弁護士法58条の解説 【条解弁護士法】 日本弁護士連合会調査室編
懲戒の請求、調査及び審査

第58条 何人とも、弁護士又は弁護士法人について懲戒の事由があると思料するときは、その理由を添えて、その弁護士又は弁護士法人の所属弁護士会にこれを懲戒することを求めることができる。

懲戒請求の性質

弁護士及び弁護士法人は、その職務の公共的性格に基づき、職務執行の誠実性(法1条2項・30条の2第2項)と品位の保持(法2条)が強く要求されており、その制度的保障として懲戒制度が設けられ、現行法上、その制度の運営は、弁護士会の自治に委ねられている、懲戒権の行使は公の権能と解されるから、懲戒権が適切に発動され、公正に運用されることが強く要請される。その運用の公正を担保するため、もっぱら公益的見地から広く何人にも懲戒請求することが認められている。従って、懲戒請求は請求者の個人的な利益や満足のために設けられたものではなく弁護士会の懲戒権の発動を促す申立にすぎない。また、懲戒請求はこれを取り下げることもできるが、取り下げがあっても一旦開始した懲戒手続を終了させる効果をもたない。

懲戒請求者

懲戒請求者の資格

懲戒請求は「何人も」することができる。自然人であると法人であるとを問わない。利害関係人以外の者でも差し支えない。自然人には、弁護士以外の一般人はもとより弁護士も含まれ法人には弁護士法人も含まれる。外国人も請求できる。

未成年者その他の制限行為能力者も懲戒請求者たり得るが、実際の懲戒請求手続を自ら単独でなし得るかは問題である。訴訟行為をするには、未成年者と成年被後見人の場合、法定代理人によることを要し(民訴法31条)被保佐人の場合には保佐人の同意が必要であり(民法13条1項4号)、他方、刑事上の告訴・告発をするためには、その意味を理解する能力があればよいとされる、思うに、懲戒請求は弁護士会の懲戒権の発動を促しその適切な行使を担保するための公共的制度であり、懲戒請求者自身の救済制度ではないことを考えると、告訴・告発に準じ、請求者に懲戒の意味を理解する能力があれば足りると解される従って、そのような能力があれば、単独でなし得ると解すべきである。

法人はもちろん、法人格なき社団・財団も懲戒請求者となれる。法人が解散した場合でも、清算の目的で存続する限り懲戒請求者となれる。

国又は地方公共団体が懲戒請求できることは明らかであるが、国または地方公共団体の機関たる行政官庁は、法律上に根拠規定がない以上、懲戒請求者にはなれないものと解される、

但し、行政官庁を構成する自然人が、自然人として懲戒請求することは差し支えない。

なお「〇〇地方裁判所甲」との名義で懲戒請求がなされた事案において、甲及びその後任の所長が、弁護士会綱紀委員会からの照会に対して司法行政事務としてしたものではなく甲が個人としてしたものであると回答したことから、甲が個人として懲戒請求したものと認めるのが相当であるとした裁判例がある(東京高判昭和63・2・25判時1272号74頁)

弁護士懲戒請求手続の研究と実務 平成23年1月31日 通称赤本  

行政庁は懲戒請求者となりえないとみるべきである。

「請求人 ○〇地方裁判所所長 甲」という懲戒請求がなされたときに、これを自然人甲としての懲戒請求とみるか地方裁判所の総括者としての懲戒請求とみるか見解が異なりうる。地方裁判所所長は儀礼的交際について裁判所を代表することが慣例上認められていること以外には、司法行政事務の総括者としての地位があるだけであり、しかも懲戒請求が司法行政事務の範囲に含まれるとはいいがたいことを考慮すれば、右のような懲戒請求は自然人甲としての懲戒請求と解するのが妥当と思われる(動止東京高裁判昭和63年2月15日判時1272号64頁、地方検察庁次席検事名での懲戒請求につき平成元年10月16日付け日弁連事務総長回答)

