(原告 提訴時の記者会見 東京新聞)
原告 ハンスト仏人元妻 代理人 神原元、斉藤秀樹、岡村晴美、太田啓子、水野遼
被告 ㈱ソーシャルラボ 代理人 中野浩和、川村真文
被告 西牟田靖 代理人 同
3月8日判決
主 文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
1 被告らは、原告に対し、連帯して、330万円及びこれに対する令和4年7月9日から支払済みまで年3%の割合による金員を支払え。
2 被告ソーシャルラボは、別紙記事目録記載の記事を削除せよ。
第2 事案の概要
略
別紙記事目録
URL https://sakisiru.jp/31451
タイトル 「ハンストから1年、東京家裁で男性敗訴。判決は、フランスの逮捕状にも”開き直り”」「ヴィンセントさん、「私は横田めぐみさんの親になったような気持ち」
投稿日 2022年7月9日
記事内容
日本人妻による実子連れ去り被害を訴えるフランス人男性の離婚訴訟で判決妻にはフランス当局が逮捕状が出たが、判決に影響はあったのか「共同親権」導入議論への影響は?代理人の弁護士に見解を聞く
第3 争点に関する判断
1 認定事実
前提事実に加え、後掲各証拠及び弁論全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(1) 原告はヴィンセントとの別居後、令和元年中に、東京家庭裁判所に離婚訴訟を提起した。
(2) ヴィンセントは、原告が子供らを連れ去ったとしてこれを告発し、令和3年7月にはハンガーストライキを実施し、その様子が国内外で報道された。
(3) パリ司法裁判所の予審判事は、令和3年10月25日、原告について、ヴィンセントから子供を略取し、ヴィンセントと子供らを併せていないなどとして、「監督責任を持つ者からの子供の略取及びフランス国外での拘束」及び「尊属者あるいは親権を持つ者による、15歳未満の未成年者の健康に危害を及ぼす、監護及び生活扶助の怠り」の罪状で、逮捕状を発行した(以下「本件逮捕状」という。)。本件逮捕状に係る情報は、同日11時37分、フランスの捜査対象者ファイル(司法当局、行政当局、警察又は憲兵隊の要請に応じ、捜査対象者等の情報を一元管理するシステム。以下「FPR」という。)に登録され、同日13時24分、同情報に、「「MANDAT A DIFFUSIОN INTERNATIОNALE」との追記がなされた。
(4) 令和3年11月30日から同年12月3日にかけて、複数の報道機関が、インターネット上のニュースサイトに、本件逮捕状の発行について報じる記事を掲載した。以下は、その一例とその概要である。
ア レゼコー(フランスの経済紙)
フランス司法当局は、子供2人を誘拐したヴィンセントの妻に対して逮捕状を発行した。
イ フィガロ(フランスの日刊紙)
2人の子供を東京で母親に誘拐された日本在住のフランス人、ヴィンセントの日本人妻に対し、フランの司法当局が逮捕状を発行した。
ウ BBC
フランスの司法当局は、子供2人をフランス人の父親ヴィンセントから引き離したとされる日本人の妻に対し、親による誘拐などの容疑で国際逮捕状を発行した。
エ 共同通信
パリの裁判所は、東京在住のフランス人男性と日本人の妻の結婚生活破綻後、妻が子供たちを連れ去って男性に会わせないのは略取容疑などに当たるとして、妻の逮捕状を出した。
オ 時事通信
フランスの司法当局は、日本に住むフランス人ヴィンセントの妻が、夫婦関係破綻後に子供を連れ去ってヴインセントに会わせないのは未成年略取容疑に当たるとして、日本人の妻に逮捕状を出した。
カ TBS
パリの裁判所は、未成年者略取容疑などで、東京に住むフランス人ヴィンセントの妻の逮捕状を出した。
キ 毎日新聞
パリの裁判所は、子供2人を連れて逃走し、面会を拒否したとして、フランス人ヴィンセントの日本人妻に国際逮捕状を発行した。
ク テレビ朝日
フランスの司法当局が、日本に住むフランス人、ヴィンセントの日本人妻に対して、未成年者略取などの疑いで逮捕状を出した。
ケ AFP
フランス当局は、日本在住のフランス人男性ビンセントから2人の子供を引き離したとされる母親の日本人女性に対し、親による子供誘拐と未成年者を危機にさらした疑いで、国際逮捕状を出した。
(5) 東京家庭裁判所は、令和4年7月7日、原告とヴインセントを離婚し、子供らの親権者を原告と定める旨の判決をした(本件離婚判決)。
同日、複数の報道機関が、インターネット上のニュースサイトに、本件離婚判決について報じる記事を掲載した。以下は、その一例と概要である。
ア 日本経済新聞
別居している日本人の妻が連れて出た子2人に面会させないとして、フランス人の夫、ヴィンセントと妻が親権等を争った訴訟の判決で、東京家裁は、妻に親権があると判断した。パリの裁判所は、21年10月、逮捕状を発付し、妻は国際指名手配を受けている。
イ 産経新聞
フランス人のヴィンセントが、妻と親権などを争った訴訟の判決で、東京家裁は、妻に親権があると判断した。一方て妻が面会交流を妨げていることは問題だと指摘した。パリの裁判所は昨年10月、逮捕状を発布し、妻は国際指名手配を受けている。
