2021年第8号懲戒事件 (平成30年一綱第4003号綱紀事件、 2019年一綱第28号綱紀事件)
議 決 書
懲戒請求者 東川 允 北海道登別市
対象弁護士 小川 正和 東京都品川区小山3-21-10 ARK 2 1 武蔵小山2階12
小川総合法律事務所 対象弁護士 小川 正和 (登録番号 25456)
上記対象弁護士に対する頭書懲戒事件につき審査した結果、次のとおり議決する。
主 文
対象弁護士を業務停止1月に処することを相当と認める。
理 由
第1 事案の概要
1 懲戒請求者は、 東京地方裁判所平成29年(ワ) 第43495号事件 (以下 「先行訴訟」という。)及び同平成30年 (ワ) 第12917号事件 (以下「本件訴訟」という。)の被告であり、 対象弁護士は、上記各事件の原告山中〇 (以下「山中」という。)の訴訟代理人であった。 上記各事件については、原告の請求がいずれも棄却され、 訴訟費用は原告の負担とする旨の各判決が確定している。
2 平成30年一綱第4003号事件は、対象弁護士が、 本件訴訟において、 多田 猛弁護士(以下「多田弁護士」という。)及び中島一精弁護士 (以下 「中島弁護士」 という。 また、 多田弁護士と中島弁護士の両名を 「多田弁護士ら」という。)の許可を得ずに、無断で同弁護士らを原告訴訟復代理人に選任し、 訴状に代印をしたことなどを理由として、懲戒請求がなされた事案である。
3 2019年一綱第28号事件は、 先行訴訟及び本件訴訟の判決がなされた後、 懲戒請求者が、 対象弁護士に対し複数回架電したが、 着信を拒否され、 法的措置についての電話連絡ができない状況であることなどを理由として、懲戒請求がなされた事案である。
第2懲戒請求事由の要旨
1 懲戒請求事由1(平成30年一綱4003号綱紀事件)の要旨
(1) 対象弁護士は、本件訴訟において、 弁護士法人 Proceed(当時)の多田弁護士らの許可を得ず、勝手に訴訟復代理人に選任し、代印して、訴状を提出した。
(2) 対象弁護士は、上記行為により、 弁護士法人 Proceed に対し、 多大な損害を与え、また、懲戒請求者に対し、何ら釈明をしていない。
(3)対象弁護士の上記行為は、刑法の「文書偽造の罪」に該当する。
(4)対象弁護士は、山中の刑事弁護人も務めていることが判明したが、山中は濫訴を繰り返すなどしており、対象弁護士は、その片棒を担いでいる。山中は、上場会社の株主総会で迷惑行為をかけている。
(5)対象弁護士は、過去に懲戒され、「自由と正義」平成20年11月に公告されているところ、過去にも素行不良で懲戒されながら、 今回も反省がなく、 弁 護士法人 Proceed や懲戒請求者に迷惑をかけているから懲戒されて当然である。
2懲戒請求事由 2(2019年一綱第28号綱紀事件)の要旨
懲戒請求者は、 先行訴訟及び本件訴訟の被告であり、対象弁護士は、同各事件 の原告山中の訴訟代理人であり、これらの事件については、原告の請求がいずれも棄却され、訴訟費用は原告の負担とする旨の各判決が確定しているところ、懲戒請求者は、複数回にわたり対象弁護士に架電しているが、着信拒否をされたた め、法的措置について連絡がとれない。 また 弁護士会にも複数回にわたり対象弁護士が着信拒否している旨を連絡したが、一向に改善されないので、懲戒を求める。
対象弁護士の弁明の要旨
1 懲戒請求事由1について
(1)懲戒請求事由 1(1)について
ア 本件訴訟の訴状には、対象弁護士が訴訟代理人かつ主任、 多田弁護士らが復代理人である旨が記載され、多田弁護士らの押印は、対象弁護士による代印によるものである。
イ 対象弁護士は、多田弁護士らが本件訴訟の復代理人となることについて、両弁護士に対して直接打診した上で、 明示の承諾あることを確認してはいないが、山中を介して両弁護士の承諾を得ていた。
ウ 多田弁護士らは、本件訴訟の復代理人となることを認識し、承諾していた。
