『判決書』裁判所が子どもの連れ戻しを認めた異例の判決 令和4年11月10日京都地裁
令和4年11月10日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官 令和3年(2)第1491号 損害賠償等請求事件(本訴) 令和3年(2)第2050号 損害賠償請求事件(反訴) 口頭論終結日 令和4年9月12日
本訴原告兼反訴被告 A (父親の愛人) (以下「原告A」)
同訴訟代理人弁護士 光野真純弁護士(東京)
本訴被告兼反訴原告 B(実母 )(以下「被告B」という。)
本訴被告兼反訴原告 C (祖母) (以下「被告C」という。)
上記2名訴訟代理人弁護士 南出喜久治弁護士(京都)
文
主 文
1 原告Aは、被告Bに対し、110万円を支払え。
2 原告の本訴請求、被告Bのその余の反訴請求及び被告Cの反訴請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用、本訴及反訴
(省略)
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。
事情及び理由
事情及理由
第1請求
1 本訴請求
被告B,Cらは、原告に対し、連帯して、585万4303円及びこれに対する令和3年3月4日から支払済みまで年3分の割合による金員を支払え。
2 反訴請求
(1) 原告Aは、被告Bに対し、1020万4000円及びうち320万4000円に対する令和2年9月5日から支払済みまで年3分の割合による金員を支払え。
(2) 原告は、被告Cに対し、200万円及びこれに対する本判決の日の翌日から支払済みまで年3分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
(1) 本訴請求は、原告Aが、交際相手の(被告の夫、子の父小方賢治)(以下「K」という。)の妻である被告B及び被告Bの母である被告Cに対し、原告Aは、被告BとKの長女である〇〇(以下「女児D」という。)と下校途中、女児Dを連れ去さろうとした被告Bらから暴行を受けて傷害を負ったと主張して、共同不法行為に基づく損害賠償として、585万4303円及びこれに対する不法行為日である令和3年3月4日から支払済みまで民法所定の年3分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める事案である。
(2) 反訴請求は、被告BCらが、原告Aに対し、
1 原告は、被告Bの夫であるKと共謀し、Kが女児Dを連れ去って被告Bと別居した行為に加担し、その後、Kと共同生活を送り、被告B・K間の子の監護者の指定及び子の引渡し申立事件、人身保護請求事件等において被告Bの勝訴が続いたにもかかわらず、被告Bに女児Dを引き渡さず、女児Dの親権者である被告Bの監護権、祖母である被告Cの監護補助者としての権利をそれぞれ侵害し、また、
2 原告AはKと不貞行為に及び、さらに、
3 原告Aの本訴請求は訴権の濫用に当たり、 上記1ないし3により被告Bらは精神的損害等を被ったと主張して、不法行為に 基づき、被告Bにつき損害賠償金(慰謝料及び上記審判等につき依頼した弁護士に対する着手金等)1020万4000円及びうち320万4000円 (上記着手金等)に対する令和2年9月5日(最後の支払日の翌日)から支払済みまで民法所定の年3分の割合による遅延損害金、被告Cにつき慰謝料200万円及びこれに対する本判決の日の翌日から支払済みまで民法所定の年3分の割合による遅延損害金の各支払を求める事案である。
(3) なお、被告Bらは、原告の令和4年9月9日付け訴えの変更(請求の拡張)申立て及び書証(甲20の1ないし甲22の3)の提出は時機に後れた攻撃防御方法の提出であり、却下されるべきである旨主張するが、上記訴えの変更は、本訴請求の提起後も通院加療を続けているとしてそれに対応する治療費等を加算するものであり、上記書証もこれを裏付けるためのものである(原告の令和3年11月10日付け第1準備書面には、口頭弁論終結前に請求の拡張を行う予定である旨の記載がある。)ことからすれば、故意または重大な過失により時機に後れて提出したものとはいえず、また、これにより訴訟の完結を遅延させることとなるとも認められないから、上記主張は採用することができない。
前提事実2 前提事実
