決 定 書平成24年 (綱) 第196号 2014年(平成26年)1月22日 大阪弁護士会 会長 福原哲晃
懲戒請求者 Mさん(自衛隊員)
対象会員 増本充香 (登録番号30633)
大阪弁護士会は、上記の懲戒請求について次のとおり決定する。
(主 文)
対象会員を懲戒しない。 (登録番号 030633)
本件懲戒請求について綱紀委員会の調査を求めたところ、 同委員会が別紙のとおり 議決したので、主文のとおり決定する。
議 決 書
第1 前提となる事実
理 由
1 平成20年6月14日
対象会員は、懲戒請求者(以下「請求者」という。)の妻であったM M(以下「MM」 という。)の代理人として, 請求者とMM間の 離婚をめぐる紛争に関し, 請求者と面談した (以下「1回目の面談」 という)。
2 同年7月11日
請求者と対象会員が2回目の面談をした(以下 「2回目の面談」という。)
3 同年10月18日
MMが請求者に対して, 離婚調停を大阪家庭裁判所に申立てた。 対象会員はMMの代理人として同調停手続に関わった。
4 平成21年1月15日
MMが, 請求者に対して,婚姻費用分担請求調停を大阪家庭裁判所に申立てた。 対象会員はMMの代理人として同調停手続きに関わった。
5 同年8月28日
請求者が,同月14日付け婚姻費用分担の審判 (MM)に対して1ヶ月 15万円の婚姻費用の支払いを命じたもの)に対して即時抗告を申立てた。 対象会員は,MMの代理人として即時抗告事件に関わった。
6 同年9月11日
請求者がMMに対して離婚訴訟を大津家庭裁判所に提起した。
7 同年9月17日
MMが, 請求者に対して, 離婚訴訟を大津家庭裁判所に提起した。対象会員は,MMの代理人として同訴訟手続きに関わった。
なお, (6) 記載の離婚訴訟と上記離婚訴訟は併合された。
8 同年12月28日 5 の即時抗告申立てが棄却された。
9 平成22年6月4日
請求者が, MMに対して子 (平成16年10月9日生) の面接交渉を求める調停を大津家庭裁判所に申立てた。 対象会員は,MMの代理人として同調停手続に関わった。
10 同年7月29日
請求者が, MMに対して, 1ヶ月15万円の婚姻費用の分担の減額調停を大津家庭裁判所に申立てた。対象会員は、MMの代理人として同調停手続きに関わった。
11 平成23年4月12日
10 の婚姻費用分担 (減額) 調停から移行した審判として, 平成21年8月から平成22年6月まで毎月15万円を, 同年7月から当事者の離婚又は別居状態の解消まで毎月12万円を支払う旨の判断がなされた。
12 同年5月23日
6 7の併合された離婚訴訟につき判決が言い渡された。 その骨子は, 請求者とMMとを離婚する, 子 (長女)の親権者をMMと定める, 養育費として請求者がMMに対して月7万円支払う, 財産分与として請求 者がみはるに対して461万円余りを支払う等である。
13 同年5月27日
12の裁判につき, 請求者が控訴した。
14 同年6月7日
12の裁判につき, MMが控訴した。 対象会員は,MMの代理人として同訴訟手続きに関わった。
15 同年10月21日
13, 14 の事件は併合され,和解が成立した
その結果, 請求者はMMに対し, 解決金として600万円の支払い義務のあることを認めるが, 平成23年11月末日限り200万円, 同年12 月26日までに250万円の合計450万円の支払いをすれば, 残額150 万円の支払い義務が免除されるとになった
16 同年12月6日
9の面接交渉調停事件の調停が成立した。
その結果、 平成24年1月から請求者が子(平成16年10月9日生) と奇数月の第2土曜日の午前9時から午後0時まで面接することになった。 なお,MMは同面接交流に立ち会うことができる。
17 平成24年12月8日
請求者が対象会員について懲戒請求を行った。
第2 懲戒を求める事由
1 子との面接交渉の妨害
(1)平成20年6月から平成23年12月の面接交渉の調停成立まで,子 の入院に際して医師に病状を尋ねたり、 病院に行って会うこと等を請求者が求めたのに対し, 対象会員は、請求者の要求を拒み、請求者の質問には沈黙をして回答せず,そのことによって心理的な威圧を行い, 請求者の要求を拒むことに法的根拠があるかのように振る舞って,医師と話 をすることや子との面接を妨害した。
