「紀州のドンファン」の妻・須藤早貴被告の元代理人として知られる弁護士が、所属する東京弁護士会から懲戒処分を受けていたことがわかった。理由は「弁護士としての品位を失うべき非行」だという。いったい何が問題視されたのか。
「愛媛ご当地アイドル自死訴訟」の弁護活動で
3月18日、東京弁護士会は「レイ法律事務所」代表の佐藤大和弁護士と「日本羅針盤法律事務所」代表の望月宣武弁護士の2名に戒告の懲戒処分を出した。
佐藤氏は「バイキング」(フジテレビ)、「ビートたけしのTVタックル」(テレビ朝日)など多数のテレビ出演歴があるタレント弁護士。芸能人の地位の向上を謳う「芸能人の権利を守る日本エンターテイナーライツ協会」共同代表理事も務める。
「紀州のドンファン」事件の発生後は、世間が妻の早貴被告に疑惑の目を向ける最中、代理人としてワイドショーに出演して注目を浴びた。ただし、早貴被告は佐藤氏を刑事弁護人に選任しておらず、昨年12月に一審で無罪判決が出た裁判には一切関わっていない。
今回、東京弁護士会は、佐藤氏と望月氏が「愛媛ご当地アイドル自死訴訟」の遺族側弁護団として活動していた時の言動を問題視して懲戒処分を行った。2018年、愛媛県の農業アイドル「愛の葉Girls」として活躍していたA子さん(当時16)が、高校進学前に突然自ら命を絶ったニュースは、当時、ワイドショーでセンセーショナルに報道されたので記憶している人も多いだろう。
この時、遺族側から訴訟を起こされた愛媛県の農業生産法人「Hプロジェクト」代表の佐々木貴浩氏(57)が佐藤氏らへの懲戒を求めた人物である。佐々木は憤ってこう語る。
「彼らがデタラメな記者会見を開いたおかげで、私は回復し難い報道被害を受けました。弁護士が5人も参加し、テレビカメラの前で、一方の主張に過ぎない話をあたかも真実であるかのように話したのです」(佐々木氏)
事実ではなかった「パワハラや過重労働」
佐々木氏が被害を受けたと訴える記者会見は、18年10月に都内で開催された。
会見で佐藤氏は司会を担当。遺族と並んで弁護団として発言をしたのは、河西邦剛弁護士と望月氏、他2名の弁護士だった。河西氏はレイ法律事務所に所属し、最近あまりテレビでは見かけなくなった佐藤氏に代わり、「サンデージャポン」(TBS)などのテレビ番組に多数出演中の売れっ子タレント弁護士である。
民事訴訟では遺族と弁護団に賠償命令も出ていた
会見で弁護団が述べた発言の一部を紹介する。
河西氏 「平日のイベントというのは非常に多くございまして、平均的にたとえば1日10時間以上、拘束があったりとか、あとは11時間から13時間にわたって拘束されることもあったというところです」
河西氏 「『愛の葉を辞めるのであれば、1億円支払え』というような話を友人と友人のお母さんの中で、移動中の車内で話をしたということになっております」
望月氏 「裁判の中では詳細なLINEのやりとりについて、大量に出す予定ですけれども、パワーハラスメントをうかがわせるようなメッセージ、日常的な言葉。それからお母さんなんかが、A子さんがリビングでスタッフと電話している時なんかに、すごく怒鳴られているようなことを隣で聞いていたりとか、いろんなことがあったところです。そして、最後に『辞めるならば1億円払え』と言った言葉。これもパワーハラスメントの一つなわけです」
当時、テレビを見ていた人は誰もが怒りに震えた事だろう。16歳の少女が1日10時間以上もの過重労働を強いられ、社長から「アイドルを辞めるなら1億円払え」という強烈なパワハラ発言までされて、追い詰められ死を選んだ――、というのだ。
だが、この遺族側の主張はその後の裁判で尽く「事実に反する」と退けられた。遺族側から起こされた訴訟で「パワハラや過重労働はなかった」と認定され、佐々木氏側は勝訴。原告側が主張していた「辞めるなら1億円払え」発言も事実認定されなかった。
佐々木氏が「記者会見やウェブサイトで虚偽の内容を広められて名誉を毀損された」として遺族と佐藤氏ら弁護団を訴えた訴訟では、遺族と弁護団側に計約560万円の支払いを命じる判決が確定している。
真実性も真実相当性も認められない
問題となった「記者会見」。中央の2人が遺族で、河西邦剛弁護士(左)、望月宣武弁護士(右)( )東京弁護士会懲戒委員会も記者会見における佐藤氏らの広報活動について次のように厳しく非難した。
〈懲戒請求者(Hプロジェクト)及び懲戒請求者代表者(佐々木氏)の社会的評価を低下させるものであり、摘示された各事実ないし意見論評の前提事実には真実性も真実相当性も認められないと判断し、被審査人ら(佐藤、望月両氏)による本件記者会見での名誉毀損の成立を認定したことが認められる〉
直接発言せず、司会者だった佐藤氏についても、