ウ 共同通信
東京家庭裁判所は、フランス当局がに昨年日本人女性に国際逮捕状を発行するに至った紛争で、子供たちを連れて逃亡し、フランス人の夫ヴィンセントに会わせること拒否したこの女性に、監護権があるとの判決を下した。
(6) 被告ソーシャルラボは、令和4年7月9日、前提事実(3)のとおり、本件ウエブサイトに本件記事を掲載した。
(7) 国際刑事機構(ICPО、インターポール。以下「インターポール」という。)の国際手配制度
ア インターポールは、195カ国が加盟する国際刑事警察機関てあり、その活動の1つに、国際手配制度がある。同制度は、全加盟国の警察の組織力を通じて、国外逃亡者被疑者の所在発見等に努めるものであるとされ、その方法には、➀国際手配書の発行と、②ディフュージョンの送付の2種類がある。
➀国際手配所(Notices)は、加盟国の国家中央事務局(インターポールを通じた刑事警察間の協力のため、各加盟国が指定する事務局)等からの要請に基づき、インターポール事務総局が全加盟国に発行するものであり、いわゆる赤手配書(引渡し又は同等の法的措置を目的として、被手配書の所在の特定及び身柄の拘束を求めるもの)はその1つである。
②ディフュージョン(Diffusion)は、逮捕、拘束又は移動の制限等を目的として、加盟国の国家中央事務局等から1つ又は複数の加盟国に対して直接送付される協力要請等である。
イ 日本及びフランスはインターポールの加盟国である。日本の国家中央事務局は警察庁であり、フランスの国家中央事務局はDCPJ(警察司法中央局)である。
2 名誉棄損の成否
(1) 摘示事実
ア 本件記事がいかなる事実を摘示したものであるかは、一般の閲覧者の普通の注意委と閲覧の仕方を基準として判断すべきである。
イ 本件記事は、「ハンストから1年、東京家裁で男性敗訴。判決は、フランスの逮捕状にも”開き直り”」と題し、冒頭のサマリーの部分に「綱にはフランス当局が逮捕状が出たが、判決に影響があったのか」との記載、本文に「フランスの裁判所はヴィンセントさんの妻を国際指名手配していた」、「ヴインセントさんの妻のように、逮捕状が出て国際指名手配されることは希だ」、「(ヴインセントのコメントとして)195の国で指名手配になっている母親」といった記載がある。「ヴインセントさんの妻」と原告との同定可能性が認められることについて当事者間に争いかなく、このことを前提とすると、本件記事は、一般の閲覧者の普通の注意と閲覧の仕方によれば、「フランスの裁判所が原告の逮捕状を出し、原告を国際指名手配した」との事実(以下「本件摘示事実」という。)を摘示したというものとうべきである。
ウ これに対し、原告は、本件記事は、フランスの司法手続きに基づきインターポールが原告の身柄拘束等を各国政府に要請したとの事実を摘示するものであると主張する。
しかし、本件記事は、フランスの裁判所を「国際指名手配」の主体として記載しており、インターポールがこれを行ったとの記載していない。
また、「国際指名手配」は法的な用語ではなく、その意味するところは一義的ではない。この点、日本の捜査機関が行う「指名手配」とは、「逮捕状の発せられている容疑者の逮捕を依頼し、逮捕後身柄の引き渡しを要求する手配」であるとされる(犯罪捜査規範31条1項)。一部の指名手配被疑者については氏名及び顔写真が行為されている。「国際手配」については、専らインターポールによる国際手配書の発行を意味するものとして一般向けに説明したウエブサイトも存在するが、警察庁が公開しているインターポールのパンフレットにおいては、「国際手配」には、インターポールによる国際手配書の発行及び加盟国間の協力要請等であるディフュージョンの送付の2種類があると説明されている。そして、一般的に、「指名手配」や「国際手配」の意味するところが明確に区別されて認識されているとは言い難いことからすると、本件記事の閲覧者による「国際指名手配」の受け取り方も様々であり、上記のうちどれか1つであるといったものではないというべきである。
そうすると、本件記事の閲覧者の中に、原告主張の事実が摘示されているものと受け取る者かいたとしても、それが一般の閲覧者の普通の読み方であると認めることは困難である。
エ 本件記事の摘示事実を上記イのとおりに捉えた場合でも、本件記事は、一般の閲覧者に対し、原告がフランスの裁判所から国際的に指名手配されるほどの違法行為を疑われている人物であるとの印象を与えるという点において、原告の社会的評価を低下させるものである。
(2) 本件摘示事実の真実性
ア 本件摘示事実は、公共の利害に関する事実であり、その報道は専ら公益を図る目的で行われたということかできるから、本件摘示事実の重要な部分が真実であることが証明されたときには、違法性が阻却される。
イ 本件逮捕状の発行後、FPRに登録された本件逮捕状に係る情報に「MANDAT A DIFFUSIОN INTERNATIОNALE」(MANDATは令状を示す)との文言が追記されたこと、フランス当局において取り得る国際的な協力要請等の手段として、ティフュージョンの制度が存在することからすると、本件逮捕状の発行後、本件逮捕状について、少なくともディフュージョンの手続きが取られたことが推認されるといえ、この推認を妨げる証拠はない。よって、フランスの裁判所が本件逮捕状を発行し、同逮捕状について、ディフュージョンの手続きが取られたものと認めることができる。