(2) 具体的には、 1平成21年1月29日付けの請求者代理人宛ての文書 (甲6, 甲7)において, 対象会員は,子の手術が必要であると伝えながら,不明な点や確認したい事項は対象会員宛に連絡し、 病院に直接連絡をすることを遠慮するよう申し向け, 2請求者が電話により、医師と子に会うことの了承を求めた際も, 対象会員は医師に迷惑をかけるとい う理由と子の状況は対象会員が連絡するという返答を繰り返し、請求者が子への面接をすることに法的な制限を受けるかを尋ねても沈黙したま まであった。
3請求者が、自分の代理人である辻弁護士から,子の面接に制限はない との説明を受け、 対象会員に対して子の病状を確認する電話をした際に, 面接交渉を制限する法的理由をはっきり示すよう抗議し、 請求者が問い合 わせないと子の状況を報告しないと非難したところ、 対象会員は電話を切った。
4 平成21年12月頃には、請求者が対象会員に対して, 子供が入学する準備として,子と一緒にランドセルを買いに行きたいと言ったが, 同様に拒絶された。
(3) 以上から, 対象会員は弁護士法1条の誠実義務に違反する。
2. 家庭内不和を不要に周知
(1)平成22年6月頃, 対象会員は請求者の職場 (広島) の経理担当者宛 に子供手当をみはるにおいて受給できるよう文書で求めた (乙32)。 その結果, 請求者の家庭内不和について, 経理担当者, 経理課長,請求者の上司らが知るに至り、請求者の信用が落とされた。 また職場業務が停滞した。
(2) 請求者は, MMに対し, 子ども手当を含めて, 子の生活費として毎月5万9000円をMMの銀行口座に送金しているにもかかわらず (甲8), しつこく嫌がらせ的に子ども手当が渡されていないと職場の関係者に言いふらした。
(3) 請求者は代理人として, 辻弁護士に委任しているにもかかわらず, 対象会員はその関係を無視して, 前記行為をおこなった。
弁護士を代理人に頼んでも、第三者に対して秘密を暴露されることが あるのであれば、 弁護士に依頼することが紛争を収めるために何の期待 も出来なくなる。
(4) 以上から, 対象会員は弁護士法23条の守秘義務に違反する。
3 退職金見積額提出の強要
(1) 平成22年10月頃, 対象会員は、請求者やその代理人の辻弁護士に 何の断りもなく、請求者の元の職場 (広島)と新たな職場(千葉)の経理担当者に対して、 直接電話をし、請求者の退職金見積額を概算で出すよう強要した。
その結果,新たな職場においても、請求者の家庭内不和が周知され、 請求者の信用が落とされた。
(2) 請求者は, 対象会員から職場に対して直接要求があったため, 職場の 担当者から報告を受け、裁判が進んでいるため財産分与の資料も必要で あると思料し、請求者代理人の辻弁護士経由で離婚訴訟が係属している 裁判所に提出した ( 甲10)
(3) 「強要した」 と主張しているのは、 経理担当者が対象会員からクレームを言われたようなことがあり, (請求者との) 板挟みになって困って います, 勘弁して下さいと訴えるほどになっていたからである。
対象会員は、請求者が代理人として, 辻弁護士を委任しているのに, その関係を無視して,前記(1)の行為をおこなった。
(4) 以上から、 対象会員は弁護士法23条の守秘義務に違反する。
4 裁判の長期化とこれに伴う子との面接交渉の障害
(1)平成20年6月から平成23年12月の面接交渉の調停成立まで,不当な請求によって裁判・調停が長期化し, これが障害となって子との面接交渉が滞った。
(2) 具体的には, 離婚裁判の1審で500万円の支払いが認められたのに, 婚姻費をふくらまそうと意図して, 不当に控訴した。 しかも, MMが .主張していないにもかかわらず, 年収約900万円の請求者が同居の4年間に4500万円を蓄財した旨の不当な主張をして, その半額の分与 を求めるなど徒に紛争を長引かせた。 控訴審での和解で支払を認めた450万円は、1審判決で認められた500万円よりも少ない。
(3)請求者は,辻弁護士を代理人として一緒に出頭していた面接交渉の調 停において, 離婚裁判を終わらせてから面接交渉の条件を詰めるという, 調停委員の示した方針に従ったため, 離婚裁判が長期化すると,それだ け面接交渉の機会が減ることになった。
(4)以上から, 対象会員は弁護士法1条の誠実義務及び2条の職責の根本基準に違反する。
5 弁護士業務履行時の弁護士徽章の不帯用など
