『棄却された懲戒の議決書』

平成28年5月10日 大阪弁護士会綱紀委員会が棄却した懲戒請求の議決書です。対象弁護士に議決書公開の承諾を得ました。感謝申し上げます。

刑事事件の法廷で被告人が手錠、腰縄姿では嫌だと述べた。被告人の要望に従った弁護人に裁判所は弁護人に対し過料3万円を科した。さらに弁護士会として弁護士に対し弁護士としての品位を失うべき非行に該当すると大阪弁護士会に処分を求め懲戒を申立てをしたが棄却となったもの、 

法廷では手錠腰縄が当たり前のようになっているように思いますが、法廷で腰縄が必要であるか、逃亡の恐れがどれだけあるのか?他の弁護人が被告人が腰縄。手錠で出廷したくないといえばどういう対応をするのか、国選弁護人は過料3万円を払ってまで被告人の要望を叶えるのか??被告人の要望よりも裁判を進行すべきだという意見もある、等々、

さまざまな意見もあると思います。もしもあなたが何らかの事件で起訴され法廷に腰縄・手錠で出廷しなければならない場合、こんな姿で出廷したくないと弁護人に告げた。あなたの弁護人はどういう対応をしてくれる?

報道がありました。

被告の手錠・腰縄姿に異議で出廷拒否 弁護士に異例の過料 大阪地裁

産経ニュースhttp://www.sankei.com/west/news/141209/wst1412090059-n1.html

傷害などの罪に問われた男(41)の公判で、出頭在廷命令に従わず出廷しなかったとして、大阪地裁(石井俊和裁判官)は9日、弁護人の青砥(あおと)洋司弁護士(大阪弁護士会)に過料3万円を命じた。出廷拒否の弁護人が過料を命じられるのは異例。青砥弁護士は大阪高裁に即時抗告する。 男は昨年5月、大阪市内で警察官を蹴ってけがを負わせたとして、傷害と公務執行妨害の罪で起訴された。今年2月の初公判前、被告側は「手錠や腰縄姿を裁判官に見られるのが嫌」として、手錠や腰縄を入廷前に外すよう求めたが、石井裁判官は認めなかった。 男は2月を含む5回の公判に出廷せず、当時の弁護人も3月と6月の公判を欠席。地裁は弁護人を解任して青砥弁護士らを選任したが、青砥弁護士も10月の公判に出廷しなかった。石井裁判官は11月、12月3日の公判への出頭在廷命令を出したが、青砥弁護士は再び姿を見せなかった。 青砥弁護士は取材に「出廷しないことに正当な理由があり、過料を命じた判断は不当だ」と話した。 出頭在廷命令は平成17年施行の改正刑事訴訟法で新たに定められた。命令に従わない場合、裁判所は10万円以下の過料を命じることができる
議 決 書

対象会員

事務所 〒530-0047

大阪市北区西天満3-13-18島根ビル8階 ヒューマン法律事務所

青砥洋司 登録番号30553

主  文

対象会員につき懲戒委員会に事案の審査を求めないことを相当とする。

理  由

第1 前提となる事実

1 対象会員が国選弁護人となった刑事事件、対象会員が国選弁護人となった被告人は,平成25年5月,大阪市内を走行中の捜査用車両内において,勾引状に基づく引致業務に従事する警察官に対し,右脇腹を蹴るなどの暴行を加え,もって同警察官の職務の執行を妨害するとともに,その暴行により,同警察官に約2週間の療養を要する傷害を負わせたという事実で,同年7月,起訴された。

2 対象会員が国選弁護人に選任される前の経緯

対象会員が国選弁護人に選任される前であるが,平成25年7月31日,3名の国選弁護人が選任されていた。被告人は,これら3名の弁護人に対して,「手錠・腰縄姿を裁判官や傍聴人らに見られたくないから,出廷を拒否して欲しい」という強い希望を伝えていた。

これら国選弁護人は,被告人の手錠・腰縄姿が見られないようにするための方策につき裁判所に申立書を提出するなどし,また被告人の意思を尊重しつつ,自らも弁護人として,指定された公判期日(合計3回)を全て不出頭としていた。そして平成26年6月30日,これら国選弁護人は全て裁判所により解任された。

3 対象会員が国選弁護人に選任された後の経緯

平成26年7月2日,新たに対象会員を含む3名の国選弁護人が選任されて,その時点では,対象会員ではない者が主任弁護人であった。対象会員ら新たな国選弁護人団も,前弁護人の方針と同様に,「被告人の入退廷時における訴訟指揮についての申立書」を裁判所に提出し,裁判所から指定された平成26年10月29日の第4回公判期日を被告人とともに不出頭とした。よって裁判手続が進行しないという状態となっていた。