ウ そして、ディフュージョンの手続きを取ったのは、フランスの裁判所ではなく、同国の国家中央事務局に当たる警察司法中央局であると考えられることからすると、かかる事実と、フランスの裁判所が国際指名手配したとする本件摘示事実との間には相違がある。また、ディフュージョンは、インターポールの加盟国間で行われる協力要請等であって、インターポールによる国際手配書の発行とは異なるものであるが、上記(1)ウのとおり、「国際指名手配」との表現は一義的ではなく、様々な受け取り方がされる可能性があるとう点においても、いささか正確性を欠くものであったとはいえる。
エ もっとも、「国際指名手配」の主体がフランスの裁判所であるか、国家中央事務局であるかは、一般の閲覧者が本件記事から受け取る印象を左右するものとはいえず、この点が重要な部分であるとはいえな。そして、上記イのとおり、フランスの裁判所が本件逮捕状を発行し、同逮捕状についてディフュージョンの手続きが取られたこと、すなわち、フランスの国家中央事務局からインターポールの加盟国に対する協力要請等が行われたとの事実が認められることからすれば、本件摘示事実の重要な部分が真実であることの証明があったと認めるのが相当である。
よって、名誉棄損については、違法性が阻却される。
3 プライバシー権侵害の成否
(1) 本件記事は、原告についてヴインセントの日本人妻と記載し、原告の実名を摘示するものではないが、それが原告との同定可能性を有することについては当事者間に争いがない。このことを前提とすると、本件記事は、
➀原告とヴインセントが離婚訴訟中である事実、
②原告が子供らを連れ去った事実、
➂ヴインセントと子供らの面会交流がされていない事実(以下、丸数字に応じて「摘示事実➀」等という。)を摘示するものと認められる。
(2) 摘示事実
➀ないし➂は、原告夫婦の離婚やこれに伴う子供らの監護に関わる私生活上の事実らしく受け取られるおそれのある事柄てあり、一般人の感受性を基準にして原告の立場に立った場合、公開を欲しない事柄であるといえる。なお、摘示事実➀ないし➂は、本件記事に先行して他の報道機関もこれを報じているものの、これらの報道により直ちにプライバシー権の要保護性が失われたと解するのは相当ではなく、上記各事実の公表は、プライバシー権の侵害に当たり得るものてある。
(3) もっとも、報道の自由の重要性にも鑑みると、かかる事実の公表について直ちに不法行為が成立すると解するのは相当ではなく、その事柄を公表されない法的利益とこれを公表する利益との利益衡量により違法性の有無を判断すへきである。
本件において、一般私人である原告の離婚やこれに関わる事実は私事性が高く、これを公表されない法的利益を保護すべき必要性は高い。
他方、これを公表する利益についてみると、原告は、妻が子を連れて別居するということは格別珍しい事態てはないのであるから、あえて本件を取り上げる必然性は乏しい旨を主張する。
しかし、➀国際的には、平成31年2月に開かれた国際連合の児童の権利委員会の会合において、日本の政府報告に対し、離婚後の親子関係について定めた法令の改正や、非同居親との人的関係及び直接の接触を維持するための児童の権利が行使できるようにするため、必要な措置を取ることが勧告される状況にあった。
また、②フランスにおいては、原告が子供らを連れて別居し、ヴインセントに会わせていないことについて本件逮捕状が発行される事態となっていた。そして、➂日本人とEU市民国際結婚が破綻し、日本人の親が子に面会させないケースが日欧間の外交問題となっていることは、複数の報道機関によって指摘されており、本件逮捕状の発行や本件離婚判決に関する報道が国内外で行われて社会の関心を集める状況にあった。本件記事は、かかる状況の下で、本件逮捕状の被疑事実である子供らを連れての別居(摘示事実②)や面会交流がされていない状況(同➂)、親権についての裁判所の判断(同➀)について報道したものであって、これらの事実の公表については公共性や公益性が認められる。また、公表に当たっては、原告の実名を使用することなく、ヴインセントの日本人妻と記載するにとどめており、必要以上に原告の個人的な事情を公表したというものではない。
以上によれば、原告における摘示事実➀ないし➂を公表されない法的利益を軽視することはてきないものの、これを公表する法的利益と比較衡量した場合に、前者が後者を上回るものとはいえないというべきであり、本件記事が原告のプライバシー権を侵害し、違法であるとは認められない。
4 以上より、その余の点につて判断するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がない。
第4 結論
原告の請求をいずれも棄却することとして、主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第37部 裁判官 中井 彩子 印