弁護士に非行の疑いがあれば所属弁護士会に懲戒請求の申立てができます。所属弁護士会で棄却(処分しない)場合は日弁連綱紀委員会に異議申立ができます。異議が棄却された時、綱紀審査会へ審査を求めることができます。1年間に1件か2件、審査相当と議決され、この後に被調査人の所属弁護士会に付されます。2023年9月号に1件審査相当事案が掲載されました。処分にならないと結果はわかりませんが1年はかかると思われます
2 審査相当事案について
(1) 事案の概要
対象弁護士が、介護施設に入所していた綱紀審査申出人(以下「申出人」という。)の母が発熱後に搬送された病院から転院した病院で死亡した事故につき、 損害賠償請求に関連する業務に速やかに着手しなかったことが、 弁護士としての品位を失うべき非行に当たるとされた事例。
(2) 綱紀審査会の議決の理由の要旨
1事実
ア 平成29年12月29日、 介護施設に入所していた申出人の母が発熱後に搬送された病院から転院した 病院で死亡した。
イ 平成30年1月下旬頃、 申出人は、対象弁護士に対し、刑事告訴の結果が出る前に民事訴訟を提起しても判例どおりの賠償を得られるのか否かが不明なため、有利な時期に民事訴訟を提起したいと 思っている旨を記載したメールを送信し、対象弁護士は、 「了解いたしました」と返信した。
ウ 平成30年2月19日、 申出人は、 対象弁護士との間で、申出人の母が死亡したことについて、介護 施設の看護師らを被告訴人とする刑事告訴事件 (以下「刑事告訴」という。)及び介護施設を経営す る会社らに対する損害賠償請求事件(以下「損害賠償請求」という。)を受任事件とする委任契約 (以下「本件委任契約」という。) を締結した。 着手金は合計54万円 (税込) で、 実費として6万円を予納 金とする内容であった。
本件委任契約における受任範囲は、示談折衝、 書類作成、訴訟 (第一審)、 その他 (刑事告訴) とされており、 刑事告訴と損害賠償請求の先後関係や着手順序について特段の合意は記載されていない。
エ 平成30年4月17日、対象弁護士は、申出人も同行して、 A警察署のB氏、C氏及びD氏と面談した。 対象弁護士が作成した面談メモには次のことが記載されている。
【結論】 施設側の過失は認められない。
⇒警察相談案件
⇒業務上過失傷害罪の成立を検討した結果、施設側の過失は認められず。
A警察署側の認識
申出人からの 「警察相談」 という認識で調査 刑事告訴等はA警察署で受け付ける。 担当の検察官と相談しながら進める。
オ その後、対象弁護士と申出人は協議して告訴状を完成させ、 対象弁護士は、 A警察署に告訴状を提出したが、 A警察署は告訴状の写しを取り、告訴状を対象弁護士に返送し、その後の平成30年10 月3日、対象弁護士はE地方検察庁に告訴状を提出した。
カ 平成30年10月24日、 申出人は、対象弁護士に対し、弁護士会照会の回答の有無を尋ねるとともに、「何も前進する事の無い現状を鑑みますと、事後の行動予定を教えて頂きたく、宜しくお願い致します。」 との内容を含むメールを送信した。
キ 平成30年10月25日、 対象弁護士は、申出人に対し、弁護士会照会に対する回答が来ていないと回答するとともに、 「平行して民事訴訟の提起についても準備を始めたいと考えております」との内容を含むメールを送信した。
ク E地方検察庁は、平成30年10月31日、 「事案の性質や既にA警察署に相談済みであることに鑑み、引き続き同署に相談することが相当であると思われます。」 として、告訴状を対象弁護士に返戻した。 ケ平成30年11月5日、 対象弁護士は申出人に対し、 E地方検察庁から告訴状が返戻されたことを 報告するとともに、「いずれにしましてもやれるべきことは、 おこなっていく必要があり弁護士会を通じたF病院宛の照会手続(これについては、現在照会手続中であり回答はまだきておりません。) をすすめながら、民事での賠償請求も平行しておこなっていく必要があると考えております。」 と の内容を含むメールを送信した。