(1)平成20年6月14日の1回目の面談の際, 対象会員は茶に染めた 頭髪で臍の見えそうなカットソーのセーターを着ており、弁護士バッジ を帯用していなかった。 また, 同年7月11日の第2回目の面談の際も茶に染めた頭髪で臍が隠せないカットソーのセーター, シガレットパン ツを着け弁護士バッジを帯用していなかった。
(2)1回目の面談の際に、請求者は対象会員から名刺をもらった。
1回目及び2回目の面談の際に, 請求者は対象会員に対して弁護士 徽章を見せて欲しいとは言っていない。
(3) 以上から, 対象会員は弁護士法2条の高い品性の陶やに努める義務、 及び日弁連会則12条の高い気品を保つ義務, 29条の徽章の帯用に違 反する。
6 郵便法17条違反
(1) 平成24年7月8日頃, 対象会員は村中主水とネット上で名乗っている人物に対して普通郵便に現金80円を同封して送付した (甲5) (2) 以上から、 対象会員は郵便法17条に違反する。
第3 対象会員の弁明
1「子との面接交渉の妨害」について
(1) 対象会員がMMの代理人として活動したのは, 裁判外の交渉段階である平成20年6月から、大津家裁平成22年 (家イ) 第405号面接 交渉調停事件 (平成22年6月4日請求者申立) の調停が成立した平成23年12月6日までの約3年半の期間である。
この間, 裁判所での試験面接が2回実施され, また裁判所外での面接の機会も2度設けられた。 さらに, 請求者は子の入学式にも出席することができた。 これら結果が得られたのは対象会員がMMの代理人として請求者の有する面接交渉権の適切な具体化に向けて調停内外にお いて真摯な努力を重ねてきたからに他ならない。
これらの経過からは,対象会員が請求者の面接交渉権の行使を不当に 妨害したことをうかがわせる事情は一切見出せない。 事実、対象会員は, 交渉開始当初から、請求者の面接交渉権を否定したことは一度もなく、子のために最も良い面接交渉のあり方を模索しつつ、上記のとおり真摯 に協議を続けてきたのである。
(2) 請求者は,平成21年1月29日付けのファックス (甲3号証, 甲6 号証)を提出して、子との面接交渉の妨害であると主張する。
しかし, 同ファックス記載の 「病院に直接ご連絡をされることは,ご 遠慮頂きますようお願い申し上げます」 という文面は、純然たる依頼文であり, 禁止, 強制の要素は含まない。 その他の記載内容にも不当性はない。
さらに,対象会員が,上記ファックスを送信した辻弁護士からは,子との面接交渉の不当な妨害である旨の指摘も抗議もなかった。 従って, 上記ファックスは,子との面接交渉の妨害にあたらず, 誠実義務に違反する行為であるとする請求者の主張には理由がない
(3) 請求者は, 電話により, 医師と子に会うことの了承を求めた際も、対象会員が、医師に迷惑をかけるという理由と子の状況は対象会員が連絡 するという返答を繰り返し, 請求者が子への面接をすることに法的な制 限を受けるかを尋ねても沈黙したままであったとして、 面接交渉の妨害, 誠実義務違反を主張する。
しかし, 請求者と医師との連絡をめぐる問題は, 対象会員と請求者代 理人である辻弁護士との間で、 平成21年1月29日から同年3月5日 までの数次の電話又はファックス等による交渉で決着している。
また、この経過の中で, 対象会員は、請求者から直接受けた電話にお いて, 「医師に迷惑がかかるといけないので、病院への直接連絡は差し 控えていただきたい, 病気 手術に関するご質問等があれば, 辻弁護士 と相談されたうえ辻弁護士から当方宛におっしゃっていただくようにさ れたい,そうすれば当方で確認のうえ辻弁護士宛にお答えさせていただ くと応答したり,子への面接に法的制限を受けるかの質問に, 正面から回答することを控え、 まずは, 辻弁護士と相談され, 同弁護士から連 絡いただくようにされたい旨応答したが,これらの応答に面接交渉の妨害,誠実義務違反は認められない。
(4)請求者は,自分の代理人である辻弁護士から,子の面接に制限はない との説明を受け、 対象会員に対して子の病状を確認する電話をした際に, 面接交渉を制限する法的理由をはっきり示すよう抗議し、請求者が問い 合わせないと子の状況を報告しないと非難したところ, 対象会員は電話
を切ったとして, 面接交渉の妨害, 誠実義務違反を主張する。
