原告(依頼者)は債務不存在(報酬はなし)を求め被告(法律事務所)は反訴し5千万円超の報酬の請求を求めた裁判の一審判決書(抜粋)

令和6年ネ325令和4年ワ18160号(債務不存在)、令和4年ワ24346号(反訴)
原告 三喜不動産株式会社ら 代理人 多久島逸平、磯田素直
被告 弁護士法人エルティ総合法律事務所 代表 宮下護人、代理人 本澤陽一

主 文
1 原告らの本訴請求をいずれも却下する。
2 原告は、被告に対し、54万5000円及びこれに対する令和4年10月14日から支払い済みまで年3分の割合による金員を支払え。
3 原告のその余の反訴請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は、本訴反訴ともに、これを十分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。

事実及び理由

第1 請求

1 本訴

  債務不存在確認

2 反訴

 (1) 原告三喜不動産は、被告に対し、7131万7378円及びこれに対する令和2年11月26日からら支払い済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 (2) 原告は、被告に対し、5077万6550円及びこれに対する令和4年10月14日からら支払い済みまで年3分の割合による金員を支払え。
(3) 原告三喜不動産ら三社は、被告に対し、連帯して886万4947円及びこれに対する令和4年10月13日からら支払い済みまで年3分の割合による金員を支払え。

第2 事実関係
 略

第3 当裁判所の判断
1 認定事実
 略

2 争点(1)(ガバナンス確立業務に対する報酬合意の有無)について

被告は、令和2年1月23日、原告Aとの間で、原告三喜不動産が被告に対しガバナンス確立業務に対する報酬として、7905万3018円を支払うことを合意したと主張する。これに対し、原告三喜不動産は、かかる合意を否認し、原告Aもこれに沿う供述をする。

 略

 少なくとも、役員報酬名目で、ガバナンス確立業務に対する報酬を支払うことについては合意していたと認められる。

 他方で、原告三喜不動産が被告に支払うべき報酬の金額については、被告の主張する具体的な金額が合意されたことを裏付ける客観的な証拠はない。

 略

 以上からすれば、原告三喜不動産と被告との間では、ガバナンス確立業務に関する報酬を支払うこと自体については合意があったと認められるものの、その額については、明確な合意はなかったというべきである。

3 争点(2)(ガバナンス確立業務に対する相当な報酬額)について

(1) 原告三喜不動産と被告との間では、ガバナンス確立業務について契約書は作成されておらず、前記2でみたとおり、両者の間に報酬額について明確な合意があったものとは認められない。
弁護士の報酬額につき当事者間に別段の約定がない場合には、事件の難易、訴額、労力の程度だけではなく、依頼者との関係、弁護士会の報酬規程等、諸般の状況を審査し、当事者の意思を推定して報酬額を算定すべきである(最高裁昭和36年(オ)第5号同37年2月1日第一小法廷判決・最高裁判所民事判例集16巻2号157頁)。

そして、弁護士は、事件を受任するに当たり、弁護士報酬及び費用について、適切な説明をしなければならないとされ(弁護士職務基本規程29条1項)、弁護士報酬に関する事項を含む委任契約書を作成しなければならないとされる(弁護士職務基本規程30条1項)。また、東京弁護士会が策定していた報酬基準を基に作成された本件報酬規程にも同様の規定がある。これらの規定は、依頼者に不測の費用負担を課すことを防ぎ、また、報酬をめぐる弁護士と依頼者の紛争を予防する趣旨によるものと解される。そうすると、弁護士が報酬に関する説明や報酬に関する事項を含む委任契約書の作成を怠った場合において、裁判所が相当な報酬額を算定するに当たっては、依頼者に不測の費用負担を課すことのないように留意する必要があり、弁護士が条説明や委任契約書の作成を怠った点も報酬額算定の考慮事情の一つになるものと解される。