次の事実は、当事者間に争いがないか、証拠(甲7、19、乙1ないし5、2 8、後掲のもの。枝番のある書証で個別に枝番を掲げていないものは全ての枝番を含む。以下同じ。)及び弁論の全趣旨により認めることができる。
(1)ア 被告B(昭和〇〇年〇月〇日生)とK(昭和〇〇年〇月〇日生)は、平成18年1月27日に婚姻し、平成23年12月〇日、女児Dをもうけた。
イ 被告B及びKは平成19年12月頃から被告B肩書住所地(以下「本件自宅」という。)で生活し、女児Dの出生後も本件自宅において3人で生活していた。
ウ 被告Cは、被告Bの母である。
(2) 原告A(昭和〇〇年〇月〇日生)は、平成29年6月、Kと知り合った。 (甲1)
(3) ア Kは、平成30年3月26日、被告Bが仕事で東京に出張している間に、女児Dを連れて本件自宅を出て、被告Bと別居した(以下「本件別居」
という。)。 以後、Kは京都市〇〇区内(以下「K宅」という。)で女児Dと生活し、被告Bは、本件自宅で生活していた。K宅は、当時の原告Aの自宅から徒歩約20分の距離にあった。
イ Kは、本件別居の開始以降、被告Bに対し、K宅の住所を知らせていなかった。
ウ 女児Dは、平成30年4月、京都市〇区内の小学校(以下「本件小学校」という。)に入学した。
(4) 原告Aは、本件別居開始以降、女児Dの監護に関与するようになり、週に3日程度、入浴等の日常的な世話をしたり、勉強及び習い事の面倒をみたりしていた。
(5) 被告Bは、平成30年5月31日、Kを相手方として、大阪家庭裁判所●●支部に対し、離婚を求める調停 (同支部平成30年(家イ) 第33×号)を申し立てが、同年11月21日、不調となった。
(6) 被告Bは、平成30年7月13日、Kを相手方として、大阪家庭裁判所●●支部に対し、女児Dの監護者を被告Bと定めること及び女児Dを被告Bに引き渡すことを求める審判(同支部平成30年(家)第13××3号、同第134×号)を申し立てるとともに、女児Dの監護者を仮に被告Bと定め、女児Dを仮に被告Bに引き渡すことを求める保全処分(同支部平成30年(家ロ) 第30××号)を申し立てた。
(7) 大阪家庭裁判所●●支部の家庭裁判所調査官は、平成30年10月23日、被告Bと女児Dの交流場面調査を行い、被告Bは、本件別居開始後、初めて女児Dと面会した。
(8) Kは、平成30年12月の審判手続において、被告Bに対し、K及び次女Dが京都市〇区内に居住していることを明らかにした。
(9) 被告Bは、平成31年1月11日、大阪家庭裁判所●●支部に対し、離婚訴訟(同支部平成31年(家ホ)第1号。以下「本件離婚等請求事件」という。)を提起した。(甲15)
(10) 大阪家庭裁判所●●岸和田支部は、平成31年2月15日、女児Dの監護者を被告Bと定め、Kに対し、女児Dを被告Bに引き渡すことを命じる審判(以下「本件審判」という。)及び女児Dの監護者を被告Bと仮に定め、Kに対し、女児Dを被告Bに仮に引き渡すことを命じる審判(以下「本件保全審判」といい、本件審判と併せて「本件審判等」という。)をした。
(11) Kは、本件審判等を不服として即時抗告 (大阪高等裁判所平成31年(ラ) 第36×号、同第36×号)を申し立てたが、大阪高等裁判所は、令和元年5月29日、即時抗告を棄却する決定をし、本件審判等はいずれも確定した。なお、Kは、これら抗告棄却決定に対する許可抗告(大阪高等裁判所令和元年(ラ許) 第11×号、同第11×号)を申し立てたが、大阪高等裁判所は、同年7月2日、抗告を許可しないとの決定をした。
(12) 被告Bは、本件保全審判を債務名義として、女児Dの引渡しについての強制執行を申し立て、平成31年3月1日、K宅付近の路上において、女児Dの引渡執行(直接強制)が実施されたが、執行不能により終了した。
(13) 被告Bは、平成31年3月3日、Kの同意を得て、女児Dと面会交流した。 被告Bは、同日から令和元年6月30日までの間に、女児Dと6回の面会交流をしたが、その後、面会交流は実施されなかった。
(14) 被告Bは、平成31年2月28日、Kを相手方として、大阪家庭裁判所●支部に対し、本件保全審判に基づく間接強制を申し立てたところ(同支部)平成31年(家ロ) 第×号)、同支部は、令和元年7月23日、Kに対し、 決定送達の日から1週間以内に女児Dを被告に引き渡すこと、その期間内に上記義務を履行しないときは、上記期間経過の翌日から引渡義務の履行済みに至るまで1日につき1万円の割合による金員を被告Bに支払うことを命じる決定(以下「本件間接強制決定」という。)をした。