裁判所は,平成26年11月17日,対象会員を含む新たな国選弁護人3名に対して,出頭在廷命令を出した(刑事訴訟法第278条の2第1項)。これを受けて,その対応につき対象会員を含む国選弁護人団は,話し合いをかさね,また刑事弁護委員会の弁護士と相談するなどし,また被告人とも協議を続けていた。

その過程で,被告人は,弁護人が,出頭在廷命令違反で過料決定を受けた場合に,特別抗告までして最高裁判所の判断が出された後では,その判断に従うということであった(最高裁判所の判断に従い出廷するという趣旨を含む)。

平成26年11月21日,主任弁護人が対象会員に変更された。同月27日,裁判所は,対象会員への出頭在廷命令は維持しつつ,対象会員以外の2名の国選弁護人に対する出頭在廷命令を取り消した。

平成26年12月3日,第5回公判期日が開かれたが,被告人及び対象会員ら国選弁護人は,皆不出頭であった。

平成26年12月9日,対象会員に対する過料決定がなされた(刑事訴訟法第

278条の2第3項)。

同月11日,対象会員は,上記決定に対して即時抗告の申立をした。

平成27年2月26日,即時抗告棄却決定が出された。

同年3月3日,対象会員は,上記決定に対して特別抗告の申立をした。

同年5月18日,最高裁判所は特別抗告棄却決定を出した。

同年6月30日,第6回公判期日が開かれたが,対象会員を含む国選弁護人3名は全員出頭した。なお,本件被告事件の裁判所は,過料決定が確定するまでの

間は,予定されていた公判期日を取り消すなどして公判期日を開かないようにしていたが,過料決定の確定を受けて第6回公判期日を開いたものである。

また,被告人は,最高裁判所の判断が出れば,公判期日に出頭すると対象会員らに約束していたが,最高裁判所の特別抗告棄却決定において,手錠腰縄問題に

言及がなかったことを理由に約束に反して公判期日に出頭をしなかったが,対象会員らが公判期日に出頭することは了解するようになったし,被告人は,その

後の平成27年10月30日の第9回公判期日以降は自ら出頭している。

4 刑事訴訟法第278条の2第5項に基づく処置請求について

平成27年7月10日,本件被告事件の裁判所から,大阪弁護士会に対して刑事訴訟法第278条の2第5項に基づく処置請求がなされた。

なお,裁判所からの上記処置請求は,過料決定をした場合,法律上,しなければならないと定められているが,本件では過料決定の確定後になされている。

平成27年11月15日,大阪弁護士会は,前記処置請求に対して,対象会員につき,処置をしないことを決定した。その決定の理由は,同年10月23日付

大阪弁護士会刑事弁護委員会の意見書に記載のとおりであるとされており,同意見書では,以下のように意見が述べられている。

まず本件被告事件の裁判所による対象会員への出頭在廷命令の適法性・相当性の有無について。

手錠腰縄問題に関して,本件裁判所は自らの見解に固執して柔軟な対応に応じることはなかった,そもそも本件では,他に取りうる手段を検討せずに出頭在

廷命令を発した本件裁判所の対応自体に相当性を欠く面があった。次に,裁判所から出頭在廷命令が出された以上,対象会員は,これに従うべき

であったか,対象会員の本件対応に正当理由があったかどうかについて。刑事訴訟法上,出頭在廷命令自体への異議の申立や即時抗告の途はないとさ

れている。出頭在廷命令に不服がある場合,これに違反して過料決定を受けたうえで,過料決定に対する即時抗告等の手続の中で,命令の違法性を主張する方法

も想定している。

本件の場合,手錠腰縄問題に関する実質的判断を受けるために出頭在廷命令に違反(不出頭)し,それに対する過料決定について,即時抗告等の手続を採っ

たことは,刑事訴訟法を踏まえた上での弁護人のとりうる実質的弁護の手段であったといえる。

また対象会員は,特別抗告により手錠腰縄問題に関する最高裁判所の最終的な判断が下されれば,それに従うことを予定しており,その旨を本件裁判所にも

説明していた。対象会員の本件対応は,しかるべき最高裁判所の判断を受けるための手段として行われたものであって,不当な目的ではなかった。

弁護士職務基本規程第46条(最善の弁護活動)の観点では,被告人が主張する手錠腰縄問題は,被告人が重要と考える権利であり,本件裁判所による柔軟な

対応を期待することは不合理とはいえない。被告人が重要と考える権利を擁護するように努めることは,それ自体弁護活動として正当なものであり,上記第4

6条の解釈として,本件対応が違法・不当であるとの結論は導かれない。

