弁護士懲戒請求の実務と研究 日弁連調査室編 ⑬ 弁護士会による請求
2020年3月12日 東京弁護士会は弁護士法人ベリーベスト法律事務所と法人代表者に対し業務停止6月の処分を下しました。ベリーベスト社は同日自社のHPで「本件は東京弁護士会自らが懲戒請求した事案です」とコメントしました。
弁護士に非行の疑いがあれば懲戒請求を申し立てることができます。
弁護士法第58条第1項「何人も」当時者である必要はなく弁護士の非行を知った人であれば所属弁護士会に処分を求めることができます。
そしてもうひとつが「弁護士会による請求」です。
第2章 弁護士会の懲戒請求 6 弁護士会による「請求」
弁護士会は「所属の弁護士又は弁護士法人について、懲戒の事由があると思料するとき」は綱紀委員会にその調査をさせなければならない(法58条2項)。弁護士会がその所属会員に対する懲戒権を自ら発動する場合を定めたのがこの規定である。法58条1項の懲戒請求が、弁護士会による懲戒権の適切な発動と公正な運用を外部から担保する規定であるのに対し、右の規定は懲戒権の適切な発動のための調査をいわば内部的に義務づけたものである。 なお、手続を便宜上《会請求》とよぶことがあるが、この手続は通常の「懲戒請求」とは異なる。「会請求」の事案について、綱紀委員会が懲戒不相当との議決をした場合でもあっても弁護士会は異議の申出はできない。(法64条第1項は法58条2項を受けていない)また「会請求」であっても、一旦綱紀委員会に係属した事件については、取下げにより弁護士会が勝手にこれを終了させることはできない。一旦綱紀委員会に係属した事件については綱紀委員会にその判断を委ねるべきだからである。
1)弁護士会による請求の判断権者
綱紀委員会に調査を命じるのは、もちろん弁護士会の執行機関としての会長であるが、「懲戒の事由があると思料するとき」に調査を命じることが義務づけられているわけであるから、懲戒事由があるか否かを誰が判断するかが問題となる。
この判断機関として考えられるの次の三つであろう。
第一に会の執行機関としての会長 
第二に会の議決機関としての総会、又は常議員会 
第三に弁護士法上会員の「綱紀保持に関する事項をつかさどる」とされる綱紀委員会。
この点について、会員の「懲戒に関する事項」を常議員会の所管事項として明示している会則をもつ弁護士会はかなり多い。このような弁護士会において常議員会が懲戒事由があるか否かについて判断できることは明白である。
問題はそのような会則がない場合であり以下この点を検討する。
まず第一についてみれば、執行機関は重要な会務について総会又は常議員会の決定に基づいて執行するほか、日常の会務の範囲内では、自ら意思決定をする権限を有する。懲戒事由があるか否かの判断は、所属会員の権利若しくは身分に重大な影響を与える事項であり、また懲戒権の行使が弁護士会の重要な権能である以上、懲戒権の発動のため綱紀委員会に調査を命じることを日常の会務とみることに疑問は残るが、他方で会請求自体は懲戒権の行使そのものでなく、その発動のための端緒に過ぎないことを考えると、執行機関である会長が判断することをもって、違法とまではいえないだろう。第二東京弁護士会や大阪弁護士会では、慎重な判断をするため会長の命令を受けた嘱託が調査を行う旨の規定を設けている。 
第二については、会員の「懲戒に関する事項」を常議員会の所管事項として明示していない会であっても、議決機関である常議員会が判断することに問題はないと解される。ただ同じく議決機関である総会が判断することについては、当該弁護士会の所属会員全員が出席しうる総会において当該弁護士に懲戒の事由があると思料されるかどうかを論じることは、対象弁護士をその他事案の関係者のプライバシーを保護するためには、常議員会あるいは総会に小委員会を設けて検討させる等の方法が考えられる。なお総会に綱紀委員会や懲戒委員会の委員が出席している場合には(常議員と綱紀委員会の委員の兼任については本章二3参照)当該事案の審査及び議決には加われないと解すべきであろう。