(15) Kは、本件間接強制決定を不服として執行抗告を申し立てたが(大阪高等裁判所令和元年(ラ) 第99×号)、大阪高等裁判所は、令和元年9月20日、同執行抗告を棄却したため、本件間接強制決定は確定した。なお、賢治は、上記棄却決定に対する許可抗告(大阪高等裁判所令和元年(ラ許)第20×号) を申し立てたが、大阪高等裁判所は、同年10月29日、抗告を許可しないとの決定をした。
(16) 被告Bは、本件審判を債務名義として、女児Dの引渡しについての強制執行を申し立て、令和元年7月11日、K宅において、再度女児Dの引渡執行(直接強制)が実施されたが、執行不能により終了した。
(17) 被告Bは、令和元年9月9日、京都地方裁判所に対し、Kを拘束者、女児Dを被拘束者とする人身保護請求(同裁判所令和元年(人)第×号)を提起し たところ、同裁判所は、令和2年6月1日、女児Dを釈放し、被告Bに引き渡す旨の判決(以下「本件人身保護判決」という。)をし、同判決は確定した。
(18) Kは、令和2年、大阪家庭裁判所●支部に対し、本件離婚等請求事件の反訴として離婚訴訟(同支部令和2年(家ホ)第5×号)を提起した。(甲 16)
₍19) 原告Aは、遅くとも令和2年3月頃から、原告肩書住所地(以下「原告宅」という。)において、K、女児D及び原告Aの長男とともに、4人で生活している。
(20) ア 令和3年3月4日午後4時15分頃、本件小学校に女児D (当時小学3年生) を迎えに行った原告Aが女児Dと徒歩で下校していたところ、その途中の路上(以下「本件現場」という。)において、男性2名が原告に声をかけ、続い て被告Bが女児Dに駆け寄って女児Dを前から抱きかかえ、女児Dとともにしゃがみ込み、原告Aも横から女児Dを抱きかかえて、互いに女児Dから手を離さず譲らない状態となり(別の男性も原告Aの近くに来た。)、被告Cも、女児Dに近づいてランドセル越しに女児Dを後ろから抱きかかえ(さらに別の男性も女児Dに近づいて後ろから抱きかかえた。)、被告B,Cら及び男性らと原告とが女児Dを挟んで歩いて移動するなどした。
この経過の中で、被告Bと原告Aの間でもみ合いのような状態となったり、被告Cや男性らが、原告Aを制止しようとして(なお、原告Aは、足で蹴るよ うな動作をすることもあった。)原告の腕等をつかんだり、原告が制止を振り払ったりした。
そして、本件小学校の教諭らも本件現場に駆け付け、その後、被告B及び女児Dは、教諭らとともに車に乗り込み、本件現場から去った。 , 被告Bは、事前に本件小学校や警察署に相談し、杏珠を保護する目的で、 被告弘子及び上記男性らの協力を得て、上記一連の行為を行った。(甲8、 乙6、8)
イ 被告Bは、同日、女児Dとともに帰宅し、以後、現在に至るまで、女児Dと生活している。(乙8ないし11)
3 争点及び争点に関する当事者の主張
(1) 被告らによる暴行の有無
(原告Aの主張)
ア 被告Bは、令和3年3月4日、本件現場において、女児Dを連れ去ろうとして、原告の隣にいた女児Dを後ろから羽交い締めにし、驚いた女児Dが原告Aの腕にしがみつき、原告が女児Dを引き寄せたところ、原告Aを腕で押さえつけ、同時に、氏名不詳の男性数名も、原告Aの腕や肩をつかむなどし、さらに、被告Cも加わり、被告B,Cら及び男性らは、原告と女児Dを引き離そうとして、代わる代わる、原告Aの身体をつかみ、引っ張ったり押したりした。
イ 上記のとおり、被告B,Cらは、氏名不詳の男性らと共同して、原告に対し、暴行を加えた。
(被告らの主張)
否認する。
被告B,Cら及び男性らが、原告に暴行を加えた事実はない。
(2) 原告の損害
(原告の主張)
ア・治療費 19万3574円
原告Aは、被告B,Cらの上記(1)の暴行により、通院加療1週間の胸椎捻挫、両上腕打撲傷、左股関節捻挫の傷害を負い、また、急性ストレス反応を発症し、その後、心的外傷後ストレス障害と診断され、現在まで通院加療を続け、治療費として上記金額を要した。
イ 通院交通費2 万8520円
ウ 慰謝料 510万円
原告Aは、被告らの上記(1)の暴行により、胸椎捻挫等の傷害を負ったのみならず、急性ストレス反応及び心的外傷後ストレス障害を発症し、回避行動や 情緒不安定が継続し、日常生活に支障をきたしている。原告の精神的苦痛を慰謝するための金額は上記金額を下らない。
工 弁護士費用 53万2209円 .
