愛知県弁護士会 宮地紘子弁護士に申立てされ棄却された懲戒の議決書
令和6年(コ) 第39号事件 愛知弁綱発第21号 令和7年1月23日
懲戒請求者 〇〇
対象弁護士
愛知県名古屋市昭和区広路町北石坂 102番地の148 パーク八事 3B
八事総合法律事務所 対象弁護士
宮地紘子 (登録番号 44235)
上記懲戒請求事件について、当委員会は調査の上、次のとおり議決する。
主 文
対象弁護士につき、懲戒委員会に事案の審査を求めないことを相当とする。
第1懲戒請求事由の要旨
理 由
対象弁護士は、懲戒請求者と懲戒請求者の配偶者との間の婚姻費用分担調停において、懲戒請求者の配偶者の手続代理人を務めていたところ、
1 令和4年11月には「令和5年1月の給与明細を見ないと年収が分からない」旨、
2 令和5年1月には、 令和5年1月の給与明細を提出したにもかかわらず、「令和5年4月の給与を見ない と年収が分からない」旨、
3 令和5年4月には、令和5年4月の給与明細を提出したにもかかわらず、 「令和5年7月の賞与を見ないと年収が分からない」旨を述べ、禁反言を繰り返して婚姻費用の確定を引き延ばし、会社員である懲戒請求者に平日の休暇を取らせて何度も家庭裁判所に呼ぶという極めて不誠実な対応を行った。
また、懲戒請求者は、令和4年当時は海外赴任中であったが、令和4年12月には帰任することがほぼ確定していたため、 対象弁護士に対し、 帰任後の調停実施を申し入れたが、対象弁護士は、調停を一方的に進め、懲戒請求者は、対象弁護士の身勝手 なやり方に翻弄された。
上記の対象弁護士の行為は、 弁護士職務基本規程第5条 (信義誠実)、同第6条 (名誉と信用)、同第35条 (事件の処理)に著しく反する。
第2 対象弁護士の弁明の要旨
1 婚姻費用分担調停では、当事者の収入に変化がある場合、 その都度、提出すべき証拠が変化していくことは当然である。 調停において、 証拠の提出は任意であり、証拠の提出に応じるか否かは当事者の判断である。
2 婚姻費用分担調停は、相手方が海外に居住している場合でも申立てをすることは可能である。 調停の期日や進行方法を決めるのは家庭裁判所であり、電話調停やウェブ調停も認められている。
懲戒請求者は手続代理人を選任しているところ、 婚姻費用分担調停において、当事者本人の出席は必要不可欠ではない。
対象弁護士が懲戒請求者の出席を求めたことはない。
3 本件調停が長期化した主たる理由は、当事者双方の収入に増減があったこと、当事者双方が既払金について詳細な計算を求めたことである。
対象弁護士は、遅くとも令和5年4月21日の調停期日には家庭裁判所に対して審 判に移行して欲しい旨を申し出ていたが、 家庭裁判所の判断によって期日が続行され、同年10月3日に不成立となった。
対象弁護士が婚姻費用の確定を引き延ばしたものではない。
第3 懲戒請求者の反論
1 当事者の収入の変化を言い出せば、永久に婚姻費用を決めることができない。
懲戒請求者は、対象弁護士に対し、 帰任すれば、海外赴任手当が支給されなくなる ことを事前に説明していたし、 「令和5年7月の賞与を見ないと年収が分からない」 のであれば、令和4年11月時点でその旨を主張するべきである。
2 調停の進行を家庭裁判所が決めるとしても、 対象弁護士が延期を申し出れば、延期されるものである。
懲戒請求者は令和4年6月に手続代理人を選任したが、 海外在住であり、本人の確 認ができないため、 調停への電話やウェブでの参加は認められなかった。
婚姻費用について、 調停に自ら出席して、その場で対応するのは当然であり、 出席が必要不可欠か否かという問題ではない。
第4 証拠の標目
1懲戒請求者提出分
甲第1号証
「2024年4月 調停・審判の主な流れ」と題する書面(添付別紙 1–1と記載されているもの。)
