東京弁護士会は2日、安倍晋三元首相の国葬に反対し、撤回を求める伊井和彦会長の声明を発表した。政府は今回の国葬を内閣府設置法に定める「国の儀式」と位置付けたが、「国の儀式に国葬が含まれる法的根拠はなく、政府が経費を国費から支出し国葬という儀式を行うことは認められない」と非難している。 声明は、安倍政権下で成立した集団的自衛権行使を容認する安全保障関連法について、全ての弁護士会が「違憲」とし、現在も廃止を求めていると指摘。「安倍内閣の政策を国に対する功績と評価して国葬を行うことは、立憲主義や憲法の基本理念を揺るがすものだ」としている。
東京弁護士会 会長 伊井 和彦
1 2022年7月8日、安倍晋三元内閣総理大臣(以下「安倍元首相」という)が、参議院選挙の街頭応援演説の最中に銃撃され死亡した。当会は、このような選挙の応援演説中の政治家に対する銃器等を用いた襲撃は、加害者の動機等に関わらずその行為自体が民主主義に対する重大な脅威であると判断し、これを糾弾し抗議する会長声明を本年7月11日に発した。
しかしながら、岸田内閣が、本年9月27日に安倍元首相の「国葬」を行うと決定したことについては、民主主義の観点からも、また国民の思想・信条の自由の観点からも、重大な懸念があり、これに反対するものである。
1人の政治家の死を葬儀の場で悼むことは、主義主張に関わりなく行われて然るべきであるが、安倍元首相の葬儀は既に親族において執り行われている。それにもかかわらず、政府が敢えてそれとは別に、閣議決定により「国葬」という儀式を執り行う意味が、問われるべきである。
2 そもそも「国葬」は、明治憲法下においては天皇の勅令である「国葬令」に基づき行われていたが、「国葬令」は憲法に不適合なものとして「日本国憲法施行の際現に効力を有する命令の規定の効力等に関する法律」第1条に基づき1947年の終了をもって失効しており、「国葬」を行うことについても、その経費を全額国費から支出することについても、現在は法的根拠がない。
1967年に吉田茂元首相の「国葬」が実施された際には、翌年の国会答弁で当時の大蔵大臣が「法的根拠はない」と答弁しており、1975年に佐藤榮作元首相が死亡した際に「国葬」の実施が検討されたときも、「法的根拠が明確でない」とする当時の内閣法制局の見解等によって見送られた経緯がある。
政府は、今回「国葬」を行う法的根拠について、内閣府設置法(1999年制定)第4条3項33号で内閣府の所掌事務とされている「国の儀式」として閣議決定をすれば実施可能との見解を示しているが、そもそも内閣府設置法は内閣府の行う所掌事務を定めたものにすぎず、その「国の儀式」に「国葬」が含まれるという法的根拠もない。
したがって、政府が経費を国費から支出して「国葬」という形の儀式を行うことは、法的根拠がない以上、認められない。
3 また、政府は、安倍元首相を「国葬」とする理由について、「歴代最長の期間、総理大臣の重責を担い、内政・外交で大きな実績を残した」などとしているが、政府が特定の政治家についてその業績を一方的に高く評価し、その評価を讃える儀式として「国葬」を国費によって行うことは、その政治家に対する政府の評価を国是として広く一般国民にも同調を求めるに等しい。その政治家への評価は、主権者たる国民の一人ひとりが自らの意思で判断すべきことである。
政府は、今回の安倍元首相の「国葬」においては、国民に対し弔意の表明や黙祷等は求めないとしているようであるが、戦後唯一の「国葬」となった1967年の吉田茂元首相の「国葬」の際には、「歌舞音曲を伴う行事は差し控える」「会社、その他一般でも……哀悼の意を表するよう期待する」との閣議決定がなされ、テレビ・ラジオでは娯楽番組の放送が中止され、全国各地でサイレンが鳴らされ、学校や職場で黙祷が事実上強要された事案も発生した。
今回も「国葬」が近くなれば、安倍元首相の「国葬」に対する忖度から、公的機関のみならず民間機関に対しても同様の有形無形の同調圧力がかかることは容易に予想され、弔意の表明の事実上の強制が行われかねない。現に、兵庫県や北海道の一部自治体の教育委員会が学校現場に「国葬」の際の半旗の掲揚を求めたという報道もあり、忖度と同調を求める動きは今後も拡がることが予想される。
このように「国葬」の実施は、国民に対して特定の個人に対する弔意を事実上強制する契機をはらむものであり、国民の思想・良心の自由(憲法第19条)との関係で好ましくない状況がもたらされかねない。
4 当会は、安倍元首相の在任中に行われた教育基本法改正、イラク特措法の延長、教育三法改正(以上第一次安倍内閣)、特定秘密保護法制定、労働者派遣法改正、集団的自衛権行使を容認する閣議決定、安全保障関連法の制定、共謀罪の制定、検察庁法の改正(以上第二次安倍内閣)等について、立憲主義及び憲法の基本理念に反するという立場から反対する旨の会長声明等を繰り返し発出してきた。特に集団的自衛権の容認と安全保障関連法の制定については、当会を含む全ての弁護士会が一致して明白に違憲として反対し、現在もその廃止を求めている。それにもかかわらず、これらの安倍内閣の各政策を国に対する功績と評価して安倍元首相の「国葬」を行うことは、立憲主義及び憲法の基本理念を揺るがすものであり是認できない。
また、安倍元首相が在任中及び退任後も声高に主張し、今後の国会における争点となり得る「憲法9条への自衛隊の明記」「緊急事態条項の設置」等の改憲や敵基地攻撃能力保持等の議論においても、「国葬」によって安倍元首相の意見を国是のように扱うことが起りかねない危惧もある。
5 当会は、安倍元首相の「国葬」にはこのような憲法理念上の問題点が多々あることから、これに反対し、政府に撤回を求めるものである。
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