オ 合計 585万4303円
(被告らの主張)
いずれも否認ないし争う。
原告が心的外傷後ストレス障害を発症したとしても、被告らの行為との因果関係はない。
(3) 原告Aの被告B道子に対する不法行為責任の有無
ア 監護権の侵害
(被告Bの主張)
(ア) Kは、平成30年3月26日、本件自宅から女児Dを連れ去って被告Bと別居したが、原告Aは、Kと共謀して、この連れ去りに加担した。
(イ) 本件別居開始以降、原告Aは、女児Dを事実上監護し、本件審判等、本件間接強制決定及び本件人身保護判決が確定した後も、Kと共謀して女児Dを被告Bに引き渡さず、あるいは、Kが被告Bに対する引渡義務を負っていることを知りながら、Kとの共同生活を継続してKの引渡義務違反に助力ないし協力した(原告Aにも先行行為に基づく引渡義務ないし事務管理上の引渡義務が発生し、その義務違反は不法行為を構成する。)。
(ウ) 原告Aの上記ア及びイ)の行為は、女児Dの親権者である被告Bの監護権を違法に侵害するものとして不法行為に当たる。
(原告Aの主張)
いずれも否認ないし争う。
本件審判等及び本件人身保護判決により被告Bに対し女児Dの引渡義務を負っているのはKであり、原告Aではないから、被告Bに女児Dを引き渡さないことが原告の不法行為に当たることはない。
イ 不貞行為
(被告Bの主張)
(ア) 原告Aは、平成29年7月頃から、Kとの間で肉体関係を伴う交際、すなわち不貞行為に及び、現在に至るまで継続している。
₍イ) 原告AがKとの不貞行為を開始した当時、被告BとKの婚姻関係は破綻していなかった。 被告BとKの婚姻関係は、本件別居開始後、原告AがK及び女児Dと共同生活を送り、Kとの不貞関係を女児Dに見せつけるという精神的虐待を行ったことにより、破綻したものであり、少なくとも被告Bが本件離婚等請求事件を提起するまでは破綻していなかった。
(原告Aの主張)
(ア) 原告AがKと交際していることは認めるが、交際を開始したのは平成30年8月頃である。
(イ) 被告BとKの婚姻関係は、被告BのKに対する暴言や暴力等が原因となって平成29年頃から悪化し、本件別居を開始した頃、遅くとも 平成30年3月29日には破綻していた。このことは、被告Bが、本件 離婚等請求事件において申し立てた財産分与の基準時を同月28日及び 同月29日としていることからも明らかである。
(ウ)以上のとおり、原告Aは、被告BとKの婚姻関係が破綻した後に、Kとの交際を開始したものであるから、被告Bに対し不法行為責任を負うことはない。
ウ 訴権の濫用
(被告Bの主張),
原告Aによる本訴請求の提起は、被告BとKとの間の一連の審判等に連なるものとして、Kと共謀して事実無根の訴えを提起したものであり、訴権の濫用として不法行為に当たる。
(原告の主張)
否認ないし争う。
(4) 被告Bの損害
(被告Bの主張)
ア 慰謝料 700万円
被告Bは、原告Aの不貞行為により、また、女児Dに対する監護権を侵害されて母としての立場を奪われ、従前から続けてきた女児Dに対する教育を施すこともできず、Kとの間の一連の審判等についての対応を余儀なくされた上、事実無根の本訴請求を提起されたことにより、多大な精神的苦痛を被った。被告Bの精神的苦痛を慰謝するための金額は700万円(監護権の侵害につき500万円、不貞行為につき100万円、訴権の濫用につき100 万円)を下らない。
イ 着手金等 320万4000円
被告Bは、Kとの間の一連の審判等について、代理人弁護士に対する着手金、印紙・郵券等の費用として上記金額を要した。
ウ 合計 1020万4000円
(5) 原告Aの被告Cに対する不法行為責任の有無、
ア 監護補助者としての権利の侵害
(被告Cの主張)
上記(3)ア(被告Bの主張)(ア及びイ)の原告Aの行為は、被告Cの女児Dの監護補助者としての権利を違法に侵害するものとして不法行為に当たる。 .
