東京大学法学部で行われた子ども連れ去り(連れ戻し)事件の模擬の劇と判決文です

東京⼤学法律相談所 第78回模擬裁判『螺旋』 判決⽂

令和8年5⽉16⽇宣告  裁判所書記官 ⾦ ⼭ 晶 誠 

令和8年(わ)第1654号 

判 決 

本 籍 愛知県みよし市⻄仲町5丁⽬4番201号 

住 所 愛知県みよし市⻄仲町5丁⽬4番201号 

職 業 会社員 

広 瀬 恒 ⼀ 平成2年5⽉3⽇⽣ 

上記の者に対する未成年者略取被告事件について、当裁判所は、検察官浅野弦、同平塚海陽、同三 鷹亮及び同中野輝並びに私選弁護⼈室⼾真樹、同弥⽣薫、同柏⽊葉⼦及び同⼾⽥美⽉各出席の上審理し、次のとおり判決する。 

主 ⽂ 

被告⼈を拘禁刑1年に処する。 

この裁判が確定した⽇から3年間その刑の執⾏を猶予する。 

訴訟費⽤は被告⼈の負担とする。 

理 由 

(罪となるべき事実) 

被告⼈は、別居中の妻広瀬美紀が養育している広瀬綾⼈ (当時7歳) を連れ去ることを企て、令和 8年3⽉17⽇19時15分ころ、愛知県みよし市⻄仲町1丁⽬5番3号所在のファミリーレストラ ン駐⾞場内において、⾯会交流委員⾺場桃⼦に同伴していた同児を抱きかかえて、同所付近に駐⾞中の普通乗⽤⾃動⾞に同児を同乗させた上、同⾞を発進させて同児を連れ去り、そのころから同年3⽉ 18⽇8時30分ころまで同児を⾃⼰の⽀配下に置き、もって、未成年者である同児を略取したもの である。 

(証拠の標⽬)《省略》 

(事実認定の補⾜説明) 

第1 争点 

本件においては、被告⼈が綾⼈を連れ去った⾏為が未成年者略取罪の構成要件に該当するか、及 び、前記⾏為に違法性阻却事由が認められるかが争点となる。

第2 本件犯⾏に⾄る経緯について 

1 証⼈⾺場桃⼦、同⼀ノ瀬航の供述は、利害関係が存在しないことから信⽤できる。 美紀の供述のうち以下の事実認定で⽤いた部分は、他の供述や証拠と整合性があるため、信⽤でき る。 

また、被告⼈の供述のうち以下の事実認定で⽤いた部分は、迫真的・具体的な状況においてなされ たものであるから、信⽤できる。 

2 証拠及び供述のうち信⽤性が認められる部分を踏まえると、本件の事実関係は以下のとおりであ ると認められる。 

(1)被告⼈と美紀は、平成29年4⽉27⽇に婚姻し、美紀は、平成31年2⽉13⽇、⻑男綾⼈ を出産した。 

(2)被告⼈は、令和7年11⽉20⽇、美紀が相沢真司と親密な関係にあることを知り、美紀との 関係が決定的に悪化した。同年12⽉26⽇、美紀は、被告⼈に実家に帰ると告げて綾⼈とともに家 を出た。美紀は、これ以降、被告⼈と別居し、相沢と綾⼈とともに相沢の家で暮らした。 

(3)被告⼈は、令和8年1⽉8⽇から11⽇までの間、美紀に対し複数回連絡をした。美紀は、同 ⽉11⽇、被告⼈が美紀の実家に⾏くと美紀に伝えたため、綾⼈のスイミングスクールの後、被告⼈ を綾⼈に短時間会わせた。その後、綾⼈は被告⼈に会いたいと⾔って頻繁に泣くようになった。 

(4)美紀は、同⽉19⽇、⺠間の第三者⾯会交流⽀援機関である藤ひろば⽀援センターに赴き、⾺ 場が⾯会交流委員となって被告⼈と綾⼈の⾯会交流に⽴ち合うこと、その前後で美紀と綾⼈の受け渡 しを担当することを決定した。被告⼈と美紀は、同⽉20⽇、藤ひろば⽀援センターに赴き、⾯会交 流の条件について合意した。 