平成30年5月10日、中島弁護士から対象弁護士に対し、本件訴訟に関し、「懲戒請求者からクレーム電話がかかってきた」 旨及び「今後は主任弁護士である対象弁護士に対応いただく旨を懲戒請求者に伝えた」旨のメール (以下「本件メール」という。)が送信されており、 中島弁護士自身が本件訴訟の訴訟代理人ないし訴訟復代理人である旨を認識していることを前提とする内容である。
エ 平成30年11月14日に山中が強要及び恐喝の容疑で逮捕されてその旨 の報道がなされ、翌15日、 懲戒請求者から多田弁護士らの事務所にクレー ムの電話が入った。すると、多田弁護士は、本件メールの内容に反して、「本件は、多田・中島ともに預かり知らぬところで勝手に私たちが復代理人にさ れたという事案になります。」などと言を翻すに至った。
多田弁護士らは、 山中が逮捕されたこと等から、 従前の態度を翻し、対象弁護士の復代理人として名義を冒用されたなどと言い出したのである。
オ 対象弁護士が、平成30年11月15日に多田弁護士に送信したメールに おいて「この度は大変申し訳ありませんでした。」と陳謝したのは、懲戒請求者からのクレーム電話が多田弁護士らにいってしまったことや、 対象弁護士が多田弁護士らに本件訴訟の経過報告を怠っていたことに基づくものであって、「勝手に復代理人にした」ことを陳謝したものではない。また、当日 、山中が逮捕されたことに関連する対応や出張の準備等で忙殺されており、多田弁護士からの 「 (懲戒請求者から) 2度目のクレームがきた。 復代理人に なった覚えはない。懲戒請求者の案件の事件番号等を教えて欲しい。」旨の 申し入れに対して、最低限の対応しかできなかった。
カ 多田弁護士らが複数の案件で山中の訴訟代理人に就任していたことなどから、対象弁護士は、多田弁護士らと山中との間に委任契約が存在することを疑わなかった。また、中島弁護士が山中を原告とする訴訟の訴状を複数作成して、山中、山中のアシスタント、 多田弁護士及び対象弁護士にメールで送信するなどしており、その訴状には、多田弁護士らも対象弁護士とともに原告山中の訴訟代理人弁護士として記載されていたことから、 対象弁護士は、多田弁護士らが、山中の訴訟代理人ないしは訴訟復代理人となることにつき承諾しているものと認識していた。 もし仮に、多田弁護士らが復代理人とな ることを承諾していなかったとしても、 対象弁護士が承諾があると信ずるに足るやむを得ない事由があったのであり、対象弁護士が信じたことに過失はない
キ 対象弁護士は本件訴訟を含め、多田弁護士らが復代理人として記載された訴状の起案には携わっていない。山中のアシスタントから渡された訴状に代印を含む押印をしたのみである。対象弁護士自身が起案して作成した訴状訂正申立書や準備書面等の書面には、作成名義人として対象弁護士自身の記名押印しかしておらず、 多田弁護士らの氏名を作成名義人として記名したり代印をしたりした事実はない。
(2)懲戒請求事由1 (2) 乃至 (5) について
対象弁護士は、懲戒請求事由 (2) ないし(5) については、特段、 弁明をしていない。
2懲戒請求事由2について
(1) 本件訴訟及び先行訴訟については、いずれも、「1 原告の請求をいずれも棄却する。2 訴訟費用は原告の負担とする。」との判決が言い渡され、 両事件とも、山中は控訴せず、各判決は確定している。
(2)懲戒請求者は、上記各事件における訴訟費用を山中に対して請求するため、対象弁護士に連絡を取りたいが、連絡が取れないとして本件懲戒請求に及んだものと思料されるが、 紛争の相手方と交渉ができないのであれば、 法的手続による解決を図るべきであり、懲戒請求をすることは筋違いである。
(3)懲戒請求者は、対象弁護士の依頼人ではないから、対象弁護士は、懲戒請求者からの連絡に応じる法的義務を負っていない。また、信義則上も連絡をとるべき状況にはなかった。
(4)対象弁護士は、深夜の非常識な時間にかかってきた携帯電話番号について、着信拒否の措置をとったことはあるが 懲戒請求者の電話番号であると認識した上で意図的に着信拒否したわけではない。実際、 懲戒請求者の携帯電話番号から、対象弁護士の事務所宛に日曜日の深夜に複数回架電があった。
