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司法書士会の会報「月報司法書士」に公表された司法書士の懲戒処分の要旨、
毎月何件かの処分が掲載されていますが、多くは不動産の登記の立合いや本人確認の不備があるとの処分内容です。ただし成年後見人に就任した司法書士の処分は弁護士同様、問題のある処分もかなりあります。今回の処分は司法書士ならではの登記まで不正に行ったという内容です、弁護士の横領は毎年何件もありますが、単純な横領で不動産の登記に関与することは先ずありません。
日司連懲戒処分の公表及び開示に関する規則に基づき、懲戒処分事例について次のとおり公表する。
懲 戒 処 分 書
事務所 大阪府大東市北条一丁目10番18号 司法書士 田村 英男
上記の者に対し、次のとおり処分する。
主 文
令和5年5月25日から2年の業務の停止に処する。
理 由
第1 事案の概要
本件は、成年被後見人A(平成27年○月○日死亡。以下「被相続人」という。)の成年後見人であった司法書士田村英男(以下「被処分者」という。)が、
1 被相続人が死亡して成年後見人としての資格を喪失したにもかかわらず、 被相続人の定期 預金を解約するとともに、 国債を換金した上、それによって得られた金員を被処分者名義の口座に入金して管理した、
2 被相続人が相続財産の大半をB (以下「申出人B」という。)及びC (以下「申出人C」といい、 申出人Bと併せて「申出人ら」という。)に遺贈する旨の公正証書遺言 (以下「本件公正証書遺言」 という。)がある事実を認識していたにもかかわらず、被相続人の相続人であるD、E及びF(F、 D、Eと併せて「相続人ら」という。)に対し、本件公正証書遺言の存在を説明せずに、転売による利益を得る目的で、被処分者が取締役、被処分者の妻が代表取締役を務める有限会社甲に 被相続人の相続財産のうち○県○市○町○丁目○番○の土地 (以下「aの土地」という。)、 同町○丁目○番○の土地(以下「bの土地」という。)、 同町○丁目○番地○、○番地の○所 在の家屋番号○番○の建物(以下「本件建物」という。)及び○県○市○丁目○番○の土地 の共有持分3分の1(以下「c の土地」 といい、 a の土地、b の土地及び本件建物と併せて 「本件各不動産」という。)を売却させ、その所有権移転登記手続を代理申請して報酬を得た、 3 相続人らと相続事務委託契約を締結し、本来は申出人らに遺贈されるべき被相続人の相続財産から、 残置物の処理費用、 庭木の処分費用、建物取壊し費用、 雑木の伐採費用、 防草シー ト施工費用、地耐力検査費用、地盤改良のための杭打ち費用等を支出した、 などとして、 申出人らから大阪司法書士会に対して調査の申出があり、大阪司法書士会から大阪法務局に対して司法書士法第60条に基づく報告がされた事案である
第2 認定事実
以下の事実が、大阪司法書士会の調査報告書及び大阪法務局における調査結果その他の一件記 録から認められる。
1 被処分者は、 平成3年11月26日、 司法書士となる資格を取得し、平成5年9月22日付け登 録番号大阪第○号をもって司法書士の登録を受け、同日、 大阪司法書士会に入会し、司法書士の業務に従事している者であり、 成年後見人として公正を保ち得ない事件を行ったとして、 令和2年1月9日に大阪法務局長から戒告の懲戒処分を受けている
2 被処分者は、平成27年3月○日付けで、被相続人の成年後見人として選任され、同月○日、同選任の審判が確定した。
被相続人は、その当時、本件各不動産を所有し、現金及び預貯金として1,753万7,133円を有していた。
また、被相続人は、平成23年12月○日、○公証役場において、乙銀行を遺言執行者に指定 し、本件各不動産を含む遺産の大半を申出人らに遺贈する旨の本件公正証書遺言を作成していた(以下、この遺言に係る公正証書を 「本件遺言公正証書」という。)
3被処分者は、平成27年10月〇日、被相続人の法定相続人である相続人らに対し、Cの土地を売却するために、被相続人と共に登記名義人となっている亡G及び亡Hの相続登記を行う必要があり、 同月○日から同月○日までの間に、 測量調査と売却手続を行う予定であること を連絡した。
4 被相続人は、同年11月〇日に死亡した。相続人は、相続人らである
被処分者は、同日、被相続人が死亡したことを知った。
これにより、 被処分者による被相 続人の後見業務は終了した。
5 被処分者は、既に被相続人の成年後見人としての地位を失っていたにもかかわらず、 同年11月○日、被相続人の成年後見人と称して、被相続人の定期預金を解約し、同年12月○日、 被相続人の国債を換金した。
そして、被処分者は、この定期預金を解約し、国債を換金したことによって得られた金員を、自己の金銭と明確に区分し得る方法で保管しなければならな いにもかかわらず、これを怠り、被処分者名義の預金口座に入金して管理した。
6 被処分者は、本件各不動産の売却先探しや売買契約締結のための準備を積極的に行ってい たところ、同月○日、Dを訪問し、Dを含む相続人らから有限会社甲に対してaの土地、b の土地及びcの土地を売却する旨の売買契約(以下「本件売買契約」という。)を締結する こととし、被処分者が、Dから上記各土地の売却手続に関する事務を受託した。
7 被処分者は、同月○日、上記6の後に、被処分者以外の被相続人の成年後見人であったI から、本件遺言公正証書の存在を知らされた。 その際、被処分者は、本件遺言公正証書には、 Dに預貯金を適宜解約換金した上で50万円を相続させ、Eに預貯金を適宜解約換金した上で 50万円を相続させ、Fに預貯金を適宜解約換金した上で50万円を相続させ、Bに預貯金を適宜解約の上で150万円と葬儀費用、未払租税公課等の債務、遺言執行者の報酬、遺言の執行に要する費用を控除後の残余の2分の1を遺贈し、Cに本件各不動産を含む残余財産の全てを包括的に遺贈させる旨の内容が記載されていることを認識した。
