ぶりについて厳しい叱責や抗議がされたことから、IK弁護士は原告を退席させ、契約書の改定作業に入るよう要請したが、その後も、原告においては、依頼者は最低限のリーガルチェックだけを求めており、踏み込んだアドバイスをすることは徒労であるなどとの認識をしめしたことから、IK弁護士らにおいて契約書を完成させた。
キ 原告は、法律意見書作成案件について、令和3年6月11日、О弁護士から依頼者に催促されているため同日中に法律意見書を送付するように求められたが、同日中に送付せず、同月14日にも同様の催促を受けたがこれに対応せず、同月15日、О弁護士及びIK弁護士から更なる催促を受け、同日これに応じた。
ク IK弁護士は、令和3年6月末でSNBC案件について責任パートナーの立場を退き、代わって同年7月からU弁護士が責任パートナーとなった。IK弁護士は、これを機に原告に対して案件を依頼することがなくなった。
ケ 原告は、令和3年8月30日、IK弁護士に対し、SMBC案件についての責任パートナーをU弁護士に変更することしなった理由を尋ね、責任パートナーをIK弁護士に戻してほしいとの希望を述べた後、IK弁護士に「仕事のスタイル(体育会系・文科系)で思うとこがあった」としてメールを送信し、同メールにおいて、IK弁護士に関し、「体育会系の弁護士は部下を遣うのが上手で、今回U先生に移管されたように、任せると言ったら完全に任せきって一切口は出さないという部下を信頼して仕事を任せる懐の深さが特徴だと思います」と記載した。
コ 原告は、令和3年8月頃、令和2年8月からの一年間における事故の執務状況等を概要次のように自己評価した。
(ア) 過去一年間で貢献度が高かったもの等
略
(イ) 業務面で自己の克服すべき課題は何か
オーバークオリティとならないように、必要最小限の作業で効率よく仕事を終わらせること
略
もっとも、弁護士レビュー済みのお墨付きが欲しいだけの依頼者については、どこまで手抜きして適当に処理するかは難しい問題であると感じている。
サ 原告の令和4年2月における入館記録
令和和4年2月の被告事務所への入館記録によれば、原告が被告事務所へ入館したのは同月中合計10日あり、そのいずれの日も入館時刻は午後零時以降であり、午後5時すぎに入館した日もあった。
シ 原告は、令和4年11月頃、依頼者から原告に直接依頼された案件があったが、自らはこれを受忍しないことを判断するとともにね被告に所属する他の弁護士に対して、当該案件を紹介した。
2 争点(本件契約が労契法の適用対象となる労働契約に該当するか(原告が労契法上の「労働者」に該当するか))に対する判断
(1) 判断の枠組み
労契法が、「労働契約は、労働者が使用者に使用されて労働氏、使用者がこれに対して賃金を支払う事について、労働者及び使用者が合意することによって成立する。」(同法6条)もものと規定し、上記の「労働者」を「使用者に使用されて労働し、賃金を支払われる者をいう。」(同法2条1項)と定めていることに照らせず、労契法2条1項所定の「労働者」とは、使用者との使用従属関係の下に労務を提供し、その対価として使用者から賃金の支払いを受ける者をいうと解されるから、原告が「労働者」に当たるか及び労働契約に該当するか否かは、本件契約の内容、本家契約に基づく原告の労務提供の実態等に照らし、原告が被告の指揮監督下におい労務を提供し、当該労務提供の対価として報酬を得ていたと言えるか否か(原告と被告との間に使用従属関係が存在するといえるか否か)という観点から判断するのが相当である。
(2) 原告の労働者性について
ア 本件契約の内容等
前記認定事実のとおり、本件採用通知では、原告が主としてファイナンス業務、コーポレート業務及び税務業務に従事し、具体的な委託業務の内容については被告が指示するとされ、原告と被告との法律上の権利義務関係は、委任契約である旨明記されているところ、これについて原告は異議菜などを述べることなく、採用条件に異議がないとして承諾欄に署名した上に、実際に被告において業務を開始した後も、本件契約について、平成28年1月1日から令和4年1月1日まで、毎年1月1日付で、7回にわたり本家採用通知と同一の条件で更新してきたものである。
原告は、平成13年に弁護士登録をした弁護士であり、本件契約締結時において、すでに弁護士としての職務経験を10年以上積んでいたところ、さらなる成長の機会を求めるともに、新たな活躍の場を求め転職活動はすることを決意し、ミスからが培ってきた専門的な知識や経験の共有を図ることで組織で一体となってクライアントに対するベストなサービスを提供する事が可能な環境であり、自らのニーズに合致した転職先であるとの判断の下、被告との間で本件契約を締結したものと認められる。しかも、原告は、帆本件契約の締結に係る交渉過程において、被告に対し、新たに被告の顧客として紹介できる依頼先としてSMBCを挙げ、原告自身の売上として少なくとも4000万円ていどが見込める事を伝えたほか、結果として契約内容にはならなかったものの、報酬を出来高払いとするよう交渉した事や原告の基準報酬は当初から年間1800万円と被告におけるカウンシル相当の処遇であったこと等を踏まえると、原告は、法律のプロフェッショナルとして、被告と対等な立場で本件契約を締結したものというべきである。
