LIBRA 2024年 6月号

特集
弁護士業務の落とし穴〈第2弾〉
直近の事例をもとに──困った時には相談を

総論:あなたは一人ではない~弁護士会への相談を 柴垣明彦
Part 1:最近の懲戒事例と注意すべきポイント 石本哲敏
Part 2:業際問題 鍛冶良明
Part 3:この1年の東弁市民窓口から見える問題点 市川 尚
Part 4:この2 年の東弁非弁提携弁護士対策本部から見える問題点
(国際ロマンス詐欺その他) 村林俊行

 【東弁会報リブラ】6月号 特集・最近の懲戒事例と注意すべきポイント 

最近の懲戒事例と注意すべきポイント弁護士倫理特別委員会 副委員長 石本 哲敏(42期)

1 はじめに弁護士等の外部者を交えた委員会を設けて調査を2022年1月から2024年3月までの日弁連の懲戒処分公告を見ると、不適切な表現を理由とするものと、処理遅滞・虚偽報告・音信不通等を理由とするもの─ ─困った時には相談をの件数が多く、目立っていた。また、企業等の委員会等を担当した弁護士がその後企業等の代理人に就任したことを理由とする懲戒処分が注目されている。これらの問題は、議論が現在進行中であったり、判断が分かれるものも多いが、現時点で考えられることをまとめてみた。参考にしていただければ幸いである。

(略)

不適切表現

不適切表現インターネットの普及による意見表明の機会拡大にともなって、不用意な発信による他人に対する名誉毀損やプライバシー侵害、業務上の不適切表現による懲戒処分も多い。これらは、単位会と日弁連(さらには、綱紀委員会と綱紀審査会と懲戒委員会)の判断が分かれることも多く、きわめて微妙な問題を含んでいる。どの段階であれ、一度でも懲戒処分を受けてしまえば、それが公表されるため、後に処分が取り消されたとしても、失われた信用を完全に回復することは難しい。

⑴ インターネットへ の 投 稿

ア 事務所のウェブサイト、ブログ、X(旧ツイッター)、YouTube、その他のSNSへの投稿は、原則として不特定多数人への表現となるため、他人の名誉やプライバシーを侵害した場合はその影響が極めて大きい。その上、訴訟活動等弁護士の業務上必要なものとは言えないため違法性阻却がなされない。

イ ①真実性及び真実相当性が認められないのに他人の犯罪事実を摘示したり、

②家事事件の審判書の一部の画像と、その抗告審決定書の一部の画像をそれぞれ投稿し両者を合わせると関係する個人を特定できる状態にしたり、といった行為が非行とされた。

ウ ツイッ タ ー に 、「 金 払 わ ん 奴 は タ ヒ ね ! 」、「 弁 護 士費用を踏み倒す奴はタヒね!」、「弁護士に金払わなくて平気な奴は人殺しと同じだよ。」、「金払わない依頼者に殺された弁護士は数知れず。」などと投稿した事案について

① 単位会は、これらの投稿が特定人に向けられたものかどうかは明らかではないが、その可能性があるとして、戒告の懲戒処分をした。

② 日弁連懲戒委員会は、本件ツイートは具体的な名指しはしていない、本件ツイートの内容は、弁護士の報酬を踏み倒す依頼者は許されないという趣旨であってその意見自体は妥当である、「タヒね」は、「死ね」を茶化した俗語として認識されており、「殺された」は、被害を受けるという意味に過ぎない、などとして、懲戒処分を取り消し、懲戒しない裁決をした。もっとも、この裁決には、原弁護士会の判断は相当であるとの少数意見があった。

③ なお、この裁決も、「タヒね」等は、軽薄で下品な表現であるとしており、このような表現が解禁されたとみることはできない。エ グループラインや弁護士会のメーリングリストといった、特定多数人に向けた投稿についても、弁護士が自力救済を容認するような不適切な表現や、綱紀委員会の議決書の投稿などが非行とされた。こちらも注意されたい。

⑵ 第三者への通知

ア 交渉を有利に進めようと、相手方の勤務先、融資先、所属団体等の関係先(第三者)に通知することは、プライバシー侵害や名誉毀損になることが多いので、慎重な対応が必要である。