(2) 被告は、被告が受任した案件について依頼者から受領すべき報酬について、本件報酬規程を作成し、その基準を定めている。そして、被告は、カバナンス確立業務に封建報酬規程17条1項(※民事事件)が適用されることを前提に、これに対する相当な報酬額は、7905万3018円を下回ることはないと主張する。

しかしながら、ガバナンス確立業務は、平成29年委任契約に引き続き、原告Aが父の死後、三喜グループの支配権を確保する方策を検討し、その実現を目指すものであったところ、その内容は、必ずしも裁判手続きによることを前提としていたものとは認め難い。

実際にも、結果して、ガバナンス確立業務の中核は、本件株式譲渡により原告Aが原告三喜不動産の支配権を確保するにことにあったと認められる。よって、ガバナンス確立業務が本件報酬規程17条1項の適用対象となる民事事件にあたるもものとは認められないから、これに対する報酬を算定するに当たり、同項を適用することは相当ではない。したがって、被告の上記主張は、その前提を欠くものであり、採用することができない。

なお、本件前証拠によって、宮下弁護士がAの母と交渉を行った結果として本件が実現したとは認められない。そうすると、ガバナンス確立業務を示談交渉事件と評価することもできないから、本件報酬規程18条1項(※示談交渉)を適用することもできない。

(3) また、創業者とその親族等が取締役を務める会社において、創業者の死後、親族間で会社の支配権を巡り紛争が生じることはさほど珍しいものではない。本件は、Aの母と原告Aの従前の関係によって本件株式譲渡が行われたことがうかがわれ、その結果、原告Aが原告三喜不動産の支配権を確立したにすぎないとみることもできる。そうすると、三喜グループの事業規模が相当に大きいとうかがわれることを踏まえても、宮下弁護士の主観はどうあれ、ガバナンス確立業務が殊更に複雑困難な業務であったとは評価できないから、その相当な報酬額が被告の主張するような高額に及ぶものと認めることはできない。ガバナンス確立業務に対する報酬としては、結局のところ、本件株式譲渡契約の契約書の書面作成及び本件株主総会及びその後に行われた取締役会の指導に対するものと評価するほかなく、これらに対する相当な報酬額が被告の主張するような金額となるものとは解されない。

 宮下弁護士は、原告Aが三喜グループの支配権を確保することを目的として、状況に応じて様々な対応をとっていたことがうかがわれ、それらの業務に対する報酬を算定することは容易ではない。そうであるからこそ、仮に被告が、被告の主張するような高額な報酬額を相当と考えていたのであれば、原告Aに対し、あらかじめ、報酬の算定や見込まれる業務の内容、大まかな見積もり等を丁寧に説明して合意を得た上で、その内容を書面により明確化しておくべきであった。それにもかかわらず、宮下弁護士は、ガバナンス確立業務に封建報酬規程17条1項が適用される旨の説明をしてはおらず、委任契約書の作成もしていないのであるから、依頼者である原告三喜不動産に被告の主張するような費用負担を課すことはできないというべきである。

(4) 一方で、前記のとおり、原告三喜不動産は、令和2年2月以降、宮下弁護士氏及び本澤弁護士に対し、役員報酬名目で合計1010万円を支払っており、これは、被告に対する弁護士報酬の支払いとしての性質を有するものであったと認められる。そして、この支払いが、原告康彦が、宮下弁護士から、被告からの請求額に相続対策の費用は含まれない旨の回答を得た後も継続されていたことからすると、この支払いは基本的にガバナンス確立業務に対する報酬としての趣旨でされたものと理解すべきである。

 また、三喜商事及び三喜不動産は、平成29年7月から令和2年1月までの間、合計1502万円を、それぞれ支払っている。これらの一部は、平成29年委任契約に基づき支払われたことがうかがわれるものの、平成29年委任契約とガバナンス確立業務及び相続関係業務に関する契約は、いずれも原告康彦と宮下弁護士との個人的な関係を基礎とするものであり、その内容についても連続性を有するものと認められる。