(原告の主張)
否認ないし争う。 被告Cには、女児Dの監護に関し、法的保護に値する権利又は利益がないから、原告の行為が被告Cに対する不法行為に当たることはない。
イ 訴権の濫用
(被告Bの主張)
原告による本訴請求の提起は、被告BとKとの間の一連の審判等に連なるものとして、Kと共謀して事実無根の訴えを提起したものであり、訴権の濫用として不法行為に当たる。
(原告の主張)
否認ないし争う。
(6) 被告Cの損害
(被告Cの主張)
被告Cは、女児Dの監護補助者としての権利の行使等を妨害され、祖母として3年間にわたり杏珠に会うことができなかったものであり、また、事実無根の本訴請求を提起されたことにより、精神的苦痛を被った。被告Cの精神的苦痛を慰謝するための金額は200万円を下らない。
(原告の主張)
否認ないし争う。
第3 当裁判所の判断
1 争点(1)(被告らによる暴行の有無)について
(1) 原告は、被告Bが、令和3年3月4日、本件現場において、原告を腕で押さえつけ、同時に、氏名不詳の男性数名も原告の腕や肩をつかむなどし、さらに被告Cも加わり、被告Bら及び男性らが、代わる代わる、原告の身体をつかみ、引っ張ったり押したりした旨主張する。
(2) アこの点、前提事実並びに証拠(甲1、8、乙6、被告B本人)及び弁論の全趣旨によれば、
イ しかし、上記のもみ合いについては、被告Bと原告Aが互いに女児Dを抱きかかえて譲らない状態(被告Bは、ほぼ終始、両腕で女児Dを抱きかかえていた。)の中で起こったものであり、被告Cや男性らも、原告Aを制止しようとして原告Aの腕等をつかんだだけであり、原告Aが上記傷害を負ったとして も、その経緯が判然としないこと(原告自身の行為によって生じた可能性も 否定できない。)からすれば、被告らのいずれについても、原告に対して傷害を負わせる意図をもって故意に暴行を加えたと評価することはできない 、(過失により原告に傷害を負わせたと認めることもできない)というべきである。 そして、他に被告らが原告に暴行を加えたことを認めるに足りる証拠はない。
(3) したがって、原告の上記主張は採用することができない。
2 争点(3) (原告Aの被告Bに対する不法行為責任の有無)について
ア (監護権の侵害)について
ア 被告Bは、原告Aが、Kと共謀して本件自宅から女児Dを連れ去り、本件、別居開始以降、杏珠を事実上監護し、本件審判等、本件間接強制決定及び本件人身保護判決が確定した後も、Kと共謀して女児Dを被告Bに引き渡さず、あるいは、Kが被告Bに対する引渡義務を負っていることを知りながら、Kとの共同生活を継続してKの引渡義務違反に助力ないし協力した行為が、女児Dの親権者である被告Bの監護権を違法に侵害するものとして不法行為に当たる旨主張する。
イ (ア) この点、前提事実及び証拠(甲7、19、乙1ないし5)及び弁論の全趣旨によれば、
1 原告Aは、Kと知り合った後の平成30年2月頃には、女児Dと会っていたこと、
2 原告Aは、Kが本件別居を開始する際、転居先として原告Aの自宅と同じ京都を勧めたこと、
3 Kは、同年3月26日、本件別居を開始し、当時の原告Aの自宅から徒歩約20分の距離にあるK宅に転居して、女児Dとともに生活していたこと、
4 本件別居開始以降、原告Aは、週に3日程度、入浴等の日常的な世話をしたり、勉強及び習い事の面倒をみたりして、女児Dの監護に関与していたこと、
5 原告Aは、本件審判等の係属中から、Kのために陳述書の作成や証拠資料の整理等に助力し、 本件審判等の抗告審において提出された原告Aの平成31年3月6日付け 陳述書以下「本件陳述書」という。)には、今後はKとの同居や再婚も受け入れるつもりであり、家族の一員としてKとともに女児Dの成長を助け、見守っていきたい旨記載されていること、
6 原告Aは、遅くとも令和2年3月頃から、原告A宅において、K、女児D及び原告Aの長男の4人で生活していることが認められる。