甲第2号証 「2024年4月 調停・審判の主な流れ」と題する書面 (12と記載されているもの。)
甲第3号証上申書 (調停申立延期願い) (添付別紙2–1と記載されているもの。)
甲第4号証 上申書V 調停延期再願い) 2–2と記載されているもの。)
甲第5号証 「家賃に関しては」から始まる書面(2–3と記載されているもの。)
2 対象弁護士提出分)
乙第3号証
第4号証 乙第5号証
乙第1号証 受任通知 (懲戒請求者の手続代理人、 令和4年6月28日付)( 乙第2号証 審判 (名古屋家庭裁判所、令和6年2月7日付)
夫婦関係等調整 (離婚) 調停申立書 (対象弁護士、 令和5年9月15日付)
合宣 家事審判 (夫婦同居) 申立書 (懲戒請求者、令和5年9月5日付) 夫婦関係等調整(円満) 調停申立書 (懲戒請求者、 令和5年9月24日付)
第5 当委員会の認定した事実
1 対象弁護士は、懲戒請求者の配偶者の手続代理人として、 令和4年2月25日、名 古屋家庭裁判所に対し、懲戒請求者を相手方として、婚姻費用分担調停を申し立てた
なお、懲戒請求者の配偶者は、当時、稼働していなかった。
2懲戒請求者は、当時、海外赴任中であり、 給与及び賞与に加え、海外赴任に伴う手当として、別居手当、 地域給、海外勤務給が支給されていた (乙2)。 (8)
3 懲戒請求者は、名古屋家庭裁判所に対し、令和4年5月22日付上申書 (調停申立 延期願い)(甲3)及び同年6月6日付上申書V (調停延期再願い) (甲4)を提出 した。
4 懲戒請求者は、その後、手続代理人弁護士を選任し、懲戒請求者の手続代理人弁護士は、令和4年6月28日、 対象弁護士に対し、受任通知を送付した。
なお、同受任通知には、「婚姻費用についての協議は調停にて行いたいと考えてい ます。」 等と記載されていた(乙)
5 名古屋家庭裁判所は、懲戒請求者の手続代理人が選任された後、 第1回調停期日を指定し、 調停手続が開始された。
6 懲戒請求者は、令和4年12月に海外赴任を終え、令和5年1月以降は国内勤務となった。これに伴い、 海外赴任に伴う手当である別居手当、地域給、海外勤務給は支給され なくなった(乙2)。
なお、懲戒請求者の配偶者は、令和5年4月からパートタイマーとして稼働するよ うになった (乙2)。
7 上記婚姻費用分担調停は、数か月に1回の頻度で調停期日が指定されていたが、令和5年10月3日に不成立となり、 審判手続へ移行した (乙2)。
8 名古屋家庭裁判所は、令和6年2月7日、懲戒請求者は、懲戒請求者の配偶者に対し、
1 令和4年2月から令和6年1月までの未払の婚姻費用(既払額を控除した残 額。)、
2 令和6年2月から当事者の離婚又は別居状態の解消に至るまでの婚姻費用 を支払うべきとする内容の審判を下した(乙2)。
第6 当委員会の判断
1 弁護士職務基本規程第5条 (信義誠実) に違反する旨の主張について
(1)懲戒請求者は、対象弁護士が、
1 令和4年11月には「令和5年1月の給与明細を見ないと年収が分からない」旨、
2 令和5年1月には、令和5年1月の給与明細 を提出したにもかかわらず、 「令和5年4月の給与を見ないと年収が分からない」 旨、
3 (1)令和5年4月には、令和5年4月の給与明細を提出したにもかかわらず、 (「令和5年7月の賞与を見ないと年収が分からない」 旨を述べ、 禁反言を繰り返し 婚姻費用の確定を引き延ばし、会社員である懲戒請求者に平日の休暇を取らせて 何度も家庭裁判所に呼ぶという極めて不誠実な対応を行った旨を主張する。