イ ① 相手方の対応を変更させるため、相手方が会員である法人に紛争の内容を通知して対応を変更すべきであると忠告する文書を送る、

② 相手方の取引金融機関に対し、相手方の代表者の前科情報を通知したことが非行とされた。

ウ 弁護士会照会を利用した相手方のプライバシー侵害も要注意。不貞行為に基づく損害賠償請求の被告の住所を同人の勤務先に弁護士会照会するにあたり、被告の不貞行為を断定するなどの記載を「照会を求める事由」として記載し、照会手続を介して自らの主張を被告の勤務先に知らしめたことが非行とされた。

エ 第三者に対し、義務のないことをさせようとする場合も要注意。相手方の取引先金融機関に対し、相手方との取引内容の開示などを求め、回答しない場合は金融庁への連絡をほのめかす文書を送付したことが非行とされた。

⑶ 相手方への通知ア 依頼者の利益を追求するあまり、相手方に対する通知に、差別的表現や侮辱的表現、人格攻撃などを記載したり、犯罪に該当するなどの決めつけや不適切な請求・警告などの威圧的表現を記載したりして、弁護士業務の相当性を逸脱する行為による懲戒事案が目立っている。発送する前に、立ち止まっていただきたい。

イ ①法的根拠に欠ける不当な目的であることが明らかな依頼を受け、事実調査を怠って、多額の損害LIBRA Vol.24 No.6 2024/6賠償請求と訴訟提起の予告を記載した内容証明郵便を送付したことを、規程5条(信義誠実)、31条(不当な事件の受任の禁止)、37条2項(事実調査)違反とした事案、

②相手方の不貞行為を疑わせる事実につき必要かつ可能な調査をすることなく慰謝料3000万円を請求する通知を発送したことを規程37条1項2項(法令及び事実調査)違反とした事案がある。「やり過ぎ」「書き過ぎ」である。

ウ ①相手方に、「まだ不貞関係を続けますと、この事実を地元の民生委員や人権委員、自治会長らにも相談して、貴殿らを取り締まることになります」と記載した文書を送付したこと、

② 相手方会社の代表者に、同人の本籍地を公開する旨のショートメールを送ったことがいずれも非行とされた事案がある。いずれも威圧的表現であり、弁護士業務の相当性を逸脱している。

エ 準強制わいせつ事件の被害者代理人弁護士に対し、当該被害者が性風俗嬢でないことを認識しながら、ことさらに被害者を性風俗嬢と断定し、性風俗嬢が任意に有償で客の性的行為を受け入れた場合と同視し、また、あえて性風俗の実情及びその料金相場等を記載したファックスを送付したことを、規程6条(名誉と信用)違反とした事案がある。

オ 相手方が個人のブログに、弁護士の顧問先の商品・サービスを利用したがその効用を実感できなかった旨の記事を投稿したのに対し、通知書を3通送付し、1通目で当該投稿を刑法上の犯罪に該当すると断定して刑事罰を列挙し、2通目で刑事告訴を準備中で所轄署担当課に被害相談しているとし、3通目で刑事告訴やアフィリエイトサイトへの通報等採り得る手段をすべて取る旨を宣言した事案について

① 単位会は、懲戒しない旨の決定をした。

② 日弁連懲戒委員会は、法的知識に精通しているとはいい難い一般の市民との紛争であることに照らせば、各通知書の表現及びこれらの送付に係る当該弁護士の一連の交渉態度は、殊更に相手方を威圧し困惑させるものというほかなく、違法とはいえないまでも弁護士法56条1項の「弁護士としての品位を失うべき非行」に該当するとして、

③ 違法とはいえない交渉態度も懲戒処分の対象となり得る、とされたことに注目していただきたい。

⑷ 準備書面等裁判所に提出する書面への記載

ア 弁護士の裁判所における活動においては、時として、他人の社会的評価を低下させる表現(名誉毀損)がなされることがある。しかし、それが、争点の判断のために必要であり、表現方法も不当とは認められない場合には、違法性が阻却される。訴訟等の争点判断のための必要性がないか、表現方法が不当である場合は、品位を失うべき非行(弁護士法56 条1項)となる。過激な表現をしても、訴訟上有利になるわけではないので、冷静さを失わないことも必要である。