しかし, 上記電話は平成21年2月10日か子の手術があった同年3 月4日 (甲27) までにあったものと考えられるところ,この間,辻弁 護士が請求者代理人となっており, 対象会員としては, 交渉窓口1本化 の観点, 弁護士職務基本規程52条の規律により, 請求者とは交渉の中 身に入らず、 会話を打ち切るという対応が要請されていたこと,子の状 況等請求者が電話で求めた事項については, 辻弁護士との間で連絡をとり, 誠実に交渉を続けていたことから, 面接交渉の妨害, 誠実義務違反 に該当するとは言うことはできず、 主張自体失当である。
(5) 請求者は,平成21年12月頃には、請求者が対象会員に対して, 子供が入学する準備として, 子と一緒にランドセルを買いに行きたいと言 ったが, 拒絶されたとして, 面接交渉の妨害, 誠実義務違反を主張する。 しかし、このようにある提案を相手方が断るというやりとりは,交渉 一般を通じてごく普通にみられるものであり、 断った行為が面接交渉の 妨害になり弁護士としての誠実義務違反に該当することはあり得ず, 主張自体失当である。
なお、請求者が子のランドセル購入に関し, 上記希望を伝えてきたのは,平成21年12月頃ではなく,平成22年10月のことである(甲 43) し, 平成22年11月2日の調停期日後にランドセル購入の要望は出されなかった。 この間,子と一緒にランドセルを購入したいという 要望は一切なかった。
2 「家庭内不和を不要に周知」について
(1) 平成22年6月頃、 対象会員が、 請求者の職場 (広島) の経理担当者宛 に子ども手当をMMにおいて受給できるよう文書(乙32) で求めたが, 対象会員による上記文書の送付は,子ども手当の認定 支給機関に対し、認定判断の基礎となるべき事実関係を伝え, 正確な判断を促す行為である。
また, 詳細な事実を伝えたのは、請求者の職場の経理担当者からできるだけ詳細に記載した書面の提出いただきたいとの連絡があったからである 、しかも、当該情報は、 職務上知り得た秘密に該当し、 国家公務員法上の守秘義務の対象事項となるのであるから, 徒に拡散されるおそれはない。
従って, 上記文書の送付は,家庭内不和を不要に周知させる行為にあたらない。
(2) 対象会員は、32の「ご依頼」 と題する文書を請求者の職場に送付 した約2週間後, 経理担当者から電話を受け、請求者の受給資格を覆す ことはできないが, そのかわりに、請求者本人と話をし、請求者は,支給された子ども手当を,婚姻費用を振り込むことになっていた子名義の 口座に全額振り込むこと及び振り込んだことを示す書類を提出すること を約束した, 6月支給分は7月頃にそちらに振り込まれることになろう, と聞いた。
対象会員は,MMにおいて受給すべきものである旨申し述べたが, その態様は 「しつこい」との評はあたらず, 「嫌がらせ的要素 」 は全くなかった。 また,子ども手当の認定 支給機関の担当者に対して, 認定支給の 判断要素たるべき事実を伝えたにとどまり, 「言いふらした」という事 実はない。
(3) 対象会員は、請求者の代理人である辻弁護士に連絡しないまま, いきなり請求者の職場に連絡したという事実はない。
MMから, 子ども手当に関する相談を受けた対象会員は,まず辻弁護士に連絡をとり, 子ども手当を請求者において受給しないよう依頼したが,これに対し, 辻弁護士から, 請求者本人が応じられないと言っており、無理であるとの回答がなされたため,その後, 請求者の勤務先の 経理担当者に連絡をとったのであって, 対象会員が事前に辻弁護士との 間で子ども手当の受給に関する交渉を行っていること (甲34,甲3′5) は明らかである。
3 「退職金見積額提出の強要」 について
(1)対象会員は,大津家裁に係属していた離婚請求訴訟において,平成2 2年3月8日付けの準備書面(乙37) を同年4月7日の期日に陳述して, 財産分与額の算定のために, 請求者の退職金支給額を明らかにするよう求釈明をした。
(2) また, 対象会員は, 請求者代理人の辻弁護士に対し, 求釈明によって 提出されないようであれば, 調査嘱託の申立を行う予定である旨を告げた。
(3)この後, 辻弁護士より, 同年5月10日(乙38)に 「退職金の見込み額について」 と題する書面(甲10, 乙39) が提出され, 同月31日( 40)に上記書面の記載を補充する書面(乙41) が提出されたので, 対象会員は,財産分与額に関する主張をまとめた準備書面を作成し平成22年10月頃には,同準備書面を陳述済みであったから、各見積額を示した書類に関して何らかの問題が生じたことはない。