第三の考えは法70条2項の規定等を根拠とするもので、綱紀委員会が職権立件できるという議論につながってくる。しかし法70条2項にいう「綱紀保持に関する事項」は特定会員の具体的懲戒事件についての権限というより会員一般の綱紀保持に関する後述のような権限を意味していると解するのが妥当であるし、法58条2項の規定よりも、弁護士会の綱紀委員会に調査を命じるか否かの判断を、当該綱紀委員会自身が下すことができるというのは不合理であろう。
(2)懲戒事由の存否の判断
次に問題となるのは「懲戒の事由があると思料するとき」の具体的内容である。常議員会等の会請求の判断機関が「懲戒の事由があると思料するとき」とは、それらの機関が一定の資料に基づき、ある会員について懲戒事由に該当する事実が存在すると認定する場合を指すと解される。
このように考えると、まず「懲戒の事由があると思料するとき」の具体的内容を考える上で、会請求の判断機関が懲戒事由に該当する事実が存在すると認定する場合に要求される心証の程度をどのように解するかが問題となる。
法の定める懲戒手続の構造から考えると、慎重な手続により懲戒処分をするかどうか最終的・実質的に決定する独立機関である懲戒委員会が懲戒請求事実の存在を認定する場合に要求される心証の程度よりも、会請求の段階においてその判断機関が懲戒事由に該当する事実を認定する場合に要求される心証の程度が低いのは当然である。
また会請求における懲戒事由に該当する事実の認定要求される心証の程度と綱紀委員会が懲戒請求事実の存在を認定する場合に要求される心証の程度を比較した場合、綱紀委員会の方が、会請求をするかどうかを判断する時点よりも多くの資料に基づき、ある程度の時間をかけて判断することができると解されるし、綱紀委員会は法に基づく調査権限も有している(法70条の7)ので一般には綱紀委員会における判断の際に要求される心証の程度の方が高いと解するのが相当であろう。
したがって少なくとも会請求の時点で判断機関の手元にある資料に照らせば最終的に懲戒処分がなされることについて確実な心証が得られなくとも、相当の見込みがあれば足りるのであり、そのような意味において懲戒請求事実の存在について蓋然的な心証があれば足りると解される。
次に、綱紀委員会又は懲戒委員会のいわゆる請求外事案に関する通知や紛議調停委員会、非弁護士活動取締委員会、あるいは弁護士業務に関する市民窓口等から懲戒事由に該当する事実の報告があった場合の対応が問題となるが、これらの委員会からの報告があれば、原則として直ちに会請求をするという取扱いはできない。
会請求するかの判断はあくまでも常議員会等の判断機関の専権に属することであり、前記の委員会等からの通知あるいは報告があっても、会請求するかどうかについては会請求の判断機関による独自の判断が必要だからである。
また委員会等からの通知あるいは報告があれば直ちに会請求をするという取扱いがなされるならば、委員会等が自らの行う通知、あるいは報告が会請求に直結することを心配して、通知あるいは報告をすることについて慎重になり過ぎることが予想されるが、そのような結果は本来、各委員会等に期待されている役割を損ねることになりかねない。右に述べた点と関連して、逮捕、勾留、起訴等に関する捜査当局から連絡ないし発表があった場合の対応をどのようにすべきかという問題がある。
この点について、その実際上の機能や社会的影響を顧慮すると、原則としてその内容に一応の信を置いて、会請求の必要性を判断して良いとの見解があるが相当ではない。
このような事案については、弁護士会が従来から独自に調査をしていた場合か、捜査機関が捜査資料を弁護士会に開示するような場合を除き、一般に弁護士会が捜査当局からの連絡ないし発表にかかる事実を直ちに確認することは困難であると考えられるため、前述した弁護士会の委員会等からの通知あるいは報告を受けた場合よりも更に慎重に対処すべきである。
確かに、社会的に重大な関心を呼んでいる弁護士の非行について逮捕等の事実がありながら弁護士会としてこれに対処しない場合は、弁護士あるいは弁護士会に対する国民の信頼を大きく損ねるおそれがあるが、国民の基本的人権を擁護すべき使命を負った弁護士によって構成される弁護士会が、弁護士に対する捜査が社会的に重大な関心を呼んでいるとの理由のみによって捜査機関の対応に追従するような対応を取るのは本末転倒であり、この場合にも常議員会等の判断機関において十分検討したうえで、迅速に会請求するかどうかを決定すべきであろう
