弁護士自治を考える会

弁護士の懲戒処分を公開しています。愛知県弁護士会が令和3年3月29日に戒告の処分をした、同会所属北口雅章弁護士の議決書を公開します。懲戒請求者は議決書に記載のとおりY氏(伊藤詩織氏)とは一切関係はありません。支援者でもありません。弁護士の非行を許さない一般の方です。

弁護士の処分は先に綱紀委員会で審議され懲戒相当となり次に懲戒委員会で処分が決まります。戒告・業務停止・退会命令・除名の中からですが時に懲戒委員会で『処分まで至らない』というのもあります。

この件について報道がありました。

伊藤詩織さんをブログで侮辱か 男性弁護士を戒告処分 愛知県弁護士会

 

令和1年(チ)第5号  議 決 書

 愛知県名古屋市中区丸の内三丁目64

 北口雅章法律事務所

 対象弁護士 北口雅章 (登録番号22464

 上記代理人弁護士 杦田勝彦  石原慎二  清水綾子 

 上記対象弁護士に対する懲戒請求事件につき、当委員会は審査した結果、次のとおり議決する。            

 主 文

対象弁護士北口雅章を戒告することを相当と認める。

 理 由
   第1  前提事実と事案の概要

1    前提事実

(1)  Y氏は平成29928日付けでX氏を被告として東京地方裁判所に対し、平成2744日午前5時ころに同氏から性的暴行を受けた(以下「本件事件」という)と主張して不法行為に基づく1100万円の損害賠償請求事件(同庁平成29年(ワ)第33044号損害賠償請求事件)

(2)  Y氏は、平成291028日、本件事件の体験を自らが綴った手記であるとして「Black Box」なる題名の書籍(以下「本件書籍」という」を出版した。

(3)  対象弁護士はX氏の委任を受けて平成30827日付で上記損害賠償請求事件における同氏(被告)の訴訟代理人に就任しX氏の意向に沿って請求原因事実を否認してY氏(原告)の請求を争うと共に、平成3121日付でY氏に対し、同氏が本件事件が実際に存在したかのような虚偽の事実を流布したことによってX氏が失職を余儀なくされたこと等を理由として逸失利益や慰謝料等の合計13000万円の損害賠償及び謝罪広告の掲載等を求める内容の反訴(東京地方裁判所平成31年(ワ)第2458号謝罪広告請求反訴事件、以下上記損害賠償請求本訴事件と併せて「本件訴訟事件」といい、個別には「本件本訴事件」及び「本件反訴事件」という)を提起した。

(4)  対象弁護士は平成30101日自身が主宰する法律事務所のホームページ内に設定しているブログ(https:www.kitaguchi.jp/blog.以下「本件ブログ」という)にY氏著『Black Box』が『妄想』である理由」と題した記事(以下「本件記事」という)を掲載した。

2 事案の概要

本件は本件記事の表現及び内容が本件訴訟事件の相手方当事者であるY氏を一方的に誹謗中傷しており対象弁護士のこうした表現や内容を有する本件記事を本件ブログに掲載する行為が弁護士法56条第1項に定める「その品位を失うべき非行」に該当するか否かが問題とされる事案である。

    第2 懲戒請求者が懲戒を求めた理由

1 本件反訴について

対象弁護士は本件反訴の提起に際し、法令等の調査及び依頼者の逸失利益等に関する事実関係の調査を行わず、Y氏に対する圧力、嫌がらせ、恫喝の目的だけで本件反訴を提起しており、対象弁護士が本件反訴の提起を受任したことは、不当な事件の受任として弁護士職務基本規程に反する行為である。

2 本件記事について

対象弁護士は本件記事において、本件書籍の表現や内容を「妄想、虚構、社会常識ないし一般感覚から乖離した矛盾だらけで非常に出来の悪い創作」との表現を用いて罵り、Y氏に対して「論理的な思考力に問題を抱えていると疑わざるを得ない」「(Y氏の声は)

