『弁護士自治を考える会』では棄却された弁護士懲戒請求の議決書を求めています。
給与ファクタリング会社の顧問弁護士に懲戒請求申立・棄却 第二東京弁護士会第一部会
令和2年(コ)第202号
議 決 書
懲戒請求者 ●●
赤坂〇丁目法律事務所 第二東京弁護士会 (処分2回)
対象弁護士 (登録番号2531×)
主 文
対象弁護士につき,懲戒委員会に事案の審査を求めないことを相当とする。
理 由
本事案は,調査した結果,後記のとおり懲戒事由が認められないと判断した。以下,詳論する。
第1 事案の概要
本件は,懲戒請求者が,違法な闇金業者のホームページに対象弁護士が所属している法律事務所の名称が顧問弁護士として掲載されているのを発見し,このような業者の顧問弁護士に就任する対象弁護士の行為は弁護士職務基本規程に違反すると主張して懲戒請求した事案である。
第2 懲戒請求事由の要旨
1 、交通費・携帯代・経費精算ファクタリング事業を営むA以下「経費ファクタリング業者A」という。)及びB(以下「経費ファクタリング業者B」という)のホームページには,いずれも「顧問弁護士 赤坂二〇目法律事務所」と記載されていた(甲1,甲6及び甲て。なお,現在,同記載は これらホームページから削除されているが,これらホームページに赤坂二〇目法律事務所の名称が長期間表記されていたことは紛れもない事実である。)。 赤坂二〇目法律事務所には対象弁護士しか在籍していないことから,経費ファクタリング業者 A及び経費ファクタリング業者Bの顧問弁護士は対象弁護士以外には考えられない。
2、 ファクタリング契約は債権譲渡契約であり,ファクタリング業者は債権の買取りを行い,その対価である金銭を債権譲渡人に対し交付することを業としているが,譲渡人に債権回収業務が委託され,譲渡人が債権を回収した後に譲受人であるファクタリング業者に回収した金銭を支払うような場合は,実質的に金銭の貸付と変わらない。この場合,ファクタリングの手数料を高額にすれば、利息制限法や出資法等の適用を潜脱することができることから,このようなファクタリング行為は違法とされるべきである。 ファクタリング業者と一企業との間で行われた一連の取引(債権買取り・買取代金の交付・債権の買戻とこれらに伴う金銭の授受)を金銭消費貸借契約に準じるとして,利息制限法所定の制限利率を超えて支払われた手数料分を不当利得と認定した裁判例(甲3・大阪地判平成29年3月3日)も存在する。この点,業として個人から給料債権の譲渡を受け,当該個人に金銭を交付し,給料の支払がなされた後に当該個人から当該給料分の交付を受ける業態(いわゆる給与ファクタリング業)について, 金融庁は令和2年3月にこのような業態は貸金業であるとの見解を公表し,東京地判令和2年3月24日(甲9)も給与フ ァクタリングは貸付けに該当すると認定している(甲9)には,「給与債権の譲渡 については, 労働基準法上も譲渡を禁止すべき規定はなく一律に無効と解すべき根拠はないが,労働基準法24条1項の趣旨からすれば,労働者が賃金債権を譲渡しても使用者はなお労働者に直接賃金を支払わなければならず,譲受人は直接使用者に支払いを求めることはできない(最高裁昭和43年3月12日判決)た め,給与ファクタリング業者は,常に労働者を通じて賃金債権の回収を図るほか ない。そうすると,給与ファクタリングを業として行う場合には,業者から労働 者に対する債権譲渡代金の交付だけでなく,労働者から賃金を回収することが一 体となって資金移転の仕組みが構築されているというべきである。したがって給与ファクタリングの仕組みは、経済的には貸付けと同様の機能を有するも のと認められ『貸付け』に該当する。」と記載されている。
3 経費ファクタリング業者 A及び経費ファクタリング業者Bは個人から(給料債権ではなく)会社に立て替えている未精算の経費(交通費,携帯代,その他立替経費)の譲渡を受け,その対価として当該個人に金銭を交付し,立替分の支払が なされた後に,当該個人から,当該立替分の金銭の交付を受ける業務を行っている(甲1及び甲6)。 そして,交通費は賃金としての性質を有するので,労働基準法24条1項が適用され, 使用者は直接労働者に対して支払わなければならず, ファクタリング (債権譲渡)できるものではない(ことから,その実質は給与の支払と変わらない)。
このような経費ファクタリング業は,給与ファクタリングが貸付けに該当し,利息制限法や出資法の規制に服するとの金融庁や裁判所の判断が出たことを契機に,給与ファクタリング業の場合に適用されるこれらの規制を回避することを目的として近時増えてきた業態であって,その実体は給与ファクタリング業と変わりはなく,実質的に利息制限法や出資法の規制を潜脱するものである。 そして,経費ファクタリング業者Aは実質的には年利換算すると1000%を超える手数料を徴収しており(甲5),経費ファクタリング業者Bは実質的には 年利109.5%を超える手数料を徴収していることから,事実上の出資法違反である。