第4 判断の資料
別紙資料目録に記載のとおり。
第5 当委員会の認定した事実及び判断
1 2019年-綱28号事件(懲戒請求事由 2)について
(1)認定した事実等
ア 平成30年12月19日に本件訴訟の判決が言い渡され、平成31年2月18日に先行訴訟の判決が言い渡されており、いずれも、 「1 原告の請求をいず れも棄却する。2 訴訟費用は原告の負担とする。」との主文であった。
イ懲戒請求者は、これらの判決がなされたことから、 原告訴訟代理人である対象弁護士に複数回架電したが着信拒否をされたと主張しているところ、対象弁護士は、懲戒請求者からの電話に応答した事実がないこと及び深夜にかかってきた電話番号について、 事務所不在時の電話転送先である対象弁護士のスマートフォンにおいて着信拒否の措置をとった事実があることを認めている。また、 対象弁護士は、懲戒請求者の携帯電話番号から対象弁護士の事務所のビジネス フォンに日曜日の午後10時半以降に複数回電話の着信があったことを示す写真 (乙41)を提出しているが、それ以外の懲戒請求者による具体的な架電状況や架電があった場合の処置については不明である。
(2) 判断
懲戒請求者は、上記(1)アの判決で勝訴した被告の立場にあるところ、複数回に わたり対象弁護士に架電したものの、着信拒否をされ、法的措置についての電話連絡がつかなかった旨を主張している。
そこで検討するに、一般的に、民事訴訟事件の判決が言い渡されたことを受けて、訴訟の当事者が、相手方当事者に対して判決に基づく請求等の連絡をしようと考えた場合、当該相手方当事者に訴訟代理人弁護士が就いていたのであれば、 当該相手方当事者本人ではなく、 その訴訟代理人弁護士に対して、 代理人としての業務が終了しており、以降は本人宛てに連絡してよいのか否かを確認することを含め、連絡をとろうと考えて電話連絡を試みることは通常ありうる行動であると考えられる。そして、弁護士は、信義に従い、 誠実にその職務を行うことが求められるのであるから (弁護士職務基本規程第5条)、 そのような場面において、 何ら正当な理由も説明もなく、一切の連絡を拒絶する対応をとることは、不適切 な対応であると評価される場合もあり得る。 この点、本件では、 上記 (1) イのとおり、 対象弁護士は、 懲戒請求者からの電話に応答した事実がないことは認められるものの、 必ずしも懲戒請求者の電話番号であることを認識した上で意図的に全面的に着信を拒否する措置を講じたという 事実までは認めることができない。また、訴訟の相手方当事者側と電話連絡がつかなかったとしても、懲戒請求者が、何らかの連絡や権利行使等をしたいと考え たのであれば、書面で通知等をしたり、 法的手続をとる等の方法も考えられるの であるから、対象弁護士が、懲戒請求者からの架電に応答しなかったことによって、懲戒請求者の権利行使が不当に制限されたとまではいえない。
したがって、この点について、 対象弁護士につきその品位を失うべき非行があったとまでは認めることができない。
2 平成30年一綱4003号事件について (懲戒請求事由1について)
(1)認定した事実等
ア 平成30年4月24日、 本件訴訟が提起され、その訴状 (以下「本件訴状」 という。)には、当事者の表示の部分 (1頁) に、 「原告訴訟代理人 弁護士 小 川正和(主任)」「原告訴訟復代理人 弁護士 多田猛 同 中島一精」との記載があり、 2頁には、「原告訴訟代理人弁護士 小川正和」との記名に続けて「弁護士小川正和之印」との印が押印され、続けて、「原告訴訟復代理人 弁護士 多 田猛 弁護士 中島一精」と、 多田弁護士及び中島弁護士の各記名があり、それ ぞれに手書きで「代」と記載され、上記と同じ印影(「弁護士小川正和之印」) の押印がなされている。