(3)調査の可否
会請求の判断機関の手元にある一定の資料から、ある会員について懲戒事由があると疑われるものの、懲戒事由に該当する事実が存在するとの確信が持てない場合や対象弁護士の反論等を予想すると、その資料だけで会請求を可とする判断を下すことに躊躇を覚える場合、会請求の判断機関が独自に事実関係について一定の調査をすることができるかどうかが問題となる。
懲戒手続は弁護士会の独立委員会である綱紀委員会あるいは懲戒委員会の判断に基づいて行うことが厳格に規定されており、これらの委員会独立性が侵害された場合には懲戒手続自体が瑕疵を帯びる場合もありうるので、会請求に際しての調査は綱紀委員会の権能を侵すようなものであってはならず、あくまで会請求の要否の判断に必要な限度にとどまるべきであると解されるが、この場合の調査の範囲や方法については何の基準も示されていない。この点について従前は、懲戒事由の存否を明らかにする目的で判断機関の手元にない新規の資料を積極的に収集することは、まさに綱紀委員会の調査を先取りするものとなるおそれがあるため、原則として相当でない(同旨、平成8年7月2日付日弁連事務総長回答)と解されており本書旧版も同様の見解を採っていた。
しかし前記事務総長回答は、懲戒手続に付された場合における登録換え等の制限についてかつての限定説(懲戒委員会の手続に付されるまでは登録換え等の制限を受けないという見解)そして既に述べたとおり、平成15年改正法のもとでは、綱紀委員会に事案の調査が求められると、対象弁護士等には法62条に規定する登録換え等の制限に重大な不利益が生じることが文言上も明らかとされている。したがって、前記回答は現時点において直ちに妥当するものといえない。また仮に新規資料の積極的収集が許されないことにより、会請求に必要とされる懲戒請求事実の存在についての蓋然的な心証が得られず、会請求を断念せざるえをえないという状況が生じれば、法が会請求を認める趣旨を忘却しかねない。このようなことから、平成15年改正法の下においては新規の資料を積極的に収集することも、会請求の要否の判断に必要な判断に必要な限度において許容されるものと解する。 
もっとも会規等により対象弁護士等に調査協力を義務つけることができるか(会則72条綱紀委員会既定33条3項参照)についてはなお議論の余地がある。この点調査協力を義務付けても綱紀委員会の判断に介入するものでない以上、綱紀委員会の権能を侵害するものではないとして、肯定する見解もありうる、しかし法58条第1項は、何人にも弁護士の懲戒を請求することを認めているので、たとえ会請求の判断機関により広範な調査権を認めたとしても、実際に判断機関が当該会員から弁解を聞くことを含めて相当詳細な調査をなし、その結果懲戒請求をしないでいたところ、その後、一般からの懲戒請求がなされた場合には、当該懲戒手続は開始されることになり、それまでの調査はある意味無駄になるばかりか、対象弁護士に二重の負担を強いることになってしまう。そのような場合、弁護士会の当初の調査でもはや懲戒処分がなされることはないと信頼した当該会員が弁解のための資料を破棄してしまいその後の弁解が困難となるなど、当該会員に対し不測の事態を惹起することにもなりかねない、また法58条2項は懲戒の事由があると思料されるときに「綱紀委員会に事案の調査をさせなければならない」と規定しているのであって、対象弁護士に調査協力義務を課す調査は綱紀委員会において行うことが予定されている(法70条7参照)というべきであって、許されないと解するのが相当であろう。
なお、弁護士の業務広告に関する規程12条1項、多重債務処理事件にかかる非弁提携行為の防止に関する規程5条及び6畳は違反行為についての調査及び調査協力義務について規定しているが、これらはしずれも懲戒請求を目的とするものではないから許容されるものである。