拡声器のごとく」との表現で一方的に貶めて誹謗中傷しており、これらの行為は弁護士の正当な職務の範囲を超えて弁護士としての品位に反する行為である。

 第3    綱紀委員会での調査手続における対象弁護士の弁明の要旨

1、懲戒請求事由1について

本件反訴は法的根拠に基づいて提起しており、不当訴訟には当たらない

2、懲戒請求事由2について

(1)  言論の自由の範囲内の表現であり正当な意見広告である。

(2)  公共の利益を図るものであり真実であるから違法性が阻却される。

(3)  Y氏のX氏に対する名誉毀損等の不法行為に対し、同氏の名誉を回復する目的で即効性の存する已むを得ざる手段として行った正当防衛である。

    第4 綱紀委員会の認定した事実及び同委員会の判断

1 懲戒請求事由1について

 本件反訴の内容は本件訴訟事件における一方当事者であるX氏の事実関係に関する主張及びこれを基礎づけ得る一応の証拠と法的根拠に基づくものと認められ、従って不当訴訟とは認められないから、対象弁護士による本件反訴の提起は弁護士としての品位を失わせる非行には当たらない。

2 懲戒請求事由2について

(1)  綱紀委員会の認定した事実

本件記事はその体制は本件書籍に対する論評となってはいるものの、その内容は本件訴訟事件における争点と同一の事実関係につき、再三に亘ってY氏の名前を呼び捨てにした上で

ア Y氏の「妄想」ないし「虚構」であることは明白である。

イ、Y氏の主張(妄想)

ウ、Y氏の「妄想」、後からY氏が「捏造したことが強く疑われる」

エ、「自らの性暴力被害の成否」について「間の抜けた」「自信のない」発言をするわけがない

オ、「正常な神経」をもつ「強姦被害者」は性暴力被害を受けた後は性暴力の加害者に連絡し、交信しようなどとは100%思われない。

カ、このような「間の抜けた」「準強姦犯」など、およそ社会常識ないし一般感覚から外れている。

キ、Y氏がBB(対象弁護士が使用する本件書籍の略称、以下同じ)で描く「強姦」被害の状況も社会常識ないし一般感覚から乖離した、矛盾だらけで、非常に出来の悪い「創作」といわざるをえず、著作者(略)が「論理的な思考力」に問題を抱えているものと疑わざるを得ない。

ク、「痛い、痛い」と何ども「間の抜けた」痛みを訴えるのはY氏ぐらいなものでなかろうか。

ケ、BB(前回)の著作者が描く性暴力被害の状況はY氏の「うつ伏せ状態」と「正常位」とが混在しているのであって、支離滅裂である。

コ、「乳首」の傷害は、明らかにY氏の創作、虚構だとわかる。

サ、Y氏が主張するX氏による性暴力被害が全くの虚偽・虚構に過ぎないものであって、それが単に彼女の精神的なパーソナル障害に由来する「妄想」であるが、悪意に基ずく「悪質な捏造」によるものかはともかく、BB(前同)の出版自体がX氏の名誉・社会的信用を著しく棄損する犯罪行為である。

シ、Y氏の(拡声器のごとき)声

ス、不起訴相当とされた「妄想」に基ずく一方的な主張。

などと、侮蔑的屈辱侮辱的な表現を交えつつ、具体的事実や評価を詳細に指摘して反論し、Y氏による本件事件の訴えは虚偽のものであるとするものである。 

  (2)  綱紀委員会の判断

ア.     対象弁護士による上記の指摘事実等は、本件事件の存在を主張するY氏の訴えが同氏によって悪意を持って意図的にされた虚偽のものであるか、Y  氏自身の人格障害によりされた虚偽のものであるとするものであって、その内容は、Y氏の社会的評価を低下させるとともにY氏の名誉毀損を害し、人格権を侵害するものと認められる。従って、対象弁護士による上記の表現方法自体が本件書籍に対する論評の域を超え、Y氏自身を強く非難し、過度の侮蔑的屈辱的表現を用いてY氏の人格を攻撃しているとみるべきであり、仮に真実性の証明がされても表現方法の不当性に変わりはない