(イ) 上記認定事実によれば、平成30年3月26日にKが本件別居を開始するに当たり、原告A」の関与がなかったとはいえず、原告Aは、本件別居開始以降、一定程度、女児Dの監護に関与していたことが認められ、本件陳述書 , の内容に照らせば、令和2年3月頃にK及び女児Dと同居して以降は、更に、女児Dの監護に関与していたものと推察されるところ、本件審判等において、被告Bが女児Dの監護者と定められるとともにKに対し女児Dを被告Bに引き渡すことが命じられ、本件間接強制決定を経て、被告Bに女児D珠を引き渡す旨の本件人身保護判決が出され、いずれも確定していること、後記(2)のとおり、原告AとKが不貞関係にあることを考慮すると、原告Aが上記のように女児Dの監護に関与していたことは、およそ適切とはいい難い。
(ウ) しかし、Kが本件別居を開始するに当たっての原告Aの関与、本件別居開始以降の女児Dの監護についての原告Aの関与、原告AがK及び女児Dと同居するようになって以降の生活状況等については、その具体的な程度や内容が判然としないところもあり、本来、被告Bに対し女児Dを引き渡すべき立場にあるのはKであって、原告Aは本件審判等、本件間接強制決定、本件人身保護判決の当事者ではないことにかんがみれば、上記認定事実をもって、原告Aの行為につき被告Bの監護権を違法に侵害するものであったとまでは評価できない。
そして、他に、被告Bの監護権を違法に侵害する原告Aの行為があったこととを認めるに足りる的確な証拠はない。
ウ したがって、被告Bの上記主張は、採用することができない。
(2) 争点(3)イ (不貞行為)について
ア (ア)原告AとKが遅くとも平成30年8月頃から交際していることは原告Aも認めるところであり、上記(1)イ(ア)の認定事実に照らせば、原告AとKは それ以前から相当親密な関係にあったといえるから、上記交際は、肉体関係を伴うものと認められる。
(イ) 被告Bは、原告Aは平成29年7月頃からKとの不貞関係を開始した旨主張し、同旨の供述をするところ、原告AとKが同年6月に知り合ったこと(当事者間に争いがない。)、以後、原告AがKから被告Bとの関係等につき相談を受けるなどしていたこと(甲7、19)などに、上記(1)
イ(ア)の認定事実も併せれば、原告AとKが知り合って以降、相当親密な関係となっていたことは伺えるものの、上記主張にかかる事実を的確に裏付けるに足りる証拠はない。
(ウ) 以上によれば、原告Aは、遅くとも平成30年8月頃から、Kと不貞行為に及ぶようになったと認めるのが相当である。
(ア) 原告Aは、被告BとKの婚姻関係は、原告AがKとの交際を開始する前である平成30年3月29日には破綻していた旨主張するところ、被告Bが平成29年5月、Kに対し離婚したいと申し出たことがあること、 平成30年3月、同年4月に離婚する旨話していたことは認められる(甲15、被告道子本人)。
(イ) しかし、被告BとKは、Kが同年3月26日に本件別居を開始するまで本件自宅において女児Dと3人で同居し、家族として生活していたこと、本件別居は、Kの一方的な判断により、被告Bの了解なく、女児Dを連れて開始されたものであること、本件別居開始後も、Kは、被告Bに対し、離婚はしない旨告げていたこと(甲15、乙1~5、被告B本人)などに照らせば、本件別居開始をもって被告BとKの婚姻関係が破綻したとみるのは相当ではない。
(ウ) そして、本件別居(上記(1)イの認定のとおり、原告Aによる女児Dの監護への関与を伴うものである。)が続く中、被告Bが、平成31年1月11日、本件離婚等請求事件を提起し、訴状において、離婚については双方が合意している旨主張していること(甲15)などに照らせば、被告BとKの婚姻は、遅くとも同日に破綻したとみるのが相当である。
ウ 以上によれば、平成30年8月頃から平成31年1月11日までの原告AのKとの不貞行為は、被告Bの妻としての権利を侵害するものとして、被告Bに対する不法行為に当たると認められる。
(3) 争点(3)ウ (訴権の濫用)について
ア ・ 被告Bは、原告Aによる本訴請求の提起が訴権の濫用として不法行為に当たる旨主張する。