イ 本件訴状は、対象弁護士によれば、山中のアシスタントから渡されたものを、対象弁護士がその内容を確認し、何ら加除修正等の手を加えることなく、上記押印及び代印をして完成させたものであるとのことである。 また、本件の資料を精査しても、多田弁護士らが本件訴状の作成に携わった事実を認めることはできない。
ウ対象弁護士は、本件訴状について、 多田弁護士らが訴訟復代理人として表示されることを承知しているか否か、訴状の記載内容に異存がないかどうか、 多田弁護士らの押印について、 対象弁護士が代印してよいかどうか、といったこ とを、対象弁護士から多田弁護士らに対して直接確認していないことを認めている。
エ多田弁護士らを本件訴訟における対象弁護士の訴訟復代理人に選任する旨の 訴訟委任状(以下「本件復代理委任状」という。)は、対象弁護士自身が作成 したものである (当委員会における対象弁護士からの聴取35頁)
(2)懲戒請求事由 1 (1) についての判断
ア懲戒請求者は、 対象弁護士が、 本件訴訟において、 多田弁護士らの許可を得 ず、勝手に訴訟復代理人に選任し、 代印したことは、 懲戒請求事由に該当するとする。
イ 多田弁護士らから直接承諾を得ていないこと
対象弁護士は、多田弁護士らが本件訴訟の復代理人となること等について、 多田弁護士らから直接承諾を得ておらず、 また、 承諾しているのか否かについ て多田弁護士らに確認していないことを認めている。
ウ山中を介して承諾を得ているとの対象弁護士の主張について
(ア) 対象弁護士は、多田弁護士らが本件訴訟の訴訟復代理人となることについ ては、山中を介して承諾を得ていたと主張し、 多田弁護士らが複数の案件で 山中の訴訟代理人に就任していたことなどから、 対象弁護士は、多田弁護士 らと山中との間に委任契約が存在することを疑わなかったし、また、中島弁護士が山中を原告とする訴訟の訴状を複数作成するなどしており、その訴状には、多田弁護士と中島弁護士も対象弁護士とともに原告山中の訴訟代理人 弁護士として記載されていたことから、 対象弁護士は、多田弁護士らが、 山中の訴訟代理人ないしは訴訟復代理人となることにつき承諾しているもの と認識していた旨弁明するので、この点につき検討する。
(イ) 多田弁護士らの否認
多田弁護士らは、多田弁護士らが本件訴訟の復代理人となることについて、山中を介して承諾していたなどという事実はなかったとして明確に否認している。
すなわち、多田弁護士らは、当会綱紀委員会からの照会に対する回答、同委員会及び当委員会による聴取において、山中にかかる複数の別の訴訟事件に関与したことはあったものの、本件訴訟については、事件の存在そのもの を知らなかったとし、 また、 多田弁護士らが関与した訴訟事件については、山中から直接、 期日への出頭を依頼されて訴訟委任状を受領したが、本件訴訟については、山中から訴訟委任を受けたこともなければ、対象弁護士の復代理人となることの依頼を受けたこともない旨回答している。
(ウ) 平成30年5月10日の本件メールについて
上記(イ)に対し、対象弁護士は、多田弁護士らは、本件訴訟の復代理人となることを認識し、承諾していたはずであるのに、平成30年11月に山中 が逮捕されたこと等から、従前の態度を翻し、対象弁護士の復代理人として 名義を冒用されたなどと言い出したのである旨主張する。
そして、 対象弁護士は、 その主張の根拠として、平成30年5月10日に 中島弁護士から対象弁護士に送信された本件メールの存在を指摘する。この 点、確かに、「今後東川氏から連絡があった場合、主任弁護士である小川先生にご対応いただくようお伝えしますので、よろしくお願いいたします。」 との本件メールは、中島弁護士が本件訴訟の主任弁護士 (訴訟代理人)を対象弁護士とする訴訟復代理人であることを前提にした連絡をしているかのように解しうるともいえるが、訴訟復代理人を承諾していたとまで断定できるものではない。 そして、 多田弁護士らによれば、この当時すぐに山中及び対象弁護士に対して、今後、名義を冒用しないよう申し入れていたとのことで あり、その主張するところは特段不自然とは言い難く、本件メールのみをもって多田弁護士らが本件訴訟の復代理人であることを認識していた(あるいは黙認していた)と認めることはできない。