(2)婚姻費用分担調停においては、通常、権利者及び義務者の収入の確認が必要であ るところ、本件においては、調停が申し立てられた令和4年2月当時は、懲戒請求 者が海外赴任中であり、 給与及び賞与に加え、 海外赴任に伴う手当として、別居手 当、地域給、海外勤務給が支給されていたが、令和4年12月に海外赴任を終え、 令和5年1月から国内勤務となった結果、 海外赴任に伴う手当が支給されなくな り、また、同年4月から懲戒請求者の配偶者がパートタイマーとして稼働して収入 を得るようになり、権利者及び義務者の収入がそれぞれ変動している。
(3) 上記の収入の変動をふまえると、対象弁護士が、 各調停期日において、権利者及 立び義務者の収入を確認するための資料の提出を求めたとしても、これが弁護士職務基本規程第5条の信義誠実に違反するとは言えない。 (8)
なお、当事者の収入の変動は、懲戒請求者の海外赴任が令和4年12月に終了 期待したこと、 懲戒請求者の配偶者が令和5年4月から稼働を開始したことによるものであるから、永久に婚姻費用を決めることができないということにはならない。
(4) また、懲戒請求者は手続代理人を選任しているのであるから、証拠の提出の要否、調停への出席の要否、調停の進行等について、懲戒請求者の手続代理人に相談することができたのであるから、 対象弁護士が一方的に調停を進行したということもできない。
むしろ、名古屋家庭裁判所は、懲戒請求者が手続代理人を選任した後に第1回調停期日を指定しており、懲戒請求者の状況に配慮した進行を行っていると言えるし、懲戒請求者は各調停期日に参加しているのであるから、調停の進行については 懲戒請求者の意向も反映されているものと言える。
なお、調停手続に電話やウェブでの参加を認めるか否かは、裁判所の判断によるものであるから、懲戒請求者が電話やウェブで調停手続に参加できなかったとし対象弁護士に責任があるものではない。
(5)さらに、懲戒請求者の手続代理人の受任通知に、「婚姻費用についての協議は調停にて行いたいと考えています。」等と記載されていたことからすると、懲戒請求者の配偶者の手続代理人である対象弁護士に調停の延期を申し出る必要があったものとも認められない。
(6) したがって、 対象弁護士の行為が、 弁護士職務基本規程第5条の信義誠実に違反するとは言えない。
2 弁護士職務基本規程第6条(名誉と信用)に違反する旨の主張について
上記1のとおり、本件調停においては、権利者及び義務者の収入がそれぞれ変動している。
本件調停において、 対象弁護士が、 各調停期日において、権利者及び義務者の収入 を確認するための資料の提出を求めたとしても、 これが弁護士職務基本規程第6条の 名誉と信用」に違反するとは言えない。
また、対象弁護士が一方的に調停を進めたということもできない。
したがって、 対象弁護士の行為が、 弁護士職務基本規程第6条の名誉と信用に違反 するとは言えない。
3 弁護士職務基本規程第35条 (事件の処理)に違反する旨の主張について
(1)懲戒請求者は、対象弁護士による事件の処理が弁護士職務基本規程第35条の
「速やかに着手し、遅滞なく処理しなければならない」旨の規程に違反すると主張 する。
(2)懲戒請求者は、 対象弁護士が懲戒請求者の配偶者の手続代理人として調停を申し 立てた令和4年2月から、 審判が下された令和6年2月まで2年の期間を要したこ とをもって同条違反を主張するものと思われるが、 対象弁護士が事件の依頼者であ る懲戒請求者の配偶者との関係において速やかに事件に着手していることは明白で あり、上記1のとおり、調停手続に時間を要した原因は権利者及び義務者の収入が それぞれ変化したことによるものであり、事件の処理が遅滞したと言うこともでき ない。
したがって、対象弁護士の行為が弁護士職務基本規程第35条に違反するとは言えない。
4 結論
以上のとおり、 対象弁護士には、弁護士法第56条1項の定める品位を失うべき非行はない。
よって、懲戒請求事由はいずれも理由がないから、主文のとおり議決する。
令和6年12月26日 愛知県弁護士会綱紀委員会第2部会部会長 山田尚武 印