4 対象弁護士は,このような事実上の出資法違反である経費ファクタリング業者 の顧問弁護士に就任していることから, 弁護士職務基本規程5条(信義誠実), 6 条 (名誉と信用), 14条(違法行為の助長)及び15条(品位を損なう事業等へ の参加)に違反する。
また,前記裁判例や金融庁の発表等があるにもかかわらず,法令上・事実上の 調査をすることなく漫然と経費ファクタリング業者の顧問に就任した対象弁護 士の行為は弁護士職務基本規程37条(法令等の調査)に抵触する。
第3 対象弁護士の弁明の要旨
1 事実上の出資法違反である経費ファクタリング業者の顧問弁護士に就任した行為が,弁護士職務基本規程5条(信義誠実),6条(名誉と信用),14条(違 . 法行為の助長)及び15条(品位を損なう事業等への参加)に違反するとの主張について
(1) 対象弁護士が経費ファクタリング業者Aを運営する株式会社Dと顧問契 約を締結していることは間違いない。
(2)懲戒請求者は「事実上の出資法違反」を主張するが,出資法違反に該当する ためには,当該ファクタリングが金銭消費貸借契約に該当することが必要であ る。当該ファクタリング取引が債権の売買たる実質を有している場合には金銭 消費貸借に該当せず,出資法違反も問題とならない。 東京高判平成29年5月23日(21) も, ファクタリング契約について金銭消費貸借契約ではなく 債権譲渡契約 (売買契約)であると認定している。
(3)懲戒請求者は、交通費は賃金なので直接払いの原則によりファクタリング (債権譲渡)できないと主張する。しかしながら,通勤交通費については,就業規 則や雇用契約で支払額や基準が明確な場合は「賃金」として扱うとされている
にすぎないところ,経費ファクタリング業者Aがファクタリングの対象としている債権は「経費精算ファクタリング」であり,携帯代, 立て替えている経費, 交通費が対象となっていることから,出張の際の立替交通費を意味するもので あり,通勤交通費を意味しない。よって,これらの立替交通費については「賃金」ではなく,債権譲渡したとしても直接払いの原則に反するものではない。 (4) 懲戒請求者は、経費ファクタリングは給与ファクタリングの仮装であると主張するが,その根拠が必ずしも明らかではない。
(5)他方,対象弁護士が経費ファクタリング業者Bと顧問契約を締結した事実はない。経費ファクタリング業者Bのホームページに「赤坂二〇目法律事務所」 名称が記載されていた理由は知らない。 なお,対象弁護士は,本件懲戒請求が提起された後に,経費ファクタリング 業者Bに対して内容証明郵便にて,顧問契約を締結した事実がないこと, 及び, すみやかに記載内容を抹消することを求める通知書(乙4)を発送しようと起案したが,再度,インターネットを確認したところ,経費ファクタリング業者 Bのホームページから「赤坂二〇目 法律事務所」の記載が抹消されていたことから,通知書は発送していない
2 法令上・事実上の調査をすることなく漫然と経費ファクタリング業者の顧問に , 就任した対象弁護士の行為が,弁護士職務基本規程37条(法令等の調査)に違反するとの主張について
対象弁護士は,株式会社Dと顧問契約を締結する際に, ファクタリングの 事業内容について確認し, 給与ファクタリングについては賃金直接払いの原則に 違反することから違法となる可能性があることや,ファクタリング(債権譲渡) の形式をとっていたとしても出資法の潜脱となる違法貸付けとなる場合のある ことについて資料(乙2)を示して説明している。そして,経費ファクタリング 業者Aが給与ファクタリングを行っていなかったことを確認している。
よって,法令上・事実上の調査をすることなく漫然とファクタリング業者の顧問弁護士となったという懲戒請求者の主張は事実と異なる。
第4 証拠
別紙証拠目録記載のとおり。
1 事実上の出資法違反である経費ファクタリング業者の顧問弁護士に就任した 行為が,弁護士職務基本規程5条(信義誠実),6条(名誉と信用), 14条(違法行為の助長)及び15条(品位を損なう事業等への参加)に違反すると の主張について