また、退職金見積額提出に関して対象会員がなした行為は,訴訟における準備書面による求釈明, 及び,調査嘱託申立の予告であって, 正当な行為である。 請求者の主張するような, 強要,略取といった行為もしくはこれに類する行為には一切及んでいない。
従って,平成22年10月頃, 対象会員が,請求者やその代理人の辻弁護士に何の断りもなく、請求者の元の職場 (広島) と新たな職場(千 葉) の経理担当者に、請求者の退職金見積額を概算で出すよう強要しという事実はない。
これを前提とする 「守秘義務違反」 の主張に理由のないこともまた明ら かである。
4 「不当な請求による裁判の長期化およびこれに伴う子との面接交渉の障害」 について
(1)請求者は, 1対象会員が不当な主張をして一審を長引かせるとともに, 無用の控訴まで行ったために,裁判がいたらずに長期化したというものである。 その他に面接交渉に障害を生じたとの記載もあるが,この点は, すでに反論している部分と裁判が長期化したために面接調停が遅延した という上記裁判の長期化にかかわる反論と重なるので、 特に反論しない。
(2) まず, 2については,一審判決に対する請求者の控訴が受理されたのは 平成23年5月27日であり,みはる側の控訴が受理されたのは同年6月が出たら7日であって,請求者の方が先に控訴している。 MMが控訴したことに より, 裁判の長期化が生じたということはできない。 また,本件控訴審は, 平成23年9月14日に第1回期日が開かれ, そこで審理が終結している。 その後は当事者の主張内容の吟味とは関係のない和解手続が続いていただけである。
これらの点から, MMの不当な主張のために控訴審が長期化したとは認められないことは明らかである。
(3) 次に, 1については、請求者は, 対象会員が, 年収約900万円の請求者が同居の4年間に4500万円を蓄財した旨の不当な主張をして, その半額の分与を求めるなど徒に紛争を長引かせた旨主張するが,MMは,一審でそのような主張をしていない。
対象会員作成の一審第6準備書面 (乙42, いわゆる最終準備書面) における財産分与についての主張 (17頁以下)をまとめると次のとおりとなる。
請求者が婚姻時に保有していた財産 請求者が現在保有する財産
823万8800円 –3339万1381円
財産分与において加算される財産
2045万4890円
分与対象財産 b–a+c=4560万6471円
請求者の「4500万円貯蓄」との主張は,上記分与対象財産額をもとにされているものと思われるが,この分与対象額の中には未現実の退職金受領見込額の一部である588万7491円が含まれているので, これを控除すると, 残額は3971万8980円である。
また、請求者は 「4年間で貯めた」 旨主張しているが, MMは,婚姻時 (平成16年2月) から同準備書面作成日現在(平成23年3月) までの間 (7年強) に蓄積された財産として主張しているから,3971万8980円を7年で除すると, 1年あたり 567万4140円となる。 他方,請求者がMMに渡していた生活費は年額100万円程度というのがMMの主張であり,年収900万円から567万4140円 及び100万円を差し引いた残額232万5862円が請求者において費消していた額であるということになり、これは決してありえない額とは言い得ない。
以上のとおり, 一審におけるMMの主張内容が, 懲戒事由に該当するような不当性を帯びたものとは到底言い得ないことが明らかであり, 対象会員が不当な主張を行ったとの主張は認められない。
(4) 以上のとおり, 対象会員が不当な主張及び不当な控訴により裁判を長期化させた事実は一切認められないのであり, 対象会員の行為が弁護士法1条及び2条に反する旨の主張には理由がない。
「弁護士業務履行時の弁護士徽章の不帯用」 との主張について
(1) 対象会員が弁護士法2条, 13条に反し弁護士の品位を害すると評価されるような服装で職務に従事したことは,本件を含め今日まで一度もない。
(2) 対象会員が平成20年7月 (懲戒請求書の 「平成21年」との表記は 誤りであろう)に宇治市内で請求者と面談した折に、 弁護士徽章を帯用していなかったのは事実である(対象会員は,事務所外の第三者にみら れる可能性のある場所での交渉に臨むときは、弁護士と面談している事実自体を他人に知られたくないないと相手方が考えることを慮って,あえて帯用しないことが多い)が,このことが直ちに懲戒事由となるものではない。