宮下弁護士が平成29年委任契約固有の業務としていかなる業務を行い、成果を上げたかは判然とせず、宮下弁護士自身も、係る支払の一部をガバナンス確立業務及び相続関係業務に各630万円を充当する旨の意思を有し、これに対し原告らが異議を述べるなどしたとは認められないことを考慮すると、原告三喜不動産は、上記支払いのうち630万円をガバナンス確立業務に対する報酬として支払ったものと認めるのが相当である。

 以上によれば、原告三喜不動産が実際に支払った合計1640万円の限度では、ガバナンス確立業務の報酬額について相互に認識の齟齬はなかったというべきであるから、その相当な報酬額が1640万円を下回ることはないというべきである。

 原告三喜不動産は、報酬の減額要因等を加味し、ガバナンス確立業務の正当な報酬額は0円であると主張するが、前記のとおり、原告三喜不動産が一定の支払いをしていることからすれば、かかる主張は採用することができない。

(5) 以上のとおりであるからら、ガバナンス確立業務についての相当額の報酬が認められる旨の被告の主張は、報酬額を1640万円とする限度で認めることができるが、それを超えて、7905万3018円の報酬額が認められるとする点については、これを採用することかできない。

4 争点(3)(相続関連業務に対する相当な報酬額)について

(1) 相続分譲渡、持ち戻し免除、公正証書遺言作成の着手金及び報酬金

  略

  被告は、康彦母に相続分譲渡契約及び特別受益持ち戻し免除の意思表示に係る公正証書及び公正証書遺言を作成させることを計画していたが、かかる書面は作成されなかったのであるからら、報酬は発生しない。

  略

  Aの母の公正証書遺言等を獲得することができなかったのは、結局のところ、妹1及び妹2を含む親族間の調整が奏功しなかったためであるというほかない。そして、このことについて、原告Aに故意または重大な過失があったとは認められない。

  よって、被告の原告康彦に対する相続分譲渡、持ち戻し免除、公正証書遺言作成に係る報酬請求は認められない。

(2) 遺産分割協議の着手金

 ア 略

本件前証拠によっても、分割の対象となる財産の範囲及び相続分につきいて争いがあったとは認められないから、経済的利益は5億円と見るのが相当である(本件報酬規程14条3項)。

  略

 イ Aの父の相続財産に係る遺産分割協議に関する業務は本件報酬規程18条に定める示談交渉(裁判外の和解交渉)に該当すると認められるから、経済的利益を5億円として、同条1項を適用すると、その報酬額は次のとおりとなる。
  略
 (オ) 計 2,053万5,000円

 ウ ところで、本件報酬規程17条2項によれば、訴訟事件等の着手金について、事件の内容により同条1項により算定された額の50%に減額することができる旨の規定があり、18条1項には、示談交渉に係る報酬について、同項本文により算定された額の3分の2に減額することができる旨の規定がある(同項ただし書き)。宮下弁護士が遺産分割協議について行った事務を見ると、宮下弁護士は、令和元年11月19日、さしたる事前の調整をすることもなく、原告Aと必ずしも利害の一致しない関係にある妹1及び妹2に対し、遺産分割に係る共同委任契約を締結することを提案し、2億円以上の報酬を請求し、拒絶されている。そして、その後、宮下弁護士は、遺産分割協議に介入することは許されず、解任に至ったものである。かかる経緯に照らせば、宮下弁護士の遺産分割協議に対する貢献は乏しいものというほほかない。このような事情からすれば、上記各規程に照らし、遺産分割協議の着手金報酬としては、684万5,000円をもって相当と認めるべきである。
(計算式)
2053万5000円×1/2×2/3=684万5000円

(3) 以上によれば、相続関係業務に対する相当な報酬額は684万5000円であると認められる。

5 争点(4)(不動産売買契約書チェック業務に対する相当な報酬額)について

(1) 略

 不動産売買契約書チェック業務について、原告三喜不動産等と被告との間で委任契約書は作成されていないことからすると、宮下弁護士の行った不動産売買契約書チェック業務が、本件顧問契約に基づく業務の範囲を超えないものと評価される場合には、被告が、これらにつき別途報酬を請求することはできないというべきである。