(1) 懲戒請求者の主張は,経費ファクタリング業者 A及び経費ファクタリング業者Bの行っている経費ファクタリング業務の実体は金銭貸付けであり,出資法が適用されるべきであるところ ファクタリングの手数料は出資法の上限金利 である年20%の金利を大幅に超えていることから, 事実上の出資法違反であ り,このような事実上の出資法違反である経費ファクタリング業者 A及び経費 ファクタリング業者Bの顧問弁護士に就任している対象弁護士の行為は、 弁護 士職務基本規程5条(信義誠実),6条(名誉と信用),14条(違法行為の助 長)及び15条(品位を損なう事業等への参加) に違反するというものである。 (2) まず,証拠上,過去において経費ファクタリング業者Bのホームページに対象弁護士が所属する法律事務所の名称が顧問弁護士として掲載されていたという事実は認められるものの,対象弁護士はその掲載については知らず,経費ファクタリング業者 Bの顧問弁護士に就任した事実もないと弁明しており,こ れに反する証拠も存在しない以上,過去におけるホームページの記載のみをもって,対象弁護士が経費ファクタリング業者Bの顧問弁護士に就任していたという事実を認めることはできない。 この点,懲戒請求者から,経費ファクタリング業者Bは正式な名称が株式会社Gであると確認でき,同社の登記事項証明書(甲11)によれば,同社の経営者及び定款の目的は,経費ファクタリング業者Aを運営する株式会社Dのそれ(甲10参照)と同じであるから,経費ファクタリング業者 Aと同 視することができるとの主張がなされているが,経費ファクタリング業者Bの ホームページ (甲5)と株式会社Gの登記事項証明書(甲11)を見ても, 経費ファクタリング業者Bと株式会社Gとの関連性は何ら認められず,そ の他,「経費ファクタリング業者Bは正式な名称が株式会社Gである」と いう事実を認めるに足りる証拠は存在しない。 その他,関係証拠によっても,対象弁護士が経費ファクタリング業者Bの顧問弁護士に就任していたという事実を認めることはできない(なお,対象弁護士は,経費ファクタリング業者Aとの関係では、顧問弁護士に就任した事実を 認めている。)。 したがって,経費ファクタリング業者Bの顧問弁護士に就任したことを理由とする懲戒請求事由は理由がない。
(3) 次に,経費ファクタリング業者Aを運営する株式会社Dと顧問契約を締結した行為について検討すると,関係証拠からは,経費ファクタリング業者A が行っている経費ファクタリング業(交通費等の立替)について,その実質は貸付けであって,金銭消費貸借に準ずる行為であると評価,認定することはできない。
さらに,仮に経費ファクタリング業者 Aの行っている経費ファクタリング業 が実質的には金銭の貸付けと評価されたとしても,経費ファクタリング業者A が年利換算すると1000%を超える手数料を徴収していることの根拠として提出された甲5は,その出所が不明なインターネット上の口コミ評判を記載したウェブページにすぎず,同ページに記載された事実の真偽は不明であり, その他の関係証拠からも,経費ファクタリング業者Aが仮に実質的に金銭の貸付けを行っていたと評価された場合において出資法違反に該当する行為を行った事実,具体的には出資法の上限金利(貸金業者については年20%)を 超えて金銭を貸し付けた事実を認めることもできない。
したがって,経費ファクタリング業者Aの顧問弁護士に就任した対象弁護士 の行為が,弁護士職務基本規程5条(信義誠実),6条(名誉と信用),14条 (違法行為の助長)及び15条(品位を損なう事業等への参加)に違反すると の懲戒請求事由は理由がない。
2 法令上・事実上の調査をすることなく漫然と経費ファクタリング業者の顧問に 就任した対象弁護士の行為が,弁護士職務基本規程37条(法令等の調査)に違 反するとの主張について (1)前記1で述べたとおり,関係証拠によっても,対象弁護士が,経費ファクタ リング業者Bの顧問弁護士に就任した事実を認めることはできない。
したがって,経費ファクタリング業者Bの顧問に就任したことを理由とする 懲戒請求事由は理由がない。
(2) 対象弁護士は、経費ファクタリング業者 Aを運営する株式会社DUOと顧問契約を締結する際に,株式会社DUOに対し,ファクタリングの事業内容について確認し,給与ファクタリングについては賃金直接払いの原則に違反することから違法となる可能性があることや,ファクタリング(債権譲渡)の形式をとっていたとしても出資法の潜脱となる違法貸付けとなる場合のあることについて資料(乙2)を示して説明した旨述べ,経費ファクタリング業者Aが給与ファクタリングを行っていなかったことも確認しており,他方,対象弁護士において,顧問契約締結の際に経費ファクタリング業者Aが出資法の潜脱とな るファクタリングを行っていたことを認識していたとの事実も窺えず,これら に反する主張、証拠も提出されていない。
また,その他関係証拠によっても,対象弁護士が,何ら法令上・事実上の調査をすることなく漫然と経費ファクタリング業者の顧問に就任したという事実を認めることはできない。 以上のとおり,対象弁護士において,法令上・事実上の調査をすることなく漫然と経費ファクタリング業者Aの顧問に就任したとの懲戒請求者が主張する事実は認められない。 したがって, 対象弁護士の行為は弁護士職務基本規程37条 (法令等の調査)に抵触するとの懲戒請求事由は理由がない。
3 よって,主文のとおり議決する。
令和3年7月19日
第二東京弁護士会綱紀委員会第1部会: 部会長 木崎孝 印