このような本件の事情に鑑みると、本件契約の内容等に照らした当事者の合理的意思は尊重されてしかるべきところ、原告においては本件契約が委任契約であることを理解した上で契約を締結し、9年間にわたりこれを更新し続けてきたと認めるのが相当である。
そうであるとすると、原告においては、本件契約締結以後、被告から委託された業務について、自らの専門的知見や経験をいかして業務遂行することによって報酬を得るという認識であったと認めるのが相当である。 これに対し、原告は、形式的に委任契約とされていたとしても、労働契約と理解していた旨供述するが、原告の職業、経歴、転職の経緯等に照らし採用できない。
また、原告は、被告の指揮監督下で労務を提供するという認識で本件契約を締結しており、パートナーに意見を述べないし、パートナーと合議や協議をすることはなかったとも供述するが、自らの専門的知見をいかしてクライアントに対するベストなサービスを提供したいともする原告の転職動機にも沿わない業務を9年間も継続していたとは考え難い。また、上記供述は自己の専門家としての意義を否定するに等しいが、被告においても原告についてそのような評価をしておらず、前記自己評価とも齟齬しており、採用できない。
イ 原告の執務状況等
(イ) 諾否の自由の有無
前記認定事実によれば、原告は被告においてアソシエイト又はカウンシルの立場にあり、自己の名で依頼者から案件を受けることはできず、責任パートナーからアサインメントを受けることにより執務が開始する形であるところ、パートナー弁護士が案件を依頼する場合、アサイン名とに関するルールに則り、原則として参加する意思の有無についてメール等により明示的に原告に対して確認和行っていたと認められる。この点、確かに、IK弁護士については、原告が受諾すること(受諾を拒否しない事)を当然の前提とするような形で連絡が来ることもあったことは認められる。しかしながら、いずれも受諾を強要する趣旨でああるとはうかがわれず、また、原告が、令和3年8月30日に、IK弁護士に対して、IK弁護士は原告にとって一緒に仕事をしやすいパートナーであるという趣旨のメールを送っていたことからしても、IK弁護士と原告との間には一定の信頼関係が存在し、IK弁護士としては、かかる信頼関係に基づき、ファイナンス業務、中でも資産流動化を専門とする原告に対し、性質上原告が受諾するであろうことが予想される案件について、上記のような連絡を送っていたものと認められる。
また、被告において、カウンシルやアソシエイトが、仮にパートナーからのアサインメントを拒否した場合に、制裁等何らかの不利益な取り扱いを受けることになると認めるに足りる証拠もない。
そして、原告が本件契約を委任契約であると認識していたことは前記アのとおりであって、IK弁護士を含め、原告に対するアサインメントを受諾するか否かは原告においてここに判断していたものというべきである。
(イ) 指揮監督の有無
前記認定事実によれは、原告が、令和3年8月頃、、特にSMBC案件について、責任パートナーであるIK弁護士は、「任せるといったら完全に任せきって一切口は出さないという部下を信頼して仕事を任せる懐の深さ」を持つ存在であり、自身の儀用務遂行状況について、「受忍から請求に至るまで完全に一人でこなしている」、「特にトレードファイナンス(貿易金融)」は、他にあまり専門家がいない特殊な分野である」という認識であったことからすれば、IK弁護士において、原告の作成した成果物について最終的なレビューをすることはあったとしても、原告の具体的な業務の遂行は、原告の有する専門性と合理的な裁量に委ねられていたというべきである。また、SМBC案件以外についても、原告以外、「専門的知識に浦津された信頼できるアドバイスを提供できる弁護士として評価されているものと自負している」旨、「オーバークオリティとならないように、必要最小限の差企業で効率よく仕事をおわらせる」などとしているように、その専門性と合理的な裁量により業務を遂行していたといえ、具体的な業務内容について原告がパートナー等から特段の指揮監督を受けていたと認めるに足りる証拠はない。
(ウ) 時間的・場所的拘束性