(2) ア 略

  原告Aにおいても、不動産売買契約書チェック業務について報酬が発生するとの認識があったとはうかがわれない。

  イ さらに、不動産売買契約書チェック業務の内容を見ても、宮下弁護士は、三菱地所レジデンスが作成した契約書案に修正及びコメントを加えたにすぎず、契約書の作成自体を担当したものではない。本件売買契約の内容も、企業間で複数の不動産を一括して売買するというものであり、宮下弁護士の主観はどうあれ、殊更に複雑困難なものとは認められない。宮下弁護士の修正の意見が反映されたものもあるとはいえ、宮下弁護士は、娘婿が最終製本版として送付した契約書案に対し、「解除巻き戻しの引き換え性の確保」が必要であるなどとして、修正の意見を述べたにもかかわらず娘婿にその趣旨を確認されると修正の必要はなかったとして意見を撤回しているのである。「解除巻き戻しの引き換え性の確保」なるものに法律上いかなる意味があるのかも定かではなく、当該案件に対する宮下弁護士の貢献の程度は乏しいというほかない。

 ウ 以上によれば、不動産売買契約書チェック業務は、本件顧問契約における法律上の相談として行われるべきものを超えるようなものとは認められず、これについて、別途被告に対する報酬が発生するとは認められない。

(3) よって、被告の原告らに対する不動産売買契約書チェック業務に係る報酬請求は認められない。

6 まとめ

前記3ないし5によれば、被告に支払われるべき報酬は、ガバナンス確立業務に対し1640万円、相続関係業務に対し684万5000円と認められる。
そして、前記3(4)のとおり、ガバナンス確立業務に対する報酬1640万円は全て弁済されている。

 次に、相続関係業務に対する報酬についても、前記3(4)で判示した内容とどうよう、平成29年委任契約とガバナンス確立業務及び相続関係業務に関する契約は、いずれも原告康彦と宮下弁護士との個人的な関係を基礎とするものであり、その内容についても連続性を有する者と認められること、宮下弁護士が平成29年委任契約固有の業務としていかなる業務を行い、成果をあげたかは判然とせず、宮下弁護士自身も、係る支払の一部をガバナンス確立業務及び相続関連業務に対する報酬に各630万円はを充当する旨の意思を示し、これに対し、原告らが異議を述べるなどしたとは認められない。これらの事情に照らせば、原告三喜商事及び原告三喜不動産が平成29年7月から令和2年1月までの間に支払った合計1,502万円のうち、630万円が相続関係業務にたいする報酬に充当されるべきである。そうすると、相続関係業務に対する報酬の残高は、54万5,000円と認められる。

 (計算式)

 684万5000円-630万円=54万5000円

 略

 以上によれば、被告の反訴請求は、原告Aに対する相続関係業務の報酬残高54万5000円及びこれに対する令和4年10月14日(反訴状送達日の翌日)から支払い済みまで民法所定の年3分の割合による遅延損害金支払いの限度で理由がある。
 なお、原告らの本訴請求は、いずれも被告が反訴により請求する弁護士報酬を対象とし、その不存在の確認をも求めるものであるから、いずれも訴えの利益を欠き、却下すべきである。

第4 結論

 よって、原告らの本訴請求はいずれも訴えの利益を欠くからこれらを却下することとして、被告の反訴請求は主文掲記の限度で理由があるからこれを認容し、その余はいずれも理由がないからこれらを棄却することとし、主文のとおり判決する。

 東京地方裁判所民事第34部
  裁判長裁判官 桃崎 剛
    裁判官 西 臨太郎
    裁判官 山川 勇人

事務所所在地 〒1010052 東京都千代田区神田小川町3-28-7 昇龍館ビル403
事務所名 弁護士法人エルティ総合法律事務所

所長 藤谷 護人

システム監査技術者
公認システム監査人
東京地方裁判所非常勤裁判官
(〜2008年9月)