当時徽章は,対象会員の所持するバックの中で保管しており,呈示を求められれば直ちに呈示できる状態にあった。 このように外部から分かるように着用していなかった点も, そのことだけで懲戒処分相当の行為であるとは到底言い得ない。
(3)以上から、 弁護士法2条の「高い品性の陶やに務める義務」 及び日弁 連会則12条の 「高い気品を保つ義務」, 同29条の 「徽章の帯用」に違反しない。
7 「郵便法17条違反」 について
(1) 請求者の主張は, MMとの間の紛争に関わるもの以外に, 対象会員が現金80円を普通郵便で送った行為が郵便法17条に違反するというもの である。
これは、 弁護士法56条1項にいう「品位を失うべき非行があったとき」 に該当すると主張するものであると解される。 しかし、同条項の解釈は形式的判断のみによらず実質的価値判断に加えてなされるものであり, 懲戒に値しない形式的違反行為はそもそも懲戒事由に該当しないとするのが妥当とされ(条解弁護士法第4版42.5頁), 「品位を失うべき非行」 は違反の重大性という実質的評価を伴った概念であるから,この観点から請求者の主張内容から見ると, 対象会員の行為として主張されているところは, 形式的には 郵便法17条違反と言い得るものの, 80円という金額の僅少性, 同行為により品位が害され, 若しくは低する程度等を考慮すれば,これが懲戒に値 するものと言い得ないものであることは明らかである。したがって, 仮に請求者の主張するとおりの行為がなされたとしても, 同行為が懲戒処分該当事由にあたるものとはいえないのであり、請求者の上 記主張は,主張自体失当というほかない。
(2) 平成24年7月8日頃, 対象会員が村中主水とネット上で名乗る人物に 対し, 現金80円を封入し書留郵便で送付した事実はあるが, 対象会員に品位を失うべき非行があったとすることは不可能であり, 請求者の主張には理 由がない。
第4 証拠 (省略)
第5 調査の結果
1 懲戒を求める事由に対する判断
(1) 「子との面接交渉の妨害」(懲戒を求める事由 (1))について
ア 請求者が指摘する平成21年1月29日付けの対象会員の請求者代理人辻弁護士宛のファックス (甲3, 甲6, 乙19) には,末尾に「なお、病院に直接ご連絡をされることは、ご遠慮頂きますようお願い申し上げます。」 との記載がある。
しかし, 上記ファックスには,子の病状, 経過、 医師の説明内容が 簡潔に記述され, しかも、子の手術は 「滋賀医科大学付属病院」 にて 3月頃を予定している旨の記載もあるから、 「なお, 病院に直接ご連絡をされることは,ご遠慮頂きますようお願い申し上げます。」 との記載 があるからといって、直ちに面接交渉の妨害があったということはで きない。
イ請求者が, 面接交渉妨害行為の資料として提出する同年2月10日 付けの対象会員の請求者代理人辻弁護士宛のファックス(甲7,乙2 1) には 「当方と致しましては、 病院にご迷惑となっては困りますし、 現在のT氏(請求者の状況から鑑みましても、 医師の名前をお伝えすることは差し控えさせて頂きたいと考えておりますので、 ご了承くださいますようお願い致します。」 との記載がある。
しかし、この記載だけで請求者の面接交渉が妨害されるものではない、また, 担当医師が所属する病院名が同年1月29日付けファックス (甲6) で対象会員から請求者側に開示されていた。 従って, 上記ファックス (甲7) によって, 面接交渉を妨害したと は認められない。
ウ 平成21年2月頃, 対象会員は, 請求者が直接架けてきた電話において, 対象会員が、 医師に迷惑をかけるという理由と子の状況は対象 会員が連絡するという返答を繰り返し、 請求者が子への面接をすることに法的な制限を受けるかを尋ねても正面から応答しなかった。
しかし, 対象会員は、請求者代理人の辻弁護士と相談して, 辻弁護士から連絡するよう応答した。 これは, 甲21のファックス文書の内容, 平成21年1月29日以降, 請求者に対する連絡事項, 請求者か らの連絡事項や要望について, 対象会員が,すべて請求者代理人たる 辻弁護士宛にファックス文書を送信していた経緯(甲19ないし甲2 1, 甲23, 甲25ないし甲28) から認められる。