  また、上記の表現方法からすれば本件記事には正当行為と認める余地もなく、本件書籍等によって既にX氏の社会的評価が低下している以上は正当防衛の成立する余地もない。

イ、    本件記事に記載されている事実関係の有無が争点となっている訴訟事件を反対当時者の訴訟代理人として受任し、自らの依頼者のため相手方当事者の主張立証を排斥し、誠実に訴訟活動を行うべき立場にあるとともに、当該訴訟における双方当時者の主張立証内容に自由にアクセスできる弁護士が、自らの依頼者の名誉を回復する目的であったとしても、インターネットという不特定多数人に対する強い伝播性を有する情報伝達手段を用いて、相手方の名誉を棄損する内容を、上記認定のような過度に侮辱的侮蔑的な表現を頻繁に交えながら具体的詳細に述べ、一般に公表する行為は弁護士としての品位を失うべき非行に該当する。

  第5    当委員会での審査手続における対象弁護士の弁明の要旨

1、本件書籍の記載内容の虚偽性

本件事件後のY氏の言動やX氏への送信メールの内容、本件書籍の記載の矛盾や虚偽性及び本件書籍のストーリー(筋)の構造的な破綻からして、本件書籍を始めとする様々な場と手段を駆使したY氏の本件事件の存在という主張は明らかな虚偽であり、本件事件は存在しない架空の事件である。

2 本件記事の掲載の目的

  Y氏による本件書籍の出版と領布等を手段とした名誉棄損活動により、致命的な打撃を受けて失墜したX氏の名誉と信用及び社会的経済的な生活基盤を回復すると共に、X氏の家族や親族までに種々の悪影響が及ぶことを防止することを企画した。

3 本件ブログ掲載と対象弁護士の私的領域

本件記事は対象弁護士が現に取り扱っている本件訴訟事件に関するブログ記事であるため、完全に対象弁護士の私的な領域に属するとも言い難い面もあるものの、対象弁護士の私的な活動領域に属するものであって対象弁護士の個人としての表現の自由の行使である。

4 対象弁護士の真摯な反省

  対象弁護士は真摯に反省しており、本件記事の掲載という一回だけの言動によって、注意して反省を促す機会も全く付与されないまま直ちに懲戒処分とされることは苛酷に過ぎて相当ではない。

5.被害者側の姿勢

本件懲戒請求者はY氏との関係も明らかでない第三者であり、本件の被害者と目されるY氏が、宥怒しているか否かは別としても、自ら懲戒申立をしていないという事実は、対象弁護士に対する懲戒処分が相当か否かの判断において充分に斟酌されるべきである。

  第6    証拠

(省略)

7 当委員会の認定した事実及び当委員会の判断

1 当委員会の認定した事実

 当委員会における審査手続により、本議決第1の前提事実の概要に記載の各事実を認定した外、本議決第42項(1)に記載した綱紀委員会の認定した事実と同一の事実を認定した。

2 当委員会の判断

(1)  本件各表現について

本件各表現は綱紀委員会が本件における議決書(以下「本件綱紀議決書」という)に記載しているとおり、社会通念に照らして客観的且つ外形的に観察した際にはいずれの表現もY氏の社会的評価を低下させると共に、その名誉感情を害して人格権を侵害する内容の言質であり、しかも過度に侮蔑的侮辱的な表現であって見聞きする者に不快感や嫌悪感を惹起させるに足りる表現である。

この点、対象弁護士は過度に侮辱的侮蔑的な言質である本件各表現を敢えて使用した目的としてX氏の人権侵害の救済を挙げる。

しかし乍ら、対象弁護士の企画した上記の目的は、本件事件は存在しないこと、換言しればY氏による本件書籍の記載内容を含めた本件事件が現に存在したとする主張が事実とは認定し得ないという事項を、動かし難い客観証拠を基礎として論理的且つ説得的に諄々と説くことによって始めて実現できる事柄であり、本件各表現のように過度に侮辱的侮蔑的な表現を再三に亘って頻回に使用することによって実現できるものではない(社会通念に照らして見聞きする者に不快感や嫌悪感を惹起させるに足りる表現であることからすると、対象弁護士の意図とは正反対の結論となる可能性も大である)