(エ) 中島弁護士による別件の訴状案作成について
対象弁護士は、中島弁護士が山中を原告とする訴訟の訴状を複数作成して、 山中、山中のアシスタント、 多田弁護士及び対象弁護士にメールで送信するなどしており、その訴状には、多田弁護士らも対象弁護士とともに原告山中の訴訟代理人弁護士として記載されていたことから、対象弁護士は、多田弁護士らが、山中の訴訟代理人ないしは訴訟復代理人となることにつき承諾しているものと認識していた旨主張する。
この点、確かに、平成30年2月頃、多田弁護士らが山中から、山中を原 告として訴訟提起する予定の多数の民事訴訟事件への協力について話を持ちかけられ、中島弁護士が、訴状案をいくつか作成して、山中、対象弁護士及 び山中のアシスタントへ送信等していた事実が認められる。 また、当該訴状案には、原告訴訟代理人として対象弁護士のほか多田弁護士らの氏名も記載されていたとの事実が認められる。
しかしながら、中島弁護士が作成したこれらの訴状案には、懲戒請求者を 被告とするものは含まれていない。また、多田弁護士によれば、 その後、山中から、 当該訴状案が山中の求める水準に達するものではない旨等言われ、訴状案の作成協力をすることもな くなり、訴訟事件としての正式な受任には至らなかったとのことであり、このことは、多田弁護士らと山中との間に、委任契約が締結されていないこと、 山中を委任者、多田弁護士らを受任者とする訴訟委任状が作成されていないこと、多田弁護士らに対して着手金その他弁護士費用の支払がなされた事実が認められないことなどとも整合する。
したがって、中島弁護士が上記訴状案を作成したという事実があったからといって、本件訴訟を含む複数の民事訴訟事件について、 多田弁護士らが山中の訴訟代理人ないしは訴訟復代理人となることにつき包括的に承諾していたとは認めることはできない。
(オ) 多田弁護士らが別の案件で山中の訴訟代理人に就任していたことについて 訴訟の委任は事件単位であるから、多田弁護士らが本件訴訟以外の事件について山中から何らかの依頼を受けたり、訴訟代理人の委任を受けた事実が あったとしても、別の事件である本件訴訟についてまで、訴訟代理人または訴訟復代理人となることを承諾していたといえるものではないことはいうまでもない。
(カ)訴訟復代理人選任の前提となる委任契約の存在が認められないこと等
対象弁護士は、多田弁護士らが対象弁護士の訴訟復代理人となることにつ いては、山中を介して承諾を得ていたと主張する。
しかしながら、そもそも、多田弁護士らを本件訴訟における対象弁護士の 復代理人に選任するということは、委任者となる対象弁護士と受任者となる 多田弁護士らとの間における委任関係を当然の前提とするものである。すな わち、対象弁護士は、多田弁護士らに対して訴訟復代理人としての委任事務 処理を依頼する委任契約のまさに一方当事者となるのであるから、当該委任 契約の他方当事者となる多田弁護士らとの間において、委任契約の申し込み の意思表示をし、承諾の意思表示を受けることが必要であることはいうまでもない。
そして、対象弁護士は、山中の指示に基づき多田弁護士らを訴訟復代理人 とした旨を主張しているが (対象弁護士の令和3年1月27日付け主張書面、 同年5月19日付け回答書)、山中から対象弁護士に対してなされた意思表示をもって、 多田弁護士らから承諾の意思表示を有効に受けたというのであれば、それは、 山中が、多田弁護士らを代理して、対象弁護士に対して訴訟復代理人への就任を承諾する意思表示をしたということになるところ、かかる山中の代理権を示す委任状等の書面も一切なければ、訴訟復代理人への就 任を承諾するのでその旨を山中から対象弁護士に伝えてもらいたい旨等の多田弁護士らの意思が表明された書面等も一切見当たらない。