(5)美紀は、同⽉29⽇付で⾚⾨⼩学校に対し綾⼈の転校を申請した。 

(6)美紀は、同年3⽉4⽇、被告⼈に、3回⽬の⾯会交流がある同⽉17⽇以降、被告⼈に綾⼈を 会わせない旨を伝えた。これを受け、被告⼈は、同⽉8⽇、離婚調停を申し⽴てた。 (7)同⽉17⽇、被告⼈と綾⼈の3回⽬の⾯会交流がなされた。綾⼈と⾺場は、同⽇午後6時、⾯ 会場所であるファミリーレストランに到着した。⾺場は、綾⼈をすでに店内にいる被告⼈の元に連れ て⾏き、⾃⾝は少し離れたテーブルから2⼈を⾒守っていた。綾⼈は、⾯会中、以前の⾯会時より元 気がなく、⾷欲も普段と⽐べて乏しかった。被告⼈が綾⼈に問いただすと、綾⼈は、⾃⾝が相沢の家 から通いやすい学校に転校すること、転校に前向きではないことを話した。被告⼈は⾯会の延⻑を希 望したが、⾯会は予定通り1時間で終了し、3⼈は⼀緒に退店して駐⾞スペースの⾺場の⾞の⽅向へ 向かった。 

(8)被告⼈は、同⽇7時15分ころ⾺場の⾃動⾞へ向かう⾺場と綾⼈の背後から両者に接近し、⾺ 場が綾⼈とつないでいた腕を強く引き剥がして両⼿で背中側から綾⼈を抱え、連れ去った。被告⼈ は、綾⼈の⾜を地⾯に引きずりながら被告⼈の⾃動⾞まで綾⼈を運んで後部座席に乗せ、運転席に乗

り込んだ。⾺場は、被告⼈の⾃動⾞の運転席の窓ガラスを叩き、「やめてください、警察を呼びます よ」などと叫んだ。被告⼈は⾺場に対し⾃動⾞の中から「危ないので離れてください」などと伝えた ものの、⾃動⾞を発進させて⾛り去った。 

第3 争点に対する判断 

1 構成要件該当性について 

以上の事実関係によれば、被告⼈は、綾⼈の親権者である美紀の承諾に基づき、⾺場の監督の下で 綾⼈と⾯会した後、⾯会場所から退店する際に綾⼈の両脇を抱え、被告⼈所有の⾃動⾞へと連れ込み、⾺場の制⽌を振り切って発進させた。このような態様で有形⼒を⽤いて綾⼈を連れ去り、保護されている環境から引き離して⾃⼰の事実的⽀配下に置いたのであるから、その⾏為が未成年者略取罪 の構成要件に該当することは明らかである。 

なお、本件において被告⼈は綾⼈の親権者の1⼈であるが、かかる事情は、その⾏為の違法性が例 外的に阻却されるかどうかの判断において考慮されるに留まると解される。 

2 違法性阻却事由の存否について 

(1)ア 親権の内容をなす監護養育権(⺠法820条)は、社会的相当性の範囲内で実⼒を⾏使しうる⾃⼒執⾏的権能を含むものといえるから、その範囲内にある限り、⼦を⾃⼰の監護下におくために⼀定の有形⼒を⾏使することも正当⾏為(刑法35条)として許容される余地があると解するべきである。もっとも、本件のように、⼦が他⽅親権者の監護下にある場合においては、⼦の監護養育上 それが現に必要とされるような特段の事情の存否などから、社会的相当性を有するといえる範囲を定 めなければならない。 

イ 本件においては、被告⼈の⽬的は、離婚係争中の他⽅親権者である美紀の下から綾⼈を奪取して ⾃分の⼿元に置くことにあったと認めるのが相当である。かかる⽬的の趣旨は、主に綾⼈の監護養育 にあったとも思えるが、「綾⼈に⼆度と会えなくなると思った」旨の供述から、上記趣旨は、真に綾 ⼈の利益のみにあったとはいえず、綾⼈と⼀緒にいたいと思う気持ちを優先することが本件⾏為の⽬ 的の⼤きな部分を占めていたといえる。 

また、確かに、被告⼈と綾⼈の⾯会交流時において、綾⼈に元気がない様⼦や、⾷欲が普段の様⼦ と⽐較して乏しい様⼦が⾒られるなど、情緒の不安定が認められる状況であった。さらに、綾⼈が転 校について前向きではない旨を被告⼈に伝えているという事情が認められ、綾⼈の養育環境は不安を 感じ得る状況であったともいえる。しかしながら、この事情は転校という事態に直⾯した児童におい て、適応過程で往々にして⽣じ得る⾏動変容の範囲であり、直ちに美紀による監護に深刻な⽋陥があ るとはいえず、養育状況上の深刻な問題が⽣じているとまではいえない。そうだとすると、法的⼿続 を取ることなく実⼒で奪取しなければならないほどの緊急性はなく、また、略取を正当化するような 劣悪な養育環境であるともいえない。

