事件番号  平成16(あ)2199   事件名  未成年者略取被告事件
裁判年月日    平成17年12月6日
法廷名     最高裁判所第二小法廷
判例集等巻・号・頁   刑集 第59巻10号1901頁
原審裁判所名    仙台高等裁判所
原審事件番号    平成16(う)69
原審裁判年月日   平成16年8月26日
判示事項
 母の監護下にある2歳の子を別居中の共同親権者である父が有形力を用いて連れ去った略取行為につき違法性が阻却されないとされた事例
裁判要旨
 母の監護下にある2歳の子を有形力を用いて連れ去った略取行為は, 別居中の共同親権者である父が行ったとしても,監護養育上それが現に必要とされるような特段の事情が認められず,行為態様が粗暴で強引なものであるなど判示の事情の下では,違法性が阻却されるものではない。(補足意見及び反対意見がある。)
参照法条    刑法35条,刑法224条,民法818条,民法820条
主 文      件上告を棄却する。 
理  由弁護人〇〇の上告趣意,違憲をいう点を含実質は単なる法令違,実誤認の主張あって,刑訴法405条の上告理由に当たらない。 なお,所論にかんがみ,未成者略取罪の成否につい,職権をもって検討する
 1  原判決及びその是認する第1審判決並びに記録によれ,本件の事実関係は下のとおりであるとめられる。 
(1) 被告人,別居の妻であるBが養育してる長男C(当時2)を連れ去ることを企て,平成14年11月22日午後3時45分ころ,青森県●●市内の保育園の南側歩道上において,Bの母であるDに連れられて帰宅しようとしていたCを抱きかかえて同所付近に駐車中の普通乗用自動車にCを同乗させ同車を発進させてCをれ去り,Cを自分の支配下に置いた。 
(2) 記連れ去り行為の態様Cが通う保育園へBに代わって迎えに来たD,自分の自動車にCを乗せる準備をしてるすきをつい,被告人が,Cに向って駆け寄り背後から自らの両手を両わきに入れてCを持ち上げ,抱きかかえて, あらかじめドアロックをせず,ンジンも作動させたまま停車させていた被告人の自動車ま全力で疾走,Cを抱えたまま運転席に乗り込みドアをロックしてから,Cを助手席に座らせ,Dが,同車の運転席の外側に立ち,転席のドアノブをつかんで開けようとしたり,窓ガラスを手でたたいて制止するのも意に介さず, 自車を発進させて走り去ったというものである。 被告人は,同日午後10時20分ころ,青森県東津軽a 町内の付近に民家等のない林道上におい,Cと共に車内にるところを警察官に発見され,通常逮捕された。 

(3) 被告人が上記行為に及んだ経緯は次のとおりであ。 

被告人は,Bとの間にCが生まれたことから婚姻し,東京都内で3人で生活してたが,平成13年9月15日,Bと口論し,被告人が暴力を振るうなどしたことから,Bは,Cを連れて青森県●●市のBの実家に身を寄せ,これ以降,告人と別居し,自分の両親及びCと共に実家で暮らすようになっ被告人は,Cと会うこともままならないことから,CをBの下から奪い,分の支配下に置いて監護養育しようと企て,自宅のある東京からCら生活する●●に出向,件行為に及んだなお,被告,平成14年8月にも,人の女性にCの身内を装わせて上記保育園からCを連れ出さ,ホテルを転々とするなどした,9日後に沖縄県下にお未成年者略取の被疑者として逮捕されるまでの間,Cを自分の支配下置いたとがあ。 

(4) Bは,被告人を相方として,夫婦関係調整の調停や離婚訴訟を提起し争中であったが,本件当時,Cに対する被告人の親権ないし監護権について,を制約するような法的処分は行われいなかった。 

2  以上の事実関係によれ,被告人は,Cの共同親権者の1人であるBの実家においてB及びその両親に監護養育されて平穏に生活したC,母のDに伴われて保育園から帰宅する途中に前記のような態様で有形力を用いて連れ去り,護されている環境から引き離して自分事実的支配下に置いたのであるから,その行為が未成年者略取罪の構成要件に該当することは明らかであり,被告人が親権1人であることは,の行為の違法性が例外的に阻却さるかどうかの判断において考慮されるべき事情であると解される(最高裁平成14年()第805号同15年3月18日第二小法廷決刑集57巻3号371頁参照)。 

【要旨】

本件において,被告人は,離婚係争中の他方親権者であるBの下からCを奪取して自分の手元に置こうとしたものであって,そのような行動に出ることにつき,Cの監護養育上それが現に必要とされるような特段の情は認められないか,の行為は親権者によるものであるとしても正当なものということはできないまた,件の行為態様が粗暴で強なものであること,Cが自分の生活環境についての判断択の能力が備わっていない2歳の幼児であること,その年齢上,時監護養育が必要とされるのに,取後の監護養育について確たる見通があったとも認め難いことなどに徴すると族間における行為として社会通念上許容され得る枠内にまるものと評することもできない以上によれば,本件行為につき,性が阻却されるべき事情は認められないのであり,未成年者略取罪の成立を認めた原判断は正当である。 