また,このような対象会員の対応は,相手方代理人の承諾を得ない 2 で直接相手方と交渉をしてはならない旨の弁護士職務基本規程52条 弁護の規律に合致する。からはしても 従って, 対象会員の上記の電話対応は,子との面接交渉の妨害行為でなく、請求者に対する誠実義務違反と認めることはできない。
エ 平成21年2月10日か、子の手術があった同年3月4日 (甲27) までの間において, 対象会員が、請求者から電話において, 面接交渉 を制限する法的理由をはっきり示すよう抗議し、請求者が問い合わせ ないと子の状況を報告しないと非難されたところ, その電話を切った という事実があったかどうかは明らかではない。
しかし, 仮に, 上記事実があったとしても, 対象会員は、請求者の 代理人である辻弁護士との間で、請求者からの連絡事項や要望につい て,交渉を継続している (甲21, 甲23, 甲25ないし甲28)。 また, 対象会員は,相手方代理人の承諾を得ないで直接相手方と交渉をしてはならない旨の弁護士職務基本規程 52条の規律に服する。 従って, 仮に, 上記事実があったとしても,子との面接交渉の妨害 行為でなく、請求者に対する誠実義務違反と認めることはできない。
オ 平成21年12月頃, 対象会員は, 請求者から、入学準備として, 子と一緒にランドセルを買いに行きたいと言われたが, 拒絶したとい う事実は認められない。
これは, 対象会員の請求者代理人辻弁護士宛の平成22年10月2 6日付けファックス (甲43) とこれに応答した請求者の同月31日 の対象会員宛のファックス (甲44) の応答内容から明らかである。 すなわち, 対象会員は, 請求者がみはる宛の手紙で, 受給した子ど も手当により請求者にて子のランドセルを購入したいとの提案をした が,すでに子がランドセルを選んで購入している旨をみはるが手紙で 伝えた旨を辻弁護士に連絡したところ (甲43), 同ファックスを読 んだ請求者が, 同年10月31日, 子が 「ランドセルを選んだと言う ことは, MMから貰った手紙には記されていません。」と応答しており(甲44), 対象会員が,請求者から, 入学準備として,子と一 緒にランドセルを買いに行きたいと言われたということは, 記載されておらず, 記載の前提にもなっていない。
従って, 対象会員が子と一緒にランドセルを買いたいとの申し入れ を拒絶して,子との面接交渉の妨害行為をし、請求者に対する誠実義 務違反を認めることはできない。
カ 以上のとおり, 対象会員には, 請求者が主張する面接交渉の妨害行為は認められず, 請求者に対する誠実義務違反も認められない。
(2) 「家庭内不和を不要に周知」 (懲戒を求める事由 (2))について
ア 平成22年6月頃, 対象会員は、請求者の職場 (広島) の経理担当者宛に子ども手当をMMにおいて受給できるよう文書 (32) で 求めたが,これは, 子ども手当の認定 支給機関に対し, 認定判断の基礎となるべき事実関係を伝えようとするものである。
また,詳細な事実を伝えたのは、請求者の職場の経理担当者からできるだけ詳細に記載した書面の提出を求められたからである。
従って、 上記文書の送付は, 家庭内不和を不要に周知させる行為にあたらない。
イ 対象会員は,上記文書 (乙32) を送付した後, 担当者からの電話
に応答しているが,その際に, 子ども手当をみはるにおいて受給すべ きことを、しつこく, 嫌がらせ的に主張したという事実、請求者の職 場に言いふらしたという事実は,いずれも認められない。
ウ 対象会員は,平成22年6月7日に上記文書 (乙32) を送付する 前,同年4月28日付けの請求者代理人辻弁護士宛のファックスにて, 子ども手当の手続をみはるにおいて行うこと, そのために請求者の勤務場所の住所,電話番号, 所属部署の名称の開示を求めていること(乙 34), 同年5月7日にも辻弁護士宛のファックスにて、請求者において, 子ども手当の手続をしないよう伝言を願い出ていること (乙35) から、請求者の代理人である辻弁護士に連絡しないまま, いきなり請 求者の職場に連絡した事実というは認められない。
エ 以上のとおり, 対象会員には、請求者の家庭内の不和を不要に周知 させた行為は認められず, 請求者の主張する守秘義務違反は認められ ない。
(3) 「退職金見積額提出の強要」 (懲戒を求める事由 (3))について