ウ したがって、そのような⾏動に出ることにつき、綾⼈の監護養育上それが現に必要とされるよう な特段の事情は認められないから、その⾏為は、親権者によるものであるとしても、社会的相当性の 範囲内にあるとはいえず、正当⾏為として違法性が阻却されない。 

(2)ア もっとも、家族間における紛争、とりわけ本件のような未成年者の福祉に直結する紛争に おいては、家庭裁判所による⼿続などの解決⼿段が存在することを視野に⼊れつつ、刑事司法が介⼊ すべき範囲、程度について慎重に画定しなければならない。そこで、かかる前提をもとに、本件⾏為 が家族間における⾏為として社会通念上許容され得る枠内にとどまるものといえ、違法性が阻却されるかどうかを検討する。 

イ  まず、被告⼈は、略取後の綾⼈の監護養育について、隣県に居住する祖⺟の協⼒を仰ぐ等の⾒通しを述べている。もっとも、被告⼈は、⾏為当時について「よく覚えていない」等の供述をしていることから、略取後の綾⼈の監護養育について確たる⾒通しをその時点で持っていたとは評価できず、 かかる⾒通しを持たずに⾏為に及んだ被告⼈が、綾⼈にとってより有益な環境の実現を意図していたということはできない。 

また、綾⼈は当時7歳の児童であり、⾃分の⽣活環境に関して判断・選択をする能⼒が備わりつつある年齢である。そして、被告⼈は綾⼈を学校に通わせ、従来の平穏な⽣活を送らせる意思はあり、 綾⼈が遠⽅の相沢宅から⾚⾨⼩学校に⼀⼈で通っていた点も考慮すれば、綾⼈は、被告⼈の⽀配領域 から⾃⼰判断で離脱することが可能であったとも思える。もっとも、7歳という年齢は、保護者の⽀ 配・影響を強く受ける年齢である。現に、綾⼈が被告⼈に会いたいと考えていながらも、以前居住しており、場所を把握している被告⼈宅に、⾃ら赴いたことが⼀度もないことからすれば、綾⼈は⾃らの意思で⼀⼈で親元を離れる意思も能⼒もなかったと考えられる。そうだとすれば、被告⼈により連 れ去られた後の綾⼈が、⾃⼰判断で、被告⼈の⽀配下から容易に離脱できたとはいえない。 

そして、被告⼈は、綾⼈の略取を断⾏するにあたり、綾⼈と⼿を携えていた⾺場に対し、その⾝体 の安定を著しく損なわせ、不意に転倒させかねないほどの荒々しい勢いをもって、綾⼈を強引に引き剥がした。その際、綾⼈の⾜がほとんど宙に浮くか、地⾯に引きずられる程度に不安定な状態に陥っていることを認識しながらも、被告⼈は綾⼈の⾝体に⽣じうる危険を顧みることなく、綾⼈の⾏動の ⾃由を封じて強制的な移動を強⾏した。さらに、綾⼈を強制的に⾞内に乗せた後、その⾏く⼿を阻み、運転席側の窓ガラスを叩き、必死に制⽌を試みる⾺場の存在を眼前に認めながらも、被告⼈は躊躇もなく⾞両を急発進させている。この挙動は、単なる逃⾛の意思を超え、⼀刻も早く綾⼈を⾃⼰の 監護下におきたいという⾃⼰中⼼的な情欲や⽬的を、⽣命・⾝体の安全よりも優先させたという点に おいて、その犯⾏態様は独善的であり、家族間における⾏為であることに鑑みてもなお社会通念に反 するといわざるを得ない。 

ウ そうだとすれば、本件⾏為を家族間における⾏為として社会通念上許容され得る枠内にとどまる ものと評することもできない。

(3)以上によれば、本件⾏為につき、違法性が阻却されるべき事情は認められない。 

3 結論 

以上に徴すれば、被告⼈の前記⾏為は未成年者略取罪の構成要件に該当し、また、違法性を阻却す る事由も認められないのであるから、被告⼈に未成年者略取罪が成⽴する。 

(法令の適⽤) 

第1 罰条 刑法224条 

第2 刑の執⾏猶予 刑法25条1項 

第3 訴訟費⽤ 刑法181条1項本⽂ 

(量刑の理由) 