イ(ア) 法的紛争の当事者が裁判所に対して当該紛争の終局的解決を求めることは、裁判を受ける権利として尊重されるべきものであるから、原則として正当な行為というべきであって、訴えを提起する際に、提訴者において、自己の主張しようとする権利等の事実的、法律的根拠につき、高度の調査、 検討が要請されるものと解することは、裁判制度の自由な利用が著しく阻害される結果となり、妥当ではない。他方、訴えを提起された者にとっては、応訴を強いられ、そのために弁護士に訴訟追行を委任しその費用を支払うなど、経済的、精神的負担を余儀なくされることから、応訴者に不当な負担を強いる結果を招くような訴えの提起は、違法と評価されることもやむを得ない。したがって、訴えの提起が相手方に対する違法な行為といえるのは、当該訴訟において提訴者の主張した権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠くものである上、提訴者がそのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たといえるのにあえて訴えを提起したなど、訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに限られるものと解するのが相当である(最高裁判所昭和63年1月26日第三小法廷判決・民集42巻1号1頁参照)。
(イ) これを本訴請求についてみると、上記1 (2)アのとおり、令和3年3月4日、本件現場において、原告Aと被告Bとの間でもみ合いのような状態になるなどしたことに照らせば、原告Aが、被告Bから暴行を受けたと主張して本訴請求を提起したことが、裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くとまではいえない。
ウ したがって、被告道子の上記主張は採用することができない。
3 争点(4)(被告Bの損害)について
(1) 慰謝料 100万円
上記 2 (2)の認定に照らせば、原告AのKとの不貞行為が要因となって、被告BとKとの婚姻関係は悪化し、破綻するに至ったということができ、被告Bは精神的苦痛を被ったものと認められる。そして、不貞期間、原告Aは、Kとの不貞行為を続ける中、女児Dの監護に関与し、このことはおよそ適切とはいい難いものであったこと、その他本件に現れた一切の事情を考慮すれば、被告Bが被った精神的苦痛を慰謝するための金額は、100万円とするのが相当である。
(2) 弁護士費用 10万円
事案の内容、訴訟の経過及び認容額等を考慮すると、原告の不貞行為と相当因果関係のある弁護士費用は、10万円とするのが相当である。
(3) なお、被告BとKとの間の一連の審判等における代理人弁護士に対する 着手金等の費用320万4000円は、原告の不貞行為と相当因果関係のある損害とは認められない。
(4) 合計 110万円
4 争点5)(原告の被告Cに対する不法行為責任の有無)について
(1) 被告Cは、原告Aの行為が、被告Cの女児Dの監護補助者としての権利を違法に侵害するものとして不法行為に当たる旨主張するところ、被告Cが祖母として女児Dの監護補助者であったことは認められるが(被告B本人)、被告Cは、女児Dの親権者や監護権者ではなく、女児Dの監護につき、法律上保護される権利ないし利益を有しているとは認められない。
したがって、被告Cの上記主張は採用することができない。
(2) また、被告Cは、原告Aによる本訴請求の提起が訴権の濫用として不法行為に当たる旨主張するが、これを採用することができないことは、上記2 (3)イの ・とおりである。
5 結 論
以上によれば、原告Aの本訴請求は、理由がないから棄却し、被告Bの反訴請求は、原告に対し、損害賠償金110万円の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却し、被告Cの反訴請求は、理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。
京都地方裁判所第4民事部 , 裁判官 船戸容子
令和4年11月10日 京都地方裁判所第4民事部 裁判所書記官,宮久保 功