加えて、 対象弁護士は、「山中を介して承諾を得ていた」と主張するものの、それを証する事実として主張するのは、中島弁護士が山中を原告とする別件の訴状案を作成した事実があったことや、多田弁護士らが山中の別件の 訴訟代理人に就いていた事実があったことなどから、山中と多田弁護士らとの間に顧問契約的な委任契約が存在するはずであると認識したというものであり、よって、多田弁護士らには、山中を当事者とする訴訟における訴訟代理人あるいは訴訟復代理人となることの包括的な承諾が当然あるはずである と認識していたというものに過ぎず、 結局のところ、 事件ごとに、多田弁護士らの承諾の有無等を個別に山中に確認していたわけではなかったことも認めている(当委員会における対象弁護士の聴取20頁)。
以上のとおり、対象弁護士自身が委任者、すなわち契約の一方当事者であるはずの上記委任契約が有効に成立していたことを裏付ける資料も事実も一 切存在しない。
(キ)その他関連する事情
山中は、令和2年6月に多田弁護士らの所属弁護士会に対して、多田弁護士らを対象弁護士とする懲戒請求をし、 多田弁護士らが、 本件訴訟について、 山中と多田弁護士らとの間の委任契約の存在を否定する虚言を述べ、それが 対象弁護士(小川弁護士)を不当に陥れようとするものである旨主張した。これに対し、同弁護士会の綱紀委員会における調査の結果、本件訴訟について、対象弁護士が多田弁護士らを訴訟復代理人に選任し、多田弁護士らが これを承諾した事実はないと認めるのが相当であり、 多田弁護士らが訴訟復代理人であることを否定したことは事実に反するものとは認められず、また、小川弁護士を不当に陥れようとするものであるともいえないとして、懲戒委員会に事案の審査を求めないことを相当とする旨の議決がなされている。
(ク)以上のとおり、多田弁護士らは、本件訴訟の原告訴訟復代理人となることについて、山中を介して承諾していたなどという事実はなかった旨明確に否 認しているところ、その説明内容に不合理な点はなく、他方で、山中を介し て承諾していたという事実を認定しうる具体的な事実や証拠は一切認められない。
したがって、山中を介して承諾を得ているとの対象弁護士の主張を認めることはできない。
承諾があると誤信したことに過失はなかったといえるか
(ア) 対象弁護士は、多田弁護士らが本件訴訟以外の複数の案件で山中の訴訟代 理人に就任していたことから、本件訴訟についても多田弁護士らと山中との 間に委任契約が存在することを疑わなかったとも主張する。
しかし、多田弁護士らが複数の別の案件で山中の訴訟代理人に就任していた事実があったとしても、そもそも訴訟の委任は事件単位であるところ、本件訴訟について訴訟代理人ないしは訴訟復代理人となることをも含む委任契約が山中と多田弁護士らとの間に存在することが当然に推認されるなどとは到底いえないのであるから、 対象弁護士の誤信を正当化する理由にはならない。
そもそも、復代理人の選任については、対象弁護士自身が訴訟復代理人選任の当事者となるのであるから、対象弁護士自身と委任契約の相手方となる多田弁護士らとの合意が必要となるが、合意の事実は存在しない。また、山中が自身の事件を多田弁護士らに依頼するというのであれば、直接に多田弁護士らを代理人として選任すればよいのであり、この点からも、山中を介して対象弁護士の復代理人となることを依頼し、 その承諾を受けたとの主張に合理性は全く認められない。
(イ)また、対象弁護士は、上記ウ (エ)記載の中島弁護士による別件の訴状案作成の事実をもって、 多田弁護士らが、山中の訴訟代理人ないしは訴訟復代理人となることにつき承諾しているものと認識していた旨弁明する。
しかし、被告を異にする別の事件の訴状案を以前に作成したことがあったからといって、 本件訴訟における山中の訴訟代理人ないしは訴訟復代理人となることについての承諾の存在が認められるとは到底いえないのであるか ら、対象弁護士の誤信を正当化する理由にはならない。