イ 裁判所における以下のような行為が、品位を失うべき非行とされている

① 損害賠償請求訴訟の原告について、氏名や生年月日を偽った旨及び逮捕歴がある旨の記述を準備書面に記載して口頭弁論期日において陳述し、外国人であることを理由とした差別的な記述がある新聞記事を証拠として提出した。

② 貸金返還請求訴訟の原告について、訴訟行為との関係性や訴訟追行上の必要性及び主張方法等の相当性の観点から正当な訴訟活動とは認められないにもかかわらず、過去に暴力団の構成員であったことを記載した答弁書及び準備書面を陳述し、証拠説明書を提出した。

③ 遺産分割協議無効確認等請求事件における、文書送付嘱託に関する意見書において相手方を犯罪者と断定するような表現をし、準備書面において「『大それた』反社会的・反倫理的な狂乱行動を繰り返している」と記載し、同事件の控訴事件において、「いわば『前科』がある」と相手方が犯罪を行ったと断じていると受け取られても仕方がない記載をした。

④ 離婚請求事件の準備書面で、「被告の見識の無さ」、「幼稚な精神構造」等と記載し、殊更に相手方の人格を非難し、精神的に傷つけるような主張をした。

特集 弁護士業務の 落とし 穴〈第2弾〉 直近の 事例をもとに─ ─困った時には相談を7戒告の懲戒処分とした。LIBRA Vol.24 No.6 2024/6⑤ 離婚請求訴訟の準備書面で、相当の根拠なく、特集 弁護士業務の 落とし 穴〈第2弾〉 直近の 事例をもとに─ ─困った時には相談を訴訟追行上の必要性を超えて、相手方が売春婦クラブ等を体験したことを示唆し、また、その主張について「見え透いた嘘を平然とつけるのか」と記載した。

ウ 事件の相手方代理人弁護士に対する行動にも配慮が必要である。信義に反して他の弁護士の名誉を害する表現は、規程70条(名誉の尊重)に、不当な懲戒請求やそのほのめかしは規程71条(他の弁護士に対する不利益行為)に違反する。

エ 遺留分減殺請求訴訟の原告訴訟代理人弁護士について「汚職の打診である」等侮蔑し中傷する記載をし、また、同弁護士に対し懲戒請求を行う旨の記載をした準備書面を送付したことが、規程5条、6条、70条及び71条に違反するとされた。

処理遅滞・虚偽報告・音信不通

⑴ 処理遅滞に関する懲戒事例も大変多く、目立っている。

⑵ 弁護士は、依頼者との間で委任契約書を作成して事件を受任し(規程30条)、事件の経過を報告しながら迅速に処理し(規程35条、36条)、処理が終了したらその結果に必要に応じ法的助言を付して説明し(規程44条)、預り金を清算して、訴訟資料の原本等の預り品を遅滞なく返還しなければならない(規程45条)。

⑶ これらは、弁護士にとって、当たり前のことである。しかし、事件過多やメンタル不調に陥って事件処理が回らなくなると、着手遅滞・処理遅滞が発生する。他の弁護士の力を借りて処理を続行する等の対策をすればよいが、それをしない場合は、依頼者や関係者からの問い合わせが殺到する。そして、取り敢えず問い合わせをかわすために虚偽報告をし、それでもごまかし切れなくなると、行方をくらませて音信不通になる、というパターンに陥る。弁護士は、事件処理で手一杯となっているから、委任状作成を怠ったり、解任された事件について書証の原本を返還しなかったり着手金を清算しなかったりという問題が付随的に起こり、これらも懲戒事由となる