ア 対象会員は, 大津家裁に係属していた離婚請求訴訟において, 平成 22年3月8日付けの準備書面 (乙37) を陳述して, 財産分与額の 算定のために, 請求者の退職金支給額を明らかにするよう求釈明をし また,対象会員は、請求者代理人の辻弁護士に対し, 求釈明によ って提出されないようであれば,調査嘱託の申立を行う予定である旨 を告げた。
この後, 辻弁護士より, 同年5月10日及び同月31日に各「退職金の見込み額について」 と題する書面(甲10, 乙39) が提出された ので,同年10月頃に, 対象会員が、 請求者の退職金見積額を概算で出 すよう請求者の職場に連絡をする必要はなかった。
イそもそも, 退職金見積額提出に関して対象会員がなした行為は,訴訟における準備書面による求釈明, 及び、調査嘱託申立の予告であっ て,このほかに, 請求者の主張するような、 強要, 略取といった行為 は認められない。
ウ従って,平成22年10月頃, 対象会員が,請求者やその代理人の 辻弁護士に何の断りもなく、請求者の元の職場 (広島)と新たな職場 (千葉) の経理担当者に、請求者の退職金見積額を概算で出すよう強 要したという事実は認められず, 請求者が主張する守秘義務違反は認 められない。
(4) 「不当な請求による裁判の長期化およびこれに伴う子との面接交渉の障 害」(懲戒を求める事由 (4))について
ア 対象会員が, MMの代理人として, 年収約900万円の請求者が 同居の4年間に4500万円を蓄財した旨の不当な主張をして,その 半額の分与を求めるなど徒に紛争を長引かせたという事実は、上記主張が,最終準備書面として提出された準備書面(乙42)において確認できないから, 認められない。
また,その他に,一審におけるMMの主張が不当であったことを示す証拠は見あたらない。
イ 次に,控訴は、平成23年5月27日に請求者が控訴し,同年6月7日にMMが控訴していること (乙14, 乙15), 同年10月21 日に控訴審における和解が成立していること (乙16) から, 対象会員がMMの訴訟代理人として行った控訴及びその追行において,不 当な遅延を招いた事実は認められない。
和解における解決金額450万円が1審判決の支払認容額500万 円より低額になっているとの事実は,回収可能性, 上訴されないこと 等が考慮されることからすれば,控訴が不当であったことを裏付けるものとはいえない。以上より, 対象会員が不当な主張及び不当な控訴により裁判を長期 化させたという事実は認められず, 弁護士法1条及び2条に違反する とは認められない。
(5) 「弁護士業務履行時の弁護士徽章の不帯用」 (懲戒を求める事由 (5)) について
ア請求者は,みはるとの調停前における対象会員と請求者との面談時, つまり平成20年6月14日の第1回目の面談及び同年7月11日の 第2回目の面談の際の弁護士徽章の不帯用と対象会員の服装などに懲戒事由がある旨主張する。
イ 本件が綱紀委員会の調査に付された日は平成24年12月17日で あり, 上記各面談のあった日より3年以上経過しているので, 弁護士法63条により, 上記懲戒事由の有無について判断することを要しな い。
ウ従って, 対象会員について, 弁護士業務履行時の弁護士徽章の不帯用等があり、 弁護士法2条の「高い品性の陶やに努める義務」 及び日弁連会則 12条の「高い気品を保つ義務」 29条の「徽章の帯用」 に違反したとは認められない。
(6) 「郵便法17条違反」 (懲戒を求める事由 (6)) について
ア 平成24年7月8日頃, 対象会員が村中主水とネット上で名乗る人物に対し, 現金80円を封入し書留郵便で送付したことは,対象会員が自認しており、 形式的に郵便法17条に違反する事実は認められる。
イ しかし、 当該対象会員の行為は, 郵便法17条違反の態様, 違反の 程度等に照らし, 実質的に, 弁護士法56条1項の品位を失うべき非 行に該当するとは言えない。
2 結論
従って, 対象会員について, 郵便法17条違反があるからといって 弁護士法56条1項に違反したとは認められない。
以上のとおり、請求者が懲戒を求める事由 (1) ないし同 (6) のいずれ も認めることはできない。
よって, 主文のとおり議決する。
平成26年1月14日 大阪弁護士会綱紀委員会第二部会
文中 (辻弁護士) 辻公雄弁護士 登録番号11094 弁護士法人大手前法律事務所 元大阪弁護士会副会長 自由法曹団
増本充香弁護士は現在 ベーカー&マッケンジー法律事務所(外国法共同事業)に所属