〈本件記者会見において問題とされた本件一連の行為の存在及びA子の自死の原因に関するストーリーを考えた中心的人物〉 という理由で責任を負うべきとした。
「月9出演」をチラつかせた佐藤弁護士
懲戒委員会がもう一つ問題視したのは、弁護団が裁判中、A子さんと同時期に愛の葉Girlsに所属していたB子さんから有利な証拠を得ようとした際に行った「説得工作」である。
元々B子さんは裁判に巻き込まれたくない考えだったが、佐々木氏から愛の葉Girlsを引き継いだ事務所社長に強く要請されて弁護団の事情聴取に協力することになった。その内容を佐藤氏らは陳述書としてまとめ、署名・押印するよう依頼したのだが、B子さんは拒否。その際、佐藤氏らは翻意させようと、次のように口説いた。
佐藤氏 「僕たちはずっと裁判にというのに関わってきているので、9年以上、陳述書を出して不利益になった人って見たことないですし、デメリットって特にあるものではないんですよ」
佐藤氏 「じゃあ、リターンがあるならと具体的に言う人もいるんですよ。先生が守ってくれるんだったらとか、先生がリターンをくれるならとか。リターンってお金じゃないよ。お金は渡せないからね。それはやっちゃいけない話なんで」
佐藤氏 「その代わり、将来に対する道筋作って行きますよとか、その代わりグループ含めてB子さんの今後の活躍と言うのをできるだけサポート、リーダーはともかく私としてはやれるよと言う話をして行ったり。実際それで『月9』は動いているし、ほかの東京の僕が関わっている芸能事務所の提携の話っていうのは進めているし、山本裕典君とか、いろんな俳優さんいるので」
「月9」とはフジテレビのドラマ枠のことだ。芸能界人脈を持つ佐藤氏は月9出演などの“メリット”を提示しながら、B子さんから陳述書を得ようとしたのである。
望月氏は佐藤氏に加勢して次のように発言した。
望月氏 「きちんと損得判断してくっていうことだと思いますよ。サインすることが得だと思うからこそするべきであって、得にならないと思うんだったらやめた方がいい。でも、ちゃんと得を提供しますから」
佐藤弁護士から送られてきた「反論」
結局、B子さんは署名・押印に応じなかった。しかし、弁護団は陳述書にしようとしていた文章をそのまま「聴取報告書」という名に変え、B子さんに黙って裁判所に提出。怒ったB子さんとトラブルになったのである。
この説得工作についても懲戒委員会は次のように厳しく非難した。
〈メリットを提示して陳述書への署名・押印を求める方法自体が明らかに不適切というべき〉
〈結果としてB子は署名・押印に応じなかったことを考慮しても、弁護士の証拠収集活動としては非難されるべきものであり、弁護士としての品位を失うべき非行と評価せざるを得ない〉
なお弁護団とB子さんのトラブルについての詳細は、関連記事【「農業アイドル自殺訴訟」で場外乱闘 タレント弁護士がちらつかせた“月9出演”話】にまとめてある。
「デイリー新潮」が佐藤、望月両氏に今回の懲戒処分についてどう受け止めているかコメントを求めたところ、望月氏は「不当な処分であり、争うつもりです」と回答。
佐藤氏からは下記の文章が送られてきた。
〈エンターテインメント分野における児童を含む未成年者の働き手は、労働者として保護すべきであり、本件における労働者性を否定した判決については、年少者保護規制等の観点を含めて、学者や実務家から様々な批判を受けている(参照)https://era-japan.org/archives/911)。
昨年、国連人権理事会の作業部会の報告書においても「アイドル業界においても、作業部会は若いタレントがプロデューサー、広告主、およびエージェントのすべての厳しい要求に従うことを義務付ける契約に強制的にサインさせられ、遵守しなかった場合には高額な罰金が課されるという状況を聞きました。」等とアイドル業界における深刻な問題について指摘を受けたこと、また昨年末には、公正取引委員会が「音楽・放送番組等の分野の実演家と芸能事務所との取引等に関する実態調査報告書」を公表し、同報告書では、芸能事務所は実演家に対して優越的地位に立つ蓋然性が高いとし、芸能事務所の言動をも問題視したこと等を踏まえて、今後も引き続き、我が弁護士人生の全てを賭けて、様々な圧力に屈することなく、我が国のエンターテインメント分野における人権問題を解決するために尽力しつつ、エンターテインメント業界の実演家の働く環境、取引条件等の是正に全力で取り組んでまいりたい〉
後編【「16歳のアイドルを自殺に追い込んだパワハラ社長」という“ウソ”を弁護士に流布された男性の「せめてもの願い」】では、今なお報道被害に苦しむ佐々木氏のインタビューを掲載している。
デイリー新潮の丁寧な取材記事です。自由と正義に処分要旨が掲載されるのは8月号あたりだと思います。