⑷ 慢性的な処理遅滞に陥ると、市民窓口への苦情が寄せられ始め、音信不通になると苦情が殺到する。事件過多は、非弁業者からの有償周旋に基づく場合もあり、その場合は、非弁業者により、事件受任と着手金の受領のみが継続され消費者問題が発生することもあるので、弁護士会としても看過できない。新規受任による消費者被害を防ぐためにも、市民窓口調査チームや非弁提携弁護士対策本部において対象会員の調査を行い、非弁提携によるものが明らかになった場合は、会立件による綱紀委員会への調査命令、場合によっては、その旨の事前公表をすることになる。

⑸ メンタル不調を感じた場合の対策として、日弁連のメンタルヘルスカウンセリング*5や東京都弁護士国民健康保険組合のメンタルヘルス・カウンセリングがあるので、是非利用していただきたい。

⑹ 非弁業者による弁護士に対するアプローチも巧妙になってきている

初めは、広告業者を装っているが、広告で増えた事件(債務整理や離婚事件が多い)を処理するために、労働者派遣を提案し、それで手狭になった事務所を非弁業者の事務所を転借することによって増床させ、経理も派遣労働者に担当させて事務所の銀行口座が把握されると、弁護士は、業務委託手数料、労働者派遣会社への手数料、転貸賃料等によって経済的に支配される。

弁護士は、奴隷のように働かされるか、ただの名義貸しになってしまう。非弁提携に陥ったと感じた場合は、役員室を訪ねていただきたい。非弁提携による懲戒処分はあり得るが、非弁業者からの脱出は独力ではほぼ無理だ。

事案によっては、弁護士業務妨害対策特別委員会に支援を依頼して対応する場合もある。

⑺ 処理遅滞による懲戒処分には、「うっかり」や法律知識や経験不足によるとみられるものも散見される。

ア 控訴期間徒過① 委任契約書を作成しないで訴訟事件を受任し、同事件が第一審で敗訴となり、依頼者から控訴を依頼されたのに、控訴期間を1日経過した後に控訴状を提出したため、控訴が却下された事案が、規程30条(委任契約書作成)、35条(事件の処理)違反に該当するとされた。もっとも、依頼者との間で和解が成立し和解金が支払われたことにより、単位会は懲戒しないこととした。

② これに対し、日弁連懲戒委員会は、上訴期間徒過は依頼人の裁判を受ける権利を侵害するもので弁護士として重大な業務の懈怠である上に、上訴期間の把握と上訴の手続は弁護士にとって容易に処理できる初歩的な業務であるから、これを懈怠すれば原則として懲戒処分を相当とする非行に当たることは、同種事件の先例に照らしても明らかである、事後に和解が成立し、依頼者も宥恕し懲戒請求の意思を放棄したなどの事由が認められる場合は別だが、依頼者が懲戒処分を求めており、和解金を支払っただけでは非行が治癒され懲戒処分業際問題分を要しない程度に至ったと解するのは相当でない、などとして、弁護士を戒告の懲戒処分にした。

イ 説明不足による異議申立期間徒過婚姻費用分担調停事件において、弁護士は調停に代わる審判書を受領したが、受領後速やかに、依頼者にその内容を報告し、説明、協議を行った上で、異議申立ての意思の有無を確認し、異議申立ての意思があるのであれば、異議申立期限までに、依頼者が異議申立てできるように配慮することが求められていたにもかかわらず、これを怠り、結果として、依頼者が異議申立ての機会を失ったという事案が、規程22条1項(依頼者の意思の尊重)、36条(事件処理の報告及び協議)及び44条(処理結果の説明)に違反するとされた。

ウ 申立の躊躇と虚偽報告依頼者との打ち合わせにより労働審判申立ての方針を決定しながら、客観的にはその申立てを困難にするような事情がなかったにもかかわらず、方針決定から1年以上申立てをせず、申立てに踏み切れず時間を要している事情について依頼者に十分説明する等しなかったこと、労働審判の申立てをしていなかったにもかかわらず、依頼者に対し、裁判所の期日指定を待っている等、申立て済みであるかのような虚偽のメールを送信したことが、規程5条(信義誠実)、35条(事件の処理)及び36条(事件処理の報告及び協議)に違反するとされた。

弁護士自治を考える会

【暴言・心ない発言・民族差別発言】弁護士懲戒処分例 一覧 2024年1月更新『弁護士自治を考える会』