前記認定事実及び証拠によれば、被告所属の弁護士は、タイムシートの記録をしているが、その他には被告においてアソシエイト及びカウンシルの事務所滞在時間や執務時間を管理しておらず、上記のタイムシートについても、執務状況を適時かつ客観的に把握する必要性及び依頼者に対する弁護士報酬請求のための基礎情報の必要性によるものてあり、被告におい手所属弁護士の労働時間を管理するためのものであるとは認められない。また、休暇の取得については、業務上の必要性から他の弁護士との予定の調整をすることはあつても、原則として弁護士事の裁量に委ねられ、パートナーから承認を得る必要もなかった。
被告が所属する弁護士の働き方について各弁護士の自律的な判断にゆだねる考えを表明していることや、実際の原告の入館時刻の状況も踏まえると、原告に対する時間的・場所的な拘束の程度は相当に緩やかなものであったといえる。
(エ) 報酬の労働対賞性
前記認定事実、証拠及び弁論の全趣旨によれば、被告は、カウンシルについて、弁護士としての経験年数や専門性、事務所への貢献度等に応じた報酬ランクを定め、それに応じて一定額の基準報酬を支給するとともに、個人業績及び被告の業績に応じ、被告の裁量により特別報酬を支給することとしており、本件契約においても、原告の経験年数、専門性、期待される事務所への貢献度等を踏まえて、カウンセル相当の処遇として基準報酬が年間1800万円として合意されるとともに、毎年特別報酬が支払われていたものと認められる。
そして、平成26年から令和4年までの原告のビラブルアワー(依頼し哉に請求することが適切であると考えられる時間)が、平成28年には年間2000時間を超えていた一方、令和2年以降は、年間1000時間を下回る(※令和2年617時間、令和3年812時間、令和4年252時間)など、大きく変動していたにもかかわらず、基準報酬は年間1800万円が支給され続けていたことや、原告が平成29年に本件交通事故により3か月間ほど休職した時期があっても年間報酬が減額されることもなかったこと等からすると、原告の報酬は、原告が提供した労務の時間や量と連動するものではなく、弁護士としての経験年数や専門性の高さといった属人的要素から期待される業績に対して支払われるものというべきである。
したがって、原告の報酬について労務対賞性は認められない。
(オ) 以上の諸事情を総合すると、原告は高度の専門性と抱負な経験を有する弁護士として、合理的な裁量に従い業務を遂行していたものであり、これを基礎として原告が創出する価値を評価して被告から報酬が支払われていたというべきである。したがって、原告が被告の使用従属関係の下で労務を提供をしていたとは認め難いものと言わざるを得ないから、本件契約に関し、原告が労契法2条1項所定の「労働者」に該当するものとは認められず、本件契約は労契法6条所定の労働契約には該当しない。
3 原告の主張について
(1) 諾否の自由がないとの主張
原告は、IK弁護士のアサインを拒否したことはなく、このこと自体諾否の自由を否定する事情である旨主張する。 しかしながら、そもそも原告は、高い専門的な知識と豊富な経験を油脂、さらなる成長を図るべく、自らが「培ってきた知識や経験の共有を図ることでチームで一体となってクオリティの高いリーガルサービスを提供できるように貢献したい」として被告に入所したのである。
そのような原告が、その成長や被告に対する貢献といった意識から、IK弁護士からのアサインメントを断らなかったということは十分に考えられることである。この点、゛ン国自身、アサインメントされた仕事をしっかりこなしていくことが組織における自らの役割であると理解していたこと、政務の仕事をしたいと考えており、アサインメントされた案件を一つずつ愚直にこなしていくことにより、パートナーの信頼を得て大切な仕事も任せてもらえるようになることが重要である旨供述しているところであって、まさに自らの成長や被告への貢献と言った観点から、積極的に仕事を引き受けていたといえるところ、このこと自体、高度の専門性をもって自律的に業務を遂行するという弁護士の本質的な植生かららも合理的に理解し得る行動であって、このような原告について、アサインを拒否した事がなかったこと自体をもって、諾否の自由を否定する事情であると評価することはできない。
また、原告は、①IK弁護士が原告に対して恐喝的にアサインしていたこと、➁被告の組織全体として、アサインされた仕事は断らないものだといった意識が存在していたこと、➂諾否の自由があることや拒否しても不利益がない事の説明を受けていなかったこと、④原告の専門とする税務分野は被告を含む大手の法律事務所でしか行う事ができない特殊な分野であり、継続的に依頼されるために信頼関係を気付く必要があること、➄アサインを拒否すれば、稼働時間がすくなくなり、報酬を引き下げられる等の不利益があること等を理由として、原告が自由な意思によりアサインを拒否することはできなかったと主張する。
