「懲戒請求の手続」
《弁護士懲戒手続の実務と研究》日弁連調査室編
弁護士に対する懲戒請求は匿名でも可能か
弁護士法上、懲戒請求の方式に関する規定としては58条が存在するだけである。
法58条第1項には「その事由の説明を添えて、その弁護士又は弁護士法人の所属弁護士会にこれを懲戒せることを求めることができる」とあるだけで他に格別方式を定めていない。したがって法上は書面に限らず口頭で請求してもよいことになるが、いずれの場合も誰がどのような事実によりどの弁護士を懲戒することを求めるのかが明らかになっていなければならない。すなわち請求にあたっては懲戒請求者の特定、対象弁護士の特定及び懲戒事由に該当する事実の特定が必要となり、これらが特定されない請求は不適法である。
法に懲戒請求の方式に関する規定がない以上、具体的方式は、法33条に基づき各弁護士会が会則等にこれを定めることとなるが、懲戒請求を実質的に制限するような規定は許されない。書面で請求することを要する旨の規定を置く弁護士会もあり、このような規定のない弁護士会においても運用としてはほとんど書面で請求させているようである。しかし右の規定や運用が書面での請求でない限り懲戒請求として受け付けないという趣旨であるならば懲戒請求を実質的に制限することにもなりかねないので問題であろう。この点については口頭による告訴、告発を受けたときは調書を作らなければならないと定める刑事訴訟法241条の規定が参考になる。
また、匿名による請求が適法かどうかについては議論の余地があるが、少なくとも懲戒請求を受け付ける弁護士会に対しても名前を全く明らかにしないことは懲戒請求者の特定を欠くことになり不適法であると解される。ただし請求の内容によっては、弁護士会が法58条2項に基づき綱紀委員会に調査を請求することについて、弁護士会懲戒権発動を促す申立てとして取り扱うのが相当な場合もあろう。
以上引用《弁護士懲戒手続の実務と研究》日弁連調査室編
実際に匿名で懲戒請求が可能かと言えば可能です。
懲戒請求は、弁護士会へ所属弁護士の非行の「通報制度」です。
現在の制度では弁護士会が懲戒請求者に対し本人確認を求めることはありません。「通報制度」に懲戒請求者が誰であるか本人かどうか確認する必要はありません。通報した内容、「懲戒事由」が一番大事なので誰が懲戒を申立てたかについて個人を特定する必要はないからです。
ただし、弁護士会綱紀委員会からの懲戒請求申立の『受理通知』が届かなければなりません。受理通知が届き対象弁護士の答弁書が届けば匿名、匿住所であっても懲戒請求ができたということです。
しかし、弁護士会によっては懲戒請求者から事情を聞く「綱紀調査」の期日を入れる時があります。その時にも弁護士会は本人確認を求めることはありません。呼び出し状を持っていけばいいことであり、そこで綱紀委員から「懲戒請求の趣旨」や「懲戒事由」そしてその詳細について質問があります。きちんと答えなければなりません。強制ではありませんので「綱紀調査」に行かなくても構いませんが、対象弁護士の弁護士としての倫理、不正について追及し弁護士会に処分を求めたいのであれば行くべきです。
しかしその時に懲戒請求者の名前が「一二三・さん太郎」ですとか「懲戒仙太郎」では恥ずかしいのではないかと思います。また、綱紀委員会の議事録を求めたい場合は本人確認のため「住民票」等本人確認のできるものを求める弁護士会もありますので、当初から実名の方が良いと思います。
「通報」ということで電話でも構わないことになっています。警察に交通事故やケンカを見て110番通報をしたときに「通りすがりのものですが」というのも可能です。同じように懲戒も匿名の電話でも可能ですが、何事にも書面で綱紀委員会の審査にかけなければ処分できないとなっている以上、「対象弁護士」「懲戒事由」と「懲戒請求者」は誰であるかの最低限の情報は必要とされています。
しかし、最近、懲戒のことを詳しく知らない弁護士らが「懲戒請求者に対し本人確認を求め「住民票」や「運転免許証」の提示を求めては」という発言もありますが、これは弁護士懲戒請求制度の本来の趣旨と違ってきます。
一番大事なのは「懲戒事由」です。「懲戒事由」の中で弁護士の非行を立証できれば懲戒請求者は誰でもよく当時者でなくても構いません。