(ウ)対象弁護士によれば、 本件訴状については、山中のアシスタントから渡された訴状案に目を通した記憶であり、訴状案の作成に中島弁護士が携わっているのか否か、訴状の内容等について多田弁護士らが了解しているのか否かについて、確認しておらず、 分からなかったとのことである (当委員会による対象弁護士からの聴取18頁以下)。そして、対象弁護士は、包括的な承諾があるとの認識から、 当然、大丈夫であると考えて、 多田弁護士らに対して直接確認することをしなかった旨を弁明する。 しかし、 当事者 (被告)が 異なれば、利益相反の有無の検討なども個別に行う必要があるのであるから、代理人に就くことの承諾の有無も個別の事件ごとに確認する必要があるのであり、また、訴状の作成名義人となる以上、その記載内容について責任を問われることになるのであるから、自身の職印をもって代印にて押印する対象弁護士において、多田弁護士らが当該訴状の内容等について了解しているのか否かも分からないまま、 確認もしなかったことは、極めて軽率で不適切な行為であったといわざるを得ない。そして、対象弁護士は、多田弁護士らに対して、電子メールなどの手段を用いて直接確認をすることが容易に可 能であったと認められる。
したがって、対象弁護士は、多田弁護士らに対して、直接確認をすることが容易に可能であったにもかかわらず、それを怠り、多田弁護士らが本件訴 訟の訴訟復代理人となることや、対象弁護士の代印によって訴状の作成名義人となることを承諾していると軽信したのであるから、かかる誤信をしたことについて過失がなかったとする対象弁護士の主張を認めることは到底できないのであって、仮に故意ではなく過失とするとしても、むしろ、重大な過失があったと評価せざるを得ない。
オ 無承諾で他の弁護士を訴訟復代理人として表示し代印した行為の評価
対象弁護士は、多田弁護士らを訴訟復代理人として本件訴状に表示するとと もに、本件訴状の作成者として記名された箇所に代印にて押印している。 訴訟代理人あるいは訴訟復代理人は、各自当事者を代理して主張を構成したり、法的効果の発生する書面の送達先となるなど訴訟において一定の重要な法的な地位が認められており、 その代理権の消滅は本人又は代理人から相手方に通知しなければその効力を生じないとされるなど、 一般に、 誰が訴訟代理人かは明確にされるべきことが要請されているというべきである。
そして、弁護士が作成した復代理委任状が提出され、訴状にも訴訟復代理人として表示されていれば、通常、裁判所をはじめとする当該訴訟の関係者は、 当該訴訟復代理人として表示された弁護士が、 有効な委任契約に基づいて選任された、受任の意思を有する訴訟復代理人であると、当然に信用するのであるから、訴訟復代理人への就任を受任していない弁護士を訴訟復代理人として訴状に表示し、復代理委任状を提出するなどということは、かかる信用に対する重大な違背行為であって、司法に対する冒とくであると言っても過言ではない。
訴訟復代理人を選任することは、委任者たる弁護士自身を当事者とする行為なのであるから、受任者たる弁護士に受任の意思がないことを認識していながら、 無断で訴訟復代理人に選任したような場合はもちろん、「受任の意思があるはずだ」などと、受任意思を適切に確認することなく、 推測に基づいて選任することも、およそ弁護士として到底許されない行為であることはいうまでもない。
そして、訴訟復代理人として表示された弁護士にとっても、裁判所をはじめとする訴訟の関係者に、訴訟復代理人であると誤信されることにより、自身の承知していないところで、受任していない訴訟事件において代理人として認識され取り扱われるなどという事態となるのであるから、極めて迷惑な行為であることは明らかである。
さらに、訴状に多田弁護士らの氏名が作成者として記名され、代印にて押印がなされていれば、 当該文書の共同作成者として認識されることとなるのであり、記載内容について責任を問われうるのであるから、 多田弁護士らが本件訴状の内容や共同作成者となることを認識しておらず、何らの了承もしていなか ったにもかかわらず、 共同作成者であるかのような表示を作出した対象弁護士 の行為は、訴訟において弁護士が作成する文書に対する社会的信頼性を害するのみならず、多田弁護士らに損害を生じさせうる極めて違法性の高い行為であったことは明らかである。