よって,訴法414条,386条1項3号により,主文のとおり決定する。 の決定は,判官今井功の補足意,判官滝井繁男の反対意見があるほか裁判官全員一致の意見によるものである。 

裁判官今井功の補足意見は,次のとおりであ。 

,家庭内の紛争に刑事司法が介入すことには極力謙抑的であるべきであり , また,本件のように,別居中の夫婦の間,子の監護について争いがある場合に,庭裁判所において争いを解決するのが本来の在り方であると考えるものであ,の点において,反対見と同様の考えを持っているしか,家庭判所の役割を重視する立場に立つからこそ,本件のよう行為について違法性はないとする反対意見には賛成ることができない。 家庭裁判所は,家庭内の様々な法的紛争を解決するために設けられた専門の裁判であり,ための人,物的施設を備,家事審判法はじめる諸手続も整備されているしたがって,庭内の法的紛争については,当事者間の話合いによる解決ができないときには,庭裁判所において解決することが期待ているのである。 ところが,本件事案のうに,居中の夫婦の一方が,相手方の監護の下にある子を相手の意に反して連れ去,自らの支配の下に置ことはたとえそれが子に対する親の情愛から出た行為であるとしても,庭内の法的紛争を家庭裁判所で解決するのではなく,行使して解決しようとするものであって,家庭裁判所の役割を無視,家庭裁判所による解決を困難にする行為であるといわざる得な近時,や夫婦関係の調整事件をめぐって子の親権や監護権を自らのものとしたとして,の引渡しを求める事例が増加しているが,本件のような行為が刑事法上許されとすると,子の監護につい,当事者間の円満な話合いや家庭裁判所の関与をない,実力を行使して子を自らの支配下に置くという風潮を助長しかねないおそがあるの福祉という観点から見ても,一方の親権者の下で平穏生活してる子を実力を行使して自らの支配下に置くことは子の生活環境を急激に変化させるものであって,これ,子の身体や精神与える悪影響を軽視 ことはできないというべきであ。 私は,家庭内の法的紛争の解決における家庭裁判所の役割を重視するという点では反対意見と同じ意見を持つ,ことの故,反対意見とは逆,件のよ,居中の夫婦が他方の監護の下にある子を強制的に連れ去り自分の事実的支配下に置くという略取罪の構成要件に該当するような行為については,たとえそれが 子の情愛から出た行為であるとしても,特段の事情のない限り,違法性を阻却することはないと考えるものである。 

裁判官滝井繁男の反対意見は,次のとおりであ。 

私も,親権者の1人が他の親権者の下で監護養育されている子に形力を行使して連れ出し,自分の事実的支配下に置くことは,未成年者略取罪の構要件に該当すると考るものであるしかしながら両親姻生活が円満を欠いて別居ていると,共同親権者間で子の養育をめぐって対立し,親権者の1人の下で養育されている子を他の親権者が連れ去り自分の事実的支配の下に置こうとすることは珍しいことではなく,が親子愛に起因するものであってその手方法が法秩序全体の精神からみて社会観念上是認されるべきものである限りは,社会相当行とし質的違法性を欠くとみるべきであって,親権者の1人が現実に監護していない我が子を自分の支配の下に置こうとすることに略取誘拐罪を適用して国が介入することは格別慎重でなければならないものと考える。 未成年者略取誘拐罪の保護法益は拐取された者の自由ないし安全と監護に当たっている者の保護監督権であると解されるところ私は前者がより本質的なものであ,前者を離れて後者のみが独自の意味をつ余地は限られたものであると解きであると考えるとりわ,本件のように行為が親権者によるものであるとき,に監護に当たっている者との関係では対等にその親権を行使し得るものであ,対立する権利の行使と見るべき側面もあるのであるから,が親権の行使として逸脱したものでない限り,取された者の自由等の法益の保護こそを中心にて考えるべきものであるこのような観点から本件を見るに,被告人,他の親権者である妻の下にいるCを自分の元に置こうとしたものであるが,そのような行動に出ることを現に必要とした特段の事情がなかったことは多数意見の指摘するとおりであるしかしなが,それは親の情愛の発露として出た行為であることも否定できないのであって,そのこと自体親権者の行為として格別非難されるべきものということはできない。 確か,告人の行動,生活環境についての判断択の能力が十分で2歳の幼児に対して,後の監護養育について確たる見通しがない状況下で行われたことも事実であるしかしながら,親子間におけるあ行為の社会的な許容性は子の福祉の視点からある程度長いレンジの中で評価すべきものであって,定の日の特定の行為だけを取り上げその態様を重視して刑事法が介入するとは慎重でなければならない。 従来,夫婦間における子の奪い合いというべき事件におい,しば人身保護法による引渡しの申立てがなされたが,当裁判所は引渡しの要件である拘束の「 顕著な違法性の判断に当たっては制限的な態度をとり,らかに子の福祉に反すると認められる場合を除きこ種紛争は家庭裁判所の手続の中で解決するとの立場をとってきたものであ(最高裁平成5()609号同年10月19日第小法廷判決民集47巻8号5099頁,同平成6年()65号同年4月26日第三小法廷判決集48巻3号992頁な)。 