コ 同日、 申出人は、 対象弁護士に対し、「初動の失敗が、 悪い方向に転がっている感が否めません。 G医師から、 満足いく回答がなければ、 次の策はどうなるのでしょうか? 契約上の刑事告訴は不可 能なのか、それとも、地検・警察本部等へ催促するのか等、 計画をお教え願います。」 との内容を 含むメールを送信した。
平成31年2月6日以降、 対象弁護士は、1か月に約1回の頻度で告訴受理状況を確認して申出人に報 告し、 また、 C氏に告訴事実に関する参考文献を送付した。
サ令和元年8月25日、 申出人は、 対象弁護士に対し、 刑事告訴の進捗が遅延している間に民事訴訟 の時効も既に1年を切り、 何一つ対応不可のまま時間が経過している感じである旨を記載したメー ルを送信した。 また、 申出人は、対象弁護士に対し、告訴状が受理されるための参考文献の内容を 記載したメールを送信した。
シ 令和元年9月3日、 対象弁護士は、申出人に対し、同月2日にC氏と連絡が取れ、状況を確認した が、8月はお盆休みの関係もあり検察官とは特にやり取りはなく、 来週、 検察官に今後の進行につ いて確認の連絡を取るとのことであった旨を記載したメールを送信した。
ス 令和元年9月9日、対象弁護士は、申出人に対し、民事訴訟の提起については、改めて御相談させ ていただければと思う旨を記載したメールを送信した。
セ 令和元年9月11日、申出人は、対象弁護士に対し、対象弁護士が刑事告訴・送検は実施すると断 言したので本件委任契約を締結した経緯がある旨を記載したメールを送信した。
ソ令和元年9月30日、 対象弁護士は、申出人に対し、告訴の進捗については警察、 検察に委ねるほ かないと考えている旨を記載したメールを送信した。
タ令和元年11月23日、 申出人は、 対象弁護士に対し、対象弁護士からの業務報告・進捗状況報告等 がないまま、更に2~3か月が経過した旨を記載したメールを送信し、本件委任契約を解除した。
チ令和3年2月2日、 対象弁護士は、 申出人に対し、受領した金員のうち30万円を返金した。
2 判断
ア 申出人は、介護施設側の過失によって申出人の母が亡くなったと考えて対象弁護士に刑事告訴と 損害賠償請求を委任したこと、 警察相談において過失が否定される意見が示されたこと、 A警察署 及びE地方検察庁から告訴状が返戻されたこと及び、 申出人が、 告訴が受理されない状態に鑑み、 今後の行動予定を教えてほしい旨のメールを送信し、これに対し、 対象弁護士が刑事告訴と平行し て民事訴訟の提起についても準備を始めたいと考えている旨を記載したメールを送信したことから すれば、 対象弁護士は、 当該メールを送信した時点において、 申出人が損害賠償請求を進めること を希望していたことを推測していたと認められる。
弁護士は、委任の趣旨に関する依頼者の意思を尊重して職務を行うことが期待されているのであるから(弁護士職務基本規程第22条第1項、第82条第2項)、 対象弁護士は、遅くとも平成30年11月5日時点において、申出人の意思にかなう方向、すなわち損害賠償請求を進める方向で行動するこ とが期待されたというべきであり、 同日以降はA警察署の担当者への進捗確認をすることと並行し て、損害賠償請求を進めるべきであった。
イ 対象弁護士が損害賠償請求に関連する業務に着手すべきと考えられる平成30年11月5日から本件 委任契約が解除される令和元年11月23日までに1年以上の時間が経過したのであるから、対象弁護 士は、受任した業務に速やかに着手しなかったものと認められる。
したがって、 対象弁護士が、 損害賠償請求に関連する業務に速やかに着手しなかったことは、 弁護士職務基本規程第35条に違反するものである。
ウ 対象弁護士の行為は、弁護士法第56条第1項に定める弁護士としての品位を失うべき非行に当た るものと認められる。
(3)綱紀審査会の議決の年月日 2023年4月11日