1 まず、被告⼈は、令和8年3⽉4⽇、美紀から「これで綾⼈と会わせるのは最後にする。私ももうあなたと連絡を取らない。」との連絡を受け、連絡困難に陥ったことで夫婦関係が⾃⼒での再構築 が不可能なまでに破綻していると認識し、同年3⽉8⽇に夫婦関係調整調停を申し⽴てるなど、法定の⼿続に則って事案を解決することを望む姿勢を⾒せてはいた。しかし、監護者指定の⼿続をはじめとした正当な法的⼿続が存在し、それを被告⼈は容易に取ることができたのにもかかわらず、これをせず、直接実⼒⾏為をもって綾⼈を連れ去った⾏為には、適正⼿続を遵守する意識が⼗分⾒られず、 

量刑上被告⼈にとって厳しい評価を免れない。 

また、その略取の態様は、傷害の積極的意図がなかったとしても、前述のように、⽀援員の⾝体の安全性を損なう形で、⼿を繋いでいた綾⼈を強く引き剥がし、綾⼈に怪我をさせる危険性を認識して いたにもかかわらず無理に抱き抱えた状態で強制的に⾞に移動した上、⾺場の静⽌を無視し危険な形 で⾞を躊躇なく急発進させており、周囲の⽣命・⾝体の安全よりも綾⼈を早急に⾃らの監護下におこ うとした粗暴かつ独善的な⾏為であった。これは、事前に提出されていた離婚調停の申し出を無意味 化し、家庭裁判所による公的な解決を困難にする⾏為であるといわざるを得ず、本件のような⾏為が 刑事法上許されるとすると、⼦の監護について、当事者間の円満な話合いや家庭裁判所の関与を待たないで、実⼒を⾏使して⼦を⾃らの⽀配下に置くという⾵潮を助⻑しかねないおそれがあり、⾮難に値する。 

2 さらに、被告⼈は綾⼈に直接物理的な攻撃を加えたわけではなく、またその意思もなかったと認 められる。そして、警察が関与したからとはいえ略取の期間が1⽇にとどまったことから、綾⼈の⾝体拘束時間は、⽐較的短期間にとどまっている。これらのことから、本件⾏為の「被拐取者の⾝体の ⾃由」という法益侵害の程度は⾼くない。また、被告⼈は⾯会交流の最中、綾⼈が相沢宅にいること や転校などの決断が無断で進んでいることを初めて知ったことで、綾⼈と⼆度と会えないかも知れな いという焦りを急激に感じ、動揺の中略取の⾏動を起こしたとみられる。前もってエンジンをつけていたなどの事情が認められないことからも、本件⾏為は周到に計画された悪質性の⾼い⾏為であるとはいえず、むしろ⼀時的な不安に駆られた突発的な⾏為だといえる。これらの事情は、犯情を軽くす る⽅向に強く作⽤する。 

なお、前述のとおり、被告⼈の犯⾏の動機は、綾⼈と離れたくないという感情に基づくものであ り、確かに⾃分勝⼿な恐怖が主で、専ら綾⼈のために⾏ったものとはいえないが、⽗の⼦を愛すると いう親の情愛の発露という⾒⽅も可能であり、保護者の⼼情として、社会通念上、格別⾮難に値するとまでは⾔い難い。 

3 さらに、被告⼈は、美紀との別居に⾄るまでは常に綾⼈の送迎を⾏うなど⼀定程度育児に参加し ており、⽗親としての役割を果たしていたといえる。そして、令和7年12⽉26⽇に、妻が実家に帰ると偽り、綾⼈を⼀⽅的に不貞相⼿宅に連れ去った後も、被告⼈は美紀との話し合いを模索しつつ ⽀援センターを介して誠実に綾⼈と⾯会交流を⾏っていた。これらの犯⾏当⽇に⾄るまでの被告⼈の 態度に鑑みるに、配偶者に暴⼒を振るうなどして従前の家庭環境を破壊し、略取⾏為の前提になる事実を⾃ら創出したと同視できるような事案とは、事情を異にする。 

くわえて、親権者であり⾒ず知らずの他⼈による略取の事案ではないことといった犯情を念頭に、前科がないことや反省の態度を⽰していること、同種事案の量刑傾向も踏まえると、その情状には酌 むべき点があり、求刑ほどの刑期を要するとはいえない。 

4 よって、主⽂の刑に処した上、その刑の全部の執⾏を猶予して、社会内で更⽣する機会を与える のが相当と判断した。 

(求刑 拘禁刑1年6⽉) 

令和8年5⽉16⽇ 

名古屋地⽅裁判所刑事第1部 

裁判⻑裁判官 霧 島 琉 悟 

 裁判官 ⼩ ⽯ 川 悠 希 

 裁判官 内 藤 敬 滉