私は平成5年()第609号同年10月19日第三小法廷判決におい,別居中の夫(幼児の父母)の間における監護権を巡る紛争は,本来,庭裁判所の専属的守備範囲に属,事審判の制度,家庭裁判所の人的的の機設備,このような問題の調審判のために存在するのであるとして,子の 親権をめぐる争において審判前の保全処分の活用を示唆た裁判官可部恒雄の補足意見に全面的に賛成し,子の監護をめぐる紛争は子の福祉を最優先,専ら家庭裁判所の手続での解決にゆだねるべきであって,他の機関の介入とりけ刑事法機関の介入は極力避けるべきものと考える。 

ような考えに立つ以上,被告人もまたこの種紛争の解決は家庭裁判所にゆるべきであったのであるから,一方の親権者の下で平穏に生活しいる子に対し親権を行使しようとする場合には,まず,庭裁判所における手続によるべきで,それによることく実力で自分の手元に置こうとすることは許されるべきこ とではないといえるものであるしかしながら,そのことから被告人が所定の手続をとることなく我が子を連れ出そうしたことが直ちに刑事法の介入すべき違法性をもつものと解すべきものでない。 

そのよう行為も親権の行使と見られるものである限り,一時的に見れば多少行き過ぎと見られる一面があるものであっても,それはその後の手続において子にする関係は修復される可能性もあるのであるから,その行為をどのよう価するかは子の福祉の観点から見家庭裁判所の判断にゆだねるべきであっての領域に刑事手続が踏み込むことは謙抑的でなければならないのである。 

確か,このような家庭裁判所の手続によることなく,他の親権者の下で生活している子連れ出すことは,護に当たってい親権者の監護権を侵害するものとみることができるしかしながら,行為が家庭裁判所の解決を不可能若しくは困難にした,それを誤らせるようなものであればともかく,る時期に公の手続によって形成されたわけでもない一方の親権者の監護状態の下にいることを過大に評価,それが侵されたことを理由に,子の福祉の視点を抜きにして直ちに刑事法が介入すべきではないと考える。 

むしろ,このような場,感情的に対立する子を奪われた側の親権者の告訴にり直ちに刑事法が介入することは,本件でも見られたように子を連れ出そうとし親権者の拘束に発展することになる結,他方の親権者は保全処分を得るなど本来の専門的機関であ家庭裁判所の手続を踏むことなく,事事件を通して対立する親権者を排除すことが可あると考えるようになって,そのような方法を選択する風潮を生む危険性を否定することができないそのようになれば,子に家庭裁判所による専門,学的知識に基づく適正な監護方法の選択の機会を失わせるという現在の司法制度が全く想定していない事態となり,かつまた子にとってその親の1人が刑事事件の対象となったとの事実が残ることもあいまって,長期的にみればその福祉には沿わないことともなりかねないのである(このような連れ出し行為が決珍しいことではないにもかかわらず,で刑事事件として立例がまれであったの,罪が親告罪であり,子を連れ去ら親権者の多くが告訴をしてまで事を荒立てないという配慮をしてきたからであるとも考えられ るが,これまで述べてきたような観点から刑事法が介入することがためらわれたとう側面も大きかったものと考えられる本件のようなありふれた連れ出し行為についてまで当罰的であると評価すること子を連れ去らた親権者が為者である他方親権を告訴しさえすれば,子の監護に関す紛争の実質的決着の,の福祉の観点から行われる家庭裁判所の手続ではな,そのような考慮を入れる余地の乏しい刑事司法手続に移し得ることを意味し,問題は大きいものといわなばならない)。 

以上の観点に立って本件を見るとき,被告人の行為は親権者の行為としてやや行き過ぎの観は免れないにしても,連れ出し被拐取者に対し格別乱暴な取扱いをし たというべきものではなく,庭裁判所における最終的解決を妨げるものではないのであるから,このような方法よる実力行使によって子をの監護下に置くことは子との関係で社会観念上非難されるべきものではないのであるのような考えから,私は被告人の本件連れ出しは社会的相当性の範囲内にあると認められ,違法性が阻却されると解すべきものであると考える(私は,多数意見の引用する当小法廷の決定においては,一方の親権者の下で保護されている子を他方の親権者が有形力を用いて連れ出した行為につき違法性が阻却されないとする法廷意見に賛成した,それは外国に連れ去る目的であった点において,家庭裁判所における決を困にするものであり,かつその方法も入院中の子の両足を引っ張って逆さにつり上げて連れ去ったという点において連れ出しの態様が子の安全にかかるものであったなど,本件とは全く事案を異にするもであったことを付言しておきたい)。 

以上によれば,件被告人の行為が違法性を阻却されないとした原判決は法律の釈を誤ものであり,その違法は判決に影を及すことは明らかであるから , これを破棄しなければ著しく正義に反するものといわなければならない。 

(裁判長裁判滝井繁男 裁判官 津野 裁判官 今井 裁判官 中川了滋 裁判田佑