8 被処分者は、自らが関与してきた本件売買契約の内容が、本件遺言公正証書に記載された、本件各不動産をCに遺贈する旨の内容と相容れないものであることを認識しながら、同月○ 日、E及びFと有限会社甲の間で、本件売買契約を締結することとし、 被処分者が、E及び Fから、上記売却手続に関する事務を受託した。 この際、被処分者は、E及びFに対し、本件遺言公正証書の存在及び内容を説明しなかった。
同様に、被処分者は、既に本件売買契約を締結していたDに対しても、本件遺言公正証書の存在及び内容を説明しなかった。
9 被処分者は、平成28年1月〇日、○法務局○支局に対し a の土地、 b の土地及び本件建物について、相続を原因とする所有権移転登記及び売買を原因とする共有者全員持分全部移転登記(登記権利者は有限会社甲、登記義務者は相続人ら)の申請をした。
被処分者は、○法務局に対し、同月○日、cの土地について、相続を原因とするH持分全 部移転登記及びG持分全部移転登記の申請をし、同年6月○日、cの土地について、相続を原因とする被相続人持分全部移転登記及び売買を原因とする共有者全員持分全部移転登記 (登記権利者は有限会社甲、登記義務者は相続人ら)の申請をした。
被処分者は、本件各不動産に係る上記登記申請により、相続人らから、報酬として125万4,000 円を受け取った。被処分者によるこれらの登記申請の内容は、本件遺言公正証書の内容と相容れず、申出人ら及び相続人らに損害を与える可能性があったにもかかわらず、被処分者は、申出人ら及び相続人らに対して必要な説明を行うことなく、被処分者の判断で本件各不動産の売却を主導し、登記の代理申請まで行い、 本来取得することができないはずの報酬を得たものであった。
10 被処分者は、既に被相続人の成年後見人としての地位を失い、被相続人の相続財産の処分 権限を有しないにもかかわらず、 同年2月○日から同年6月○日までの間、被相続人の相続財産から、 残置物の処理費用、庭木の処分費用、雑木の伐採費用、本件建物の取壊し費用及 び防草シート施工費用として合計276万9,820円を支出した。
被処分者は、同様に、同年9月○日、有限会社甲が負担すべき費用であるにもかかわらず、土地耐力検査費用として2万5,000円、同月〇日、地盤改良のための杭打ち費用として71万3,680円 を被相続人の相続財産から支出した。
第3
処分の量定
前記第2の認定事実を前提に判断すると、 被処分者の前記第2の5の行為は、 司法書士法第2条(職責)、同法第23条(会則の遵守義務)、 大阪司法書士会会則第90条 (品位の保持等)、 同会則第100条の2 (預り金の取扱い)、同会則第109条(会則等の遵守義務)に違反するも のであり、司法書士及び司法書士法人に対する懲戒処分の考え方(以下「処分基準等」とい う。)の別表番号19の 「預り金等の管理懈怠等」 に該当する。
また、被処分者の前記第2の8及び9の行為は、司法書士法第2条 (職責)、同法第23条 (会 則の遵守義務)、 大阪司法書士会会則第90条(品位の保持等)、同会則第109条(会則等の遵 守義務)に違反するものであり、 当該行為は、処分基準等の別表の違反行為の欄に掲げるものに直接は該当しないが、被処分者において相続人らが無権利者であることを確定的に知りながら、積極的に働きかけて売買契約を締結させ、その所有権移転登記手続の代理申請を行っ て報酬を得た点を捉えて、 別表番号5の「報酬又は費用の不正請求に準ずるものとして取 り扱うのが相当である。
さらに、被処分者の前記第2の10の行為は、司法書士法第2条 (職責)、同法第23条(会 則の遵守義務)、大阪司法書士会第90条 (品位の保持等)、 同会則第109条(会則等の遵守義務) に違反するものであり、 別表番号5の 「報酬又は費用の不正請求」に該当する。
そして、これらのうち最も量定の重い 「報酬又は費用の不正請求」 は一般的に、量定として、2年以内の業務の停止又は業務の禁止が相当とされる
そして、前記第2の8及び9の行為の情状についてみると、 申出人らは、 遺贈により得られるはずであった本件各不動産を売却されるなどして、 多額の経済的損害を受けた。 また、 被処分者は、主導的に本件各不動産の売却を進行させている。 さらに、被処分者は、本件各不動産に係る登記の代理申請の報酬として125万4,000円を現に受領した。被処分者は、申出人らに対し、被相続人の残余財産として管理していた現金及び預貯金の合計額772万9,205円 を返還したとはいえ、前記の多額の経済的損害が発生していることに照らせば、本件は極めて悪質であるといわざるを得ず、この種の事案の中でも重い部類に属する事案といえる。前記第2の10の非違行為も酌むべき事情は何らうかがわれない。
また、前記第2の5の行為については、正当な権限なく、 被相続人の定期預金を解約する とともに、国債を換金したことによって得られた金員をちゅうちょなく被処分者名義の預金口座に入金しており、横領にも該当しかねない方法で管理しているのであって、その管理懈怠の度合いは著しい。
他方、被処分者は、本件の客観的な事実関係についておおむね認め、聴聞の場でも争っていない等の事情がある。
よって、これら一切の事情を考慮した上で、 司法書士法第47条第2号の規定により被処分者を主文のとおり処分する。 令和5年5月24日 法務大臣 齋藤 健