所属弁護士会以外の弁護士会についても、懲戒請求者たり得ないとする理由はない、もっとも、日弁連は、本条に基づいて所属弁護士会に対し懲戒請求することはできないものと解される。日弁連は法60条によって自ら懲戒請求する権限を有しているから、本条の請求を認める必要がないばかりか、仮に日弁連が懲戒請求者たり得るとすると、弁護士会が懲戒しなかった場合等に、異議の申出ができるととなり、この異議の判断を日弁連が行うことと矛盾するからである。但し、日弁連が懲戒事案を探知したときは、所属弁護士会の第1次懲戒権を尊重してこれを所属弁護士会に通知し、所属弁護士会が本条2項により処理する運用が妥当な場合もあろう。

所属弁護士会の綱紀委員会も本条第1項の請求ができると解する説があるが綱紀委員会にはいわゆる職権立件の権限が認められていないと解されること、及び綱紀委員会は弁護士会内部の委員会であることからみて、綱紀委員会が懲戒請求することは認められないと解される。

懲戒請求者の地位

懲戒手続は、あくまで弁護士(又は弁護士法人)と弁護士会(又は日弁連)との間の関係であるから、懲戒請求者は当事者とはならず、懲戒手続に能動的に関与することは弁護士法上認められていない。ただ、関係者として陳述、説明又は資料の提出を求められることがある、(法67条3項・70条の7)。また懲戒請求者は法64条及び64条の3に定められるところにより、日弁連に対し、異議の申出や綱紀審査の申出をすることができる。

懲戒請求は、懲戒権の適正な行使を担保するために何人にも認められたものであり、上記のとおり懲戒請求者は当事者でないので、懲戒請求者たる地位の承継は認めていないと解される。ただ、このように解すると異議の申出との関係に於いて、例えば懲戒請求者が死亡した場合等は異議の申出をなし得る者が不存在となるが、懲戒請求が懲戒権発動の端緒に過ぎず、被害救済のための制度ではないことからすれば、異議申出人たる者が存在しないことになってもやむを得ないものと考えられる。

>現行法上、その制度の運営は、弁護士会の自治に委ねられている。

実際の懲戒の事務等は、単位弁護士会に委ねられている。懲戒書の部数、綱紀委員の人数、任期、は各弁護士会によって異なる。ただし制度の運営も法58条に則ったものではならない。懲戒請求者を委縮させたり、懲戒請求を出しにくくする制度は行うべきではない。「条解弁護士法」の前の「弁護士懲戒手続の実務と研究」にもはっきりと記述されている。

《弁護士懲戒手続の実務と研究》日弁連調査室
【懲戒請求の方式】

弁護士法上、懲戒請求の方式に関する規定としては58条が存在するだけである。

法58条第1項には「その事由の説明を添えて、その弁護士又は弁護士法人の所属弁護士会にこれを懲戒せることを求めることができる」とあるだけで他に格別方式を定めていない。したがって法上は書面に限らず口頭で請求してもよいことになるが、いずれの場合も誰がどのような事実によりどの弁護士を懲戒することを求めるのかが明らかになっていなければならない。すなわち請求にあたっては懲戒請求者の特定、対象弁護士の特定及び懲戒事由に該当する事実の特定が必要となり、これらが特定されない請求は不適法である。

法に懲戒請求の方式に関する規定がない以上、具体的方式は、法33条に基づき各弁護士会が会則等にこれを定めることとなるが、懲戒請求を実質的に制限するような規定は許されない。書面で請求することを要する旨の規定を置く弁護士会もあり、このような規定のない弁護士会においても運用としてはほとんど書面で請求させているようである。しかし右の規定や運用が書面での請求でない限り懲戒請求として受け付けないという趣旨であるならば懲戒請求を実質的に制限することにもなりかねないので問題であろう。この点については口頭による告訴、告発を受けたときは調書を作らなければならないと定める刑事訴訟法241条の規定が参考になる。

また、匿名による請求が適法かどうかについては議論の余地があるが、少なくとも懲戒請求を受け付ける弁護士会に対しても名前を全く明らかにしないことは懲戒請求者の特定を欠くことになり不適法であると解される。ただし請求の内容によっては、弁護士会が法58条2項に基づき綱紀委員会に調査を請求することについて、弁護士会懲戒権発動を促す申立てとして取り扱うのが相当な場合もあろう。  

以上引用《弁護士懲戒手続の実務と研究》日弁連調査室編