まず①について、仮に原告が指摘する事実を前提としても、そのことから直ちに原告において諾否の自由がなかったと評価留守には飛躍があると言わざるを得ない上、むしろ原告において、IK弁護士が一緒に仕事しやすいパートナーであると認識していたことやIK弁護士においても原告に一定の信頼を置き仕事を依頼していたと認められることからしても、IK―弁護士のアサインの仕方から原告において諾否の自由がなかったと認めることはできない。 ➁については、これを認めるに足りる証拠はなく、仮に原告においてそのような意識を有していたとしても、前記のとおり、原告において、その成長や被告への貢献といった意識によると考えられるものであって、原告の自由な意思の存在を否定する事情とはいえない。
➂については、IK弁護士がそのような説明をしていなかったとしても、被告においては、アサインメントについて、アソシエイト及びカウンシルの承諾を得ることをルールとして明確にしていることからして、原告の諾否の自由を否定する事情とはいえない。
④については、前記➁と同様である。
➄については、これを認めるに足りる証拠はない。
したがって、原告の主張は採用の限りではない。
(2) 指揮監督下にあったとの主張
ア 原告は、アソシエイト及びカウンシルにつき、被告において担う弁護士業務が被告の事業の核心的なものであること、パートナーより下位の職位であり、苛社から直接依頼を受けることができないこと、他の弁護士やパラリーガル等に仕事をアサインする権限がないこと、被告の定める各種規定やマニュアルに拘束され、それが懲戒処分により担保されていること、人事評価の対象とされていること、休暇取得についてはパートナーの了承が必要であること、業務調整委員会という機関により稼働時間が管理されていること等の事実からすれば、被告の事業組織に組み込まれているとはいえ、一般的な指揮監督下に置かれているなどと主張する。
被告において、日々の業務については、パートナーが依頼者から案件を受任し、これをアソシエイトやカウンシルにアサインして、協働して業務を遂行するという形態であることや、原告が指揮する各種の人事規程やマニュアル等が定められていることは認められるものの、これらは、被告が600名を超える弁護士が所属する大規模法律事務所であり、多種多様な案件について、さまざまな分野を専門とする弁護士が案件ごとに最適なチームを組んで対応するという高度に専門化した集団であって、より良いリーガルサービスを提供するための、また執務環境を整えるとともに待遇等に関する公平性や透明性を確保するための合理的な仕組みを構築するためのものと認められるのであって、これをもって使用者の労働者に対する指揮監督であると評価することはできない。なお、懲戒規則は、当初策定された平成29年3月時点では被告に所属する弁護士全員を対象としていたが、本件契約の最終更新期間である令和4年1月1日から同年12月末日の時点においては、アソシエイトオヨ予備カウンセルは懲戒規則の対象外となっている。
イ また、原告は、銀行案件でIK弁護士に意見具申したことを反抗的態度とされ、その後アサインメントから排除されたから、そのこと自体指揮監督を及ぼしていたことの証左である旨主張する。しかし、原告へのアサインメントが減少したのは、本件事故後、原告において依頼された案件について期限を徒過することが続いたことや、銀行案件において原告の対応により依頼者の信頼を失いかねない状況になった上、原告が依頼者への不満や依頼者次第では仕事の質を落とす事はあり得るといった認識を示したことによるものと認められるのであって、原告の上記主張は採用できない。
ウ その他原告が主張するとこは、いずれもこれを認めるに足りる証拠がないか、又は原告が原告の指揮監督下にあったことを基礎づける事実に当たらない。
(3) 原告の業務に代替性が認められていないことが認められるが、これは、原告が弁護士として高度の専門性を有し、その専門性に依拠して案件を処理するという俗人的性質が強いためであるから、原告の労働者性を基礎づける事実には当たらない。
また、原告の報酬が給与所得として、源泉徴収の上支給されていること(ただし、雇用保険、労災保険、厚生年金保険には加入していない)、被告が原告に物的・人的な執務環境を提供している事が認められるが、これらは補助的な事情にとどまり、当裁判所の上記判断を左右するに足りるものとはいえない。
以上のほか、原告が主張するところを踏まえても、原告の労働者性を認めるに足りる的確な証拠や事情は認められない。
4 以上の通り、本件契約は労働契約ではないから、労契法18条は適用されない。
したがって、本件契約は、令和4年9月27日、被告が原告に対して本件契約の更新を行わない旨を申し出たことにより、同年12月末日の経過をもって期間満了により週利用したものと認めるのが相当である。
第4 結論
よって、原告の請求はいずれも理由がないから、これらを棄却することとして、主文の通り判決する。
東京地方裁判所民事第19部
裁判長裁判官 小原一人
裁判官 坂巻陽士
裁判官 遠藤安希歩