また対象会員の活動は,刑事訴訟法の想定する手続の範囲内でなされた誠実なものであり,信義誠実義務(弁護士職務基本規程第5条)違反もない。

よって,対象会員の本件対応は,正当な理由がある不出頭であった。

結論として,対象会員につき処置しないことが相当であり,なお,裁判所においては,手錠腰縄問題に関し,より柔軟な対応を行うよう是正を求める。

第2 懲戒を求める事由

新聞報道によれば,対象会員は,大阪地方裁判所からの出頭在廷命令に違反して,平成26年12月9日,金3万円の過料決定を受けた。弁護人でありながら

裁判所の出頭在廷命令に違反したこと,及び過料の決定を受けたことには,正当の理由があったとも思えず,よって,それは弁護士法第56条第1項に定める弁

護士としての品位を失うべき非行にあたる。

第3 対象会員の弁明

1  否認ないし争う。

2  そもそも被告人は,裁判官や傍聴人に手錠・腰縄姿を見られない権利を憲法上ないし法律上保障されている。被告人がかかる権利を行使して出廷を拒否

している場合,弁護人に出頭在廷命令を下すことは,被告人の権利の侵害となる。

3 仮に前記2の考えが否定されたとしても,対象会員の不出頭には正当な理由があったのであり,品位を失うべき非行にはあたらない。

第4証拠 書証

(1)懲戒請求者提出分

甲1 平成26年12月9日付産経新聞ニュース

(2)対象会員提出分

乙1 特別抗告理由補充書

乙2の1~ 6 平成28年1月16日の大阪弁護士会主催による法廷内の手錠・腰縄は許されるか?~刑事被告人の人格権・無罪推定を受ける権利~にかかるシンポジウム資料一式乙3 大阪弁護士会の対象会員につき刑事訴訟法第278条の2第5項に基づく処置をしない旨の決定

第5 調査の結果

1 本件裁判所により出頭在廷命令が出され,これを受けた過料決定は,対象会員の即時抗告,特別抗告にもかかわらず既に確定していることから,まずは,

出頭在廷命令及び過料決定を前提に,対象会員の不出頭及び過料決定を受けたことが,弁護士法第56条1項の非行にあたるかどうかを検討する。

前記第1, 4記載のとおり平成27年11月15日,大阪弁護士会は,裁判所からの処置請求を受けたが,対象会員につき処置しないこと決定しており,その理由についても前記のとおりである。その理由内容に関しては,特に事実誤認ないし不相当ないし不適切な法解釈があるとも思われない。

また実際上,大阪弁護士会の処置しない旨の決定後の本件被告事件の経過をみても,対象会員ら国選弁護人団及び被告人は,引き続き公判期日(平成27年11月24日の第10回から平成28年3月22日の第15回まで)に,いずれも出頭しており,本件被告事件の刑事手続は,対象会員の本件対応以前と比較して,順調に進行している事実がうかがわれる。

したがって,対象会員の本件対応は,本件刑事手続全体の流れの中で検討すべきであって正当な理由があったのであり,対象会員が本件過料決定を受けたとの事実だけをもって,弁護士として品位を失うべき非行があったとは解されない。

よって本件出頭在廷命令及び過料決定が,被告人の権利侵害となるかどうかを判断するまでもなく,対象会員には非行の事実は認められない。

2 結 論

以上のとおり,本件において,対象会員には,弁護士法第56条第1項に定める非行があったとは認められない。

よって,主文のとおり議決する。

平成28年5月10日   大阪弁護士会綱紀委員会第二部会部会長   署名 ㊞

 

刑事訴訟法第278条の2
  1. 裁判所は、必要と認めるときは、検察官又は弁護人に対し、公判準備又は公判期日に出頭し、かつ、これらの手続が行われている間在席し又は在廷することを命ずることができる。
  2. 裁判長は、急速を要する場合には、前項に規定する命令をし、又は合議体の構成員にこれをさせることができる。
  3. 前2項の規定による命令を受けた検察官又は弁護人が正当な理由がなくこれに従わないときは、決定で、10万円以下の過料に処し、かつ、その命令に従わないために生じた費用の賠償を命ずることができる。
  4. 前項の決定に対しては、即時抗告をすることができる。
  5. 裁判所は、第3項の決定をしたときは、検察官については当該検察官を指揮監督する権限を有する者に、弁護士である弁護人については当該弁護士の所属する弁護士会又は日本弁護士連合会に通知し、適当な処置をとるべきことを請求しなければならない。
  6. 前項の規定による請求を受けた者は、そのとった処置を裁判所に通知しなければならない。

 

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