なお、対象弁護士は、本件訴状について、山中のアシスタントから渡されたものを確認して押印と代印をしたのみで、 何らの加除修正等の手を加えていない旨を弁明するが、多田弁護士らが訴訟復代理人として表示されていることや作成者として記名されていることも確認の上、問題ないとの判断をして、自身の印章をもって、自身の押印のみならず多田弁護士らの代印をして文書を完成 させたのであるから、その責任は重いといわざるを得ないのであって、対象弁 護士の行為を正当化する理由にはならない。
したがって、多田弁護士らが本件訴訟の訴訟復代理人に就任することを承諾 しているのか否か、本件訴状の内容について了解しているのか否か、作成者と して記名され、 代印にて押印がなされることを了解しているのか否かにつき、多田弁護士らに確認することが容易に可能であったにもかかわらず、 何ら確認せず、多田弁護士らの承諾なく、本件訴状に訴訟復代理人として多田弁護士ら を表示するとともに本件復代理委任状を作成し、訴状の作成者として多田弁護士らが記名された箇所に代印による押印をして、こられを裁判所へ提出した行為は、極めて軽率で不適切な行為であったといわざるを得ず、弁護士としての品位を失うべき非行に該当する。
(3) 懲戒請求事由 1 (2) ~ (5)について
懲戒請求事由1 (2) 及び (3) については、懲戒請求事由1 (1) に関連する内容とし て主張されているものであるところ、 懲戒請求事由1 (1) についての判断は上記(2)のとおりであり、それとは別途の非行として認定すべき事実は認められない。 懲戒請求事由 1 (4)については、これらの懲戒請求者の主張を裏付ける資料は何 ら提出されておらず、 かかる事実があったと認めることはできない。
懲戒請求事由 1 (5)については、過去に懲戒処分をされたという事実そのものを非行ということはできない。
3 小括(非行事実の要旨)
対象弁護士は、原告訴訟代理人として受任し、平成30年4月24日に訴訟提起した民事訴訟事件において、多田弁護士らが、 当該訴訟の原告訴訟代理人ないしは対象弁護士の訴訟復代理人に就任することについての受任意思の有無を確認することなく、その受任を承諾していない多田弁護士らを対象弁護士の訴訟復代理人に選任する旨の訴訟復代理委任状を作成するとともに、多田弁護士らの氏名を原告訴訟復代理人として訴状に表示し、また、訴状の作成者として多田弁護士らの記名をして多田弁護士らの押印欄に対象弁護士の印章をもって押印(代印)してもよいか否 か、訴状の内容に異存がないか否かを多田弁護士らに対して何ら確認することなく、 訴状の内容を認識すらしておらず、訴状の作成者となることの承諾もしていない多田弁護士らの氏名を訴状の作成者として記名し、対象弁護士の印章をもって代印により押印して訴状を完成させて裁判所へ提出した。かかる行為は、弁護士法56条1項に定める弁護士としての品位を失うべき非行に該当する。
4 量定について
対象弁護士は、本件訴訟について山中からも対象弁護士からも何ら受任をしていない多田弁護士らについて、原告訴訟復代理人かつ訴状の共同作成者とする文書(訴 状)を作成した。かかる行為は、訴訟において弁護士が作成する文書に対する社会的信頼性を損なう行為であって、決して看過することはできない。 そして、本件では、対象弁護士が多田弁護士らに対して電子メール等を用いて直 接承諾の有無等を確認することは容易に可能であったと認められるところ、 対象弁護士は、包括的な承諾があると軽信して、当然に行うべき確認作業を怠ったのであ るから、その落ち度は大きいといわざるを得ず、真摯な反省を求める必要がある。
以上より、対象弁護士を業務停止1月とすることが相当である。
5 結論
よって、主文のとおり議決する。
2023年(令和5年)3月10日
第一東京弁護士会懲戒委員会 委員長 二島豊太 印