従って、本件懲戒手続での問題点は、対象弁護士が本件書籍の記述を不自然且つ不合理であるとする根拠が独自の根拠と見解に基づくものか否かの問題ではなく、本件各表現を有する本件記事を本件ブログに掲載した対象弁護士の行為が弁護士法第56条第1項にいう弁護士としての品位を害する非行と評価し得るか否かの点に存するのである。 

(2)  本件各表現と対象弁護士の私的領域

対象弁護士は本件記事の記載と掲載はその私的領域に属する事柄であると弁明する。

しかし乍ら、弁護士の私生活の行為であっても、それが弁護士としての品位を害するに足りる行為であれば懲戒事由になり得る点については争いがない。

しかも本件事件の存否という事実は対象弁護士がX氏の訴訟代理人として相手方当事者であるY氏と鋭く対立している本件訴訟事件における主要な争点のひとつであり、本件事件の存在を真っ向から否定する内容を有する本件記事を自ら起案して自身の主宰する法律事務所のホームページ内に設定されてる本件ブログに掲載するという対象弁護士の所為は本件訴訟事件における訴訟活動そのものではなくとも、本件訴訟事件における訴訟代理人弁護士としての活動の一環または延長線上に存する行為であると評価することができる。

そうして、本件事件の存否という事実は、本件訴訟事件においては反証活動によって存在するか否かは真偽不明の状態にすることが、本件反訴事件においては本件事件の存在というY氏の主張が虚偽であることを立証活動によって証明することがそれぞれ必要となるのであるから、対象弁護士の上記の所為を以ってその指定領域に属する行為であると断ずるには明らかに無理がある。この理は対象弁護士が本件記事の目的と主張する事柄も本件訴訟事件において本件事件の存否が不明であり又はその不存在が設定されることによって初めて実現し得ることからも明らかである。

(3)  懲戒請求者と被害感情

対象弁護士は本件懲戒請求者はY氏との関係も明らかでない全くの第三者であり、本件の被害者と目されるY氏が自ら懲戒申立をしていないという事実は当委員会の判断に際して充分に斟酌されるべきであると主張する。

しかし乍ら、私人の単位弁護士会に対する懲戒請求は、弁護士自治の根幹をなすべき単位弁護士会及び日本弁護士連合会による自律的な懲戒制度における懲戒権行使の要否と当否とを判断するための端緒に過ぎず、また弁護士法の定める懲戒制度は被害の回復や被害者の救済が目的とされている制度でもない。従って、弁護士としての特定もしくは一定の行為が懲戒相当化否かを判断する際に、何人が懲戒請求者であるかは斟酌される事情には含まれない。

 第7    結論

以上に拠れば、本件各表現の記載された本件記事を本件ブログに掲載して不特定多数人が閲覧し得る状態に供した対象弁護士の所為は、弁護士法第56条第1項に定める弁護士としての品位を害する非行に該当すると言わざるを得ず、インターネットを通じた情報の伝播が極めて迅速かつ広範であることに鑑みる際には、対象弁護士による本件各表現は本件記事の一回限りであったこと、本件記事は既に削除されていること、対象弁護士は本件各表現を用いて本件記事を起案して本件ブログに掲載したことにを真摯且つ深く反省すると共に、本件と同様の事態が再発しないように表現行為には充分に配慮する旨を述べていること等の事情を斟酌するとしても、対象弁護士を戒告とするのが相当である。

                                             以 上

    令和3329日 愛知県弁護士会 会長 山下勇樹

対象弁護士 代理人  石原総合法律事務所

杦田勝彦弁護士  平成15年 愛知県弁護士会綱紀委員

石原慎二弁護士  平成28年愛知県弁護士会 会長 日弁連副会長

清水綾子弁護士  平成27年 愛知県弁護士会副会長